26話
浩一は瞳の身体を横たえると自分の真っ赤になった白いワイシャツを血鬼斬で切り裂き、瞳の傷口を縛る。元々あまり器用ではない上に傷口が大きいために効果はあまり期待出来ず、結果的に瞳の生命力に頼るしかなかった。
「もう済んだ?」
ワイシャツを脱いだために上は黒いTシャツ一枚になった浩一は鋭い目つきでジャックを見る。浩一が瞳に手当てをしている間、孫の手のように剣で肩をトントンと叩いていた。
「……攻撃でもしてくるかと思った」
「別にそうしてもいいんだけどさ? やっぱり君の目の前で八つに引き裂いてあげた方が君にとってもいいと思ってね」
浩一の鋭い視線にもジャックは涼しい顔をしていた。暖簾に腕押し、とはまさにこのことである。
「下種な趣味だ」
「安心しな。その後すぐに君も同じようにバラバラにして川島瞳と一緒にこの店のオブジェにしてあげるから」
ジャックは先ほど以上の笑顔を作ると剣を肩から下ろし、切っ先を地面に下ろす。
「来な」
「時間がないんだよ……さっさと終わらせてやる!!」
浩一は先ほど以上に力強く血鬼斬を握るとジャックに接近する。ジャックは笑みを崩さずに、特に構えを作ることもしない。
「うわぁあああああああああああああああ!!」
浩一はギリギリまで接近して攻撃を仕掛けようとする。狙いはジャックが剣を持つ右腕。長いリーチの剣ならば接近すれば戦いにくいと考えたからだ。
「ふーん……」
ジャックは浩一の接近を阻まず、そのまま接近させる。だが、右手に持つ剣は先ほどまでと同様に地面に向けられたままだ。
「喰らえぇえああああああああああ!!」
浩一がギリギリまで接近し、互いの鼻先が触れそうなほど近づいた時だった。浩一が右手に握った血鬼斬をジャックの右腕の中程に突き刺そうと切っ先を向ける。だが、
「……うっ」
「うん?」
浩一がジャックの右腕に血鬼斬を突き刺す寸前、浩一の血鬼斬はそれまでの勢いが落ちていた。一方のジャックは浩一の攻撃を右肩の力を抜いて引くことで軽々とかわし左ひざを曲げて高速で打ちだす。その膝は、無防備な浩一の腹にめり込まれた。
「ぶっ!!」
浩一はあまりの早さに、一瞬弾丸でも受けたのかと思うほどの衝撃と吐き気を感じる。身体がくの字に曲がりながらも、ここ2日は特に何も食べてはいなかったので、吐しゃ物が出ることは免れた。だが、それでも喉元を胃液の酸っぱさが口の中に広がった。吸血鬼にも消化能力はあることを知ったが、こんなことで知りたくはなかった。
「グッ……!!」
なんとか胃液を吐きだすことは免れ、胃液を飲み込むと蹲りながらも左手に力を込めてジャックに殴りかかる。しかし、ジャックはまるで浩一の動きを読んでいるかのように一歩後ろに跳んで距離を取ることで浩一の攻撃をかわすと再び接近し剣の柄尻で浩一の眉間を叩き付ける。額が割れるほどの痛みを浩一が感じながらもジャックはそれで止まらず、左手に拳を作ると次は浩一の頬を殴りつけ、更に左腕1本で胸倉を掴むと浩一を壁に投げつける。
「グアハッ!!」
口から血を吐き、ズルズルと尻もちをつきそうになる。だが、ジャックは休む暇もくれなかった。壁に背中から叩きつけられ、尻もちを着く寸前だった浩一の頭を左手1本で掴むと今度は先ほどとは逆方向に投げ飛ばす。全身を床に叩きつけられ、何度か床の上を回転したところで浩一の身体は止まった。
「ハァッ、ハァッ」
床の味を感じながらも、浩一の眼光はジャックに向いたままだった。全身が痛み、口の中も切って鉄臭い匂いと不快な血の味が口の中に広がっていた。立ち上がるのも辛く、足も物凄いガクガクとしながら、それでもなんとか立ち上がる。それは生まれたての小鹿よりも酷く不安定だった。
「ほれ」
ジャックは立ち上がるのもギリギリな浩一に再び近づくと、ブーツの先で浩一をチョンと小突く。ギリギリのバランスを保っていた浩一は、すぐに倒れてしまった。
「ほらほら、もう1度立ってみな」
「グッ、そ……」
ジャックに言われるまでもなく、浩一は立ち上がるつもりでいた。だが、身体に力どうしても入らない。
「御前、さっき俺に攻撃しようとした時、寸前で攻撃を止めたな。もしかして、人の形をした奴は殺せないってタイプ?」
「……」
浩一は答えない。それは無言の肯定ともとれるが、実際には返答するだけの力を少しでも立ち上がるために無駄な力を使わないためだ。だが、無情にもジャックはなんとか立ち上がろうとする浩一の背中を踏みつけ、そのまま地べたに這いつくばらせる。
「グゥッ、ブハッ!」
ついに我慢できなくなった浩一は口の中に溜まった血を吐きだす。その際血が逆流したせいか、鼻からも血が流れ出た。
「川島瞳を懐柔出来るほどだからどんな猛者かと思ったのに。戦うこと自体に楽しみも見出せるかと思ったけど。どうやらそうでもなさそうだし、下らないなぁ。余りにも下らなさ過ぎて涙が出そうだ」
「あの、と、き」
「ん?」
「あの時、言っていた。川島の、両親を……殺し、たの、は」
浩一はジャックの問いかけを無視して一方的に問いかけた。それは、瞳の中で見た金髪の少年の言っていたことだった。
「ああ、川島瞳の両親なら俺がブッ殺したよ」
ジャックはあっけらかんとしながら平然と言う。表情は見えないが、その口ぶりは笑っているようだった。
「全く面倒ったらありゃしなかったよ。家族まとめて血の雨の傘下に入れば助かったものをさ。私達の娘を争いの道具なんかにはさせない、ってさ。笑っちゃうよ。俺たちはそんなことを一言も言っていないのにあっちからそんな風に言ってくるなんて。あれはきっと川島瞳を使って反乱を起こそうと企てていたね、うん」
「……ろ」
「まあ、面倒ったらありゃしなかったからさ。ブッ殺して血祭りにしたよ。確かあの時は全身ぶった切って血塗れにして両足にロープ巻いて逆さ吊りにしてシャンデリアみたいにしたかな。面白かったなー。あのお肉シャンデリア」
「……めろ」
「そんでさそんでさ。ここだけの話、この後君等2人をブッ殺した後は全身の皮を剥いて両手両足をそれぞれぶった切った後に別々の身体にブッ刺してね。そんでオブジェにした後は全身ロープで縛ってチャーシューみたいにして客に出そうとか考えてんの。多分ベースは人間だからちょっと味は違うだろうけど、煮込めばたぶん一緒だろうしさ。そんでそれを知らずに豚かなんかと思って喰う人間のことを考えたら」
と、ジャックがそこまで言った時だった。浩一の身体。正確には右手に変化が現れた。より正確に言うと浩一の右手の先。あれだけ傷を負わされながらも決して離すことはなかった血鬼斬が握られた右手。その右手がまるでサファイアのように輝きだした。それと同時に、先ほど浩一が吐きだした血。それが右手に集まりだしていた。 浩一は気がつかなかったが、手に集まりだした吐きだした浩一の血は、人のモノとは思えないほどどす黒いモノだった。そして、その血が右手に集まりだした瞬間。浩一はそれまでとは全く違う動きで立ち上がった。
「ん?」
「や、め……ろ。やめ、ろ。……やめろぉおおおおおおお!!」
叫び声がその場に広がった瞬間、浩一の思考は一瞬真っ白になった。




