大活躍とやらかし
次の朝、割れ目の前でぼんやりしていると、背中の丸い神様がやってきた。少し後ろには、手足のひょろ長い神様もいる。二人とも、空の籠を背負っていた。
背中の丸い神様は、今日は手を引かなかった。白ブタと目が合うと、ちょいちょいと手招きをして、そのまま森の方へ歩いていく。白ブタは自分から腰を上げ、割れ目の奥から籠を引っぱり出して背負うと、そのあとを追った。
蜂が怖くなくなったわけではない。あの羽音を思い出すだけで、首の後ろがぞわぞわする。それでも足が前に出るのは、昨日の蜂蜜の味がまだ舌に残っているからで、もう一つは、また褒めてもらえるかもしれないからだった。手足のひょろ長い神様に肩をばんばん叩かれたのを思い出すと、今でも顔がゆるむ。誰かに褒められて肩を叩かれるなんて、生まれて初めてだった。
その日、二人の神様が白ブタを連れていったのは、森の奥の太い木だった。
白ブタが両腕を回しても届きそうにない幹の、神様たちの頭よりずっと高いところに、ぽっかりとうろが開いている。そのまわりを、黒い粒が渦を巻いて飛んでいた。近づくにつれて、羽音が腹の底まで響いてくる。昨日の巣とは、音の厚みがまるで違った。
手足のひょろ長い神様は木を指さすと、両手を大きく広げてみせた。それから首を振って、じりじりと後ずさる。でかすぎて、今まで手が出せなかったということらしい。
あれに、オレが行くのか。
刺されないのは分かっている。分かっているが、ものには限度というものがある。助けを求めるように振り返ると、二人の神様がそろってこちらを見ていた。期待しかない目だった。白ブタは泣きそうになりながら、木の根もとへ歩いていった。
根もとには、太い根が瘤のように盛り上がっていた。その上に乗ると、うろがちょうど顔の高さに来る。神様たちなら、幹によじ登らなければ届かない高さだ。のぞきこんだとたん、蜂がいっせいに飛び出してきた。フードの上も、手の甲も、背中も、ばちばちと叩かれる。
大丈夫だ。刺さらない。刺さらない。
自分に言い聞かせながら槍を構えたとき、目の下がむずっとした。フードの縁のすき間から、一匹もぐりこんできたのだ。細い脚が頬をつたって、目の方へ這い上がってくる。
「目はだめだ目は!」
白ブタは槍を放り出して、顔をばしばし叩いた。瘤から足を踏み外して尻もちをつき、それでもまだ叩き続ける。蜂がどこかへ行ったのを確かめてから、フードの紐を、今度は目が半分隠れるくらいまできつく引いた。手の甲なら平気でも、顔はまだ怖い。
うろの中には、大きな巣が一つぶら下がっていた。槍で付け根を切り、腕を突っこんで、ずるりと丸ごと引きずり出す。籠には、とても入りきらなかった。
帰り道、白ブタは巣を両腕で抱えて歩いた。腕がしびれるほど重く、垂れた蜂蜜が肘まで伝ってくる。それなのに、足どりは妙に軽かった。
* * *
その日、大きな生き物は、籠に入りきらない巣を両腕に抱えて戻ってきた。ランは籠を下ろすなり、焚き火のそばで革を縫っていたシロのところへ行った。
「シロ、もっと大きい籠作ったほうがいいっすよ。あいつ、まだ全然持てるっす。倍くらいの」
シロは手を止めずに、ちらりと大きな生き物の方を見た。
あれの籠のことを、ランが決めている。
「三倍にして」
気づくと、ヨリは口を挟んでいた。ランが振り向いて、ヨリの顔をまじまじと見る。
「……三倍っすか」
ランはシロに向き直った。
「明日に間に合うっすか」
シロは革を縫う手を止めないまま、どちらにともなくうなずいた。
次の朝、ヨリが三人を見送りに入口へ出ると、シロが籠を一つ抱えてやってきた。ふつうの籠の、倍ほどの大きさがある。
「さすがに一から作るのは無理だ。破れた籠がたまたま二つあったからな。くっつけといた」
「さすがシロっす」
ランが籠を叩いて喜んでいる。ヨリは、その籠をじっと見た。
「……三倍って言ったのに」
夜になると、ヨリは大きな生き物のいる割れ目へ晩飯を届けに行った。晩飯のほかにも、服の中に隠せるものを、こっそり持っていく。リンガルや、ナイフや。
割れ目では小さな声で、持ってきたものを一つずつ見せて、名前を教える。大きな生き物がいつも背負っている籠も、指さして教えた。名乗りあった晩から、それが決まりごとになっていた。帰りぎわに頭を撫でるのも、いつのまにか同じだった。
* * *
新しい籠をもらったその日も、大きな巣だった。うろほどではないが、木の裂け目からはみ出すほどの巣で、羽音もそれなりにうるさい。それでも、白ブタはもう泣きそうにはならなかった。フードをかぶり、紐を引いて口をすぼめ、槍で巣の付け根を切る。落ちてきた巣は、新しい籠にすっぽり入った。最初の日はあれほど震えた手も、紐を引くのにもう迷わなかった。
その次の日の巣は、拍子抜けするほど小さかった。とはいえ、最初に採った巣と同じくらいの大きさはあるだろう。羽音も、うろのときとは比べものにならない。
背中の丸い神様が、少し離れたところで煙を焚きはじめた。手足のひょろ長い神様もその横にしゃがんで、こちらを見上げている。白ブタはフードを適当にかぶると、紐を引くのもそこそこに、槍を振った。
穂先は付け根ではなく、巣の本体の上の方を力いっぱいはたいた。巣は枝からもぎ取られて地面で跳ね、そのまま勢いよく転がっていく。煙の方へ。二人の神様の方へ。
「あ」
巣は、手足のひょろ長い神様の足もとで止まった。割れた殻のすき間から、蜂がわっと噴き出す。煙のおかげか、ほとんどの蜂はふらふらと散っていったが、一匹だけが、まっすぐ手足のひょろ長い神様の顔へ飛んだ。
「ぎゃっ!」
神様は額を押さえて、その場にうずくまった。
まずい。
白ブタは、おそるおそる神様に近づいていった。すぐそばまで来たとき、神様がばっと顔を上げた。押さえていた手を離すと、額がぷっくりと赤く腫れはじめている。神様は立ち上がって、何かまくしたてた。言葉は分からない。分からないが、ものすごく怒っていることだけは、嫌というほど分かった。
「すみません、すみません」
神様は槍をくるりと持ち替えると、穂先と反対の端で、白ブタの脇腹をどついた。
「うぐっ」
* * *
ランが額を腫らして戻ってきたのは、その日の夕方だった。額の真ん中には、サトが何かの葉を貼りつけている。
「今日も巣、取れたっす」
ランが籠を下ろすと、子どもたちが「わーい」と駆け寄ってきた。籠をのぞきこんでから、一人がランの顔を見上げる。
「ラン、そのおでこ、どうしたの」
ランはきょとんとして、自分の額に手をやった。葉に指が触れて、ようやく思い出したらしい。
「あ。そうっす。刺されたっす。こいつのせいっす」
ランは大きな生き物を指さして、ぶつぶつと文句を言いはじめた。大きな生き物は少し離れたところで、身体を小さくしている。
ヨリは入口の脇に立って、それをじっと見ていた。三人で出かけて、三人で帰ってきて、刺されたことまで笑い話にしている。見ているだけで、イライラした。
ふと気づくと、サトがこちらを見ていた。
「近場の巣は、もう採りきったよ。明日からは、あんたが連れてきな」
「……ふーん」
ヨリはそっけなく返して、そっぽを向いた。
* * *
その晩、ヨリが晩飯を持ってくると、白ブタは食べながら、身振りで昼間のことを話した。槍で巣をはたく。巣が転がっていく。自分の額を指さして、ぷくっと腫れるまねをする。それから脇腹を押さえて、どつかれたまねをした。
悪いことをした、と思う。付け根も狙わずに、適当に槍を振ったのは自分だ。どつかれて当然だった。
不思議なのは、怖くなかったことだ。昔なら、誰かに叩かれたら、それだけで身体がすくんでいたはずだ。けれど、手足のひょろ長い神様にどつかれても、怖いとは思わなかった。ただ、額は痛かっただろうな。明日、もう一回謝ろう。
ヨリは、きょとんとした顔でそれを見ていた。何の話か、分かっていないらしい。白ブタの身振りが終わるか終わらないかのうちに、ヨリは白ブタの腕を引っぱって、早口で何か言いだした。聞いて、聞いて、と言っているような顔だった。
今夜のヨリは、なんだかそわそわしている。
「かご」
ああ、籠か。教わった言葉だ。白ブタが背中に手を回して、籠を背負うまねをしてみせると、ヨリは大きくうなずいて、自分も籠を背負うまねをした。それから、白ブタの手を取った。
「ヨリ」
ヨリは自分の胸を指さし、それから白ブタを指さした。
「タキ」
そして、知らない言葉を一つ言った。
分からない。分からないが、ヨリ、タキ、籠、と並べられれば、だいたいの見当はつく。二人で、籠を持って、どこかへ行くのだ。何を採りに行くのか、いつ行くのかまでは分からない。
ヨリは、つないだ手をぶんぶんと振った。何がそんなにうれしいのかは分からない。分からないが、つられて白ブタの頬もゆるんだ。
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