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第六話「英雄討伐」

「さあ、これでこの地に溜まっていた魔力も、その大半が消失したっす。…後は、エルナさんの番っすよ」

 そう言って、ニヤリと笑いかけてくるステラ。

「!」

 正直なところ、何が起こったのかエルナは分かっていなかったが、それでも騎士として訓練を受けた彼女の体は、この千載一遇のチャンスを逃すまいと駆け出していた。

 考えるのは後で良い。今はとにかく魔人へ一太刀浴びせなければ。

「今度こそ、お前を討伐する!」

 剣を抜き放ち肉薄する彼女へ、魔人は尚も嘲笑を返した。

「馬鹿め、そんなものに付き合ってられるか!」

 そして彼女が剣を振り下ろす直前に、魔人はまたしても瞬間移動で姿を消したのである。

「くっ、戻って来い! ワイズマン!」

 エルナは悔しげに憤るが、ステラは余裕の表情で片手を上げた。

「あー、はいはい。大丈夫っすよ、ほい!」

 彼女が一言そう唱えると、エルナのすぐ側にワイズマンが出現した。

「な! 何!?」

 突然現れた魔人は、周囲を見回して驚愕した。自分が何故ここにいるか、全く理解出来ないようだ。

「何故だ? 目印となるペンダントは、あの時すぐに捨てたのだぞ!?」

 自分が移動したり他人を飛ばしたりするのと、遠くのものを引き寄せるのでは、同じ瞬間移動でも全く別の魔術である。

 引き寄せる魔術は遠隔で作用する為、消費魔力も多く何らかの目印を必要とする。

「何故って、あたしと爺さんには、切っても切れない縁があるじゃないっすか」

 ステラは少し呆れたように、ちょっと肩を竦めてみせた。

「何を馬鹿な、今のこの体では血の繋がりすら…、まさか!?」

 話している途中で何かに気付いたのか、ワイズマンはうろたえ己の孫を見返した。

 その様子を見て、己の祖父がようやく答えに辿り着いたと判断したステラは、殊更に酷薄な笑みを浮かべてみせた。

「そのまさかっす。爺さんは移し替えに夢中で、魂そのものに関する研究には、あまり目を通してなかったんすね。…魂にも、縁があるんすよ。それを使えば、どこにいても爺さんを引き寄せる事が出来ます」

 ステラは王都に戻ってからの短期間で、魂に関する資料を読み込んでいたのだろう。これでワイズマンの逃走手段は封じられた。

 今度こそ、エルナの出番である。


「まだだ! 私にはまだ、これがある!」

 そう言ってワイズマンは、腰に下げていた剣を引き抜いた。レイソルの体が覚えている剣技で、この場を切り抜けるつもりのようだ。

 彼を貶めたくせに、今度は彼の技に頼ろうと言うのか。

 その態度は、エルナの逆鱗に触れた。

「ふざけるな! それはお前のものじゃない!」

 状況が目まぐるしく変わり、やや流され気味だったエルナの思考が、再びワイズマンへの怒りに収束する。

「ハァッ!」

 エルナの放った強烈な一撃を、ワイズマンは辛うじて受け流す。

「ははっ、この体はもう私の…!?」

 前回の戦いが頭にあったのだろう。余裕で受け流せるつもりだった魔人は、バランスを崩し慌てて距離を取った。

「フッ!」

 だがその距離は、エルナによって瞬時に詰められる。

「ぐうっ!」

 エルナは対人戦において負けなしである。それは彼女の豊富な魔力が無意識の内に作用している部分もあったが、それを差し引いても今のワイズマンの剣は、王都で戦った時に比べて明らかに精彩を欠いていた。

「くっ、くそ!」

 もちろん動揺もあるだろう。

 だがそれだけではなく、魔人がレイソルの体を奪ってから、既に三日が経っている。その間に魔人が剣を握ったのは、エルナと戦った一度きりだった。

 誰だって訓練をしなければ、体はなまるものである。レイソルと同じ訓練を続けない限り、その剣の冴えは失われるばかりだった。

「えぇい! これでどうだ!」

 劣勢のワイズマンは左手を振るい、そこから魔術の炎を出した。

 魔術師は学者肌の人間ばかりなので、単純に人を傷付けるだけの魔術というものは、あまり研究されていない。とは言え炎ではあるので、触れれば火傷くらいはする。

 ワイズマンとしては、怯ませる事が出来ればいい、くらいだったのだろう。

「ハァッ!」

 しかしエルナは全く怯む事なく、まるで見えていないかのように炎を突っ切って剣を振り抜いた。

「うおっ!?」

 辛うじて体が反応したワイズマンだったが、受け流す事は出来ず剣で受けるのが精一杯だった。

「魔獣の討伐には『次』があるから、怪我しないよう戦わなければならない。…だがお前を殺すのは一回だけでいい。私を止めたければ、一撃で殺せるような魔術でも使うんだな!」

 気迫を込めたエルナの言葉。

 それは彼女なりの、決意を示した言葉であった。

 だがその言葉は、魔力量にコンプレックスを持つ魔人に対して、皮肉混じりの挑発として伝わった。

「き、きさま!」

 向きになって炎を連発するワイズマン。だが何度炎を浴びせられても、怒りに染まったエルナが止まる事はなかった。

 逆にワイズマンは、その度に打ち合いのリズムを崩したが、既に剣の勝負では敵わないと悟った魔人には、魔術に頼る他なかったのである。

「く、くそおぉぉぉぉぉぉっ!」

 次第に追い詰められてゆくワイズマン。

 そして、ついにエルナの振るう剣が。

 かつてレイソルのものであった剣が。

 魔人の首を捉え、そのまま刎ね飛ばしたのである。


 エルナは首のない死体を見下ろしたまま、しばし呆然としていた。

 不思議と達成感はない。

 魔人によるこれ以上の凶行を止めただけで、既に失われたものは何一つ戻っては来ないからかもしれない。

 それでも彼女に出来る事は、これしかなかった。

 せめて彼の名誉を回復させる事が出来れば良かったが、国王の決定を覆す力など一介の騎士であるエルナにあるはずもなかった。

 それでも尚、彼女に出来る事があるとすれば…、議会の意志に反して騒ぎ立て、処罰される事くらいか。もちろん、そんな事をしても国王の決定は覆らないが。

 そんな事を考えていると、不意に後ろから声をかけられた。

「あーあー、美人が台無しじゃないっすか」

 振り返るとステラが、ちょっと困った顔で笑っていた。

 彼女の言う通り、何度も炎に炙られたエルナは、まるで日焼けし過ぎたかのような酷い有様だった。

「いや~、それにしても爺さんを騙す為とは言え、裏切ってると言った時は、斬りかかられるかと思って冷や冷やしました。エルナさんが合図に気付いてくれてよかったっす」

 ステラはそう言って軽くおどけてみせたが、それに対してエルナは首を傾げるだけだった。

「ん、合図?」

「…え?」

 ………。

 二人の間に沈黙が降りると、今度は周囲のざわめきが耳に入って来た。いつの間にか、周りには野次馬が集まって来ていた。

 大通りの街路樹が、次々と燃え上がったのだ。当然と言えば当然か。

 その事に気付いたエルナは、ステラに向かって一つ頼み事をした。

「…すまないが、この死体も灰にして貰えるか?」

 前回の死体処理を思い出しての発言だったが、あの時は容赦なく祖父の体を灰にしたステラが、今回は少しばかりためらいを見せた。

「あの…こちらからお誘いした手前言い難いんすけど、一応首は持って帰った方が良いかと…」

 相手は議会指定の討伐対象だし、エルナも表向きは謹慎ではなく休暇中だ。旅先でたまたま討伐対象と遭遇し、これを単独討伐したとなれば、まるで騎士の鑑のような話ではないか。

 とは言え、裏向きでは実質的に謹慎中だし、そこには余計な事はするなという意図がある。万が一という事もあるし一応、討伐の証くらいは持って帰った方が良いかと思われた。

「いや、構わん。…これ以上、レイソルの死を弄びたくはない」

 しかしエルナはその提案を、頑として受け入れなかった。

 たとえこれが原因で騎士を辞める事になったとしても、別に構わないとすら思っていた。その場合は父にも迷惑をかけるかもしれないが、恐らく理解して貰えるだろう。何しろ彼女の騎士としての規範は、その父に教えられたものなのだから。

「…分かりました、それじゃ」

 エルナの決意が固いと見ると、ステラはそう言って片手を振るった。

 するとレイソルの遺体が、青白い魔術の炎に包まれる。

 ワイズマンより格段に魔力の多いステラの炎は、彼の遺体を骨一本残さず灰にしてゆく。


 その様子を静かに眺めていると今度は、また別の人物から声をかけられた。

「あ、あの…エルナ様…、これは一体、どういう事なのでしょうか?」

 そう恐る恐る尋ねてきたのは、教会の神官たちだった。

 大聖堂から決して出るなと指示しておいた彼女たちだったが、騒ぎが落ち着いた事で戻って来ていたようだ。

「あー、この人、偽物なんすよ。魔術つかってたっしょ?」

 彼女たちの質問に対して、ステラが殊更に明るく言った。

 けれど彼女たちは、それでもエルナの事をじっと見詰めてくる。あくまでエルナの口から説明を聞きたいようだ。

 まあ実際、彼女たちにとってステラは、今日会ったばかりの知らない人である。

「…」

 そんな彼女たちを見て、エルナは先程の考えが頭をよぎった。

 ここの神官たちとは、多少の縁もある。せめて彼女たちくらいは、レイソルの潔白を知っていても良いだろう。

 エルナは少し考えてから、先程は言えなかった答えを口にした。

「レイソル・サントハイムは確かに英雄だった。…アレは偽物だ」

 その言葉を聞いた彼女たちは、皆一様に安堵の表情を浮かべた。

「そう…ですか…」

 けれど少し涙ぐんでいた辺り、魂の移し替えに気付いた訳でもないだろうが、漠然と何かを察していたのかもしれない。

「…大聖堂までお越し下さい。火傷の手当てをしますから」

 それらを飲み込んで、神官たちはエルナの体を気遣ってくれた。

 実際のところ、彼女の魔力が無意識に作用した分がなければ、もっと酷い有様だっただろう。いくらワイズマンがステラ程の炎を出せなかったとしても、彼女の行動はそれくらい無謀なものだった。

「ここは任せて貰っていいっすよ。エルナさんは手当して貰って下さい」

 死体処理を笑顔で請け負うステラだったが、そこでエルナはふと振り返って質問をした。

「…ところで、一ついいか?」

「何すか?」

 ステラはニコニコと笑顔を向けてくる。

「ワイズマンを引き寄せる事が出来るなら、わざわざ魔力溜まりまで出向く必要はなかったんじゃないか?」

 その質問を聞いても、ステラの表情は変わらなかった。

「あー、それは思い付きませんでしたね」

 澄ましてそう答えるステラだったが、エルナはその返答に納得せず、尚も彼女を見詰め続ける。

 すると根負けしたかのように、ステラは肩を竦めて訂正した。

「…本当は爺さんに、最後のチャンスをあげようかと思いまして」

 つまり事前に宣言した通り、ワイズマンがエルナの魔力を狙うのなら見逃すつもりだったという事か。

 結局、ワイズマン最大の失敗は、自分の孫を標的にした事だった訳だ。

「…怒ったっすか?」

 ステラはちょっとだけ気まずそうに、エルナの顔色を伺ってくる。

 だがエルナとしては、彼女にも人の情があると分かって、むしろ安心するくらいだった。

「いや、ステラの協力がなければ倒せなかった。…まあ、レイソルの件にも関わっていたなら、話は別だが?」

 そう言ってジロリと目を細めるが、実際は言うほど疑ってはいない。レイソルに関しては、狙ってそうなったとは思えないからだ。

「あー、そっちは本当に知らなかったっす」

 その予想通り、ステラはハッキリと否定した。

「なら、いいさ」

 エルナはそれを信じる事にして、待ってくれていた神官たちの所へ向かう。

「…もしも、議会とゴタゴタするようなら、いっそ学会に来ますか? エルナさんの魔力量なら、魔術師になれますよ」

 背を向けた彼女の耳に、そんな言葉が聞こえて来た。

「考えておこう」

 エルナは振り返る事なく、適当にそう答えた。


 この後。王都に戻った彼女は、王国騎士にして教会認定の英雄という面倒な立場になり、本気で学会行きを考えるようになるのだが、それらはまだもう少し先の話である。


 だからこそ、今この一時だけは、ただ彼の死を悼んでもいいだろう。

 彼女の頬を一粒の雫が伝った。

 それは物心ついて以来、一度も泣いた事のない彼女が誰かの為に流す、初めての涙だった。

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