第1話:タワーマンションと滅亡の微香
「……ねえナビ。この針、反対にぐるぐる回したら、人間がいっぱいいた過去に戻れたりする〜?」
「パッチさん。物理法則を完無視した戯言を呟くヒマがあるなら、そこの『人類の承認欲求の死骸』をスキャンしてください」
崩壊したコンクリートの隙間から夕暮れの朱色が差し込む、広大な部屋。
かつて『億ション』と呼ばれたらしい高層マンションの最上階で、僕たち三体の調査員は足を止めていた。
ガラガラとキャタピラのような足音を立てて、大型軍用ロボのボルトが気怠そうにその場にどっかりと座り込む。胸の装甲がカチャリと鳴り、排気口から『ふしゅー』と情けない蒸気が漏れた。
「おいナビ……俺のバッテリーが切れる前に終わらせろ。エレベーターが死んでるせいで五〇階分も階段登らされたんだぞ。俺の装甲、重いんだよ」
「文句なら本社人事部へどうぞ、ボルトさん。『地球観光地化計画』なんて不人気部署に僕たちを放り込んだのは彼らですから」
僕はバイザーの表示を冷ややかに明滅させながら、手元の情報端末を操作する。
僕の名はナビ。銀河観光公社・超辺境開拓部に所属する最新型ナビゲーションロボットだ。
そして、今壊れた腕時計の針を分解して遊んでいる小型の球体ロボがパッチ。
さっきから粗大ゴミのように転がっているデカいのが、元・軍用大型ロボのボルト。
僕たち三体は、本社からの「滅びた地球にワンチャン観光価値があるか調べてこい」という超絶雑な指示(という名の左遷)により、この廃墟の星を巡っている。
「さて、記録を開始します」
僕は内蔵プロジェクターからホログラムを投影し、部屋の真ん中に浮かび上がらせた。
「ご覧ください。これがかつて地球の都市部に存在した『タワーマンション』です。解説によると、当時の人類は『より高い場所に住む者』が『下に住む者』を見下し、精神的優位に立つという、極めて奇妙な階級制度を築いていたとのことです」
「へー! 高いところに住むだけで強くなれるの? じゃあボルトが一番強いじゃん、デカいから!」
パッチが丸い体をパカッと開けてマルチツールを伸ばし、高級そうな革張りソファのスポンジを無邪気にハサミで切り刻みながら声を弾ませる。
「強くなれるわけないでしょう。単なるマウントです」
「なあナビ」
ボルトが退屈そうに欠伸のような駆動音を鳴らした。
「人間ってのは、そんな下らねえことのために、わざわざ五〇階まで歩いて登ってたのか?」
「まさか。当時は『エレベーター』という機械が動いていました。それが止まれば、ご覧の通りただの『高所にある不便な箱』です。人間は自ら文明の利器に依存し、それが停止した瞬間に詰む構造を作っていたわけですね。……バカですねぇ」
僕は真顔で淡々と吐き捨てた。人類の愚行に情を挟むつもりは一ミリもない。
その時、ベランダの方でガシャーンと大きな音が響いた。
「わあ! ボルト、見て見てー! 綺麗な赤紫色のお水が入ったビン見つけたよー! 飲む?」
「おいパッチやめろ!!」
ボルトが跳ね起きる。
「それは人類が飲んでた『高級ワイン』とかいうやつだろ! 数百年放置された有機物の液体なんて、俺の精密冷却システムに入ったら一発で腐食してショートするわ!」
「えー、つまんないの。じゃあボルトの胸の冷蔵庫からオイル頂戴〜」
「勝手に開けるな! それは俺の命の水だ!」
ドタバタと追いかけっこを始める二体を横目に、僕は溜め息を吐いた。
……まったく、こんな調子で調査になるのだろうか。
とはいえ、ベランダから見下ろす景観だけは、認めざるを得なかった。
眼下に広がるのは、緑に飲み込まれつつあるかつての超巨大都市。沈みかける夕陽が廃墟群のシルエットを赤く染め上げ、不気味なほど美しい静寂が世界を包んでいる。
ボルトが冷えたオイル缶をパッチから奪い返し、ベランダの淵に腰掛けた。
缶のプルタブを力任せに引き抜き、グビグビと高純度オイルを煽る。
「……ふぅ。まあ、なんだ。風通りは悪くねえし、日陰だし、眺めだけは悪くねえな。人間が威張りたくなった気持ちも、ちょっとだけ分からんでもないぞ」
「ですがボルトさん、ここは観光地としては決定的な欠陥があります」
「あ?」
僕は端末を開き、銀河中の宇宙人が閲覧する巨大口コミサイト『銀河トリップ(GalaTrip)』の投稿画面を呼び出した。
「エレベーターが動かない以上、一般の観光客は到達できません。それに……」
僕はキーボードを軽快に叩き、レビューを打ち込んでいく。
【スポット名:地球・旧東アジア区『天空の鳥かご』】
総合評価: ★☆☆☆☆(1.0)
快適度: ★☆☆☆☆(50階分の階段を登る体力が必要です)
映え度: ★★★☆☆(夕暮れの景色だけはまあまあです)
【レビュアー:ナビ(銀河観光公社)】
「高層階からの眺望は良好ですが、移動手段が途絶しているため訪問は非推奨です。また、室内には過去の居住者が抱いていた過剰な承認欲求の残骸が散乱しており、精神衛生上おすすめできません。絶対に足を運ばないことを推奨します」
「送信っと」
「相変わらず容赦ねえ★1だな……」
ボルトが呆れたようにオイル缶を潰す。
「事実ですから。こんな不便な星、さっさと★1評価を百件集めて、本社に報告して……」
ピッ
端末から軽やかな通知音が響いた。画面を見ると、投稿した瞬間に一通の反応が届いている。
> 「役に立った!」が1件押されました。(ユーザーID:0000)
> ユーザーID:0000「参考になった!絶対に行きません!」
「……投稿して一秒で反応が来ました」
僕が眉をひそめると、パッチが転がりながら覗き込んできた。
「わあ、ウケるー! 『絶対に行きません!』だって! 大成功じゃんナビ!」
「暇な宇宙人もいたものですね。……ほら二人とも、日があるうちに次のスポットへ移動しますよ」
「えー、俺はもう動かんぞ。ここで野宿する」
「ボルトさん、置いていきますよ!」
夕闇がゆっくりと廃墟の街を覆っていく中、僕たちのくだらない一日が、静かに暮れていった。
(第1話・終わり)




