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第五話「神都炎上」

「…これは、さすがに想定外だったな」

 町の入口に立って、エルナは呆れたような声を上げた。目の前には以前と同じ、緑豊かな街並みが広がっている。

 神都エモリアまで通常なら馬を飛ばして五日の距離を、彼女たちは二日目の早朝には既に辿り着いていた。

「まあ、あたしは魔術師としても魔力の多い方っすからね」

 ステラは少し誇らしげに胸を張った。これも彼女の瞬間移動の魔術のお陰である。

 念の為に昨日は、途中の町で一泊して魔力を回復させたが、ただ来るだけなら一日で辿り着けたはずだ。彼女は本当に優秀な魔術師であり、会長職もただ押し付けられた訳ではないのかもしれない。

「魔術と言うのは、改めて凄いな」

 エルナが感心していると、ステラはそっと耳打ちをしてきた。

「…こんな時の為に主要な都市には目印をつけてあるんすけど、魔術師だけの秘密なんで内緒にして下さいね。知られると色々と面倒なんで」

 それは、確かにそうだろう。こんな事が可能であると分かれば、商業も軍事も大きく変わってしまう。こんな事、言える訳がない。

「それじゃ、行きましょうか。町全体が魔力溜まりっすから、極端な話どこでもあの魔術が使えます。爺さんがどこで仕掛けて来るか分かりませんから慎重に」

 ちょっと真面目な顔になると、ステラは先に立って歩き始めた。

「待て、私が先行しよう」

 それに対してエルナは剣に手をかけ、以前と同じ調子で前に出ようとした。けれどステラには、少し困ったような顔をされてしまった。

「ここは町の中っすから。エルナさんも普通にして下さい」

 言われてみれば、確かにその通りだった。ここを戦場だと思っているのはエルナだけで、他の人はみんな普通に生活をしているだけなのだ。

「…それにしても、ここがもう一つの魔力溜まりとはな」

 魔術師でもなければ、普通は魔力溜まりなど意識しない。エルナも王都に近い方は知っていたが、もう一つの方に関してはあるという事しか知らなかった。

 ここエモリアは豊穣の大地と呼ばれるだけあって、町全体が非常に活力に満ちている。町の中まで緑豊かだし、早朝だというのに勤勉な者たちは既に活動を始めていた。

 それだけに、あの何もない土地とのあまりの違いが、エルナとしては少々不思議に思えた。

「学会の魔術師は基本みんな魔力豊富っすから、魔力溜まりの研究はあまりされてないんすよね。禁止されてる魔力の研究との境も曖昧ですし。ただまあプラスとマイナスみたいなものがあるんじゃないか、とは言われてますね」

 確かにそう言われると、生命豊富な土地と枯れた土地、同じものの両極端という感じではある。

 エルナはひとまず納得すると、ステラと並んで歩き出した。


 警戒しつつも普通に街中を歩いていると、やがて大聖堂が見えて来た。名実共にこの神都の中心とも言える場所であり、エルナにとってはちょっとした思い出のある場所だった。

「あら、エルナ様!」

 大聖堂の前を通りかかると、敷地を掃き清めていた神官に呼び止められた。それは以前、祭事の時に知り合ったあの神官たちの一人だった。

「知り合いっすか?」

「ああ…」

 ステラの質問へ曖昧に答えていると、エルナの名前を聞いて、掃除をしていた他の神官たちまでもが集まって来てしまった。

「あ、本当。お久し振りです」

「お久し振りです、エルナ様」

 そう声をかけて来たのは、みんな知った顔だった。場所も同じ大聖堂だし、こうしていると、まるであの時に戻ったような気分になる。けれど、あの時と違って今は一人足りなかった。

 だからそれは、自然な流れだったのだろう。

「今日はレイソル様と一緒じゃないんですか?」

 神官の一人がそう言った。

 別に疑問に思った訳ではなく、ただ最初の話題として丁度良かっただけで。

 王都での事件から、まだ五日も経っていない。彼女たちは一連の事件について、まだ何も知らないのである。

「…」

 エルナはその質問に、何と言って答えればいいか迷った。

 彼女には議会の決定に従って、レイソルを貶めるような事を吹聴する気はなかった。

 しかしだからと言って、今目の前で楽しげに語らう彼女たちへ、いきなり『レイソルは死んだ』と伝える事に意味はあるのだろうか。

「あ、レイソル様。やっぱりいらしてたんですね」

 エルナが迷っている間に、神官の一人がそう言って小さく手を振った。

 一瞬、意味が分からなかった。

「!?」

 しかし、その言葉の意味するところを理解した時、エルナの背筋にはヒヤリと冷たいものが流れた。

 町の中という事で、いつの間にか気が緩んでいたのかもしれない。エルナは慌てて振り返った。

 すると、大聖堂前の大通りの真ん中に。

 レイソルの顔をした男が、隠れる事もなく堂々と立っていた。それこそはエルナたちが探していた男、魔人ワイズマンであった。


「ハッ!」

 魔人がニヤリと醜悪な笑みを浮かべると、周囲の街路樹が次々に燃え上がった。

「キャッ! な、何?」

 突然の出来事に、神官たちにはワイズマンへ注意を向ける余裕はなさそうだった。そんな彼女たちに向かって、エルナは語気を強めて叫んだ。

「お前たちは大聖堂の中へ避難していろ、決して外へ出るな!」

「!…は、はい!」

 神官たちはエルナの有無を言わさぬ剣幕に、慌てて大聖堂へと向かって走り出した。ワイズマンには魂を移し替える魔術がある。人が大勢いては、もしもという事も有り得るだろう。

 他にもまばらにいた人たちは、炎に驚き全員この場を離れて行く。何のつもりか知らないが、エルナにとっては好都合である。

 それらの状況を確認しながらも、エルナは決してワイズマンから目を離さない。

 だからこそ彼女は、最初それに気付かなかった。

 いつの間にかステラが、ワイズマンのすぐ側まで歩み寄っていた事に。

「! …ステラ!」

 寸前で気付いたエルナは、驚いてその背中を呼び止めようとしたが、それに被せるようにワイズマンが声を張り上げた。

「よくやってくれたステラ! そして、ようこそエルナ君!」

 魔人は何やら上機嫌の様子で、大仰に両手を広げてエルナを歓迎してみせる。

 何の意味があるのか全く分からなかったが、そんな彼女へ説明するかのように突然ステラが語り出した。

「…あの事件の後、爺さんから連絡が来たんす。手伝って欲しいって」

 ステラは背中越しに淡々と、己の罪を告白するかのように呟いた。

「前にレイソルさんより魔力の多い人がいるって言いましたけど、それってエルナさんの事なんすよ」

 そう言って振り向いた彼女は、何かを堪えるように苦しげな表情をしていた。

 いささか唐突な告白ではあったが、そこまで言われれば、さすがにエルナでも分かる。自分が二人に誘い出されたのだという事に。

 だがそれならば出発前にステラが、自信を持って間に合うと言っていた事にも納得がいく。ワイズマン自身が、エルナが来るのを待っていたのだから。

「…」

 ステラの裏切りについては、今は何も言うまい。

 先程までそんな素振りは全く見せなかったけれど、どのような人間であれ、ワイズマンは彼女にとって肉親だったという事だ。

 その気持ちを責める事は出来ない。ここまで案内してくれただけでも十分だろう。

 だがもちろん、このまま易々とこの体をくれてやるつもりはない。ただまあ実際のところ、エルナは未だに魔術の事がよく分かっていないのだが。

 レイソルの時は完全なる不意打ちだったが、今回の場合は何が来るのか分かっているので、気合でどうにかなるんじゃないか、とか思っていた。

 取り敢えず隙を見せたら斬りかかろうと、エルナは剣に手をかけワイズマンを睨み付ける。


 だから、それに気が付いた。

 街路樹の炎を背景に、ワイズマンがあの醜悪な笑みを、ステラへ向けて浮かべた事に。

 …何かがおかしい。

 以前ステラは、ワイズマンの目的は魔力だと言った。

 実際レイソルは、ワイズマンに比べれば魔力が多かったらしい。そしてエルナは、そんなレイソルよりも更に豊富な魔力の持ち主だと言う。

 しかし他人より少々多かったとしても、果たしてそれはわざわざ狙うようなものか?

 そんなものよりももっと分かり易く、ここには魔力が豊富で優秀な魔術師がいるというのに。

「待…!」

 何だか嫌な予感がして、エルナはステラへ駆け寄ろうとした。

 しかしそれよりも早く、ワイズマンの指がステラの肩へ触れて、二人の足元が不意に光を放った。

 魔術師ではないエルナには分からなかったが、この土地を覆っていた膨大な魔力が一点に収束していく。

 その中心であったこの場所は、一時的に魔力が消失し、その影響で街路樹の炎は消え、燃え残った葉は一斉に枯れ落ちた。

 そして一瞬の静寂の後、ワイズマンの魔術が発動したのである。


 突然に雷のような音がして、ワイズマンだけが後ろへ弾き飛ばされた。

「な、何!? どういう事だ?」

 無様に倒れ込んだ魔人が、驚愕の表情でステラを見上げている。

「…あーあー、やっぱりやっちゃったんすね。爺さん」

 ステラは冷めた目で、ワイズマンを見下ろしていた。それは肉親の情など一切感じさせない、氷のような眼差しだった。

「…ステラ?」

 一瞬エルナは魔術が成功して、中身が入れ替わってしまったのかと思った。

 しかし両者の様子を見るに、どうもそうではないらしいと思い直した。

 よく考えてみれば初めからステラは、ワイズマンの件をあまり深刻に捉えてはいなかったような気もする。エルナたちが勝手に、気丈に振る舞っていると思っていただけで。

 未だに状況を理解出来ていないワイズマンの前で、ステラは胸元から何かを取り出した。

「途中で術式を調整出来ない以上、余計な魂があったら駄目なんだろうなと思ってたんすけど。炎を出して人払いをした時に確信したっす」

 ステラがそう言って少し掲げて見せたのは、飾り気のない三つのペンダントだった。そこに嵌められた石は、禍々しいマーブル模様に輝いている。

「他にも幾つか対策はしてたっすけど、やっぱり決め手はこれだったっすね。さすがの爺さんも、あたしが魂を複数持っている事は、想定出来なかったみたいっすね。先日…爺さんに殺された人たちの中から、間に合った三名の方にご協力頂きました」

 ステラはワイズマンの討伐にあたって、まず魔力溜まりの魔力を使い切らせる作戦を立てていた。膨大な魔力がある限り、何をされるか分からないからである。

 だから、出来る限りの対策を打って、魂移し替えの魔術を使わせたのだ。

 この魔術は途中で術者がいなくなる為、あらかじめ完成させておかなければならないし、半端に起動する事も出来ないし、途中で止める事も出来ない。従って、この場で使えるのは一度きり。その欠点を突いたのである。

「ああ、安心して下さい。きちんと説明して、自らの仇へ一矢報いる為に、と快くご協力頂きました」

 ペンダントの石にはその人たちの魂が封じられていたのだが、今は三つともヒビ割れていた。無事にワイズマンへと一矢報い、三人とも天に召されたようである。

 今の発言はエルナに向けてのものだったが、彼女としては正直何が何やらだ。

「な、何故、お前が…?」

 一方のワイズマンも、未だに信じられない様子でステラを見上げている。

 彼に目立った変化はない。失敗した時に自分の魂を元の体へ戻す、最低限の安全装置は組み込んであったようだ。だが魂の研究は禁忌。対策されているなどとは、思いもしなかったのだろう。

「爺さんが居なくなった事で、今はあたしが会長なんすよ。今のあたしは、禁書庫の中身を自由に閲覧出来る立場っす」

 しかしステラは禁書庫に収められた非道な実験の資料から、既に魂に関する知識を得ていたのである。

「わ、私を騙したのか!」

 ようやく状況が見えてきたのか。元を正せば実の孫を騙そうとした男が、恥ずかしげもなくそう叫んだ。

「騙す? 何を言うかと思えば、爺さんが最初にあたしを狙ったの、気付いてないとでも思ったんすか?」

「ぐ!?」

 だがステラの反論を受けて、ワイズマンは言葉に詰まってしまった。

 そう言えば一度目の討伐の時。エルナは死角から攻撃されたとしか思っていなかったが、言われてみればあの時彼女の後ろにはステラがいたのだ。

 最初からワイズマンは、実の孫の魔力を狙っていたという事か。

「まあ爺さんの気持ちも分かるんすよ。魔術師にとって魔力は命よりも大事。…でもだからこそ、その魔力に手を出されたら、そりゃもう戦争っしょ?」

 そう言い放つとステラは、己の祖父へ向けて酷薄な笑みを浮かべた。それはワイズマンとの血縁を、確かに感じさせるものだった。


 魔術学会現会長ステラ。彼女もまた、どうしようもなく魔術師なのであった。

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