29.第八章 睡眠時間が足らない
※本編投稿。4/29日からの続きです。
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再編成である。イストリア攻略から凡そ三度目。全部で半月、全部を半月。
不幸中の幸い、義勇軍全体で見れば足りないところに人手が回った。今迄遠慮があった部分が互いに肩を並べて話し合うようになった。殴り合った。
そうでなければこの難局は乗り切れなかった。それ程に熱く、山程の理不尽と問題点が浮上し、垣根を超えた友情が芽生えた。
「あおあおあおああ~~~~!!終わったぞ!遂に終わったぞ!!」
奇声を上げて立ち上がり、両腕拳を振り上げたアレスに、周囲の文官一同が拍手喝采で祝福する。なお、叫んだ本人は白目を剥きかけた。
尚、救護班もある程度統合される事になったため、監視役も今はいない。
誰もが想定しないこの惨状。何が原因かと言えば、二度に渡る中断と予定変更。
そして引継ぎの人手が急に居なくなったため。
各国が慌てて議論の為に、自国へ伝令も無しに戻ったりしたためだ。
尚、別に義勇軍を捨てた訳では無いため、事務関係者達は置き去りにされた。
最悪な事に、彼らの諸経費は一切未払いのままである。
義勇軍での付き合いの長い北部はともかく、東部の諸侯達は自分が頂点じゃないという常識に、未だ全然慣れていなかった。
せめて伝令や期日を告げて戻ったのであれば混乱は少なかっただろう。
だがこの事態を収束するためには、方針が決まっていない今のままアレスが強引に束ねて彼らを差配するしかなかった。
というより、勝手に伝言も無く帰国した方々には責任を追及するしかない。
そもそも騎士達は王に対し絶対的な忠義を誓っているとは限らない。
捨て置かれた者達は死ぬほど肩身が狭く腹に据え兼ねていたので、彼らを宥める意味でも義勇軍の問題として対応し庇護するしかない。
ここで内乱とか起きると本当に困る。
お陰でアレスが当初提案した条約は、ほぼ原文のまま残った人員で決議された。
残った諸侯全員で三分の二の賛同は得られたので、嘘は全く吐いていない。
早々に戻って来た諸侯には離反に対する責任を問わない代わりに、協力に同意を要求。勿論帰国した諸侯が全て反対だった筈も無い。
基本的には賠償だけで、割とあっさり説得は済んだ。
後は全てを唯一把握出来る立場にいるアレスが、時間差で来る増員に方針と現状をリアルタイムで把握しながら伝えつつ仕事を割り振り、一度気絶。
流石にこの負担は不味いと諸侯も悟り、各国で報告を整理する役職を用意。
幸いにも北部諸侯がこのスタイルを確立させていたので、東部諸侯が教わるだけで導入も早かった。
というより置いてかれた者達は、祖国に対して強引に報告法の変更を迫った。
自分達の負担でアレスが倒れたので、文句を言える者も流石にいない。
そして一旦整理さえされてしまえば、お互いが情報共有するのも早かった。
元々全ての情報が秘匿されている筈も無いが、書類形式の違いがお互いの理解の障害になっていた面もあったのだ。
報告する側が報告段階で重要度分け出来るなら、その分情報通達も早くなる。
特に輜重隊は各国が連携して差配する必要がある。確認以外は諸侯が担当出来る体制作りは、補給と進軍速度を両立する上で極めて重要だった。
その整理が、今回で一通り終わったのだ。
「さささ。今日はもう十分ですから、アレス王子はお下がり下さい。
明日には軍議が待っているのですから。」
現状維持くらい自分達にも出来ると、割りと本気で目つきが危ないアレスの肩を担いで運び出し、同意した直後に鼾をかくアレスを王城の寝室に運び込む。
「あー。大丈夫かね、アレス王子は。」
イストリア王の問いに、戻って来た文官達はそっと目を反らす。
「明日、本人にお聞き下さい。」
「う、うむ。ええと、後は今日までの出費の清算だけか。」
「いえ。予定進軍期間の出費を概算までお願いします。」
イストリア王は怪我が完治して無かったお陰で未だ徹夜していない。歳を踏まえ途中で休めたお陰で、追い詰められはしていない。ならば踏ん張り時か。
「む。まあ、それでも夕方までには終わるだろうしな。」
王が玉座に座れるようになったのはアレスのお陰だ。
帝国と戦っている時もここまで忙しくは無かったが、まあ足りない人手で回していた数日前よりはマシだ。
ここらで返せる恩は少しでも返しておこうと、自分に言い聞かせて筆を握る。
実際大変だったが、他の諸侯も一致団結して協力してくれたお陰で日が沈む前に終われた。今日は中々運が良い。
「皆々様、今日も簡易ではありますが、この場に食事を用意させて頂きました。」
「おお、なあに今更よ今更。のう各々方。」
「左様左様。これはこれで楽しい食事ですとも。
むしろ毒見を纏めて担当させられる分、温かい内に食べられますからな。」
書類を退けた会議室に並んだ食事に、一同が顔を綻ばせる。
そこへ伝令が勢い良く駆け付け、扉を開く。
「た、大変です!
アカンドリ王国正規軍が、義勇軍の輜重隊を襲撃しました!」
(((今かよ……!)))
その場の一同心の声が揃うが、無視するには自体が大き過ぎる。
「な!馬鹿な!一体何を考えているのだそのアカンドリ王は!」
内容の重大さが脳に届き、一拍遅れて立ち上がる北部コラルド王だったが、逆に東部諸侯は頭を抱えて首を振る。
「何も考えていないのだろうよ。
いや、ひょっとしたら第三王子ゴルドルフ殿の独断かも知れんが。」
忌々し気に語るのはワイルズ王、東部中央に属する国王だ。
曰く、彼の国は度々周辺国に侵略や略奪を仕掛けており、幾度か聖王国に仲介を頼んで賠償金を支払わせた事もある、西境界北部最大の問題児国家だと語る。
そして誰も食事から目を離さない。
「食べながら話しましょう。」
「「「賛成。」」」
全員の表情が綻ぶ。そして気まずい表情で報告を終えた伝令が立ち去った。
「そうだな。ひょっとしたら帝国戦線で消耗した物資を偶然見つけた我々から補充しようとした、その程度の動機ではないか?」
輜重隊の救出に動く必要は無い。なにせ当の軍隊は既に撤退済みで、一部が略奪されて残りの死守に成功したというのが現状だ。
そのまま彼らの残した戦死者と武装を回収して帰還、伝令を走らせた。
「だが奪われたのは大した量ではないだろう。
今直ぐ対応せずとも、戦略的には後回しに出来るのでは?」
「そもそも責任追及が先だろう。」
「それは無駄だな。下手すれば使者が切られて返答の振りして襲ってくるぞ。」
前科がある、と一通り腹が膨れた王が口にして、全員が視線で牽制し合う。
別に食い意地の問題ではない。奪い合うようなメニューなど出ない。だが誰もが口に出したくなかった問題であり、誰もが自分からは口に出したくなかった。
全員が黙々と食事を終わらせてから口を開いたのも、単に頭の中でもたらされた情報を整理する時間が欲しかっただけだ。今日は特に旨かった。
「あれ?そもそも何で皆さんはアレス王子を抜きに話し合っておられるので?」
若い東部王子の呟きに、他の全員が思わず手持ちの皿を投げる。
「「「お前!アレス王子は数時間前に寝たばかりだぞ!!」」」
あっと最近死人の様な顔を浮かべていた王子の顔を思い浮かべて頷きかけるが、それでも流石に不味いのではと態度を改める。そして気付く。
「し、しかし。というより、王子はどれほど寝てないので?」
「今回はギリ三徹で済んでいなかったか?」
「いや何を言っている。前回の休みは雪解けの氾濫で調査隊が巻き込まれた一報が届いたから潰れた筈だぞ。あの後に代休を取った筈だろ。」
「いや何言ってるんだ。その代休が決まる前に全体が片付く見通しが付いたから今日まで休みなかったん……。」
「おい待て。それなら前回の休みだってアレ、王子が過労で昏倒したからだろ?
丸一日休ませるって話だった……。」
「いやぁ。それ南の方で盗賊団の襲撃があって結局途中で起こした筈だろ。」
「あ、ああ。討伐自体は騎馬隊二部隊で済んだ奴だろ?
調整は儂が受け持ったが……。」
(((あれ?まともに丸一日休んだのって何時だ……?)))
というか、どう計算してもこの半月の過半数寝てない。
「いや。それでも流石にちゃんと呼んでいただけないと。
軍議に必要な情報も手配出来んのですよ……。」
最近ちょっと聞き慣れた胃の音と共に、当のアレス王子が顔を出した。
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伊達に指揮系統を再整理した訳では無く、軍議に必要な手配も必要な情報が揃う速度も今迄と較べて驚くほど速い。
更に軍議参加者も今は直属の部下が中核に加わっており、各国の代表者が即座に集合したその手際に感嘆する事になる。
各国の前に広げられた地図は、東部諸侯が誰一人として把握出来なかった数多の空白が埋められた、東部の全てを一望出来る代物だった。
東部諸国が独自の情報網を張り巡らせてなお完成しなかった地図を目の当たりにすれば、所詮は大国中心に集った雑兵の集まりと見下す自分達の認識が誤っていたと自覚せざるを得ない。
この義勇軍は、今迄の利害入り乱れた諸国連合軍とは本当に違うのだと。
とはいえ元から原作知識により大陸の全体像を把握していたアレスとは全く違う感想だ。それらは各国の関所の統合を考えた時点で必要な情報であり、最適な交易路と脇道の様子は進軍の片手間で集めていた情報でしかない。
周囲の驚嘆は、アレスにとって察する事は出来ても共感し難い反応だ。
元々の体調不良が現状の危機感と重なり、気にも出来ずに流してしまう。
(((な、何と。これ程の地図を秘匿する事無く開示するとは。
アレス王子にとってはこの軍事機密ですら些事だというのか……。)))
単にもたらされたアカンドリ王国の情報に頭を抱えているだけなのだが。
尚、原作では早々に帝国軍に屈服し、従軍していた尖兵であり大した情報は全く無い。所謂地理的ギミックだけがある、シナリオに影響を与えないモブ国家だ。
(成程。数が多いとあっさり屈服して略奪側に回り、逆に数が少ないと漁夫の利を得ようと暗躍する、地理を要害として活用した略奪国家な訳か。)
どうも降伏したからと言って義勇軍に協力する様な殊勝な国でも無いらしい。
というより義勇軍の基本方針である略奪禁止を守る可能性はほぼ無い。違反した上ですっ呆けるを当たり前に繰り返して、周辺国に相当な恨みを買っている。
となると味方に引き入れたり従軍させた方が怖い。
義勇軍の名前で略奪や徴発をしかねない。というかする。
となると全体の方針としてはこうか。
「正直に聞きます。皆さんは、かの国の義勇軍入りに同意出来ますか?」
「いや。そもそも同意するのか?こちらに攻撃して来たのに。」
「……多分するな。本格的に責められるくらいなら謝罪して形ばかりの賠償金なりを支払う筈だ。
その上で傭兵の雇用費を要求してくるか、自国兵団を派遣する代わりに費用の一部を義勇軍に支払わせようとするんじゃないか?」
「いやいや!それなら賠償の意味が無いだろう!」
やっぱり信用出来ると判断する国は関係が薄い国に限るか。
とはいえ侵略に踏み切るのには後々の不安から迷いがある、かな?
なら長々話す方が迷いや諍いになりそう。よし決めた。
「私は今迄かの国が帝国と対立していたとしても、今後も対立し続けるとは限らないと思っています。
アカンドリ王国にとって略奪禁止をする義勇軍の勝利が嬉しいとは思えない。
帝国に協力する代わりに、資金的な対価を求めてる可能性もある。」
「それは……、確かな情報は無い、という事で?」
「はい。調査するには時間が足りません。そして無視して帝国軍を攻撃する場合、どれ程の被害が出るかは予想出来ません。
そしてこの件で穏当な対応をするのも後々問題があると思っています。
この際、皆さんの合意を得るという形で敢えてアカンドリ王国に釈明を求めず、国家の解体という方向で軍を動かしたいと思うのですが、如何か。」
ちょっと苦しいかな、とは思う。先日も輸送隊の件で強権を振るったばかりで、この結論は受け入れ難いと警戒されるのも仕方ない。
各国が危惧するのは自分達の発言権を義勇軍が上回る事だろうから。
(((おお!滅ぼせる?!邪魔なあの国を大義名分付きで、連合軍で?!)))
「むむ、い、良いのではありませんか?あの国前科多いですし。」
「おお穏当だと問題?そこのところちょっと詳しくお聞かせ願えますかな?」
「?ああ、先日のハーネルの件です。
そもそも例の件は義勇軍が帝国以外には何も出来ないと思われた事が原因です。
ここで一切非を問わなかった場合、義勇軍に協力せず対価を釣り上げる方が得策と判断する国々が現れるかもしれない。
そうなれば対帝国戦どころではなくなる恐れがある。」
(((ん?これって本国より儂らの方が発言力は上になる?
いや、義勇軍内での影響力が今後の外交上での発言力に繋がる……?)))
「それはいけませんな!聖王国との盟約を何だと思っているのか!!」
「そおですな。別に我々は悪くないでしょう。
我々は連合、全ての国に喧嘩売ったと言えますし?」
「そもそもハーネルを攻めようと決議しかけた我々が、アカンドリにだけ甘い顔をするのは道理に合いませんなぁ!!」
「ん?ま、まあそうですね。ハーネルも本件が圧力になる筈ですし。」
「「「では!義勇軍はアカンドリ王国に誅伐するという方針で!!」」」
んん?んんんんん~~~~?
何だろう。何か皆妙に乗り気過ぎてマズいもの見落としている気がするよ?
《治世の紋章》があるのでそもそも地図がチートという感覚をアレスは理解出来てません。だって地図より紋章の方が断然凄いし……。
中世の人々と現代人で一番違うのは、徹夜に対する感覚だと思いますw
電球の存在しない時代のパーティは、一度に何十どころか万単位で蝋燭を交換してたそうですよ?
この世界には魔法のランプがあるので多少は現代人に感覚が近いですが、廊下は松明なので中央だけ絨毯が敷かれています。
徹夜が散財という考えは、現代人だと案外豆知識なのでは無いでしょうか。
何処かの上司が徹夜させて貰える事を有難がれとか言い出したら、それはただの時代遅れですw
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