19話
19話でした。
至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。
気がつけば狐はもう死んでいるのか生きているのかも分からない悲惨な姿に成り代わっていた。
ただ、悲惨な姿になってしまったのは狐だけではなく、俺も同じで右足が食いちぎられている。
ついでに言えば、茜と蘇鉄のほうの狐もボロボロだ。もちろん茜も蘇鉄もボロボロで茜は左足が蘇鉄は右腕がなくなっている。俺の食いちぎられた左腕と右足を合わせると、手足が二本ずつそこらに転がっているはずだ。
「「「俺様のぉぉぉ勝ぁぁちだぁぁぁぁぁ」」」
突然叫び声をあげたかと思えば、三体は同時に力なく倒れてしまう。
「なんじゃこれは」
「さぁな」
「少年、これはやりすぎや」
「お前だって、ミンチみたくしてんじゃねぇかよ。しかも表面黒こげ、なにやったんだよ」
体を電気のようなものが『バチバチ』音を立てているところを見るに、電気か何かで焼き払ったんだろう。
「おぬしら惨いのう」
「お前が言うか?」
ひとまず俺たちは同じ場所に集まって、それぞれのやり方に疑問を投げかけているが、警戒心はバリバリだ。
「で、今時間はどれくらい残ってるんだ」
「あと、一、二分ぐらいじゃろうな」
「うひゃー、ワレら一分でここまでやったんか、ワイは御免やぞ」
蘇鉄よ、お前が言うんじゃない。
俺は狐のミンチの丸焼きなんて始めてみたぞ、特に何だ尻尾が酷いことになってるじゃないか、二、三本もげてるよな、しかもそのもげた尻尾がグチャグチャになってますよ。
まあ、ミンチは言い過ぎにしろ、体中ボコボコにしておいてその口ぶりはいかがなものかと思うがな。
「俺たちはどうすれば良いんだ?」
「しばらく待って何もなければ帰ってええと思うで」
「そうじゃな」
「悪いが手を貸してくんねぇか? 足がもげてるせいで歩けそうにない」
「ワシも足がないから無理じゃ」
「お前は飛んでるから足はなくても大丈夫だろ」
「ワイは腕が無いから無理やで」
「こっちから願い下げだよ、誰がそんな血に汚れた手を借りるか」
比較的無害な会話に励んでいると、蘇鉄の目つきが厳しくなったかと思うとそのまま俺と茜を殴った。別段痛いものではなかったが、何せ飛距離が凄かった。軽く十メートルは飛んだからな、まったくふざけるなよ。
「お前、なに、すんだ……よ」
蘇鉄がいた場所には何もなかった、いやあることにはあったのだが、なかなか信じがたい光景が広がっていた。
地面には大きな穴が開いていて、その少し後ろには狐が立っていた。
「ちっ、酒呑童子だけか。まあ、いい十分だ。お前たちのパーツで強化された俺様ならお前ら二人如き取るに足りないからな」
辺りを確認すると、茜が臨戦態勢に入ったというのと、三体の狐の死体が消えているということと、そして、俺たちの手足が消えている。狐の口ぶりからして、俺たちの手足を食いでもしたんだろう。
「なるほどのう、結局本体は最初のやつじゃったわけか」
そういうことですか、それでこそこそと俺たちの手足を食って回ってその挙句地面からの攻撃出てしまおうというわけだったんだな。
せこくね?
「ところで蘇鉄はどこに行ったよ」
「下からの攻撃じゃ、どうせ空中じゃろ」
とりあえず空を見上げて見ると確かに空から降ってくる蘇鉄の姿が目に入る。
随分とまあ高く飛んだもんだ。
「おっ、落ちてきたのう」
言葉通り蘇鉄が地上に落ちてきた。まあ、これでも間違ってはいないんだろうけど、俺の主観でいえば、地上に降り立った。という風なことを言うだろう、だって見事に着地してるんだもの。
「ふぅ、危ねぇな。ワイが気づかなかったらワイたちまとめて大怪我間違いなかったで」
「五月蝿いのう、こんな小物の攻撃じゃワシにダメージなんてないわい」
「俺は大怪我だったろうな」
「ちっ、結局全部同時に相手すんのかよ面倒臭せぇが仕方ねぇ」
「ワシの台詞じゃ、こんな雑魚に三人で相手するなんぞつまらんの」
「心配するな、どうせお前らじゃ俺様には勝ち目がねぇよ」
随分と自信ありげだな、俺たちの手足を食ったぐらいでそんなに強くなるわけじゃなかろうに。
「お前らには時間も残されてないだろ? 早くやろうぜ、時間がもったいねぇよ。しばらくはこんなに強い相手には出会えないだろうからな」
本当に自信がおありで、素晴らしいことですがあんなにぼろくそやられておいてそんなに自信が持てるとは、きっと馬鹿なんだろう。
「ひゃひゃひゃ」
突如何度聞いても腹立たしい笑い声を上げながら、一筋の青い光となって一番狐に近かった蘇鉄に襲い掛かった。
蘇鉄は青い炎に包まれてしまう、その炎が鬼火であることは考えるまでもないことだが、火力が今までのものとは段違いだ。離れているはずの俺の肌まで焼けてしまいそうな程なのだから、火力が上がっているのは間違いないだろう。
「おい、茜あれ消火しろよ!」
「う、うむ」
さすがにこの火力の上がりっぷりには驚いたのか、少し反応が遅れたが強風を巻き起こし消火にと動き出すが、火力が強すぎて消火どころじゃないらしい。
というか、蘇鉄を飛ばさない程度に気を使った風じゃとても消せそうになさそうだ。
「仕方ないのう、手加減なんぞしとる暇がなさそうじゃ」
次の瞬間、茜が起こした風は地面を大きくえぐり、えぐり取った地面の土を蘇鉄に浴びせていく。
まさに砂のシャワーや~。
なんて言ってる場合じゃない、狐はどこに行ったさっきから姿が見えないが、これはまずい非常にまずい。いくら突然のこととはいえ、蘇鉄でさえあれだ、俺なんて虫けらのごとく捻り潰されるだろう。
「ふぅ、どうにか消火したが鬼はもう駄目じゃのう、完全に気を失っとる」
「まあ、焼き殺されてないなら後でマリモ食わせとけばいいだろ」
「そうじゃな、それよりもまず小物のほうじゃな」
「ああ」
俺たちの手足を食った程度のことでここまで強くなるとは驚きだな、というか俺はどう戦おうか、何せ片足片腕がない状態だ。まあ、上手くバランスを取れば片足で立てなくもないだろう、片足で一分かそこら立っていれば良いわけだし。
ただ、激しく動き回ることを除けばだけれども。
「おぬし、とりあえず立ったらどうじゃ。立てんわけでもないじゃろ」
「まあ、そうなりますよね」
俺は素直に立ち上がる、立つことは出来てもこれで戦えってのはやっぱり無理があるな。俺が重い腰を上げた瞬間、視界の右端で青白い炎が灯るのを確認する。
「茜、右だ」
「何を言っとる、左じゃ」
なるほど、どうやら左にも同じものが出たらしい。どちらかが、分身もしくは鬼火のでかいやつということだ。
「面倒なことをしよって」
「どうするんだ」
「ワシに任せておけばよい」
茜は声を張り、狐に聞こえるようにしっかりと言葉を口にする。
「自分単体で戦うこともできんとは、所詮は小物じゃな」
「馬鹿にしてんじゃねぇぞ!」
狐が叫ぶと右に出現した炎は姿を消した。つまりは左が本体ということだろう、ただまた人の気を逆なでするようなことを言ったもんだな。こりゃ面倒なことになるぞ。
青白い炎をまとった狐がのっそりと、一歩一歩こちらとの距離を詰めてくる。俺たちに時間が無いことを知ってあんなことやってんのかよ、結局は時間稼ぎがしたいと告白しているようなもじゃないのか。
「樹気を抜くでない」
「あ、ああ」
茜は別段俺のことを見ていたわけでもないし、俺が気を抜いたことを分かるようなそう振りをした覚えは無いのだが、どうやら茜には分かったらしい。こういうところが最強とまで呼ばれた所以なんだろか。
しっかりと目を凝らして、瞬きすら忘れるぐらいに凝視していたはずの狐が突如として姿を消す。いや、全速力で動いただけだろう、今までが遅すぎて目が対応できなかっただけだと、そう思っておこう。
「ワシには通じんよ」
茜が突然右手を掲げ、勢いよく握り締め今度はそれを思いっきり振り下ろした。それはもちろん攻撃であることは間違いないだろうが、俺には何がなんだか分からない。
「ひゃひゃひゃ、さすがに鞍馬天狗には無駄だよなぁ。だが、今の俺様にはその攻撃だって効きゃしねぇんだけどよ」
どうやらこの一瞬で、狐が空中にジャンプしたのを茜が捉まえて地面に叩きつけるということが行なわれていたらしい。これは俺がしゃしゃり出ていってどうにかなりそうにも無い次元での戦闘だ。
「ふん、ぬかしおる」
狐はよりいっそう、炎を大きくし俺たちにガンを飛ばす。
「次は俺様のターンだ」
とりあえず、身構えてみたりするが正直なところ俺がいくら身構えたところでどうにかなりそうに無い。足が片方ないんだから当然といってしまえば当然だが、たとえ俺の体がどこも欠けていなくともどうにかなる気がしない。
そんな俺の心を見透かしたように茜が声を掛けてくる。
「そんなに緊張したところで意味がないじゃろ、もう少し肩の力を抜くんじゃ。それで自然に立っとれ、どうにかなるはずじゃ」
「了解」
俺は短く言葉を返し、茜に言われた通りに肩の力を抜き自然体で佇む。これでどうにかなるのかは疑問だが、緊張したって仕方がないという茜の言葉は事実だろう。それならば、肩の力ぐらい抜いておいても問題はないはずだ。
これで俺の戦闘力が上がればなお良しだ。
狐はより厳しい目で茜を睨みつける、がそれを見て茜はすぐさま上空に移動する。瞬間移動バリの速さで。
「危なっかしいのう」
『ボッ』
という音と茜の声が被る。音の発生源は茜がさっきまでいた場所だ、そこで音を立てたのは青白い炎、つまりは鬼火。狐が睨みつけるだけでそこに鬼火が出現してしまったということだろう、危険すぎる。
これじゃあ、狐の視界全てが攻撃範囲ってことになるな。
もう一度狐は茜をギロリと睨む。そして、当然のごとく茜が避け鬼火が出現。多少の時間差がある以上当てるのは難しいのだろう、茜は余裕の表情でかわしているし焦って俺を狙うような真似だけは勘弁願おうか。
「ひゃひゃ」
なぜか狐はいちいち気持ちの悪く笑った、ニタリと薄気味悪く口角を引き上げながら。狐はもう一発茜に睨みをきかせる。ただ、俺はここであるものを目にしてしまう。
茜が避けた場所の後ろから真っ青な一筋の光が伸びていくのを。
「茜、そっちは駄目だ!」
「ひゃひゃひゃひゃひゃ、終わりだぁぁぁ!」
一筋の光となって飛んできた鬼火は茜の脇腹を射抜く。
「……後ろ、じゃと?」
「馬鹿め! 俺様が始めに配置した鬼火にも気づかないなんてよ、全盛期に比べて随分と落ちたもんだな」
始めに配置した? そんなもんいつの間に――まさかあれか、一番はじめにガンを飛ばしてきたときだな。しかもそれをあんな速度で飛ばすことが出来て、更にはある程度までならその場にとどめて置けるってのか、そうなってくると随分行動が制限されるな。
「次はお前だなぁ、餓鬼」
俺には時間も無ければ力もない。そんな弱者である俺を攻撃しようなんてとんだクズ野郎だな、もっと強い相手を探して旅でもしてろよ。それこそ神にでも喧嘩売ればいいだろ。
さて、とは言ったもののどうするかな。ここから負傷者二名を連れて逃げるという手が実はあるんだけど、そんなことをすれば茜や蘇鉄にどうやっても殺されそうだしな。
「もう時間も無いだろ、軽く遊んでやるよ」
随分と相手さんは余裕を見せている、というか隙だらけ。
「来ないのか、じゃあ俺様から行ってやろう」
狐は俺に突っ込んでくる、策も何もないただの突進。だけどもそれに触れてしまえば大やけどは間違いなし、ついでに体の骨が二、三本折れてもおかしくはない。
ただ、それを避けようにも足がたりなくて避けられないという現実。まあ、どうにか片足で避けられても、次に間に合わないというのが目に見えている。だから、俺は小さな希望に掛ける。
俺は突っ込んでくる狐の目を正確に狙って、カッターを突き出す。そして突き刺してえぐる。どちらか片目だけでも潰せれば小さいものではあっても可能性が見えてくるはずだ。
そんなことを思ってのことだったが、現実は甘くなかった。確かに右目を潰すことができた、けども突進の威力が想定の随分と上をいっていた、それに加えて狐が体に纏っている炎、あれも恐ろしく熱い。
熱いというか、熱さがもうよく分からなくなってくるレベルで熱い。
「残念だったな、作戦は大失敗。もう時間も時間だ、後は眺めてるだけで俺様の勝ち、安心しろちゃんと俺様の糧にしてやるから」
そして、俺の失われた手足も痛み出す。どうやら本格的にタイムアップが近いらしい。視界も歪みだした。意識も限界を迎えようとしているらしい。
『カラン』
心地のよい音が鼓膜を刺激する。重いまぶたを上げて音がした場所をぼんやりとした視界に映すと、そこには蘇鉄の面が転がっていた。なぜかそれは俺の目を引き付けて止まない、それは無意識の内に手を伸ばしてまうほどに俺のことを引き付けていた。
「なにしてんだ、まあどうせすぐに死ぬからいいんだけどよ。ああ、このお面が気になるのか、それとも何か? 付けようとでもしてるのか? 俺様はお前に適応力が高いとは言ったがさすがに厳しいと思うぜ」
狐がなにやら言っているがもうぼんやりとしか聞こえない、世界の全てがぼんやりとしているようにも感じる。
そんな中俺は蘇鉄の面に手が触れた。
そしてそれは俺の動きが鈍りきっている心臓を無理やりに働かせるかのように、心臓を脈打たせ血液を回し酸素を取り込み傷だらけの体を動かし、俺の顔に乗っかってくる。
意識はゆっくりとはっきりとしだし、体中の痛みも薄れていく。
はっきりとした意識の中で俺はあることに気がつく。
面は俺の身体に染み込んでいくかのようにゆっくりと一体化していっていることに。
肌も何者かに侵食されていくかのように赤く染まっていき、失われたはずの手足まで生えてくる。髪は金色に染まっていきやや毛量を増す、体も一回りほど大きくなっているようだ。そして、額から二つほどの突起物を生み出したところで何もかもの変化が止まる。
額は自分では確認できないが、きっと角が生えているのだろう。それを考えると見た目はまさに蘇鉄と同じ、酒呑童子になっているわけだ。
軽く拳を握ればビリリと電気が生まれるということは、能力的な面でも酒呑童子になったと言えるだろう。
原理なんてものはよく分からないが、とにかく俺はまだチャンスがあるらしい。しかも狐は片目が使えない状態。これならいくらか有利にもなるんじゃなかろうか。
蘇鉄、お前の力貸して貰うぞ。
「……ひゃひゃひゃ、おもしれぇ、おもしれぇよ。ホントに最高だぜ! これで俺様のおもちゃとしてまだ使えるなぁ」
やっぱり俺はおもちゃ止まりですか、どうせなら魔王を倒す勇者的なポジションに就いてみたいもんだな。
カッターの刃を取替え、真新しい刃に電流を流す。斬撃と電撃と同時に味あわせるというゲームなんかではよくある攻撃方法だが、現実でお目にかかれるとはな。
それも自分が使い手っていうね。
「ふぅ」
一時的に絶体絶命の危機からは脱することが出来たが、今だって決して安全安心というわけではない。それに、どうせ俺は三分が限界なんだろうし。
狐は残像が見えるほどの速さで動き出す。
右へ、左へ、前へ、後ろへ、そして頭上へ。残像が見えてはいるものの決して捕捉できないわけでもない、ただ攻撃が当たるかというのはまったくの別問題。
「ひゃひゃひゃ、やっと俺様のことが目で追える程度にはなったか。俺様に攻撃があたるかは別だけどなぁ」
ご丁寧に復唱していただいて、どうもありがとうございます。
俺は当たればラッキー程度のつもりで、電気つきカッターを全力で投げる。俺の手から放たれた時の速度は高校球児もビックリの速さだった。カッターは空気を切り裂き、一本の矢のような軌道を描き進んでいく。
が、俺の予想を半分裏切り、半分予想通りに簡単に狐は受け止めてしまう。
「こんなのが当たるわけがねぇだろ」
大丈夫、知ってるから。ただ、直接触ってくれたのはラッキーだったかもしれないな、何せ電気を結構詰め込んだつもりだからな、あわよくば電気が回って一瞬行動を止めるぐらいしてくれるだろう。
少なくとも今は止まってくれてるし。
今のこの隙を利用し、出来るだけダメージを与えるべく最大限右腕に電気を帯電させ、地面を全力で蹴り狐に正面から攻撃を仕掛ける。
どうやら今の体では思いっきり地面を蹴った程度のことで四、五〇メートル離れた場所に一瞬で移動できるらしい。現に俺は狐の目の前で拳を振りぬく直前である、ここまでの動作に一秒の半分も掛かってはいないだろう。
「さすがは酒呑童子の体だ、俊敏性も抜群だな。いや、ただ力任せに地面を蹴っただけか。ひゃひゃ」
俺は拳を振りぬく直前で狐が呟いた言葉を耳にした。まだ、余裕かよ、そろそろ疲れた様子ぐらい見せてくれたってよくないか?
随分と余裕の狐ではあったが、俺の拳は当たった綺麗に顔面にめり込んだ。それも目を潰した右側からの攻撃ということもあったのだろうけど、もう少しどうにかすることぐらい出来そうなものだ、なにせ直前で言葉を発する余裕があったんだ。上手くダメージの軽減ぐらい出来たんじゃないか。
「まだまだ、だな。所詮は餓鬼か」
次の瞬間俺は炎に身を焼かれていた。気がつけば体が青い炎に包まれていて、気がつけば狐が俺を睨んでいた。つまりは、俺が殴ったタイミングかそのすぐ直前で狐は防御よりも攻撃を優先したわけだ。
もちろん、炎に包まれた狐を殴る以上右腕が焼けることぐらいは覚悟の上だったが、まさかここまでこっ酷くやられてしまうとはまるで予想していなかった
俺如きじゃ全力で殴ったところで所詮はこの程度ということだろうか。どんなに性能がよくても結局は使い手が問題だと、そういうことか。
いや、今は考えるよりも先にこの火をどうにかしてしまわなければならない。俺はさっきの茜を見習い砂で消火に挑むとしよう。
俺はとりあえず地面に突きを一発かます。これで地表が砕けて土が巻き上がる、土を被って消火ついでに土煙に隠れて、
「残念でしたぁ、俺様には効かないんだなこれが」
後ろから土煙を裂きながら俺の体めがけて、数多の人肉を切り裂いてきた鋭い牙が襲い掛かってきた。俺は回避のために今日何度目かの地面を蹴る行動をとろうとするも、自分で地表を破壊したおかげもあってか、とても瞬間移動並みの速さでの回避は不可能、あとは食らうか上手く避けるか。
まあ、さっきやられたしやり返してみるのも悪くはないが、こいつに下手な攻撃を仕掛けたって意味がないことは間違いないだろう。
今こうして悩んでいる間にも、鋭い牙は俺の肉を食いちぎろうと迫ってきている。
これはまずいですな、本格的にあの世に旅たつときもそう遠くはなさそうだ。
「小物よ、待つのじゃ!」
茜の声が俺の鼓膜を破らんばかりの大音量で鳴り響く。さすがにこれには狐も驚いたようで、すぐそこまで迫っていた牙の動きを停止させた。
「おぬし、今すぐにその行動を止めねばワシは葵を食うぞ、食うてやる。三分経過してしまった以上、力は使えんが幽霊一匹食う程度造作もないことは分かるじゃろ」
続けて口にした言葉に俺と狐は驚愕する。もちろんどうして驚愕したのかというのはまったく別の理由出だろうが、なんにせよ俺と狐は驚愕した。
俺たちの視界を遮っていた土煙が風によって攫われて行ったことで、茜の言葉がまるっきりの嘘ではない事を理解する。
葵の隣に立つ茜は葵が逃げ出してしまわぬようにだろうが、手首を握り締めている。そして葵は狐に体の自由を奪われたままなのか、まるで反応を示す様子も無い。ただただ、立っているだけ。
「死にぞこないが、ふざけた事してんじゃねぇぞ!」
笑っている余裕もなくなったのか目の色を変えて茜へと体の向きを変える、そしてそのまま俺にしたのと同じように牙を剥き飛び掛る。飛びかかれるような距離ではないはずだが、飛び掛った。
そして、牙は茜の腕を食いちぎった。
「はっ、所詮は小物。ワシの挑発に乗っているようじゃ、すぐに消されてしまうのう」
腕から鮮血を垂れ流しながらいまだ挑発を続けるつもりらしい。
「せっかくのチャンスだったのにのう、ワシのような力も使えん老婆を襲うとはとんだ馬鹿じゃな」
いくら茜とはいえ、このままだと出血多量もしくは狐に燃やされるなりして死んでしまう。『助けないと』俺はすぐにそう思った。
ただ、だからといって何が出来る、今突っ込んでいったてどうせ殺される。時間稼ぎ程度も出来るか怪しげだ。とはいえ、眺めているだけというわけにもいかない、茜が用意してくれたこの時間を無駄にすることは出来ない。あの狐を打倒するてを、手段を考えないといけない。
「樹! 人の力を頼るんじゃ、一人でどうにも出来んのなら、他人を頼るんじゃ」
突然茜が大声で叫ぶ。
なに言ってんだよ? 人を頼れ? どこに頼る人がいるんだよ、みんなやられちゃってんじゃねぇかよ。どうやって頼れってんだよ。
「こんな小物のように奪わず、力を借りるんじゃ。おぬしの仲間に力を貸してくれというだけじゃろ?」
だからなんだよ、はっきり言ってくれよ。俺に何をさせたいんだよ。どうさせたいんだよ。力を借りろってどういう事だよ。
「ひゃひゃひゃ、うるせぇんだよ。黙ってろ」
狐が茜を黙らせるために、着火した。やばい、早く火を消さないと、今の茜じゃ本当に焼死体になりかねない。
俺はこの距離からの消火方法を考える、近づいて土を被せるのは俺も同時に燃やされかねないから厳しいだろう。茜のように風を起こせれば、話も違うだろうが。残念なことに俺はそんな力を持ち合わせてはいない。
ん?
何か今、引っかかったような気が。
俺は自分の喉に刺さった魚の小骨をどうにか引き抜くために、つい今までの記憶を全部漁る。今この状況に変化をもたらすことの出来る、小骨を手にするために。
――。
――――。
――――――。
ああ、そうか。そういうことか、なんだ簡単な話じゃないか。人の力を借りろ、ね。分かったよ、まったく俺は焦りすぎだ。そのせいで茜に必要のない怪我までさせる破目になっちまったな、後で何か手を打たないと俺の今後を大きく揺るがしかねないくらいに叱られそうだ、あの容姿で叱られても威厳とかまるでないんだけど。
俺は随分と早々と現状の打破などではなく、その後のことを考えていた。
アイスで許してくれるかな?
「茜、お前の力借りるな」
特に返事は返ってこない。別に死んだわけじゃないならそれでいい、そんなに声を張ったわけでもないし、聞こえなかったということにしておこう。
「おい、狐。今じゃ俺もお前が小物に見えるよ」
空から見下げるというのはなかなかいい景色だったりするな。
「あぁ? ……あ」
狐は足を一歩引いた。
俺なら一歩足を引くどころか、腰を抜かしていたかもしれない。きっとそれぐらい、周りから見れば威圧的で、恐ろしいものだろう。
なにせ、ついさっきまでの鬼としての容姿に、大きく黒々とした翼が生え、外人も腰を抜かすぐらい鼻が高くて、というか長くて、髪はライオンのタテガミのようにもっさりとした髪が腰まで伸びていて、なんとその髪が白と金のハーフ&ハーフだったりして、額からは角も生えていると予想され、更に体はガッチリとした鬼の体を少し細くした感じ。
そんな容姿の俺はどうやら能力面でも随分と成長を遂げたらしく、風を起こすイメージをすれば突風が吹き荒れ、電気を操るようなイメージをすれば落雷が地上を襲う。
俺ってまさに、ラスボス。
「おいおい、洒落になんねぇぞ」
俺に背を向け逃げ出そうとする狐の目の前に雷を落とす。雲海から降り注いだ雷は大地を砕いた。
「逃げんなよ、俺を殺すんだろ?」
我ながら随分な変貌振りだ、強い力を持つと突然人が変わったりするが、こうして強い力を持ってみるとそんな風になってしまう人たちの気持ちが分からないでもない。
まあ、俺は出来ることならしばらくは平穏に暮らしたいが。
狐は振り向きざまに俺を睨みつけた。そんな攻撃などはすぐにかわし地上に回避する、そして自分の頭上で鬼火が焚かれたことを確認した。もしなかったら、後ろを警戒しなくちゃいけないからな。
「さっきまでの元気がないみたいだな。電気ショックでもしてみるか?」
「ふっ、予想以上に厄介だったな。二つ同時とかお前正気じゃねぇよ、狂ってる」
「お前に言われたくないな。『ひゃひゃひゃ』なんて気持ち悪い笑い方するほうがよっぽど狂ってるよ」
俺は空気を切り裂くようなイメージをしてカッターを振る。すると、イメージ通りに空気を切り裂く何かがまっすぐに飛んでいく。ついに俺はこんな技術まで習得できたのか。
ああ、俺って恐ろしい子。
「ってことは」
猫仙人がオラに教えてくれた、ねこねこ波の構えをとる。腰の辺りで直径三〇センチぐらいのボールを持っている感じのポーズだな。
そして、これを打ち出す。
『ゴォォォ』
と轟音を立てて地面を抉り取りながら直進していく。
やべぇ、俺の夢が叶ったぞ。青くはなかったけど、むしろゴミとか大量に巻き込んで汚かったけど。気じゃなくて空気だったけど、俺にも出来たぞ。
まあ、こんなことはさておき、今行なった攻撃はさすがに避けられてしまい、狐にはノーダメージ。だけど楽しかったからよし。
今までの茜の余裕ぶった感じが俺にもよく分かった。これなら確かに心の余裕も生まれるというものだ。
「ひゃひゃひゃ、こりゃ俺様もビックリの展開だぜ」
さて、時間に余裕がないにせよ、俺の心の余裕が出来ただけ十分だ。まずは狐の手足を切り取るか、俺たち全員食いちぎられてんだ、その程度やらせてもらっても構わないよな?
「いや、止めとくか。そうするか」
手足をもいだことで見ることになりそうな惨たらしい姿を想像するだけで、精神的に病んでしまいそうな病弱な俺には厳しすぎるな。
そして俺は唐突に攻撃の準備を始める。
3秒クッキング~。
まずは予備として持ってきていたカッターの刃を全てばら撒き、全て細かく折っていきます。もちろん手でやるのは面倒ですから足で踏んだり色々したりしましょう。
ある程度細かくなったら、今度はそれを浮かします、もちろん風を使ってくださいね。そしてそこに電気を大量に流し込んでいきましょう。
はい、完成。カッターの刃、電撃添えです。
狐はこんな無用心な俺を何度か燃やそうと試みてはいたが、それら全てを俺は回避した。おかげで時間は掛かったものの、たいした事じゃない。
「痛いのは一瞬だけですよー」
小さい頃注射をするたびに医者が言っていたことを真似てみるが、果たしてこれが似ていると言えるのか。
俺はカッターの刃、電撃添えを全方位に配置し、突風を起こし目にも留まらぬ速さで狐の体内へと侵入させる。きっと内臓のいくつかは傷ついただろう。そして電流も体を走り回ってくれたはずだ。
「――っ」
そこに雷をいくつか降らせる、もちろんなるべく高火力のものを。しばらく雷を降らした後狐の体を天高くまで浮上させ、そこで更に雷撃を食らわせる。いまや空にはどす黒い雲が大きな天井を作っている。
随分と危険な天井だことで。
後は重力にでも任せておけば問題ないだろう。随分と痛めつけたし、雲があるような高さから落ちればきっと死ぬはずだ。俺のほうも結構限界が近いらしいし、もう意識が霧のかったようなうすらぼんやりとしたものになってきた。
俺のそんな曖昧な意識の中で黒々とした雲海を破って光が射してきた。その光は随分と眩しく温かいものだ、なんと言うかとにかく落ち着く光だ。そんな光が俺たちのいる場所に射してきた。
光が射してきたのと同時に、狐に体は空中で淡い発光をはじめ、地上に触れたあたりで花火のように小さな光となって散っていった。
茜や蘇鉄、葵や楓を見ると、あちらはあちらで何かが起こっているようだ。葵や楓はただ力なくうな垂れているだけだが、茜や蘇鉄は失った手足が徐々に再生していってる。これならじきに意識も回復するだろう。
さて、俺はみんなが目を覚ますまで簡単な休憩を取らせていただこう。なに、ちょっと寝るだけさ、五分かそこら時間が経てば誰かに起こしてもらえるだろうし。それまでは眠らせてくれ体力ももう限界だ。
お休みなさい。




