00:大魔法使いの孫
その日、ラインハーツ魔法学校の生徒達は騒めき立っていた。
「ギルレモ=レガンドの孫が新入生にいるらしい」
「あの大陸1の大魔法使いの!」
「孫の実力はどうなんだ?」
「どんな子なのか顔を見に行きましょう!」
校門から学校の玄関まで、噂の人物を一目見ようと在校生が押し寄せていた。
期待を滲ませた、どこか誇りに溢れた表情の13歳の少年少女達はそんな先輩達の様子を興味深く観察しながら建物に入っていく。
その中に、目立たぬよう俯きながらひっそりと新入生の集団に紛れる人影があった。
彼女こそがリナ=レガンド。
大陸に4人しかいない大魔法使いの1人、そして歴史上唯一《偉大なる魔法使い》の称号を持つギルレモ=レガンドの孫、と今まさに注目を浴びている人物だ。
「入学前の魔法審査で満点だったらしいよ」
「魔力量審査で全て《灯らせた》たんだってね。上級生が卒業前にやったって全部は無理って兄さんが言ってた。僕なんか2、3個しか灯せなかったのに」
「あれは1つ灯らせれば充分資格あり認定されるやつなんだからいいんだよ」
近くのコソコソ話は新入生のものだろう。
以前からの顔馴染みなのか、幼さの残る顔立ちの男の子達が興奮気味に話していた。
耳に滑り込んで来た情報にリナはさらに目線を下げ、足を早める。
2人の会話の内容は受験時の試験の1つについてだった。
筆記、基礎魔法審査の後に1人ずつ別室に呼ばれ行われたものだ。そこには所狭しと数えきれないほど蝋燭が置かれていた。詳しい説明も特になく、ただただ「魔法で蝋燭を灯せ」と言われ実行した。全て灯すものだと思い込んでいたが、まさか魔力量を測るテストだったとは。
何故事前に説明してくれないのか。
今更になって頭を抱える。
ただでさえ目立ってしまっているのに、さらに自分で噂の種を蒔いてしまったらしい。
だが、今更悔いたところで終わったことはどうにも出来ない。
それならばせめて正体を知られるまでは平穏に過ごそう、と決意を固くし玄関を潜る。
外観は古城のようだったが、建物内は洗練された美しい空間だった。大きなシャンデリアが輝き、上空を書類が行き交っている。壁や天井は魔法で入学式用に飾りつけられていた。
学校指定のローブに身を包んだ生徒達が談笑しながら通り過ぎていく。
先程の萎んだ気持ちはどこへやら。
リナはつい「わあ、すごい……」と口に出してしまっていた。
こんな世界を目の当たりにして心が踊らない人間がいるだろうか。
顔を上げて感動に浸っていると、周囲が段々と騒がしくなる。
「リナ=レガンド、こちらへ」
何事かと様子を伺っていたところ唐突に名を呼ばれてしまった。声の方向へ向かうとそこにはいかにも魔女らしいトンガリ帽子を被った女性がいた。高齢ではあるようだが、背筋がピンと伸びて威厳があるため実年齢を予測出来ない。
周りの子ども達が小さな声で「学長だ!」「あの子が魔法使いの孫?」と囁き合っているのが聞こえてくる。
と同時に人集りが遠巻きになり、渦中の2人を中心に円状になった。
「お呼びでしょうか」
「ええ。全く連絡がつかないので困りましたわ」
頬に長い指を添えたかと思えば、黄金色の瞳が細められた。何故だか全てを見透かされそうな気分になる。居心地が悪くなり、視線を返した。
「あの、私に何かご用ですか」
「あなたが新入生代表挨拶をするのですからね。打ち合わせのために呼びにきましたのよ」
「えっ!? 聞いてません」
「何度もカラスを飛ばしたのに届かなかったのだから仕方がないでしょう。とにかく着いていらっしゃい」
なるべく目立たずに平穏に過ごしたい、という願いは早々に砕け散り、多くの生徒に見守られながら学長の後に続く。
壁の絵までもがまじまじとこちらを凝視しているものだから、視線のやり場に困ってしまう。
最終的に、前を歩く女性のローブを見つめる事にし、小刻みに震える手で自分のスカートを握った。
リナには誤算が2つあった。
1つはギルレモ=レガンドが思いの外有名人だったこと。
もう1つは自分が想像以上に力を持っているらしいことだ。
「こんなの聞いてないよ。……ギル爺め、わざと隠してたな」
小声で愚痴を吐くも、本人に届くはずもない。
こうして大魔法使いの《偽の》孫、リナ=レガンドの前途多難な学生生活が幕を開けたのだった。




