30話
「麻生君……」
「さっき言いかけたことだったな。……御前が好きだ。だから御前を助けたい。それじゃダメか?」
「っ!!」
浩一の人生初の告白に、瞳は衝撃を覚えた。
「……ふう、なんとか地盤沈下だけは免れたようじゃのう……ん?」
中華飯店が沈みそうになる程の衝撃を感じたアルドと混沌。巨大地震でも起こったかのような衝撃だったが、地盤沈下はすることなく中華飯店は保ってくれた。ふと、アルドは周りを見渡してみると、そこに混沌は居なかった。
「行きおったか……」
逃がしたか、アルドは気にしては居なかった。いずれにしろ、倒すべき敵はジャック・アランフォード唯1人。無用な犠牲を出すつもりも無かった。と、そこでポツリポツリと地面が濡れ始めた。
「んっ……雨が降ってきおったか……」
全身の至るところから血が流れている。ここで雨に濡れるのもマズイと考えたアルドは階段を降りた。身体の節々に痛みを感じながらも、最初に全員が居たフロアまで降り梁崙が居た。しかし鈴乃音はいない。そして。
「浩一!?」
アルドは瞳に抱きかかえられて横になった浩一を確認するとすぐさま駆け寄る。一方の浩一はアルドに気がつくと右手を軽く上げる。
「よう……」
「お主一体どうしたんじゃ!? それにこの火傷の後は……まさか!」
アルドは浩一の腕に見えた火傷痕に気がつく。そこで全てに気がついた。だが、そこで同時にもう1つ、事に気がつく。周囲のざわめきだ。
「野次馬か……。仕方がない、一度逃げる。近くの墓場が良かろう。梁崙。浩一を」
「わかりました」
アルドは梁崙に指示を出すとすぐに立ちあがった。梁崙は浩一を背負うと、4人は裏口に行くとそのまま走り出した。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ」
「ふぅっ……なんとか逃げ切れたようじゃのう……」
雨が降り続けていることが功を奏したのか、殆ど人も居らず全員逃げ切ることが出来た。梁崙の背から降りた浩一は軽く礼を言ってから雨と泥で汚れる事も気にせずにその場に座り込んだ。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ……ンブッ!」
雨で身体が冷えないようにするためか、アルドは浩一に貰い、今まで来ていたジャケットを浩一の頭に被せた。
「こんな形になってすまんが、今返すからのう……」
「ああ……」
と、そこで浩一は瞳を見た。雨に濡れながらも、彼女は浩一を心配そうに見つめていた。眼があった瞳は気恥ずかしさからか、目線を逸らす。
「……浩一。彼女の処遇に関して、じゃが」
「えっ……?」
アルドからの言葉を聞こうとするや否や、浩一は狼狽し瞳は親指を口に添える。
「落ちつけ。川島瞳をワシはどうこうするつもりはない。……浩一、お主に彼女を預けようかと思うておる。……有体に言えば、足枷じゃ」
「足、枷?」
「……私が反旗を翻そうとすれば、麻生君を殺す。そう言うことね?」
「は!?」
瞳の言葉に、当の本人である浩一が一番驚いた。当然だ、自分の命が既に川島瞳を巡るシステムの一部になっていると言うのだから。
「すまぬ。浩一、お主を組織に入れる事は出来ん。無用な争いに巻き込むわけにはいかんからのう。だからこそ、お主は川島瞳とともに居ることじゃ。これならば川島瞳は暴走することは出来んしの」
「……そうか」
浩一は項垂れると、ジャケットの上から頭を抱えた。今の状況はそれほどまで追い込まれている、ということだけは感じ取れた。
「梁崙、出来る範囲で良い。各地の吸血鬼達と連絡を取れ」
「畏まりました」
そう言うと梁崙は携帯電話を開くとメールを打ち始めた。
「……浩一、何か困ったことがあれば、いつでもワシ等を頼れ。御前に作った大きな借りは、いつか必ず返すからのう」
「……ああ」
ジャケットを頭から被ったままで雨に濡れている浩一に言葉を投げかけたアルドは一度だけ振り返ってから梁崙を連れて墓場を後にした。
「麻生君……ごめんなさい」
「え?」
先ほどのアルドと同様に浩一に投げられた声に浩一は頭に被っていたジャケットを除ける。雨はまだ降っており、雨粒の1つが睫毛に当たる。
「っつ……んっ。川島、どうしたんだ?」
「私の足枷になんてしてしまってごめんなさい。私と会わなければ、貴方は今よりも幸福に生きられたはずだもの」
「……そうかもな」
浩一は、瞳に対する答えを素直に言った。確かに痛い思いをすることは今よりはるかに少ないであろうし、大学に行くなり就職するなりをして、誰かと結婚し、所帯を持って……そんな当たり前な人間の夢を追えたことは間違いない。
「でも……川島に会えた」
「っ!? 麻生君……」
しかし、それでも浩一は今の自分を否定するつもりはなく後悔もしていない。限りある道の大半は消えた。だが、それでも残った道はある。そして、その道で生きていくことが出来る。
「生きよう、共に」
浩一が差し出した手を、瞳は握り返した。
「ありがとう……麻生君」
そう言った彼女は少しだけ潤んだ目をしていた。雨は、止んでいた。
「……これから、どうするんだ?」
「とにかく、私達はもうこの街には居ない方がいいと思うの。……私達2人、血の雨のブラックリストに乗ったことは間違いないから」
瞳は浩一に予備のフルフェイスヘルメットを渡すと、自分もフルフェイスのヘルメットを被る。
「とりあえず当てはないけど、南に行ってみよう」
「……そうだな」
そう言うと、瞳は自らの愛車に跨るとエンジンを掛ける。それを確認してから瞳は浩一の方を向くと、後ろに乗るように指し示す。
「乗って」
「ああ」
浩一はおっかなびっくりと言った様子で後ろに乗る。浩一が乗ったことを確認してから瞳はバイクを出した。普段、歩く速度とも走る速度とも違う速さで、景色は次々と塗り替えられていく。それを、後ろに乗った浩一は見ていた。
「いつか、必ず帰ってくる」
浩一はバイクの騒音の中、瞳にも聞こえないほどの小さな声でそう呟く。彼の見ている景色は、すぐに見たことの無いモノへと変わっていた。
最終話です。




