第20話 後輩ができました
「離せ! バケモノ!」
例の猿族の女の子は、即座にナガレさんによって取り押さえられました。
「おまえら、商人! あたしのこと、また売る!」
「あの娘、私が商人だって言ったら急に暴れちゃって……ん! しみるわ~」
僕はクーデルさんの顔の傷に薬を塗りながら、事情を聞きました。
どうやらあの娘、僕らのことを奴隷商人だと思っているみたい。悪い商人にしか会ったことがないのかもしれないね。
「売られたくないのなら、大人しくしろ。自分の理性がある内にな」
ナガレさん、クーデルさんの顔の傷に相当お怒りの様子。うん、傷が残らなければいいけど……。
薬を塗り終えると、クーデルさんは「ありがとね」と言って、二人に近づいていった。
「ナガレさん。その娘を離してあげて」
「しかし……」
「大丈夫。そんな風にしたままお話したら、その娘に失礼だわ」
その言葉に、女の子は暴れるのも止めて、心底驚いた顔をする。
ナガレさんが手を離すと、クーデルさんは女の子を優しく抱き締めた。
「もう大丈夫よ。怖くない、怖くないわ。もうあなたは奴隷じゃない。この首輪も、早く取ってあげましょうね」
「…………」
女の子は、ポカンと目と口を開いている。
「あなたは、自由よ」
「……う……うう……うえぇぇぇぇぇぇん!!!」
泣きじゃくる女の子は、何処にでもいる普通の女の子だった。
「クーデルには敵わんな」
取り外した【隷属の首輪】を見事に斬り刻んで、ナガレさんが呟いた。
「あら、私はお母さんの真似をしただけですよ。怖い夢を見たときは、いつもああしてくれたわ」
遠い記憶の中に、僕も似たようなものがあった。
あ、ヤバい。これ以上思い出すと、泣きそうだ。
「あなた、お名前は?」
「……メイ」
「メイちゃん。いいお名前ね。さっきも言ったけど、改めて自己紹介するね。私はクーデル・ヴァニラよ。コルトニアで道具屋を営んでいるわ」
「自分はナガレだ。冒険者をしているが、今はコルトニアに住んでいる。断じてバケモノではないからな」
あ、気にしてたんですね。
「えっと、僕はミツル。クーデルさんのお店のお手伝いをしてる、見習い商人です」
「クーデル、ナガレ、ん、覚えた」
あれ? 僕の名前が聞こえないよ?
「それで、メイといったか。お前はこれからどうする?」
あ、そっか。自由の身になったメイちゃんは、これからの身の振り方を考えなくちゃいけないのか。助けなきゃってことしか考えていなかった。
「あらナガレさん。そんな訊き方じゃダメよ。ねぇメイちゃん、これからあなたは、どうしたい?」
「……クーデルと、一緒にいたい」
メイちゃんのその答えは予想外だったらしく、クーデルさんが目を見開く。
「あたしも、道具屋、手伝う。……ダメ?」
「も、もっちろん大歓迎よ! 嬉しいわ!」
再びギュッとメイちゃんを抱き締めながら、クーデルさんは言った。最後の上目遣いが決め手だったね。
うーん、僕もカワイイ後輩ができるのは嬉しいけど、正直ちょっと複雑だ。
ウチにそんな余裕があるの? とか、ちゃんとお手伝いできるの? とか、無粋なことを勝手に考えてしまう。
『人材は財産にも重荷にもなる。だからこそ、採用と育成は大切なのだ』
この話を父さんから聞いた時も、なぜだかもやっとした。
商人は、一緒に働いてくれる人さえも損得勘定で考えなきゃいけないのかなって、漠然とだけど思ったんだ。
今は、少なくとも雇用主は考えるべきなのだろうと思っている。雇用するということは、会社を支えてもらう分、雇った人達の家族や生活そのものを支える義務がある。とも言っていた。
だからこそ、頑張って成果を出してくれた人はお給料だって上げられる。そのための『頑張れる環境』を作るのが大事なんだ。はい、また受け売りです。
メイちゃんが立派な人材になるか、頑張ってくれるかは、店長であるクーデルさんと、先輩である僕の教育にかかっている。
もっとしっかりしなくちゃ!
「えっと、メイちゃん。僕、教えられることは何でも教えるから、これからよろしくね!」
精一杯元気よく挨拶して、右手を差し出した。
メイちゃんもちょっと躊躇いながらではあるけど、僕の握手に応じてくれた。
「……よろしく、ミ、ミ……」
「ミツルだよ……」
うーん、これは先行きがかなり不安。
「さぁ、もう夜が明けるわ。早く帰りましょう! これから忙しくなりそうだわ!」
クーデルさんが元気いっぱいに歩き出した。
その手は、メイちゃんの小さな手をしっかりと握っている。
この胸のもやもやは、きっと理屈っぽい僕自身にげんなりしているからだ。
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