58話 改造戦士につき
「黄泉平坂を倒すために身体を改造しただと………くそったれ、そんな奴がいるなんて聞いてねぇぞ。というか、誰が怪人だ、誰が! 舐めやがって!」
肩を震わせて怒り心頭のボーン。小躍りする可愛らしい月ドール。対象的な二人で、ヨミちゃんはジト目になっちゃうよ。
とはいえ、月の悪ノリもここまでだ。明らかに敵は強い。
『月ちゃん。あいつの能力はこちらを大幅に上回っている可能性がない?』
「ふむ……たしかに。ひと当てして確かめて見ましょうか」
ヨミちゃんの真面目な声に、目を細めて冷酷なる残忍な月に戻ると真剣な声音で答えてくる。
「妾と同等の対達人用戦術を使えるのならば、少しばかり厄介といえるでしょう」
「どんな技? それともスキル?」
「達人が反応できない速度で殴るんです。いかなる達人も速度において反応できなければその技は封印できますの」
驚きの脳筋戦法だった。人の鍛錬を無にする少女である。
ふざけてるのかと思いきや、至極真剣な顔なので、大真面目に答えている様子。たしかに簡単な理屈だ。それならば絶対に負けない。認めたくはないけど。
月と同じようなスキルを使う敵だ。その戦闘能力も月と同等の可能性があるのだ。その場合は勝てるわけがない。確かめねばならないだろう。
何枚もの装甲を重ねて重層にして関節や顔などの隙間も全て覆っている重装甲の鎧。アンデッドナイトたちの骨を束ねて作り上げた4本の怪腕はボーンの腕よりも太く凶悪だ。その身に纏う瘴気はマナ感知のできないヨミちゃんでもわかるほどに可視化して、おどろおどろしい空気を纏っている。
『ひと当てか、了解!』
ヨミちゃんは荒御魂を操り、ボーンへと突撃する。バネの入った強化された脚力での突進は、その足運び、身体の使い方、速さを求めた無駄の無い動きで、スペック以上の速さを見せる。
『とやっ』
瞬きの間に短剣を突く。風斬り音を後に残して、ボーンの眼前に短剣が迫るが───。
カキンと軽い金属音がして、短剣は弾かれてしまった。いつの間にかボーンが剣を振るった姿勢になっており、剣を振るって弾いたのだと理解する。だが、構えてもいなかったはずなのに、短剣を弾き返すことができるとはと、ヨミちゃんは舌打ちする。
『とんでもない速さだよ、あの怪人』
「さすがは幹部怪人ですの」
地味に二人でボーンを怪人扱いしつつも、ヨミちゃんは警戒度を跳ね上げる。今の攻撃は視認はできたが、予想以上に速かった。
「おらぁっ! 死ねや!」
ボーンが踏み込むとコンクリート床が埋没し、足首まで潜り込む。しかし、意にも介さずにボーンはドスドスと杭打ち機のようにコンクリート床に穴を開けながら駆けてきた。
コンクリート片を巻き上げながら迫る死骸騎士の姿はまるでブルドーザーのような荒々しさと強引さを見せる。
「むぅん!」
6本の大剣がそれぞれ攻撃を開始する。ヨミちゃんは冷静にその様子を観察し、摺り足で後ろに下がりながら両手の短剣を振るう。
ヂリッと空中に火花が散り、金属音が弾けるように響く。いつの間にか振られていた右上からの大剣がその軌道を変えて、左中から横薙ぎに振られた大剣とぶつかる。荒御魂は腰を下げて身体をひねるように回転させて、短剣を振るい続けていく。
ガツンガツンと火花がいくつも散り、残像を残すほどの速さの剣撃を死骸騎士は繰り出すが、その攻撃は尽く荒御魂の短剣に受け流されて、命中することはない。
「凄いですの! パリィの連打ってなにボタンを押せば良いのです?」
『ふざけてる余裕はないよ!』
ウキウキして楽しそうにコントローラーのボタンをペチペチ押す月へと、余裕なく答える。パリィが限界で死骸騎士に攻撃する余裕はない。それどころか短剣がいつ壊れてもおかしくない。
忌々しいことに死骸騎士は体勢を崩すことはない。なぜならば棒立ちとなっており、単に腕力だけで大剣を振るってきているからだ。何度も受け流して体勢を崩そうと試すが、そもそも腕だけの攻撃で身体全体は使っていないので、体勢が崩れることはないのだ。
「ぷ、はははっ! 死骸騎士の力を思いしれ! てめぇの能力の低さを嘆きながら死んでいきな、荒御魂!」
ボーンもそのことに気づいて余裕の態度だ。そのセリフはアイトワラスと同じだ。やはり調子に乗る奴の言葉は似るらしい。
背中を直角に折り曲げて、躱しきれない大剣を無理矢理躱す。ギロチンのような刃が目の前を通り過ぎていく中で、片足を軸に回転すると荒御魂は死骸騎士の懐に入ろうとする。
「人間の動きじゃねぇなっ!」
ボーンの声は動揺を見せているが、アンデッドナイトたちの元腕は主人の命令どおりに攻撃を仕掛けてくる。あと一歩で鎧に短剣が届くかと思われたが、脚を弛ませて跳ねると荒御魂は繰り出される大剣の嵐から逃れて間合いをとることになってしまった。
荒御魂の身体をシャコンと元に戻して、ヨミちゃんは内心で舌打ちする。
『こいつ雑魚の癖に身体能力が高すぎるよ。負けるかも。技術の差で勝とうにも、身体能力に差がありすぎる。剛よく柔を断つだね』
「妾の敵もよくそのような言葉を吐いて倒れていきましたの。懐かしいですわ、剣聖とか大魔道士が歯噛みしながら倒れていくのは面白かったです」
『そういえば、月は敵側の戦闘スタイルだったね!』
ほんわかして、ニコリと微笑む月に半眼となっちゃう。たしかにいうだけはある。このボーンという男は途轍もなく強い。
「畳み掛けてやるぞ、改造戦士め!」
こちらとの間合いを詰めようとするボーン。コンクリート床を砕きながら、身体を上手く使わない足だけの力を使った雑な走りであるのに速い。
そのまま自分の両腕に持つ剣を振り下ろし、アンデッドナイトの腕がハサミで挟むかのように4本の大剣で横薙ぎを繰り出す。
暴風を作りながら攻撃する姿はたしかに恐ろしい。だが、荒御魂は軽く後ろへとステップを踏み、敵の攻撃距離からあっさりと離れる。
「くっ、こいつちょろちょろと!」
罵り声をあけながら、ゆっくりと歩いて大剣を振りながら迫ろうとするボーン。6本の腕から繰り出される大剣の攻撃は竜巻のようであり恐ろしい。
でも、恐ろしいだけだ。鎧を掠るだけで砕いてしまい、暴風が荒御魂の身体を襲うが致命的ではない。
『のそのそ歩いてくるから相手にはならないけど、決め手にかけるよ。どうしようか』
「それはもちろん、妾がここにいる意味を考えてくださいませ。言いましたでしょ、妾は数十分の間なら多少は行動可能であると」
酷薄な笑みを浮かべて残忍なるくーるな月に戻るとペタリと荒御魂へと両手をつける。そうしてアバターから鮮血のように紅く、見たものに悍しいと感じさせるオーラがその小さな身体から沸き立つ。
「したしたうえうえみぎひだりみぎひだりえーびー」
『血の活性』
ウケを狙おうと余計な一言を口にする月がスキルを発動させる。ふざけていても、そのスキルの力は本物で、荒御魂の装甲が、身体が鮮血のように鮮やかな赤へと変わっていった。
そうしてその身体はミチリミチリと筋肉が膨張するように膨れ上がり、凶悪なる力が活性化され、身体能力が一気に跳ね上がる。
「ふふっ、『血の超強化』には遥かに劣りますが、妾の血の染み込んだこの身体は『血の活性』により、能力を活性化させることができますの。さて、これで格差は縮まりましたか、ヨミ?」
『充分だ! これなら楽勝!』
ヨミちゃんに憑依するプロゲーマーが直感で荒御魂の能力を感じ取ると、荒御魂を死骸騎士へと向かわせる。
「お気をつけを。『血の活性』は体内でマグマを燃やすようなもの。グラグラと沸き立つエネルギーは弱い素材で作られた荒御魂を簡単に内部から破壊します」
『了解っ!』
紅き残像が途上に残り、短剣を持ち、荒御魂は時間制限ありの戦闘を開始する。床には微かに足音を残し、その動きは内包する力に比べると静かなものだ。
無駄の無い動きは美しく、滑らかなる走りでボーンと間合いを詰める。
「こいつ、いきなり動きが!?」
「これが荒御魂の真の力! 敵を食い破る健康一滴の必殺技『復讐のアギト』ですの!」
ボーンは驚愕の声をあげて、乾坤一擲を間違えるアホな月。ボーンの動揺した声音とは無関係に4本の怪腕が大剣を振るう。その剣速はパワーアップした荒御魂よりも、なお速い。
『だが、それは私の技術で覆すことができる程度だ!』
プロゲーマーたる魂がヨミちゃんの表層に出てくると、短剣を突き立てるように構えて、左へと身体を傾けて横に軽く振る。
チンと軽やかな音がすると、振り下ろしてきた右下腕が持つ大剣の横腹を軽く叩く。そして驚く光景が発生する。
振り下ろそうとしていた他の3本の大剣が軌道をずらされた腕にぶつかり、交差して動きが止まってしまったのだ。途上で交差した腕は、振り下ろした力をまともに受けて強靭なる腕にヒビが入る。
「なっ! なんでだ、もう少し考えて動けよ、このばか!」
自身の腕に文句をつけるボーンだが、その隙を逃さずに荒御魂は間合いを詰める。
『結局は自前の2本の腕で戦った方が良いんだ。オート戦闘で他の4本の腕を操っていたようだけど、統率されていないバラバラの動きしかできない腕ならば、簡単に動きを阻害することができるんだよ』
「け、結局は出前は伸びちゃうから、お店で食べた方が簡単なのですわ」
ヨミちゃんの思念をボーンに伝えようと懸命に頑張る優しい月。捻じ曲げられて異空間を経由したと思わしきセリフに、意味がさっぱりわからずに混乱するボーンは完全に動きを止めてしまう。
『こういうことだっ!』
ヨミちゃんは月のフォローで動きを止めたボーンへと、身体を捻りながら跳躍する。
『マナ注入300!』
『血の活性により3倍化』
荒御魂
種族:マシンロイド
マナ:978/1200
耐久力:300
筋力:330
魔力:300→1200
スキル:鋭刃
マナタンクにより魔力が100注入されており、さらに『血の活性』により3倍。その上にさらにヨミちゃんは300のマナを注入して、3倍化されたために合計1200へと跳ね上がる。
膨大なるエネルギーを内包し、赤からマグマのような輝く灼熱色に変わった荒御魂は短剣を持つ手を水平に伸ばすと、身体を独楽のように回転させる。
『刃花旋舞』
竜巻のように身体を回転させて、風を巻き起こし、荒御魂は死骸騎士へと突撃する。
「ま、まずいっ、逃げっ」
慌ててボーンは荒御魂の攻撃を前に下がろうとするが既に遅く、鋭き刃の竜巻は4本の怪腕を巻き込む。
アンデッドナイトの骨を組み合わせて作られた、生半可な武器など簡単に弾き返すはずの強靭なる怪腕は、されどあっさりと短剣が食い込んでいく。
「グハアッ!」
そうして死骸騎士の身体は竜巻に巻き込まれたかのように切り刻まれて、腕を破壊されて吹き飛ぶのであった。




