20.戦力外通告3
「たくっ……お前という奴はほんっと~に、犬みたいな奴だなっ。だが、お前のその心意気、大変嬉しく思うぞ。母上には俺の方でうまく言っておく。おそらくお前が申したとおり、母上はお前のことを思ってああ命じなさったはずだ。だったら、本人がそれを望まず最後までやり遂げたいと申していたと進言すれば、むげにはなさらないはずだ」
「お心遣いに感謝いたします」
「いや、何、気にするな。本来であれば俺の方がお前に続けてくれと、頭を下げて頼み込まなければならないところだからな」
旦那様はそこで、難しいお顔をされる。
「しかし、業務をそのまま続けてもらうのはいいが、正直どうなのだ? 復帰してより、ちょいちょい様子を見てきたが、とても辛そうではないか。重いものもろくすっぽ持てなくなっておるわけだしな」
「そうですね。相変わらず、分厚い本一冊すら持てませんからね」
「だろう?」
「はい。時折襲い来る激しい発作に関しては大分頻度も軽くはなっておりますので、そちらの方は改善されているとは存じますが、体力や筋力が全盛期の頃まで戻るかどうかは……」
「やはり難しいか」
「面目次第もございません」
「いや、お前が謝る必要はない。しかし、となると軽い執事業ぐらいはなんとなるとしても、護衛は無理であろうな。誰か選りすぐりを引っ張ってきて、護衛騎士に任ずるしかないか」
お嬢様の今後のことを考えると、その方がいいように思われた。
拉致事件の実行犯はすべて死亡したが、それを主導した者たちが依然誰なのかわかっていないからだ。
おそらくシュレイザー公爵家に泥を塗り、派閥の旗をへし折るための前段階として仕組まれた計画の一端なのだろうが、問題は、敵対派閥の誰が直接絡んでいるのかわからないことにある。
最悪、もし本当に宰相派閥が仕組んだことであるならば、今回の一件の首謀者云々にこだわらず、敵を根こそぎ失脚させればいいだけの話だが、物事には順序というものがある。
それをするにも汚職などの材料を大量にかき集めなければならないうえに、一歩間違えばクーデターを早めるきっかけにも繋がってしまう。
だからどうしても慎重にならざるを得ない。
せめて、中立派閥を取り込めさえすればバランスも崩れるのかもしれないが、それでも、お嬢様に迫る危険を完全に駆逐できるとは言い難い。
「やはり、護衛を増やしていただいた方がよろしいかと。私の方でも善処はいたしますが、この身体がなんとかならない限りは無理でございましょうし」
「そうか……」
「はい。何か、新しい治療法でも見つかればよろしいのですが」
「新しい治療法だと? たとえばどんなだ?」
「そうですね。魔導医療が更に進歩し、完全に欠損した肉体すらも再生させてしまうような再生医療とかですかね」
「まるで夢のような話だな」
「えぇ」
――ですが旦那様? 三十年後の未来では、似たような治療法は既に確立されているのですよ?
無から有を生み出すのは不可能だが、切断された腕が残ってさえすれば、それを元に新品のパーツを作り出し、腕を繋ぎ合わせてしまうことも可能だった。
しかし、その技術が誕生するのは今から二十五年後のことである。
「あとはそうですね。失われた禁忌魔法などでしょうか」
「禁忌魔法だと? それってあれか? 古代人か何かが大昔に使っていたとかなんとかいわれているアレか?」
「左様にございます。現代では解読不可能な意味不明な言語でつづられた古の書物にそれらが載っているのではないかと、まことしやかに囁かれておりますが、真相は藪の中。もしかしたらその中に、私の身体を癒やせる秘術が隠されておるやもしれません。もしくは、以前と同じぐらいの水準で、お嬢様をお守りすることができるようになるかもしれない未知なる強大な力が」
古の時代に書かれた古い本。
それらが世界中の禁書庫などに眠っているとされている。
世界各国の言語学者や魔導研究家たちが日夜、解読に勤しんでいるが、この時代ではまるっきり成果が上がっていない。
なぜなら、古代語とは、暗号文字だからだ。
そして、それが解読できていないのはこの時代の人族だけである。
そう。
つまり、三十年後の未来では、既に解読方法が見つかっているのだ。
そのうえ、この時代でも普通に紐解くことが可能な者たちが何人かいる。
「そういえば……思い出したぞ」
「はい?」
「爺さんの時代だったか、それとも父上の時代だったかわからんが、大賢者とか抜かすおかしなエルフの女が屋敷にやってきたことがあってな。そいつらエルフどもとは昔から何かと懇意にしていたとかで、何冊か、見たこともない封印が施された立派な本を置いていったことがあったのだ」
「封印された本……ですか。しかも、エルフの大賢者……」
私の背中にぞくりと、何か冷たいものが走っていくのが感じられた。
このリヒテンアーグ聖王国は人間の国で、この国で市民権を持って定住することが許されているのは人族だけである。
世界には獣人種やエルフなどの種族も普通に住んでいるものの、どちらかといえば、彼らは人間に差別される側の立場だ。
旅人としてときどき狼族や猫族などが街を訪れ、冒険者ギルドで仕事をこなしたり、街の観光を楽しんだりしているようだが、あまり歓迎されているとはいいきれない。
そして、その最たる存在が、エルフと狐族である。
彼らは古の時代から生きる長命種であり、その持てる魔力量も桁外れに高い。
だから、もし心ない人間に見つかったら、即刻拉致されて研究材料にされてしまうだろう。
「つまり、エルフたちの里をなんらかの理由で保護していたということですか?」
「おそらくな。それで、定期的に近況を報告に来ていたのかもしれんな。あるいは何かしら父上たちが取引をしていたかだ」
「なるほど」
可能性としてはいくらでも考えられる。
保護し、物資を融通する代わりに、エルフたちだけが持つ何かしらの技術や材料を流してもらっていたとか。
「しかし、よもや大賢者が絡んでいようとは……」
「ん? 知り合いなのか?」
「いえ、そういうわけではございませんが、名前ぐらいなら存じ上げております」
未来で私におかしな術をかけたエルフの魔女。
大賢者エスメラルダ。
何歳なのかは知らないが、王妃となられたお嬢様のもとをこっそり訪れているのを何度か見かけて知っている。
あのときはただ、どこの馬の骨と胡乱げに認識していただけだったが、よもやこのような繋がりがあったとは。
もしかしたら、私が存じ上げないところで、幼少期のお嬢様とも繋がりがあったのかもしれない。
「これも運命ということなのでしょうね」
「運命か……そうかもしれんな」
「はい?」
私の言葉に反応した旦那様が何をもってそのようなことをおっしゃったのかわからず、首を傾げていると、おもむろにニヤリとされた。
「よし、決めたぞ、ヴィクターよ!」
「はい?」
椅子から勢いよく立ち上がって見下ろされる旦那様。
「お前に禁書庫への立ち入りを許す! そこで存分に、禁書を読みあさり、見事、不死鳥のように復活を遂げてみせよ!」
……まったく。
親子揃って、本当に無茶なことばかりおっしゃっる。
私は呆れてぽかんとしていたが、旦那様はこれ以上ないといわんばかりの会心の笑みをお見せになった。
あぁ。
それを拝見した私はこの日をもって完全に理解した。
奥様がおっしゃったとおり、旦那様のこの性格がお嬢様の傍若無人な振る舞いを誘発したのだということを。
「まいりましたね」
しかし――
これは最大のチャンスでもある。
未来では政争に敗れてこのお屋敷ごと宰相派閥に接収されてしまったため、禁書を閲覧する機会が得られなかったが、今回は違う。
奪われる前に、禁書の数々を拝見できるのだから。
もしかしたらそこに、私の身体を治す秘術や古の時代に失われてしまった古代魔法の数々が眠っているかもしれない。
もしそうであるならば、私は以前の自分を超えて、お嬢様をお守りすることが可能となるやもしれない。
なぜならば、私は知っているからだ。
この時代では解読不可能といわれている古代文字。
その解読方法を。




