101話 海の家にて
サリーちゃん。小柄でヨミちゃんと同じくらいの背丈の幼い美少女だ。儚げで触れたら砕けちゃいそうな感じがする。その微笑みはどこか神秘的なものを感じさせてきた。
「海って面白いですよね。夏はいつも海で遊んでます」
そっと頬に手を当てるとサリーちゃんはおっとりとした仕草で周りを見渡す。
ちょうどスイカ割りをしている家族が楽しそうに棒でスイカを叩いていた。ちっちゃな子供の番で、目隠しをずらしてズルをして、ポコンポコンと叩いているけど、力がないので割れる様子は見えない。ズルをしていると知っている親たちはクスクスと笑って、子供の頑張る姿を見守っていた。
幸せな人生の一コマがそこにはあった。
「こうやって幸せそうに遊ぶ人たちを見ると、私も幸せになります。だから海って大好きなんです」
「皆が無邪気に遊んでいる姿って良いよね。同感!」
ぴしっと手を上げて微笑みで返す。ヨミちゃんも同じ気分になれるよ。平和の中で遊ぶ人たちって、なんか良いよね。
「はい。水のかけっこ、スイカ割り、かき氷、焼きそばにカレー、ラーメンにフランクフルト。海の家って人類の作った文化の中で最高だと思うんですよ。あ、あそこの遠泳は嫌いです」
クゥとお腹の空いた音をたてて、サリーちゃんは儚げな笑みになる。どうやら海が大好きらしい。遠泳は大嫌いな模様。
というか、主催者である鏡花はいつ戻って来るのだろうか。何人かの人たちと共に魚雷みたいな勢いで沖に游いでいったぞ。いつ戻って来るんだろ。招待された他の人たちは困り顔に……海で遊んでいて満喫しているようだから、問題はなさそうだけど。
鏡花って砂浜でビーチバレーをやろうとか言いそうだから自由に遊べる今の方が良いけど。
あまり体育会系は好きじゃないヨミちゃんもサリーちゃんに同意だよ。
「あ、私たちの名前はね〜───」
とりあえずヨミちゃんたちも自己紹介をして、お友だちになるのでした。
「それでは、よろしかったら海の家に行きませんか? 私がプロデュースした最高のレストランなんです。お腹が空きました」
そういや、そろそろおやつの時間だ。水着を買ったり、海で遊んでいたら、あっという間に時間がすぎていったのだ。
「お夕飯が食べられなくなっちゃうから、少しだけ食べるよ。それに海の家って、楽しそうだし」
「私も少しだけ食べたいと思います。お薦めは鉄板焼きです。海鮮をその場で焼いて食べるんです。ほっぺが落ちるほど美味しいから食べませんか?」
意外にガッツリ系だった。和ちゃんがいれば大喜びするかもね。
「おやつだよ? ホテルの夕飯も楽しみだから今日は遠慮しておくかな。私はともかくヨミちゃんは少食だし」
瑪瑙ちゃんが苦笑いをして断ると、特に気分を害した様子もなく、サリーちゃんは微笑む。
「それは残念です。それならホットケーキにしましょう。鉄板は常に『清潔』の魔法が付与されているから、前に焼いた魚とかの味や匂いも移ってませんし。焼き立てのホットケーキはとっても美味しいです」
「ホットケーキ! ヨミちゃんはそれにします!」
熱々のホットケーキにはちみつとバターをトロリとかけて、ふわふわホットケーキを食べるのだ。考えただけでもよだれが落ちそう。
「というか、さっちゃんが海の家をプロデュースって矢田家の人なのかな? これまで見たことないんだけど?」
情報屋としての心が叫ぶちょこちゃんは興味津々に目を輝かす。たしかに気になる一言が紛れ込んでいた。何回も遊びに来ているちょこちゃんが知らないとは珍しい。
「はい。私は矢田家の末っ子の矢田サリーと申します。体力がない病弱な身体なので、滅多に外には出ないです」
ビショビショに濡れたワンピースの端を持つサリーちゃん。一瞬ワンピースにマナが駆け巡ると、あっさりと乾く。おぉ、達人の技だ。マナのエネルギーだけで服を乾かすとは、この子凄腕の魔法使いだ。
ヨミちゃんたちが、その腕の冴えに感心の視線を送り、ぱちぱちと拍手をすると、ふんふんと鼻を鳴らして、サリーちゃんは嬉しそうにする。
何かを思いついたかの、むふんと息を吐くと悪戯そうな顔で
「よろしくお願いしますね、みなさアブッ」
くるりと回転して、転んじゃった。顔から砂浜に突っ込んで、それはもう見事な転び方である。勢い余ってコロリンと一回転してうつ伏せに倒れた。
「うぅ、決まったと思ったのに、転んだです。わぁーん!」
砂まみれの顔で起き上がると、泣き始めちゃった。わかるわかる。ここで一回転してミステリアスガールを演じたかったんでしょ。ヨミちゃんも一度はやってみたいリストに載ってるから気持ちはわかるよ。
「あぁっ、大丈夫? ほら、砂落としてあげるから立って」
「うぅ、くるりって回転したかったです。皆がもっと褒めてくれると思ったのです」
優しい瑪瑙ちゃんが慌てて駆け寄って、パンパンと軽く服を叩いて砂を落としてあげる。涙目でおとなしく砂が落とされるのを眺めるサリーちゃんは、見た目よりも若く見えるね。
「さっちゃんって、何歳〜?」
「今年で八歳です!」
えぐえぐと泣いていたサリーちゃんは、くしくしと目元を拭うと、手を突き出す。指が8本立っている。
見た目よりも若く見えるサリーちゃんだった。11歳くらいに見えるのにね。
「やっぱり見た目どおりなんだ〜。そうだよね〜。こーんなにちっこいし。悪戯幼女だ!」
ちょこちゃん、見た目は大人だよ。ヨミちゃんと同じくらいの見た目だもん!
◇
「へい、らっしゃい! 四人様、空いている席に適当に座ってくだせぇ!」
元気の良い掛け声の店員さん。海の家というのはトタンを壁にして、座敷を広げている簡単な作りだ。氷がシャリシャリと気持ちの良い音をたてて、汗だくの店員さんが鉄板の前で大量の焼きそばを焼いている。プーンと焦げたソースの芳しい匂いが店内に広がって、食欲がわきお腹が空いちゃう。
「おとーさん、私いちご氷」
「俺はビールにするかな」
「一杯だけよ? まだ海で泳ぐんだから」
「海って楽しいね、お母さん!」
家族連れがメニューを見て、和気藹々と話しており幸せそうだ。友だち連れもいるし、ナンパに来たのか、チャラい服装の男たちもいる。
雑然とした空気の店内に、否が応でもワクワクしちゃう。
「鉄板がある席にするです。ヨミちゃんこっちですよ、こっち〜」
サリーちゃんがヨミちゃんのおててを握って、案内してくれる。その顔はとっても楽しそうだ。
「おねーちゃんたちは反対側に座るのです」
「うん、ありがとうね」
「去年まではこの鉄板なかったなぁ」
「私がプロデュースしたのです。海の家で鉄板焼きしたいって。床に転がって、手足を振ったら、おとーさんたちは許してくれたのです。名プロデューサーなのですよ」
駄々っ子なサリーちゃんだったらしい。プロデュースと言っても、鉄板を何枚か増やしただけなのね。
さっきまでのお嬢様風な話し方は消えて、幼い口調となるサリーちゃん。儚げなところに無邪気な可愛らしさが加わった。
「頼んで、頼んで! ホットケーキお薦め!」
「うーん……私は豚玉お好み焼き」
「あたしは焼きそば〜」
「ヨミちゃんはホットケーキ!」
「私もホットケーキなのです!」
それぞれ注文を終える。地味にこんな感じで鉄板焼きをするのは初めてかも。
ソワソワと振り子のように身体を揺らし、料理を待つ。隣に座るサリーちゃんも同じくソワソワと身体を揺らす。
「私、同じ歳の子とお友だちになったの初めてなのです」
「えぇ〜。ヨミちゃんの方が年上だよ。この大人っぽいぼでぃを見ればわかるでしょ?」
どうやら混ざってきたのは、ヨミちゃんが同じ歳だと思ったかららしい。
そんなわけないでしょと、身体をくねらせて、うふんとウィンク。水着姿もあり、悩殺されちゃうでしょ。
「むむ、何ヶ月歳上なのです?」
「えっと、に、7歳年上!」
「それは大嘘なのです。私も8歳には見えないとよく言われますが、流石にサバを読み過ぎなのですヨミ。海だけにサバなのです?」
ププッと笑いながら、嘘だと決めつけちゃうサリーちゃん。本当なのに。本当なのに。たぶん本当。
「あ〜、ヨミちゃんは一応そーゆーことになってるんだよ。私たちと同じ高校に行ってるし」
「またまた、騙そうとしても駄目なのです。それとも飛び級の天才なのです?」
アハハと空笑いをする瑪瑙ちゃんに、サリーちゃんは再びクスクス笑うけど……シーンとしたことに少し焦る。
「えぇっ! そんなわけないのです。そのぺったんこなお胸や、幼すぎる顔立ち、私と同じくらいの背丈。どう見ても同じくらいの歳なのです!」
「そういえば、たしかに変かも。ヨミちゃん前よりも背丈がちっこくなっているような気がするよ。前は私とあんまり背丈が変わらなかったような?」
「あ、ホットケーキきたよ。焼き方教えてサリーちゃん」
ヨミちゃんイヤーがフィルターをかけて、ホットケーキのタネを持ってきてくれた店員さんへと向き直る。栄養を取れるようになって瑪瑙ちゃんはぐんぐん背丈が伸びたからね。ヨミちゃんも数カ月すれば成長期が来るはず。
輝かしい未来を予想するヨミちゃんに、やっぱり嘘でしょと、サリーちゃんはクスッと笑うとホットケーキのタネが入っているボウルを受け取る。
ちっこい手なので落とさないかハラハラしちゃうけど、手慣れているのかしっかりと持っていた。
「ジャジャーン! ではサリーちゃんのクッキング始めるです。まずは鉄板。油を落としてジュウと泡立つくらいの熱さか確認します」
テーブル脇に置いてある油の容器を手に取ると、ちょっぴり鉄板に垂らす。ジュッと熱そうに弾けるので、充分温まってる。
「サリーちゃん、手、手! 手が鉄板についてるよ!」
「あ、失敗なのです」
ちっこい体で身を乗り出すように鉄板の真ん中に油を落としたから支えるために、サリーちゃんはおててを鉄板につかせていた。それを見てちょこちゃんが慌てて注意する。
熱いはずなのに白魚のようなおててはちっとも火傷をしておらず綺麗なままだ。まぁ、身体強化をしていたんだろう。
まったく平気なサリーちゃんの姿に、ちょこちゃんも瑪瑙ちゃんも同じことを考えて、ホッと安堵する。この魔法の世界じゃなければ、一大事だったもんね。
気にせずにサリーちゃんはホットケーキのタネをお玉で掬い、鉄板にたらりと落とす。綺麗に真ん丸に広がったので、パアッと可愛らしい笑みも浮かべる。
そんなことで喜ぶなんて、やっぱり子供だよね。次はヨミちゃんにやらせてね。
「そんで、タネをのせます。タネの表面がプツプツと泡立ってきたら全力でひっくり返すのです!」
ジュウジュウとホットケーキが焼けてきて泡が表面に浮くと、サリーちゃんはヘラを両手に持ってホットケーキをふんぬとひっくり返す。
「たぁっ!」
ドカンと音がして、ホットケーキは消えてなくなった。パラパラと空からホコリが落ちてきて、ヘラを全力で振り上げた姿勢のサリーちゃんが勢い余って、ひっくり返りもした。
「ホットケーキは?」
「………あれはお星さまになっちゃったのです。軽すぎなのですよ」
天井を見ると穴が開いていた。ちょうどホットケーキくらいの大きさである。サリーちゃんはふくれっ面となり、やる気なくしたよとそのまま座敷に寝っ転がっちゃう。
「次はヨミちゃんが焼くね!」
身体強化しすぎだよ、まったくもぅ。それじゃ次はヨミちゃんが焼きまーす。
綺麗に真ん丸に焼けるようにするからね!




