37話 錬金術につき
優しい無上先生はあっさりと錬金実験室の鍵を渡してくれた。
「成功するとは思えんが、成功したポーションは学校に納めるようにな。学校の素材でポーションを作成しても金にはならんからな。フハハハ」
心底楽しそうに顔を歪めて笑い、応援の言葉をかけてくれる親切ぶりだった。ヨミちゃんは笑顔で了解ですと答えておいたよ。ご指導ご鞭撻ありがとうございます。
廊下を皆で移動して、錬金術実験室に向かう。廊下を歩いていると、魔法の実践を行っているAクラスの様子が目に入ってきた。
「オラァッ、『炎槍』だっ!」
「負けるかよっ、『氷蛇』」
「皆甘いわよ! 『蝶花火』」
「ふ、俺が無能者か……『雷槍』『雷槍』、『雷槍』、『豪雷槍』。つおぉぉっ、ぶっ壊れろやぁっ、『豪烈雷槍』……お、おっと、ま、的が、壊れちまったか、ゲフッゲフッブフッ」
「きゃー、あなたーっ。大変、保健室に運びます!」
楽しそうに生徒たちは魔法を的にぶつけて、どちらが強いか競い合っている。Eクラスを除く全てのクラスが魔法の打ち合いをして楽しんでいるのだ。
約一名魔法合金製の的を破壊しようと全力を出して倒れた男子もいたが、幼妻さんが保健室に連れて行ったので大丈夫だよね。
とはいえ、炎が舞い、氷の蛇が空を泳ぎ、雷が天から落ちていき、外は豪華絢爛、拍手喝采、魔法の博覧会のようだ。こちらは錬金術の準備の為、寂しいことこの上ない。きっと他の教室は楽しくプールなのに、俺たちは黙々と勉強かよと、教室の窓から眺める気分なんだろう。
でもね、ゲームは始まっているんだ。これはメインストーリーの一部。あの華やかな魔法合戦は、すぐに命の取り合いへと変わっていく。
この日本の中枢を司る23区。それらを束ねて支配しようとする派閥争い。
天照家が率いる種族を平等に扱おうという人権派の『高天ヶ原』の派閥。
対して、選ばれし魔人で支配を確立しようという大国家が率いる『葦原』の派閥。
どちらも今は六区程度しか傘下に入れておらず、残りは中立派だが、ゲームらしく武力でのぶつかり合いがあるわけ。そして傘下を徐々に増やしていくわけだ。
それの前哨戦が、この的当てだ。事故を装い、流れ弾で、天照区の派閥の一人に攻撃し、なんとか防いだ相手が打ち返し、あっという間にぶつかり合いになる。
だから、あそこにはいないで正解なのだ。桑原桑原。まぁ、今回は死人は出ないし、回復魔法使いが傷を負った生徒を治すから大丈夫なんだけどね。心に負った傷は治せないからこの戦いは怨恨へと育つ。
即ち───。
「今の私には関係ないストーリーだね」
チャリンと教室の鍵を回して呟く。このイベントはまったく興味が出ない。
瑪瑙ちゃんが少し心配だけど、親友は天女デビューの後、いくつかの戦闘用舞踏も覚えていたから、逃げるくらいは楽勝でしょ。親友はそれくらいのことは、お茶の子さいさいなのだ。
というわけで、自分のやることに邁進することにするヨミちゃんだ。イベントは他のプレイヤーが楽しんでいてね。本来のヨミちゃんも鬼の暴走を引き起こしたので、このイベントは不参加となっていた。密かにホクホクしていたと記憶しているよ。
「はいはい、皆。羨ましそうに外を眺めていないで行くよ〜」
「うん……」
「そ、そうだな………行こうぜ」
後ろ髪を惹かれるように、皆は窓をチラチラと見ながらついてくる。自分たちも魔法を使ってみたいに違いない。
「今は錬金術を学ぼうよ。錬金術はお金になる技術だから早目に学んでおけば、後々の学生生活でお財布が友だちになるよ」
寂しく財布を眺めなくても良くなるわけなんだ。常に財布は仲の良い友だちでいたいよね。
「まぁ、学校の費用で錬金術を学ぶことができると思えば、たしかに助かるんだけど、錬金術にも免許が必要だぜ」
「うん、結構錬金術の免許試験は難しいっていわれてるよぅ。試験代も高いんだってぇ」
平も和もあまり気が進まないようだ。この世界、攻撃魔法や回復魔法などの魔法はもちろん、魔道具作りも免許は必要ないのに、ポーション関連などの薬品関係だけは免許が必要なんだよね。変なところでリアリティがあるんだよなぁ。
まぁ、回復魔法は使い手は知識が無くとも、一定の効果を確実に発動させるだけだから、人体に副作用などもないし問題はない。禁忌とかそーゆーのを例外とすればね。
対して、ポーションなどの魔法薬は素材の良し悪しや入れる素材により効果も変わり、副作用がある物も作れちゃうから危険なのだ。だから免許が必要なのはわかる。
「錬金術の免許が難しいのは、一定のポーションを大量に作成する。しかも100%の成功率を見せないといけない。だから素材の費用も含まれた試験代は恐ろしく高いんだよね」
「成功率100%の結果を出すには、家でも大量の素材を用意してポーション製作の練習をしなくてはいけませんから、必然お金がかかりますぅ。錬金術師はお金持ちのなる職業なんですよぉ」
「だよなぁ、姐御には悪いけど、俺たちは貧乏だからさ。最低ランクの免許だって、用意する素材の値段は馬鹿にできないしよ」
和と平は暗そうな顔で話してきて、皆も頷く。
そうなのだ。危険な薬品を扱うための条件としては完璧だけど、それが建前で金持ちだけがなれる職業ということは有名だ。この免許取得方法を考えた奴は天才だよ、まったく。
これは不正も防ぐ効果がある。なにせポーション成功率100%を求める試験で不正があったら、試験内容を変更される可能性が高いからだ。結果的にポーションの安全性も高くして、なおかつ錬金術師の窓口を狭めてるんだから、この試験は文句のつけようがない。
「まぁ、ボスのヨミちゃんを信じてよ。ほら、錬金術ツアーにご案内しまーす」
那月ヨミちゃんの錬金術ツアーだ。旗はないけど、ついてきてね。
◇
錬金術実験室は本館からかなり離れた所にあった。やはり危険な薬品を扱うからだろう。半ドームタイプで建物自体も頑丈そうで、つるりとした壁が未来的だ。
実験室は化学者が使うようなバイオハザードを予想されて安全性を高めた強化プラスチックの箱とか、金属製の実験用箱とかが置かれている研究室を予想していたが、フラスコや釜が設置されて、錬金魔法陣が刻まれた台座が何卓も置かれている実にファンタジーっぽいものだった。
隣の部屋に繋がるドアがあり、準備室に繋がっている。背伸びをして覗くと、錬金素材の入った特殊保管用棚がずらりと並んでおり、かなりの広さだ。
「錬金術実験室って大きいんだね」
「ですねぇ。中学にはなかったので新鮮ですぅ」
メカクレ少女が髪の隙間から垣間見える瞳を輝かせている。他のクラスメイトたちも物珍しそうに部屋を見渡していた。
それじゃ、早速スキル取得。スキル一覧を呼び出して、ポチリ。
『初級ポーション製作(癒):Eランク。掠り傷を治せるポーションを製作できる』
「むむ」
ぐさりと頭を刺されたかのような鋭い痛みが頭にガツンとくる。だが、この程度の痛みなら、もう簡単に耐えられるヨミちゃんなのだ。
「だ、大丈夫か、姐御!」
「先生呼ぼうか?」
頭を押さえて、ちょっと涙目になって床にコロコロと転がるくらいだよ。だから、平と和は心配しないで大丈夫だよ。
「だ、大丈夫。私って時折床を転がりたくなるの」
「そっかぁ、よかったぁ。びっくりしちゃったよ」
「なんだ、驚かせないでくれよ、姐御」
心配げな顔が安堵に変わる二人である。
驚いたのはこっちだよ。言い訳を言った私が言うのもなんだけど、なんで素直に納得するのか、二人の頭を開いて尋ねたいんだけど!
まぁ、しっかりと知識は手に入った。基本的な知識はEランクにある。この知識を昇華していけば、カルマポイントを使わずとも、スキルが取得できるかもしれない。
それには練習あるのみ。そして、クラスメイトたちと一緒に練習すれば誰かがチートな錬金術師として覚醒するかもしれない。ゲーム的な考えにはなるんだけど、よくあるとテンプレ展開だ。えぇっ、わ、私にこんなさいのうが!? とかね。
「それじゃ、錬金素材は自由に使って良いという話だから、使おっか」
「うん、使用した素材は紙に書いて提出しておくようにだってぇ」
「先生がいないから、全責任は俺たち自身がとらなきゃいけないんだぜ。大丈夫か、姐御?」
メカクレ少女が教室のルールを教えてくれて、平を含む何人かは不安そうだ。錬金術は危険な場合もあるから不安なのはわかるよ。
「基本的な知識はあるから大丈夫だよ。それに失敗してもポーションの素材は危険な代物にならないし。まぁ、私にドーンと任せてよ」
ぽふんとふくよかな胸に手を当てて、ふんふんと宣言しておく。ふくよかな胸だよ、本当だよ。来年にはふくよかな胸だよ。
棚から素材を取り出していく。ヒールハーブ、ヒールハーブと。あと中性液にその他諸々。
「それじゃ、作るね。まずはヒールハーブを一センチ幅の千切りにします。その間に錬金釜で中性液と蒸留水を煮ること5分。そして、魔法陣の台座に置いて、刻んだヒールハーブを混ぜ混ぜしながらマナを注いで10分。魔法陣の『結晶化』が始まって、錠剤になったら出来上がり」
3分クッキングのコックヨミちゃんだ。手際よくポーションを作成していく。器用の値が高いヨミちゃんはトトトとヒールハーブを均等に切ると、中性液と蒸留水を煮込んだ釜にペイッ。そして、錬金魔法陣に乗せてマナを注ぐ。
均等に10分間マナを注ぐのは極めて難しいらしい。ポーションを作るのに一番大変な部分だとか。発電所や浄水場のエネルギーとして使っているように魔石からマナを取り出して使えば良いと思うんだけど、治癒系統に魔石のマナは濁っているから使えないらしいから仕方ない。
グツグツ煮込まれている錬金素材。しばらくマナを注いでいると、パアッと光り雪のような真っ白で小さな錠剤となった。
「おー、イッツミラクル!」
初めてのポーション製作。テンション高めで、もちもちほっぺを押さえて、ぴょんとジャンプして喜んじゃう。本当にポーションが作れたよ!
『初級ポーション(最高品質):掠り傷を治す』
ログが目の前に表示される。さすがは『完全魔法操作』の固有スキルを持つヨミちゃんだ。最高品質となった模様。………最高品質でも初級ポーションは効果は変わらない模様。ちくせう。
「ほぇぇ、よーちゃんはポーションも作れるんだねぇ」
さっき作れるようになりました。言わないけど。秘密なヨミちゃんなのだ。
和は錠剤を摘むとまじまじと見て、口を開けて感心していた。周りのクラスメイトたちも初めて見たらしく面白そうな顔になっている。
「それじゃ、工程はわかったでしょ? 地道に練習をしていこうよ。私も作り続けてみるから」
笑顔でペチペチと小さい手を鳴らして皆へと指示を出す。クラスメイトたちは顔を見合わせると、それぞれ机に移動する。
「見た目はそんなに難しそうじゃないよな」
「あぁ、学校で練習できるなら、チャンスをものにしようぜ」
「錬金術師になれば、食いっぱぐれはないわ」
初級ポーションは簡単に見えたのだろう。やる気に満ちて、皆は作り始める。
ここが現実だとしても、ゲーム内の世界だとしても、熟練していけば徐々にスキルはレベルアップしていくはず。
中級ポーションを作れるようになれば、金に困ることはなくなり、もう一生安泰だ。
私もたくさん作って、中級ポーションスキルを手に入れるぞ〜!
とりあえずは低位ポーションスキルを取得しようと、ヨミちゃんはフンスと気合いを入れるのであった。
◇
────しかし一時間後。
私は成功して初級ポーションを数本作れたが、クラスメイトは全員合わせて5本しか製作できないのであった。残りは焦げた素材や濁った色の錠剤の失敗作ばかり。
もちろんクラスメイトがチートなスキルに目覚めるイベントもなかったし、私のスキルもレベルアップしなかった。
「あんまり上手くいかなかったねぇ」
「………うん、でも初日だし諦めるのはまだ早いよ」
マナも使い切って疲れた上に、ポーションが作れずにがっかりして項垂れるクラスメイトたちを慰める。初日でポーションが作れたら、そりゃ苦労はしないよね。ちょっと見通しが甘かったか。
「とりあえず、今日の授業はおしまい。無上先生に鍵を返して成功したポーションを渡しに行こっか。あ、失敗作はどうすればよいのかわからないから、段ボール箱に詰めて一緒に持ってきてね」
簡単にヨミちゃんは諦めないぞ!




