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第一話「魔人討伐」

 王都から馬で半日程の距離に、広大な森林地帯が広がっている。

 鬱蒼とした森はまだ人の手がほとんど入っておらず、場所によっては獣道のようなところを掻き分けて進まなければならなかった。

 そんな森に今、激しい刃の音が響き渡る。

「ハァッ!」

 裂帛の気合と共に振るったエルナの剣が、襲い来る魔獣を両断した。

「大丈夫か? ステラ」

 そう言って剣を収めながら、エルナ・ウォーリアーは振り返る。男性と並んでも見劣りしない長身の彼女の事、その姿は実に様になっていた。

 一方ステラと呼ばれた少女は、妙に腰の低い態度で礼を言う。

「いやぁ、ありがとうございます。あたしら魔術師は学者っすから、戦闘は苦手で…」

 緊張しているのか丁寧な話し口調の下から、ちょいちょい地がのぞいている。

 普段の討伐に魔術師は同行しないのだが、今回は相手が相手なので、魔術学会から派遣された彼女が同行しているのだ。

 そんなやり取りの途中で、再び刃の音が響き渡った。

 振り返るともう一人の同行者である青年が、魔獣を切り伏せたところだった。

 どうやらもう一匹、小型の魔獣が茂みに隠れてエルナを狙っていたようだ。

「大丈夫かい? エルナ」

 青年は剣を収めながら、フッと芝居がかった笑みを向けてくる。からかっているつもりか、先程ステラに言った台詞を、そのまま言われてしまった。

「…ああ、お前のお陰でな」

 エルナは、やや憮然とした表情でそう返した。

 そもそも彼女は騎士なのだ。人間が相手であれば、そうそう遅れをとる事はないが、やはり魔獣が相手となると勝手が違う。どうにも彼には敵わないのだった。

 青年の名はレイソル・サントハイム。教会から任命された英雄である。

 そんな彼の第一印象はと言うと、これが必ずしも良いものではなかったりした。


 ウォーリアー男爵家は代々騎士の家系である。

 その例に漏れず騎士となったエルナは、長身で力も強く無愛想。おまけに対人戦では負けなしとあって、同期の騎士たちからの評判はすこぶる悪かった。しかも彼女は、それを気にしない図太い神経も持ち合わせていた。

 だから、なのだろう。この仕事を割り振られたのは。

 この世界には魔獣と呼ばれる存在がいる。

 その中でも教会が討伐指定を出した、特別に危険な魔獣。それらを討伐する為に、教会を中心とした派閥の中から任命された神威の代行者、それが英雄である。

 まあ元は教会が人気取りの為に始めた活動だったが、それによって救われた民が大勢いるのも事実。その結果、程度の差はあれ民のほとんどは教会の信者だった。

 しかしそれでは面白くないのが、国王を頂点として実際に国を治めている議会派の貴族である。両派閥は散々揉めた後で、最終的に魔獣の討伐には騎士も同行させる事で合意した。

 そして一年程前に、英雄の代替わりと合わせて、新しく同行を命じられたのがエルナである。


 初めての顔合わせの日。

 城門の前でエルナが待っていると、レイソル・サントハイムは一人でやって来た。

 颯爽と馬を駆るその姿に周囲の娘達から黄色い声は上がるが、何故か一人の供も連れてはいない。

「やあ、君が同行するっていう騎士の人かな? 僕はレイソル・サントハイム。長い付き合いになるだろうから、これからよろしくね」

 整った顔立ちで、馬上から爽やかに挨拶をしてくる彼は、まあ率直に言ってすかした男であった。

「騎士のエルナ・ウォーリアーだ。それより、供はどうしたんだ?」

 開口一番。エルナは当然の疑問を口にした。

 人々に安心を与えるはずの英雄が、護衛をたくさん引き連れていては見栄えも悪かろう。しかし先代の英雄も、さすがに一人ではなかったはずだ。

「う~ん、僕はどうも男性から嫌われ易くてね。…女性にはモテるんだけど」

 あまり困っているようには見えないが、どうやら本当に一人らしい。

 しかしそんな素振りからもエルナは、彼が男性から嫌われている理由が分かった気がした。

「でも、そう言う君も一人じゃないのかい?」

 そう。実を言うと、エルナも人の事は言えない。

 お前は強いんだから一人でもいいだろう、とか何とか色々言われて結局、彼女も一人で討伐へ向かう事になったのである。

 実際のところ、英雄もレイソルで六代目。民からの信頼や人気とは裏腹に、どちらの派閥でも随分と形骸化が進行していた。

「まあ、嫌われ者同士、仲良くしようよ」

 だがそんな事を気にする様子もなく、屈託のない笑顔を浮かべるレイソル。

 サントハイム家は教会派の重鎮である。嫡男でこそないがレイソルはそこの次男であり、おまけに文武両道・容姿端麗とくれば大抵の男たちは引き立て役である。

 道理で誰もやりたがらなかった訳だ。エルナは、この役が自分に回って来た理由を理解した。

「…お前と一緒にするな」

 それでも。敵意や嫉妬を感じない分、城の騎士たちよりは付き合い易いような気がした。


 話は戻って、森の中を進む三人。

「それにしても、本当にこんな所に居るのか?」

 エルナは森に入ってから、ずっと疑問に思っていた事を口にした。

 先程の魔獣は、あくまで偶発的な遭遇であって、今回エルナたちが討伐するのは魔獣ではなかった。今回の討伐対象、それは…。

 魔術学会会長ワイズマン。

 彼は魔術の実験と称して密かに村一つを壊滅させ、人間として初めて討伐指定を受けた人物である。

 教会は彼の事を、魔に魅入られた人、魔人と定義した。もしかすると彼が、魔獣が生まれるのは生命を生み出した神が不完全だからだ、と発言した事も関係あるのかも知れない。

「今回は教会だけじゃなく、議会の方でも行方を追っていたからね。間違いはないと思うよ」

 前を歩くレイソルが邪魔な枝を払いながら、振り返る事なく言った。

 そんな彼の言葉に、ステラも同意する。

「そうっすね。魔術師視点から見ても、間違いないと思います。この先には、魔力溜まりがありますから」

 世界には時間をかけて、ゆっくりと魔力が溜まっていく場所が点在している。理由は分かっていないが、この国にも二ヶ所あり、その一つがこの森にあるのだ。

「爺さんは魔術師としては魔力量が、かなり少なめなんす。何ならレイソルさんの方が多いくらいで」

 今でこそ魔術学会では、魔術師になるのに魔力量による規定があるのだが、ワイズマンはそれ以前の、学会創設のメンバーである。そうでなければ、彼は魔術師になれなかっただろう。一方で研究馬鹿の多い魔術師としては、例外的に地位や名誉に関心のある人物だったので、これまで会長を務めていたのだ。

「爺さんが討伐指定された実験も、恐らく自分の魔力量を増やす為のものだったんだと思います」

 現在学会では、生命・魔力・魂といったものの研究を禁じている。何故ならそれらの研究は、いずれ必ず人の命を奪う実験へと繋がるからだ。今回のように。

 そしてステラは、そんなワイズマンの孫娘だった。つまり彼女がここにいるのは、身内の尻拭いの為である。

「だから爺さんが、ここへ逃げ込んだという事は…」

 ここでならばワイズマンも、本来以上の魔術が使えるようになる、と言う事だ。であれば、目的は一つだ。

「僕らを迎え討つつもり…だろうね」

 ステラが言い淀んだ結論を、レイソルが引き受けた。

 魔人と呼ばれようとも、彼女にとっては身内だ。思うところもあるのだろう。

 ステラを見る二人の目が、哀れみの色を帯びる。

「あ、いやいや、爺さんの罪状は理解してますから。そんな深刻にしないで下さい」

 ステラは殊更に明るく言った。きっと気丈に振る舞っているのだろう。エルナはより同情的な心情になった。

「でも爺さんも、別に戦闘が得意な訳じゃないっすから、正面から襲って来たりはしないと思います。爺さんが使ってくるとすれば…」

 そこからしばらくの間、ワイズマンへの対応について話し合った。


 エルナたちの目の前で、唐突に森が途切れた。

「…これが、魔力溜まりか」

 エルナはその光景に息を呑んだ。

 そこは草一本生えず、虫一匹いない荒地であり、森の中にぽっかりと空いた空白のような場所だった。

 まるでこの土地から、生命が根こそぎ奪われたかの様な光景である。

「二人とも、注意して行こう」

 レイソルはそう言って、荒地へ真っ先に足を踏み入れる。

「…」

 エルナもステラに目で合図してから、それに続いた。三人は魔力溜まりの中を、注意深く進んで行く。

 生き物こそ見当たらないが、別に平らな訳ではなく、凹凸や巨岩が数多く点在し、じっと見ていると昔ここに何か巨大な人工物があったのではないかと思えてくる。

 辺りに物音はなく、自分の足音がやけに大きく聞こえた。妙に息苦しく感じるのは、果たして気のせいか。

 そして幾らか進んだところで、急にエルナがレイソルを止めた。

「待て、あの岩の向こうに誰かいる」

 先程は魔獣相手に遅れをとってしまったが、人間が相手であれば話は別だ。ましてや、この何もないような場所では、気配も消せない人間を彼女が見落とす事はない。

「出て来い! 隠れていても、騎士の目は誤魔化せんぞ!」

 エルナが前に出て剣を抜くと、観念したのか岩陰から初老の男性が姿を現した。

 男は不機嫌そうに杖を突きながら、エルナたちを見下ろしている。

「爺さん…」

 エルナはワイズマンと会った事はないが、ステラの反応を見るにどうやら本人で間違いないようだ。

「…やれやれ、教会が余計な事をしたせいで、とんだ面倒事になってしまった。だがこんな所まで、のこのことやって来るとは。いささか私の事を甘く見過ぎじゃないかね?」

 しかしワイズマンはステラに対して一言も返さず、ただ挑発するような事を言ってきた。

「…」

 その返答に思わず切りかかろうとしたエルナだったが、レイソルが彼女を抑えて前に出る。

「エルナはステラの守りを。彼も身内を狙うとは思えないけど、彼女は戦い慣れていないしね」

 そう言ってレイソルは、ワイズマン目掛けて走り出した。

「魔人ワイズマン。教会の名の下に、お前を討伐する!」

 けれど剣を抜き放ち迫るレイソルを見ても、ワイズマンは表情を崩さなかった。むしろ醜悪な笑みを浮かべてみせる。

 そして次の瞬間、レイソルの姿が消えた。

 何の前触れもなく、突然に。

「ははっ、教会の魔獣狩りは、本人も獣並みだな!」

 それを見て、得意げに笑うワイズマン。

 彼が使ったのは、地面に描いた目印から、同じ目印を描いた場所へと、対象を瞬時に移動させる魔術である。

 三人の敵を前にして、魔術師であるワイズマンがまず行ったのは、攻撃ではなく分断であった。

「やはり、ステラの予想通りか…」

 しかし予め説明されていたエルナは動じる事なく、相手から目を離さない。

 すると次の瞬間、今度はワイズマンの姿が消えた。

 だがここでもエルナは、慌てたりなどしなかった。素人の考えなど、全てお見通しである。

 戦い慣れていない者は、すぐに死角を取りたがる。しかし騎士である彼女は、死角への対処も訓練を受けていた。

 エルナは片手でステラの腕を掴むと、まるでダンスでも踊るようにくるりと回って、素早く立ち位置を入れ替えた。

「えっ?」

 驚いているステラをそのままに、目で確認するよりも早く、回転する勢いのまま後方へ剣を振り抜いた。

「うおっ!?」

 遅れて振り返ると、辛うじて杖で剣を受け止めたワイズマンがそこにいた。

「ほい!」

 その間に、ステラが握っていたペンダントをかざすと、すぐ側にレイソルが現れる。

 同じペンダントを目印に、対象を手元へ引き寄せる魔術である。ステラは森の中の作戦会議で、レイソルとエルナに目印となるペンダントを渡していたのだ。

「ただいま!」

 分断に関して予め打ち合わせてあった事もあり、レイソルは戸惑う事なく、すぐにエルナからワイズマンの相手を引き継いだ。

「ぐっ、こ、このっ!」

 杖を盾代わりにして何とか身を守ろうとするワイズマンだったが、魔術師である彼とレイソルの差は歴然だった。杖はあっけなく砕かれ、彼を守る物は無くなってしまった。

「く、くそおぉぉぉぉぉぉっ!」

 すると初めの余裕はどこへやら。

 ワイズマンは突如、背を向けて無様に逃げ出した。

「っ…」

 数多の強力な魔獣を切り伏せて来たレイソルだが、人間同士の戦場へ出た事はなかった。だから彼は、背を向けて逃げる相手に、一瞬躊躇した。結果として、それが彼の命運を分ける事になった。

 相手の悪行を思い返して覚悟を決め、数歩遅れてワイズマンの後を追いかけるレイソル。

 そして彼の剣がついに魔人の首を刎ねた時、一瞬足元が光った事に誰も気付かなかった。


 ワイズマンの首が宙を舞い、レイソルが剣を振り抜いた姿勢で止まる。

「やったか…」

 エルナは剣を収め、レイソルの言葉を待ったが、彼はいつまで経っても動こうとしなかった。残心だとしても、いくら何でも長過ぎる。

「レイソル?」

 不思議に思って声をかけたところで、彼の方に動きがあった。

「ふ、ふ…、ははっ、ふははははははははは!」

 彼は、突然に哄笑した。

「成功だ…、成功だ!」

 それは討伐の話だろうか。しかし彼は、孫であるステラの前で、その祖父の死を大仰に喜んでみせる男ではない。

「レイソル、一体どうし…」

 エルナが困惑して尋ねると、レイソルは彼女を見返した。その表情は醜悪で、先程ワイズマンが見せた笑顔によく似ていた。

「違うな、彼ならそっちだ」

 レイソルはそう言って、ワイズマンの死体を指差した。

「もっとも既に、肉体から離れてしまったかもしれんがな」

 彼の言っている事が、エルナには何一つ分からなかった。彼は一体、何を言っているのか。

「まさか…、爺さんがしてたのは魔力じゃなく、魂の研究だったんすか…」

 彼女の後ろでステラがそう呟いたが、彼女にはそれを理解する事が出来なかった。

「ここの魔力は、今のでほとんど使ってしまった。私はこれで失礼するよ!」

 レイソルの姿をしたものが、瞬間移動の魔術で姿を消す。

 それでもエルナは、ただ立ち尽くす事しか出来なかった。


 魔人ワイズマン。そう名付けたのは、教会の嫌がらせだったのかもしれない。だがレイソルの体を奪った今こそ、それは魔人と呼ばれるべき存在だった。

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