100話 水着につき
旅行初日はファッションショーとは知らなかったよ。
「うーん、その水着も良いね」
「そっかな〜。あっちのおとなしめのほうが良くない?」
「うーん……これは露出多すぎなのかなぁ」
さすがは金持ちのリゾートホテル。デパート以上の品揃えではと思わせるホテル内にあるモールにて、ヨミちゃんは只今水着選択中です。
もちろん選ぶのはヨミちゃんではない。瑪瑙ちゃんとちょこちゃんだ。
他の生徒たちも荷物を全損したので、買いに来ているが、まずは水着だよねと瑪瑙ちゃんがやけに真剣な顔で肩を掴んで来たので、その迫力に負けちゃいました。
「学校指定の水着で良いよぅ。なんか他のって恥ずかしいし」
試着室にて、もじもじと身体をくねらせて頬を少しだけ赤くする。今は選んでくれた中で、ビキニを着ている。不思議なことに軽装甲のヨミちゃんでもずり落ちない。魔法の技術というわけだろうけど、下着みたいで恥ずかしい。
「駄目だよ、ヨミちゃん! そういうニッチな水着は変態が釣れちゃうって聞いたことあるし。それにあれも水着だから恥ずかしいのは同じでしょ?」
「うーん、なんか制服って感じがして恥ずかしさはあんまりないんだよね」
「あ〜、なんとなく言いたいことはわかる。制服だと指定された服装だから仕方ないって、諦めも入るからじゃない?」
「そうそう。ちょこちゃんの言うとおり。押し付けられた感があって、諦められるんだよね」
そうなのだ。ちょこちゃんはヨミちゃんの考えに同意して、うんうんと頷く。制服とかって、ある種のステータスだし、皆が着ているからと着ている理由に免罪符となる。
でも、普通の服装は本人のセンスとなるし、下手なセンスだと、あの娘の服ってどこで買ったのかしら。あんな光るセンスは見たことがないわと、周りの人々にコソコソと陰口を囁かれたりする。
得てして人生とは辛いものなのであるって、誰かが言ってた。雑誌に乗ってる服を丸ごと買っても着こなせないだってさ。ヨミちゃんもこっそりと来年のためにモデルさんが着ている服を買い込んでいるけど、なぜかサイズがママにピッタリで、手元に残ったことがない。とっても不思議だよね。
それに、そもそも問題がある。致命的な大問題だ。
「瑪瑙ちゃん、私たち泳げないよ」
元スラム街の人間が泳げるわけがない。プールに入りたいと願うより、きれいなお水を一杯欲しかった。極貧な生活をしていたんだもん。
だから、海はおろかプールも今年が初めてだ。学園にプールの授業はないしね。
でも、瑪瑙ちゃんは同意してくれなかった。ふんふんと鼻を鳴らして、顔をズイと近づけてくると、きっぱりと言い放つ。
「かわいいは正義なんだよ。あらゆる事象に勝つことができるんだから!」
「ガーン!」
確かに同意できる一言だった。瑪瑙ちゃんの謎の迫力を前に思わず頷くと燃える瞳で瑪瑙ちゃんは離れて、サッと籠から取り出す。
「それじゃ今度はフリル付きワンピースね! 花柄のを選んだんだ〜」
「はぁい」
仕方ない。たしかにかわいいは絶対正義だしね。
というわけで、黒ビキニ。
「キャァー! ちょっと大人なヨミちゃん可愛らしい!」
豹柄ビキニ。にゃーん。
「仔猫みたい! 百億点!」
花柄ワンピースでくるりと回転。
「妖精さん! ここは妖精界!」
シンプルなセパレート。これは少し安心かも。
「素が可愛らしいから、どの水着を着ても似合う」
と、瑪瑙ちゃん監修のヨミちゃんファッションショーは続き────。
「うーん、どれもこれも可愛らしいなぁ。これは困ったよ」
「このシンプルなセパレートタイプが良いと思うよ。その上にパレオを巻いて、シャツを着ればバッチリ。可愛らしいと思うんだ」
顎に手を当てて、真剣な表情の瑪瑙ちゃんがウンウンと唸って考え込む。そこまで考え込まないで良いのに。可愛らしいは正義だけど、ちょっと恥ずかしいからシンプルなので良いよ。
「そうだね。ヨミちゃんのにしよっか」
「うん、良かった。それじゃ会計を」
「ここからそこまで、全部ください! 全部ヨミちゃんのサイズで!」
「全然話を聞いていないっ!」
どこぞの金持ちヒーローのように、太っ腹な買い方をする瑪瑙ちゃん。どこの異世界ファンタジーのヒーロー!? ヨミちゃんはシンデレラガールじゃないよ!?
それにどこに着ていくと言うのか。30着はあるよ!
「それにどこに着ていくと言うのかって、思ったでしょ! 大丈夫、自宅にプールあるし、これからは毎日入ろうね」
「まさかのテレパス瑪瑙ちゃん!」
ヨミちゃんの思考が読まれると、さすがは瑪瑙ちゃん! でも、水着を毎日着たくはないんだけど。
「ふふふ、撮影会をすればすぐに全部使えるよ!」
なるほど、さすがは瑪瑙ちゃん! ふふふと笑う妖しい瑪瑙ちゃんでした。
◇
海には露出の少ないフリルの付いているワンピースの水着を選びました。薄いピンク色で少し少女趣味が強い水着だ。初めての水着でドキドキだよ。前の世界でも水着は着たことなかったし。
「ふわぁ、これが海なんだ。でっかいプールだね!」
真っ白な浜辺に、どこまでも広がる青い海がザザザと白波を押し寄せる。青空のもとで強い陽射しのもと、ワクワクする景色だ。
あれから荷物を一通り買った後に皆で海に泳ぎに来たのだ。ヨミちゃんは瑪瑙ちゃんとちょこちゃんと一緒。
鏡花たちは遠泳を楽しんでいる。元気一杯だけど、訓練に来たんじゃないのにね。
瑪瑙ちゃんは白いセパレートタイプで腰にパレオを巻いている。ちょこちゃんは黒いビキニで、少々目の毒になる露出の高さとエッチな感じを醸し出していた。だって下着にしか見えないんだもん。何気に着痩せする体型みたいだしね。
浜辺を歩きながら周りを見ると、海には何回も来ているので慣れているのだろう。ちょこちゃんが周りの男たちの視線を気にせずに歩きながらヨミちゃんを見てくる。
「でっかい湖と違うのは、匂いかなぁ。風の匂いが違うでしょ? これは潮風って言うんだよ、よみっち」
「おぉ〜、本当だ。風の匂いが違うや。焦げたソースの匂いにカレーの香辛料が香ってくるよ。それにお塩少々?」
これが海の匂いなんだ。初めての体験だよ。やっぱり知識と経験は違うね。塩味が少し足りないかな?
「うん、それはそこの海の家のメニューだね。具のない焼きそば、伸びたラーメン、薄いカレー」
なぜか嘆息するちょこちゃん。指差す先にはバラックで作られた適当な建物がある。安っぽくて簡単に壊れそう。
メニューが書かれている御札がペタペタと壁に貼られている。ヨミちゃんはシャリシャリと氷を削っているあの機械を回してみたい。白い氷をどこまで積もることができるか試したいんだ。
「だぁめ! まずは海に入ろうよ!」
「はぁい。まずは海に入って、その後であのレストランでご飯だね!」
ぽてぽてとお店に向かおうとすると、仔猫みたいに瑪瑙ちゃんに抱きあげられて、海に向かう。
「あれは海の家って言うんだよ、よみっち。海水浴客にボッタクリの値段で料理を売るんだ」
「ほぉ〜。なんだか面白そう。荒稼ぎできるんだ?」
「今日はお金を稼ぐんじゃないの。海で遊ぶために来たことを忘れないでよ、ヨミちゃん?」
「はぁい」
金の匂いに目を光らせる欲張りヨミちゃんに、瑪瑙ちゃんが目を光らせる。お金儲けはまた今度にするか。
「でも、プライベートビーチなのに、なんかやけに人が多くない?」
海で泳ぐ人は結構いる。波打ち際で水をかけあって樂しむ人たち、浮き輪でぷかぷか浮いている子や、バナナの浮き輪にのって、モーターボートに引っ張られて樂しむ人、浜辺では肌を焼くためにのんびりと寝ている人もいれば、砂のお城を作っている子、スイカ割りを楽しむ集団もいる。
海の家にも結構お客がいて賑わっている。そもそもお客がいなければレストランは経営できない。
だけど、ここは大貴族の使うプライベートビーチ。確認しなくても神人の人たちがこの場にいることがわかるので、これはおかしい。
「目の付け所がよみっちはやっぱり違うねぇ。そーだよ、ここは種族平等主義の高天原派が数年前から借り受けていて、一般人にもホテルも含めて開放してるんだよ。優しい家門だよね、天照家って。ニッシッシ」
「ふーん、たしかに慈悲深い家門だね」
一般人と言っても、ここに来るにはトラムに乗らないといけない。どうせそれも天照家が借り受けているんだろうけど、それを使うには多少は金と影響力を持たなくてはならない。本当に慈悲深い家門だこと。
それに………神人が移動してもおかしくない場所はカモフラージュにもなる。どこかのテロリストとかね。拠点として使える可能性はある。
「ほら、またシワが寄ってるよ。笑顔笑顔、海にバシャーン」
「キャー!」
考え込むヨミちゃんだけど、瑪瑙ちゃんが容赦なく海に投げてくれた。放物線をなぞり、ヨミちゃんは海に落ちちゃう。
ガボゴボ、水が口の中に入るけど味がある! こ、この水、塩っぱい! 信じられないことを受けて、海から顔を出して瑪瑙ちゃんたちへと教えてあげる。大発見だよ、大発見!
「驚きだよ。この水塩っぱい!」
「えー、うっそだー!」
「本当だよ。てーい!」
「ぶはっ………ほ、ほんとーだ! 塩っぱい!」
透き通った海水を掬って、瑪瑙ちゃんへとかける。からかっているでしょと、疑っていた瑪瑙ちゃんも目を見開き驚く。
「本当だよ! この水、塩っぱい! ちょこちゃん、塩っぱいよ。エイッ!」
「あばっ、ちょっとあたしは知ってるから! というか面白い反応を見せてくれて嬉しいかなっ! そいや!」
なにが面白いのかわからないけど、ちょこちゃんがケラケラと楽しそうに笑いながら、海水をかけてくる。そのままに3人でバシャバシャとかけあって遊ぶ。
海水をかけあうだけで楽しいよ。これが夏の海マジック! きっと美少女四人が戯れる姿は撮影会をすれば大儲けできるに違いない。
………四人?
「あれ、君はだぁれ?」
いつの間にかヨミちゃんと同じく将来有望な体型の少女が混じっていた。麦わら帽子をかぶり、純白のワンピースを着ている艷やかな長い髪の美少女だ。
儚げな感じがして、触ったら壊れそうなか弱さを醸し出している。
「あまりにも楽しそうな光景に思わず混ざってしまいました。申し訳ございません。ふふふ」
口元に手を当てて、楚々と微笑むその姿は立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花といった風情だ。
「ううん、楽しいから良いよ。ヨミちゃんは那月ヨミです、よろしくね!」
新しいお友だちは歓迎だ。ニパッと笑顔で握手を求める。
「よろしくお願いします。私の名前はサリーと言います」
黒髪黒目のどこまでも日本人っぽい美少女は、見惚れるような掴みどころのない霧のような笑みを魅せるのであった。




