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褒められバスター  作者: 平野文鳥
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第48話 後継者

 小さな紫のゴーストは広い平原をふらふらと移動していた。その姿はどこか頼りなく、まるで道に迷った子犬のようだった。

 しばらく平原を移動するとバリアントの群れが現れた。バリアントたちは動きを止め、その場に留まり紫のゴーストの様子を伺った。群れのすぐ手前まで来た紫のゴーストは、特にバリアントたちを恐れる事もなく、そのまま前進し続けた。バリアントたちも何故か紫のゴーストを襲うこともなく、群れを開けて通り道を作った。紫のゴーストはバリアントの大群の中にできた一本道をふらふらと進み、そして群れから離れて行った。

 紫のゴーストを見送ったバリアントたちが一斉に咆哮をあげた。平原中に響き渡ったそれは、まるで何かを祝福するかのようにも聞こえた。


 平原を渡った紫のゴーストは、山の麓にある深い森の中に入った。そして、何かを探すように方向を変えながらふらふらと進んで行った。

 しばらく進むと樹々の間に小さな草地があった。その中央に一匹の野生の雌馬が立っていた。その雌馬の腹は大きく膨らみ、今まさに新しい命を産み落とそうとしていた。紫のゴーストは雌馬に近づき、その腹にスッと飛び込んだ。その瞬間、雌馬は白い光に包まれ、同時に一頭の子馬を産み落とした。しばらくして地面に落ちていた子馬が二本足で立ち上がった。その姿はまるで馬と人間が合体したような異形のものだった。

 今、獣の体に人の心を持った一匹のバリアントが誕生した――。




 テクニアを巨大ゴーストの危機から救ったインヘルとプレイズたちは再びバーリーが眠る場所へと戻って行った。輝きながら飛び去って行くインヘルの後ろ姿に気づいたテクニアの市民たちは、あのバリアントは神の使いだったのではないかと口々につぶやいた。そして、市民の一人が地面に落ちていたバーリーの骨を拾い上げて、「これが神の使いの証だ!」と歓喜の声をあげながら天高く掲げた。

 一方、バリアントバスターたちは市民からバリアントを称える声が耳に入るたびに、複雑な表情を見せてその場から離れて行った。


「まいったな……。こりゃ、バスターを廃業するしかないな」


 バリアントバスターとして人生を捧げてきたダムが深いため息をついた。隣にいたテクニアの兵士がダムの肩を軽く叩いて励ました。


「飛んで行ったバリアントは知らないが、他のバリアントが神の使いとは限らない。中には相変わらず悪さをするものもいるだろう。だから、君たちはこれからも必要だ」


 インヘルたちを見送ったフェイムは、ほっと肩を撫で下ろし、ゴースト退治に協力してくれたフェロン一家と少年たちに向かって満面の笑みを浮かべた。そして、この顛末てんまつを報告する為に、この世を去ったディザードのもとへと向かった。

 フェロン一家の矢で肩を負傷したテクニア王は、助けに来た近衛兵に開口一番「犯人の捕獲はするな」と命じた。そして肩を抑えながら小声でつぶやいた。


「あの演説の約束を守らないと、わしは神に対して嘘をついた王になるわけか……」


 テクニア王は苦笑しながらベランダから歓喜に沸く市民たちを見下ろした。そして近衛兵に助けられながら城の中へと消えていった。




 インヘルとプレイズたちは土手の上に立ち、岩場で光り輝くバーリーの骨を見下ろしていた。プレイズは横にいるインヘルの息が荒くなって来ているのに気づいた。


(インヘルよ。調子が悪そうだが、大丈夫か)

(気にするな……。ただ、その時が来ただけのことじゃ……)

(その時? どういう意味だ)


 その意味深な言葉にソフィア、ファート、ガンテ、トールキンが一斉にインヘルの方を見た。


(わしの役割もこれで終わる、ということじゃ……)


 その言葉にプレイズたち全員が動揺した。プレイズが緊張しながら訊いた。


(インヘルよ。なぜ役割が終わるのだ?)


 インヘルは、荒くなった息を整える為に、深呼吸をひとつした。


(わしはバーリー様のご意志を継いでエンパの暴走を見張って来た。五百年の間もな……。ただ、その方法は、どうやらバーリー様が真に望まれていた方法ではなかったようじゃ……。エンパという心の闇の力を、シンパという心の光の力で倒せる。その力は、人間の心の傷から生みだされるもの。だから、わしはその力をバーリー様の骨の力で増幅させる方法を使ってきた。それも、戦争で深く傷ついた人の心の力を使って……。その方が、最も効果があると思っての……)


 プレイズたちは瞬きもせず、インヘルの語りを黙って聞き続けた。


(しかし、それは違っていたようじゃ……。心の傷の深さは比較するようなものではなかった。その人間の置かれた状況によって、それはとてつもなく深くなれば、浅くもなる……。それを、おまえたちがわしに気づかせてくれた。深い心の傷を持つ者はどこにでもいる。それに気づいておれば、たくさんのシンパを使ってもっと早い時期にゴーストを倒すことができたのだと……。つまり、バーリー様が真に望まれていた方法を、おまえたちが見つけたということじゃ……)


 インヘルの息がさらに荒くなってきた。既に体力もなくなり、その頭をもたげる力もなくなっていた。


(人間たちよ……。お願いがある……。わしに代わってバーリー様の意志を継いでくれぬか……。おまえたちにはその力と、それに値する資格がある……)


 突然のインヘルの願いに全員が、「ええっ!?」とて驚愕の声をあげた。そして、あまりの事の重大さに誰も返事をする事ができなかった。

 しばらくして、何かを真剣にを考えていたプレイズがその表情を改めて引き締め、おもむろに口を開いた。


(僕が継ごう)


 ソフィア、ガンテ、ファートが驚き慌てた。


(プレイズさん、本気なのですか!?)

(プレイズ〜! もっとゆ〜っくり考えた方がいいよ〜)

(そうだ。一度引き受けたら、次の後継者が見つかるまで辞められないぞ!)


 トールキンがインヘルに遠慮気味に訊いた。


(あの、インヘルさん。もし、引き受けて途中で辞めたらどうなるんですか)

(辞めても構わぬ……。ただ、巨大ゴーストが増え続けて永遠に戦争が終わらなくなるだけじゃ……。人間が絶滅するまでの……)


 ソフィアたちは息を呑み、一斉にプレイズを見た。


(覚悟はしている)


 プレイズの揺るがない決心を予想していたかのように、インヘルがうなずいた。


(そう言ってくれると思っておったぞ……)


 インヘルは眼下のバーリーの骨を覗き込みながら、安堵の表情を浮かべた。


(プレイズさん……)


 動揺し涙を流すソフィアたちに、プレイズが優しく声をかけた。


(バーリーの意志を継ぐのは僕だけでいい。君たちは自分の人生を歩んで行ってくれ。正直言うと……、僕は新しい生き方ができる事を喜ばしく思ってるんだ)


 ファートが訊いた。


(新しい生き方? プレイズ、それって……)


 プレイズは背中の殺龍剣を抜き、懐かしむように見つめた。


(バリアントバスターは、辞める……。これからはバリアントたちと共にゴーストを退治してゆく)


 プレイズの表情が一瞬悲しみに歪んだ。しかしすぐにそれは希望に溢れた笑みに変わった。それは、幼少の頃からバスターという仕事を継がされ、そして父ファーテルから褒められる事でしか自分の存在証明ができなかったプレイズが、やっと自分自身の力でその呪縛から解放でき、そして自分の新しい人生を見つけられた喜びの笑みだった。しかし、それは、言いかえれば、今までは全く逆のいばらの道を選んだことにもなる。つまり、プレイズは、バリアントバスターの裏切り者となり、代々続いた彼の家を見捨てた親不孝者の誹り(そしり)を免れないことをも意味していた。


 突然、インヘルがよろけて土手の上から脚を踏み外した。そして大きな音を立ててバーリーの骨の上にかぶさるように落下した。


(インヘル!)


 プレイズたちは土手の上から降り、バーリーの元へ駆け寄った。


(大丈夫か、インヘル!)


 インヘルが、最後の力を振り絞って頭をあげた。


(人間よ……。いやプレイズ…ソフィア…ファート…ガンテ…トールキンよ……。ありがとう。あとを……頼むぞ……)


 インヘルは目を閉じ、力なく頭を地面に落とした。すると、それまで光っていたバーリーの骨の光も薄らいでいき、インヘルの体は、あっという間にミイラのように朽ち果て、突然吹いて来た強い風によってその肉体は枯れ葉のように吹き飛ばされ消えていった。そして残った骨だけがバーリーの骨の上に覆いかぶさっていた。その光景はまるで、インヘルがバーリーを守っているようにも見えた。

 プレイズはインヘルの骨に近寄り、その欠片を手に取った。そしてゆっくりと目を閉じた。しばらくするとインヘルの骨が光り輝き始めた。


(インヘルよ、お疲れさま。そして、長い間ありがとう……)


 プレイズはインヘルに別れを告げた。

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