第21話 ダムの家の三人
店に入ると、先ほどまでの賑わいが嘘のように店内は閑散とし、ただ一人カウンターで眼帯の男が酒を飲んでいた。プレイズは隣の席に腰を降ろした。
「おや? もどってきたのかい」
「先ほどは、いろいろアドバイスしてくださって、ありがとうございました」
「べつに礼を言われるほどのことじゃねーよ」
「僕はプレイズ。ルーウィンから来ました」
「ルーウィン? ああ、あそこか。あそこは、名誉とか、権威とか、実績とか、そんな面倒くさいものをやたら重んじる国らしいな。バスターも資格が必要らしいし。――おっと、忘れてた。俺の名前はダム。よろしくな」
「え? この国では資格がなくてもできるんですか」
「ああ。腕に自信があれば誰でもなれる。ただ、そのせいでバスターの数が増え過ぎて仕事のとり合いになり、あぶれた連中がこの店に集まってくるというわけよ」
「仕事のとり合い……。でも、その割には先ほど見せてもらったバスターたちのチームワークはすばらしかったです。もっと、いがみ合って非協力的だと思ってました」
「たしかについ最近まではそれもあった。ひとつの仕事のとり合いで喧嘩もしょっちゅうだった。でも、そんな事をやってても誰も得をしない。もっと利口な方法をみんなで考えたほうがいいと、誰とはなしに言いだした。で、それが今の方法よ」
「今の方法?」
「支え合い、だ」
たったそれだけのことで、あれほどまでのチームワークが発揮できるのだろうか。プレイズは俄かに信じられなかった。
「つまり、自分ひとりで自分の生活を守るより、協力しあってお互いを守りあったほうが合理的だとわかったわけよ。特に俺らみたいなその日暮らしの職業はな。あと、仕事もそのバスターの力量にあったものを、あいつが代表になって調整してくれるようになってる」
ダムはそう言ってカウンターの奥で暇そうに椅子に座っている店主を指さした。店主はそれに気づき手を軽く振って微笑んだ。
「で、知らず知らずのうちに、さっきのようなチームワークができるようになったのさ」
プレイズはこの国とルーウィンのバスターたちの生き方の違いに驚いた。
(驚いたな……。国が違うだけでこんなにも違うものか。もちろんルーウィンのバスターたちも仲間同士で協力することはあったけど、それはあくまでその場限りだった。ここのバスターたちのように伴に生きてゆくような事はなく、各々自分の実績や名誉をまず優先していた。僕も含めて……)
「ところで、プレイズ。ルーウィンからここに来たのはなぜだ。訳ありか?」
「えっ、まあ……」
「聞くだけヤボか。で、これから行くあてはあるのか」
「いえ、とくに……」
「そうか。じゃあ、おまえさえ良ければ俺のところで面倒みるぜ」
プレイズは警戒し、眉根を寄せた。
「おいおい、そんな怖い顔するなよ。別に何も企んじゃいねーよ。俺ん家では、おまえみたいな行くあてのない若い連中の面倒をみてるんだ。まぁ、この店の延長みたいなもんだ。もちろん、自立できるようになったら出て行ってもらう。どうする? 嫌だったら別に無理することもないが」
プレイズは奥で座っている店主を見た。店主は温厚そうな顔をほころばせ、うんうんと首を縦に振った。どうやらそれは信用しても良いという合図のようだった。
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
プレイズはダムに一礼した。
テクニアの城塞都市から出てしばらく歩いた場所にダムの家はあった。決して立派とは言えないが、古いながらも清掃がゆきとどき清潔感あふれる木造の家は主人の性格を物語っているようだった。
「どうだ、この家。俺が一人で作ったんだぞ。三年かかったが」
ダムは家を見上げ、誇らしげに胸を張った。家の中から中年の女が出てきた。どうやらダムの妻のようだった。
「紹介する。俺の奥さんのステラだ。ステラ、こいつはプレイズ。今日から面倒をみることになったからよろしく頼む」」
ステラはプレイズを見て、一瞬困惑したような表情を見せたが、すぐにそれをごまかすよかのように「いらっしゃい」とぎこちなく微笑んだ。
「他の連中は?」
「裏の畑よ」
ダムがプレイズを連れて裏庭へ向かうと、そこには広い畑があり、三人の若い男たちが農作業に励んでいた。
「おい、みんな! 新しい仲間だ」
その声に男たちは農作業の手を止めた。ダムはプレイズに男たちを紹介した。
最初に紹介されたのがリーダー的存在である中肉中背の男ファート。次に長身細身の男のトールキン。最後に太った大男のガンテ。三人ともプレイズと同世代というのもあってか、プレイズに対して好意的だった。
「ダムさん。やられてしまいましたよ」
ファートが畑の奥を指差した。そこには獣によって農作物が荒らされた跡があった。ダムは地面に残された足跡を調べた。
「バリアントだな……。猪型か。あいつらこんなことまでやるようになったのか。以前は人間の食い物には手を出さなかったのに」
ガンテが困惑の表情で森の方を見つめた。
「おいら~、あいつらがどんどん悪どくなってきてるような気がする〜」
それに同意するようにトールキンが無言でうんうんとうなずいた。
「じゃあ、おまえたち。プレイズに農作業のやり方を教えといてくれ」
ダムはそう言って家へ戻っていった。
「あなた、どういうつもりなの!」
家で待っていたステラが、いきなりダムにかみついた。
「三人の面倒をみるのも大変だというのに、また一人連れてくるなんて信じられないわ。借金もあるのに、これからどうやってゆくのよ」
「大丈夫だ。仕事をとってなんとかするから」
「じゃあ、いつになったら仕事をとってきてくれの? あなたも、あの三人もちっとも仕事をとれやしないじゃない。どうしてなの? バスターとして力不足だからじゃないの?」
「俺の悪口はいい。でも、あの三人の悪口は言うな!」
ダムが声を荒げた。しかしステラもそれに慣れているのだろう。負けずに言い返した。
「あなた、もうやめてちょうだい。心の穴を埋めるように次々と若いバスターの面倒をみるのは」
「心の穴? どういう意味だ」
「何度も言うけど、息子はバリアントにやられて死んだのよ。もう帰ってこないのよ。いつまでも自分を慰めてないで、現実を認めてちょうだい。もうこれ以上息子の代用品を増やすのはやめてちょうだい」
「代用品だと!? も、もういっぺん言ってみろ!」
「なによ!」
「あの〜……」
二人が声の方を向くと、家の入り口にファートが頭を掻きながら立っていた。その後ろにはトールキンとガンテが見てはいけないものを見てしまったような気まずい表情で目を伏せていた。
「ど、どうした?」
ダムが慌てて笑顔を作った。
「俺たち前から考えていたんですが、ここにずっといるとダムさんや奥さんに迷惑がかかるので、そろそろ出て行こうかと思ってます……」
「おまえたち今の話を聞いてたのか?」
「聞かなくても以前から気づいてました。俺たちのバスターとしての実力がいまいちなせいで、いつまでたっても仕事がとれなくて申し訳ありませんでした」
ファートが頭を下げると残りの二人も遅れて頭を下げた。それを見たステラがばつが悪そうに顔を背けた。
「プレイズもか? あいつも出て行くと言ってるのか」
「いえ、これは俺たち三人だけで決めたことで、プレイズは関係ありません。プレイズは今一人で農作業やってます。俺たちはダムさんの好意に甘え過ぎてたのかもしれません。このままでは自分たちが駄目になりそうなので、ここらへんでけじめをつけて自分たちの力で生きて行こうと思います」
トールキンとガンテもうんうんとうなずいた。
「そうか……。そこまで考えてるのなら止めるわけにもいかんな。わかった」
「今までダムさんがボクたちに使ったお金は必ずお返ししますので……」
「いや、そんな事しなくていいから」
「いや必ずお返しします。ダムさん、奥さん、今までどうもお世話になりました」
三人は礼を言って深々と頭を下げた。ダムの寂しい気な表情とは逆に ステラはほっとした表情で「あら、さびしくなるわね。お元気でね」と三人に声をかけた。
それから三人は荷物の整理をした後、ダムの家を出て行った。




