2話
「おーい、席着けー」
そんなことを考えているうちに担任が教室に入ってきた。手には日誌を持ち、バンバンと叩きながら歩いてくる。教師が教室に入ってくることを確認すると、まるで蜘蛛の子を散らすように生徒達は席に着いていく。
「おーし、全員いるな? おしおし。連絡は特にない……と、言いたいところだが、今日は1つ報告だ。急だが転校生が来るぞー」
担任の一声にクラス中がざわめく。そんな中、浩一だけは特に興味もなさそうに授業までの僅かな時間を味わうかのように頬杖をついて外を見ている。
「なあ、浩一。転校生だってよ。転校生。急だなぁ」
「あ? ああ……そうだな」
斜め後ろの席から直樹が浩一に語りかけてくる。周りのクラスメイトと同様に喜々とした表情でいた。
「男かな? 女かな?」
「……どっちでも良いんじゃないか?」
浩一は興味が無いように言うが、内心では疑問に思うこともあった。今は6月。転校のタイミングとしては若干早い気もするし、2年生のこの時期に転校というのも妙だった。家の事情などでも、高校2年生なら1人でアパートでも暮らせるのではないだろうか。ましてや、平平凡凡のレベルのこの桐生高校よりも、もっとレベルの高いもっと別の高校でもいいはずだ。
「じゃー、入ってきてもらうか、川島」
担任が言うと、クラスの扉が開く。転校生に興味のない。浩一のような極一部の興味の無い者を除いたほぼ全員が扉の方を見る。
端的に言うと美少女だった。学校指定の夏服に透き通るような白い肌。その肌を見て浩一はすぐに日本人の様な黄色人種ではないことに気付く。だが、もっとも彼女の容姿を表すのに特徴的なのは髪の毛だった。真っ青な、蒼穹という言葉が似合うほどの蒼いショートカットの髪の毛は彼女の肌と相まって、空という言葉が似合っていた。
「川島瞳さんだ。家の事情でこの高校に転校してきた。慣れないことだらけだし、大変なこともあると思うがよろしく頼むぞ。川島、一言挨拶してくれ」
「……川島です。よろしくお願いします」
あまりにも簡素な挨拶をして、一礼をすると周りからは大きな拍手が起こる。浩一も周りに合わせて拍手をした。彼も瞳を一瞥してかわいい、よりも綺麗という言葉が似合うということを感じた。しかし、それよりも浩一が気になったのは彼女の肌だった。彼女の白すぎる肌は血管まで浮かびそうなほど青白い。それは、まるで精気が無い死体のように。
「なんてな……」
昨日直樹から借りた漫画のせいかと浩一は思った。マンガでもあるまいし、この世にそんなことはあるわけがないからだ。
「よし、じゃあ9時から授業始めるからな。川島は……上條。分からないことは教えてやってくれ」
上條、と担任に呼ばれた遥は返事をすると瞳に話しかける。彼女は遥の隣の席の無人の席に座った。
「よろしくね、川島さん」
「……よろしく」
遥の隣だった浩一は再び頬杖をついて2人……主に瞳を見ようとした。だが、HRが終わった瞬間、次の授業までの僅かな時間の中で男女問わず野次馬が彼女を囲んで矢継ぎ早に質問を始めていた。その中には直樹の姿も確認できた。
「……ま、良いか」
浩一はこれから始まる授業を憂鬱に感じながら席を離れ授業道具を取りに行った。しかし、彼は気付く由もなかった。瞳が周りの質問を受け答えしながらも浩一のこと見ていたということを。
キーン、コーン、カーン、コーン
「んー……終わったー……」
授業がすべて終わり、退屈な帰りのHRが終わった後、浩一は背伸びをする。あれから休み時間ごとに彼女を囲むことは終わらなかった。思えばあの容姿である。興味を持った男子達は今日からでも告白に乗り出すだろうと言うことが予測できた。最も浩一はそんな勇気もなければ無謀でも無かったが。
「なー、浩一」
直樹が後ろから声をかけてきた。振り返ると遥と瞳もいた。
「んー、どうした?」
「これから俺等瞳ちゃんと一緒に飯でも食いに行くかって話してたんだけどさ。お前どう?」
「ついでに街を少し案内しようかって話していたのよ」
遥が言う。言い忘れていたが直樹と遥は付き合っている。クラスでは成績優秀で学級委員長の遥とクラスでは盛り上げ屋としてバカを演じる直樹が付き合っていることは、最早公然の秘密である。2人は浩一にしか付き合っていることを話していないが、クラスで知らない者などいない。
「あー……悪い。俺、今日はバイトの日だから。悪いけど今度にするわ。2人で頑張ってくれ」
「そう。ま、それじゃあしょうがないかしらね」
「ああ、悪いな。じゃあな」
「じゃーなー、浩一―」
「バイト頑張ってね」
「……さよなら」
直樹、遥、そして瞳と別れた浩一は赤く染まり始めた空を一瞥した後駐輪場まで走り、自転車を走らせる。バイト先まで行くには時間はまだある。一旦家に帰るか、と考えていたときだった。
一瞬、空が暗くなった。
「!?」
浩一はびっくりして地面に足をつけてしまい、転倒しそうになる。
「ヤバッ……」
浩一は咄嗟に両手のブレーキを思いきり引くと同時にハンドルを右に90度回転させ、辛うじて転倒を防ぐ。
「危なかったー……あれ?」
浩一は改めて空を見てみる。先ほどと何も変わらない、夕焼けの空だった。
「何だったんだろう……? 気のせい……だよな」
自転車に跨り直すと浩一は再び自転車を走らせる。おかしなことが起こるものだと思っていた。
「なんかなー……よし、今日はバイト先に早く行って、そこで飯食っていくかな」
浩一は少し気だるそうにしながらも、再び走り出した。彼はそんな中、気付くことは無かった。近くの家と家の間、小さな闇が出来た路地裏という空間、そこに異形の化け物が存在していたことを。
「はぁー……疲れた」
バイトを終えた浩一は帰路に立っていた。5時からバイトを始めた浩一はレジ打ちや品だし等の仕事をしながら早くバイトが終われと念じていた。そしてバイトが終わった瞬間に退勤をした彼は夜食のおにぎりを買い、自転車を走らせながら帰路についていた。人通りが少ないが公園の通りを行くのが近道であるため、公園に向かっていた。帰路につく間も明日の授業を憂鬱に思い、ため息をつきながら走っていると公園の中の街灯の1つに見知った顔を見つけた。
「あれ? 川島……だよな?」
浩一は自転車を止め、外灯の下にいた瞳を見つける。しかし、何故こんなところにいるのだろうかと疑問に思っていた。浩一は自転車を降りると瞳に近づいていく。
「川島……だよな? あ、俺同じクラスの……」
「麻生君でしょ?」
名乗ろうとした自らの名前を先に答えられたことに浩一は驚く。転校生の彼女が学校でほとんど会話も交わさなかった相手の名前を覚えているとは思わなかったためである。それは顔と名前を覚えることが苦手な浩一には信じられないことだった。
「あ、ああ。そうそう。って、なんで俺の名前を?」
「……血」
「え?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。だが、すぐに思考を回転させる。血とはなんのことなのだろうかと。
「ど、どういうことだ?」
「いずれ……ね」
そういうと瞳は外灯の外に消えていき、闇の中に消える。浩一は追いかけていこうとすると、彼女はそこにはいなかった。




