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褒められバスター  作者: 平野文鳥
49/50

第49話 それぞれの旅立ち

 巨大ゴーストの一件から半年がたった――。


 テクニアにさらなる攻撃を計画していたルーウィン王は、テクニアが神の使いによって巨大ゴーストの脅威から救ってもらったという噂を聞いて恐れおののき、その計画を取り止め、逆に奇襲攻撃を企てた事を謝罪した。

 テクニア王は、巨大ゴーストの一件以来すっかり人が変わり、あの日の演説での約束を果たすべく、国の平和を護る為に日々、尽力していた。また、ディザードを自らの手で(あや)めてしまった事を後悔、猛省し、その謝罪の証としてディザードの功績を称える石碑を大広場の中央に建て、そして毎日のように訪れては花を手向けた。フェイムはテクニア王のことを決して許す事はなかったが、「ゴーストを退治するあたしが、自らゴーストを生む心の闇を強めるのも愚かしいことだわ」と悟り、あえてそれ以上、王を憎む事をやめた。結果的に、ディザードが恐れていたゴーストを兵器化するというテクニア王の計画はなくなり、逆にディザードが夢見ていた、シンパの力で世界を平和にしたいという試みが一歩前進した。それも愛娘のフェイムの力によって――。




 ある日、居酒屋ローディーでフェイムとファートたちが久々に顔を合わせることになった。店の中は以前のような賑わいはなく閑散としていた。カウンターに座った四人に、店主がため息混じりで話しかけた。


「まいったよ……。あの一件以来、バスターを廃業する連中が増えてね。バスターたちの溜まり場だったここも、このありさまだよ。ところで、おまえさんがたはどうしてるんだい? 見たところ、バスターの装備はつけているようだが、まだ続けてるのかい」


 グラスのミルクに口をつけていたフェイムが答えた。


「あたしは辞めるわ」

「おいおい、フェイムもかい。で、辞めてどうするんだい」

「研究者になるの。父さんの後を継いでね」


 店主が目を丸くした。


「研究者? ほほお、こりゃまた泣く子も黙るバスターのあんたからは想像もつかない方向転換だな。で、何の研究をするんだい」

「うふふ……。それは秘密」


 店主は口をへの字にして残念そうな顔をした。

 フェイムはあえてエンパやシンパの研究の事を説明しなかった。ゴーストを倒したのは神の力だったと信じている店主や市民たちの信仰心をそっとしておきたかったからだ。


「で、そこのお三人がたはどうするんだい」


 ファートが答えた。


「俺たちは続けるよ。ただ、テクニアではやらない。ゴーストに苦しまされてる国を探して、そこでバスターを続けるんだ」

「え? 言ってる意味がわからんが……」


 店主はバリアントが人間と同じような心を持ち、ゴーストの影響を受けて人を襲う事を知らなかった。


「つまり――。いてっ!」


 詳しく説明しようとしたファートの横腹をフェイムがつねって首を横に振り、余計な事は言うなと目で合図した。ファートは慌ててごまかした。


「つ、つまり……、テクニアではバリアント退治がやりづらくなったから、仕事を求めていろんな国へ行くということさ」

「そうか。ここを離れるのか。寂しくなるな……」


 店主は天井を見上げて小さなため息をつき、カウンターの奥へ引っ込んだ。ガンテが頭の後ろで腕を組んで独り言のようにつぶやいた。


「プレイズとソフィアは〜、今、どうしてるのかな〜」

「そうね……。あれから音沙汰なしだもんね」


 ファートが遠い目をしながら言った。


「インヘルの後を継ぐって言ってたけど、これからどうするんだろう。インヘルは翼があるから、巨大ゴーストがどこに現れてもすぐに飛んで行けるけど、プレイズはそういうわけにもいかないよなぁ」

「あ〜。またプレイズに会いたいな〜」


 四人は、消息不明となったプレイズに思いを馳せた。




 バーリー山でソフィアとフェイムたちと別れたプレイズは、ルーウィンへと向かった。バリアントバスターとして先祖代々続いてきた家に別れを告げる為だ。

 実家に戻る途中、プレイズは以前世話になった山賊のリーダーのバンディーに会う為に、彼らが住んでいたの小屋に立ち寄った。しかし、小屋の中には人影はなく、天井いっぱいに蜘蛛の巣が張り、床には埃が溜まっていた。


「どうやら、バンディーさんたちは引っ越したみたいだな。会えなくて残念だ……」


 プレイズはあの時の礼をするように、無言で頭を深く下げた。

 実家に戻ったプレイズは、そのあまりにも変わり果てた姿を見て立ち尽くした。そこには、家の焼け跡しか残ってなかった。たぶん、王に楯突いた非国民のバリアントバスターの家という理由で、誰かが火をつけたのだろう。プレイズは焼け跡の中を力なくよろよろと歩いた。そして、自分の部屋があった場所で足を止め、地面に散らばる焼け焦げた思い出の品々を見つめた。


(これは燃えなかったんだ……)


 プレイズは瓦礫の中から小さな剣を取り出した。それは彼が幼い頃に剣術大会で優秀した時にもらった賞品だった。


(懐かしいな……。あの時、父上がすごく喜んで褒めてくれたっけ。僕も父上の笑顔を見てすごく嬉しかった……)


 プレイズはその剣をそっと地面に戻した。そして姿勢を正して目を閉じ、祈るように手を組んだ。


(父上……。僕はバリアントバスターを辞めます。そして、これからはバリアントを守る生き方を選びます。きっと父上は僕の事を裏切り者、親不孝者、そして家の恥さらしとお怒りになるでしょう。当然です。僕はそのお怒りを素直にお受けします……。ただ、父上。これだけは信じてください。バスターが人々を救う為にバリアントを倒してきたように、僕は違った方法で人々を救いたいだけなのです。もちろん認めてくれとは言いません……。ただ、これだけは知って欲しかったのです。あなたの息子プレイズは、やっと自分の意志で自分の生き方を見つけられたということを……。そのことをお伝えしたくて、ここに戻ってまいりました)


 プレイズは目を開けた。そして辺りを見回し、もう二度来ることがない思い出の地を目に焼き付けた。


「さようなら、父上……。僕はもう誰からも褒められなくても生きて行けそうです」


 バリアントを守る生き方を選んだプレイズは、これからどんなに人々を救っても、忌み嫌われる事はあっても、褒められたり称賛されることは、もう二度とないだろうと思った。そして、その覚悟をあえて亡き父ファーテルに伝えることで、今までの自分と決別した。

 プレイズは家の焼け跡の中から出て、もう一度思い出の場所をゆっくりと眺め、そして背を向けて一度も振り返ることなくそこから去って行った。




 プレイズは再びバーリー山を目指して歩き続けた。


(そうだ。その前にフェイムたちにも会いに行かなくては……)


 その時、目の前に一匹の巨大な龍型バリアントが大きな翼の音をたてて舞い降りた。そしてプレイズを見降ろし、鋭い目で睨みつけた。プレイズは発射的に剣を抜こうと背中に手を回した。


「おっと。もうバスターは辞めたんだった」


 プレイズは手を戻し、苦笑した。そして、龍型バリアントと会話をするためにブレスレットを構え目を閉じた。

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