表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
褒められバスター  作者: 平野文鳥
47/50

第47話 青いゴースト

 インヘルとプレイズたちを包む光はさらに弱まり、インヘルの姿がはっきりと見えるようになるまでになった。


(今、僕たちの姿を市民に見られたら、全ては水の泡だ)


 その時、城のベランダにいたテクニア王がインヘルの姿に気づき驚愕の表情で指をさした。王は最初から目を閉じずに事の成り行きを見ていたのだ。


(まずい! 王が声を出すぞ)


 まさにテクニア王が口を開けようとしたその瞬間、一本の矢が王の肩を貫いた。王は無言のままゆっくりと倒れた。王の近くにいた近衛兵達にも次々と矢が貫いていった。プレイズは矢が飛んで来た方向を見た。そこには弓を構えたフェロン一家の四人が並んでいた。


(プレイズ! あたしたちのシンパの力を受け取って!)


 フェイムはそう言うとフェロン一家と少年たちに目配せした。そして全員が目を閉じるとフェイムの左手につけた二つのブレスレットが光り始めた。するとフェイムたちのシンパの力でインヘルとプレイズたちを包む光が再び強くなった。

 しかし、巨大ゴーストはそれを気にも止めずそのままゆっくりと前進し始めた。


(あれを見て!)


 ソフィアが巨大ゴーストの後ろを指差した。


(なんて事だ……。小さなゴーストが次から次へと飛んでくるぞ!)


 愕然とするプレイズにインヘルが言った。


(あれはルーウィンの軍から発生したゴーストのようじゃ。たぶん傷つき見捨てられた多くの兵士たちの心の闇が生んだのじゃろう……)

(どうする、インヘル?)

(わしらのシンパの力にも限界がある……。このままでは、わしらもテクニアの市民も心の闇に落ちる。ううむ……。どうあらがっても人が作る心の闇には勝てぬということなのか……)


 インヘルが無念そうにつぶやいた。


(そんな事はありません! 絶対にシンパはエンパに勝てます!)


 ソフィアがそう叫んだその時、ガンテが眼下を指差した。


(あれを見て〜!)


 インヘルとプレイズたちは息を呑んだ。市民たちの間に転がっていたたくさんのバーリーの骨の破片が一斉に輝き始めたのだ。そして、その光は次第にその輝きを強め、まるで夜空に輝く星々のように見えた。それに同調するかのようにインヘルとプレイズたちを包んでいた光も再び輝きを取り戻し、今まで以上に輝き始めた。その強い輝きが閉じた目の外からも感じられたのだろうか。市民たちが驚きと感激の声をあげ始めた。

 その時、巨大ゴーストに異変が起こった。今までにない強いシンパの光をもろに浴びたせいで、その大きさが急にひとまわり小さくなったのだ。巨大ゴーストは動きを止め、後退し始めた。


(逃してはならん!)


 ずっと空中で静止していたインヘルが、巨大ゴーストに向かって飛び始めた。巨大ゴーストは逃げるように後退すると、後方から飛んで来た小さなゴーストたちを体に吸い込み始めた。するとその体は再び膨らみ始め前よりも二回りも巨大になった。そしてインヘルたちの光に対抗するかのように後退をやめ、再び前進し始めた。


(かくも人の心の闇は強きものなのか……。人間たちよ、見るがよい。これがおまえたちの心が作り出した化け物だ)


 絶望したインヘルが、まるで皮肉のようにプレイズたちに言った。それにサフィアが答えた。


(インヘルさん信じてください! シンパはエンパに必ず勝ちます!)


 プレイズが続けた。


(インヘルよ。バーリーを信じよう。バーリーが自分の命を投げ打ってまで人間を助けてくれたのは、人間のシンパの力を信じていたからだと僕は思ってる)

(バーリー様が……)


 インヘルはプレイズの想いを聞き、もうそれ以上何も言わなかった。その時、全員が後方で強い光を感じた。全員が振り向き、そして目に入ったものを見て驚愕した。


(あれは、なんだ?)


 それは市民の頭上で青く輝く巨大な光の球だった。


(まるで、ゴーストのようだわ……)


 ソフィアが言うように、それはまさにゴーストと同じ容態だった。ただ違っていたのは、その光はゴーストのような陰鬱な赤色ではなく、清々しい明るい青色だった。

 ソフィアが独り言のようにつぶやき始めた。


(過剰なエンパの力がゴーストを生む……。ならば、過剰なシンパの力がゴーストのようなものを生み出しても不思議ではないわ……)


 それにプレイズが応えた。


(でも、あの青いゴーストからはシンパの元となる心の傷のようなものは感じられない)

(もしかして、シンパが成長したのかも。まるで赤いゴーストが闇の心の連鎖で成長してゆくように……)


 今までとは違う青い光に気づいた市民たちが目を開け始めた。そして頭上で光る巨大な青いゴーストを見上げた。しかし、不思議なことに、誰一人としてそれを恐れるものはなく、その表情は希望に満ちあふれていた。

 青いゴーストは、赤いゴーストに向かってゆっくりと前進し始めた。すると赤いゴーストはまるでそれを嫌うかのように突然動きを止め、後退し始めた。赤いゴーストは後方からくる小さなゴーストと合体しながら、さらに巨大化していったが、青いゴーストはそれを全く気にしないかのようにさらに前進を続けた。赤いゴーストはさらに後退する速度を上げ、ついに逃げ始めた。青いゴーストもそれを追いかけるようにさらに速度を上げた。

 プレイズが目を見開いた。


(青いゴーストが、赤いゴーストを倒そうとしている……)


 ソフィアは目を潤ませた。


(まるで心の傷が希望の光になり、それが絶望の闇を倒しに行くように見えるわ……)


 インヘルはその光景を見ながら、感極まったようにつぶやいた。


(なんということじゃ……。五百年間生きてきて初めて見た。これが、バーリー様が本当に求められていたことだったのかもしれんの……)


 青いゴーストはさらにその速度をあげ、赤いゴーストへ近づいて行った。そして赤いゴーストはその大きさゆえ逃げる速度をあげられず、ついに青いゴーストに追いつかれた。

 青いゴーストは赤いゴーストの手前でいったんその動きを止めた。すると赤いゴーストも動きを止め、お互いが対峙した。インヘル、プレイズたち、フェイムたち、そしてテクニア市民の全員が事の成り行きを見守った。

 突然、青いゴーストが赤いゴーストの中へ飛び込んだ。その瞬間、爆発するような強烈な白い輝きがあたり一面に放たれ、成り行きを見ていた全員が思わず目を閉じた。そして、白い輝きはすぐに紫の輝きへと変わり、その強さも目が開けられるほどに急激に弱まった。

 目を開けた全員が驚愕し息を呑んだ。

 巨大だった赤いゴーストはそれまでが嘘のように、その体が普通のゴーストのように小さくなっていた。そして、その色も赤から紫へと変わっていた。


(なんじゃ、あの紫色のゴーストは!? 二つのゴーストはどこに行ったのじゃ?)


 インヘルにソフィアが答えた。


(合体したんだと思います……)

(合体? エンパとシンパが? 信じられぬ……。普通なら相殺し合ってお互いが消えてしまうはずなのに……。ならば、あの紫のゴーストは一体何なのだ?)

(たぶん……、新しい何かだと思います……)

(新しい何か?)

(ええ。青いゴーストがシンパの成長したものだったら、それとエンパが合体すると、別の新しいものに変わってしまうのではと……)

(ふうむ……。それは、何だと思う?)

(わかりません……。でも、もし私が思うように、赤いゴーストが絶望の闇で、青いゴーストが希望の光だったなら、それが合体したときに生まれるもの――つまり、人間の心そのものではないかと……)

(人間の心そのもの?)

(ええ。常に絶望と希望の間で揺れ動く、人間の心の原型のようなものではないかと、私は思います)


 ソフィアの想像に対して、インヘルは否定も肯定もせず、ただ「ううむ……」と唸り、それ以上ソフィアに話しかけなかった。

 しばらくして空中に静止していた紫のゴーストが、平原に向かって動き始めた。プレイズが気になってインヘルに訊いた。


(インヘルよ。追わなくていいのか?)

(うむ……。もうよいじゃろう……。あとは、あのものどもに任せよう……)


 インヘルはそう言って平原の彼方を見つめた。そこには近づいて来る紫のゴーストを待ち構えるバリアントの大群がいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ