22.わたくし、ぶち切れましたわ!1
ふむ。
なるほど。
どうやらこのお二人は随分と対照的と見えますね。
三人の女性を背後に従え、三階で待ってらっしゃるであろうお嬢様のもとへ向かいながら、私は自然と彼女たちを分析していた。
これからお嬢様の身辺をお任せする女性たちです。
旦那様が人選なされたのでしょうし、大丈夫だとは思いますが、用心に越したことはありません。
私は振り向かずに、背後に意識を集中する。
何をしても、勇ましさが前面に押し出されている様子から察するに、ガブリエラという女性は皆がそうであるように、旦那様に心酔しておられるのでしょう。
その態度によく表れておいでだ。
対してシファー女史は茫洋としていて、まるでマーガレットを彷彿とさせられます。
なんだか厄介事が増えそうな気もしますが……。
しかし、やはり気になるのは、ミカエラという女性が全身から立ち上らせているおかしな気配でしょうね。
他の姉妹二人がひそひそ話しておられるのに対して、ミカエラ女史からは明らかにおかしな視線を感じる。
この方……まだ私の身体を諦めてくださっていないということですか?
ただでさえ体調が万全ではないというのに、余計な心労をかけさせないでいただきたいものです。
軽く頬がピクつくのを感じながらも、私たちはひたすら歩き続けた。
そうして、いつものように三階サロンの前まで来たのだが……。
「ん……?」
お嬢様付き専属侍女であるマーガレットが、何やら扉前の回廊でオロオロしていた。
「どうかされましたか? マーガレット」
「あ……! ヴィ、ヴィクター様……! そそそ、それがっ……」
ひたすら「ひゃわわ」している彼女を見て、私は思わず、額を抑えてしまった。
これはあれです。
いつものやらかしでしょう……。
「まったく……。あなたがそのような態度を取られているということは、また何かやらかしてしまったということですか?」
「ひっ……ち、違うんです……! わ、私はただ、少し小耳に挟んだことをお嬢様にお話しただけで……! そうしたらお嬢様が、よくわかりませんが激怒なされて飛び出していってしまわれたのです……!」
はぁ……。
予想どおりというべきか。
「いったいお嬢様に何を吹き込んだのですか」
「ふ、吹き込んだんじゃありませんっ。ただ、他の侍女たちが話していることがお嬢様のお耳に入られたらしくて、それで先程サロンで質問してこられたのです。『旦那様がヴィクター様を解雇なさろうとしているのは本当のことですの?』と。ですので、私はこうお答えしただけです。『その件でしたら先程、旦那様と大奥様が深刻なお顔をされて話されていましたよ』、と。本当にただそれだけなのです! 信じてください!」
はぁ……。
「あなたは言葉が足らないのですよ……」
火に油を注ぐとはまさにこのことか。
マーガレットは単純だが、それゆえ悪意というものをほとんど持っていない。
そのようなものを持っていたら、母親であるメアリー様がこのお屋敷で奉公させようなどとは思われないでしょう。
だから本人が言うとおり、決して悪気があったわけではないのでしょうが。
「マーガレット……」
「は、はいぃぃ!」
感情のこもらぬ静かな声で語りかける私に、マーガレットがびしぃっと姿勢を正した。
「物事にはタイミングというものがございます。そして、言い方というものもございます。わかりますね?」
「は、はいぃぃ! 存じ上げております!」
「そうでしょう、そうでしょう。ですが、だったら何故、そのような言葉足らずで不確定要素の強い情報をお嬢様にお伝え申し上げたのですか? 存じないなら存じないで、『私にはわかりかねます。おそらく、ただの噂話に過ぎないでしょう。お気になさらない方がよろしいかと』と、そうお伝え申し上げればよろしかったのではありませんか?」
「ご、ごもっともにございます!」
額に冷や汗たらたら浮かべながらぷるぷる震えているどこか滑稽な姿のマーガレットを見ていたら、なんだか非常に残念な気分となってしまった。
「それで、お嬢様は今どちらに?」
「おそらく、四階のサロンへ行かれたのかと」
「あそこですか」
四階のサロンは母屋西側の医療棟最南端にあるお部屋で、普段大奥様がおくつろぎになっている場所である。
つまり、どうやら噂は本当だったということでしょう。
「厄介ですね」
今頃サロンでは大奥様を始め、旦那様も巻き込んでの騒動が起こっているはず。
「わかりました。今から向かいますが、あなた方は控えの間で待機していてください」
「わ、わかりましたぁ!」
「御意に」
「いってらっしゃいませ」
マーガレットや私と一緒にここまで来た三人の女性陣はそれぞれに応じ、会釈やら敬礼を返してくる。
私は彼女たちを置いて、踵を返した。
早足で上階へと続く階段へと向かう途中、そのたもとで侍女頭のメアリー様が待っておられた。
彼女は何も言わず、ただ頭を下げ続けておられる。
おそらく娘がしでかしたことを謝罪してくださっているのでしょう。
私も軽く会釈を交わしてから、疾くそこへと向かった。
そして、長い回廊を右に左にと歩き続け、ようやく辿り着いた頃、
「ふざけないで、お父様! どういうことですの!? ヴィクター様をクビになさる!? もし本当にそのようなことをなさいましたら、私、一生口を利いてさしあげないんだからっ」
「なっ……おいっ、待てっ。誤解だっ。話を最後まで聞け、アーデ!」
「ふんっ」
サロン外の小回廊。
思わず「ガ~ン」という効果音が聞こえてきそうなほど、口をあんぐり開けたまま固まってしまわれた旦那様を始め、幼いながらも怒り心頭でこちら側へと歩いてこられる小さなお嬢様。
そして、呆れ顔をなさった奥様や大奥様、三歳のリリアンローゼ様、乳母に抱かれておられるグラハム様など、その場には、公爵家一族が勢揃いしておられた。




