最後の指示
グラトの近衛大将、その人物はかつて"リンドウ"軍隊の隊長として、そしてディーナを"リンドウ"としての自覚をさせ真っ当な道に進ませた、ハオウ・ディアルだった。
死んだはずの人物が今目の前に立つことに驚愕するディーナは空けた口を塞ぐことは出来なかった。
当時と違い銀髪の髪を長く伸ばして少し風貌が変わっていたがそれでもハオウであることは間違いなく、ディーナは上手く声を出すことが出来ない。
それも当然である、何せ約五年ぶりの再開。二度と会うことはないと分かっていたはずだった。だが、それでも目の前にいる人が生きていた。それだけでも、様々な感情が入り交じる。
ハオウの顔を見て体感では数分経つが実際ほんの数秒。ディーナは震える声で一言「ハオウ…よね?」周囲に聞こえる程の声だったがその声は彼女の耳にも届いていた。
自分の名を呼ばれたと分かり声の方を向いたハオウは「…ディーナ?」記憶が失った訳でもなく、ハオウもそこにいる一人の女性に驚きを隠せずにいた。
ディーナの過去を聞いたここにいる全員もハオウの名を知っており各々が「この人が、ディーナさんの…いや、でも…」戸惑いを見せるスイレン。
「ほう、死因がはっきりしていなかった事からしてもしかすると生存している可能性が話で分かったが、まさかこの場でディーナ君と再開するとはね。運命と言うのは不可思議な事もあるものだねぇ」巡り合わせに深く関心を抱いていたナデシコ。
フェリスはディーナと同じようにハオウ見てただ黙り込んでいた。
不思議な空気に包まれる中、グラトの元首アザミは「まあ、二人はお知り合いだったのですね。でしたらこの場にいるのは野暮と言うもの。ハオウ、友人と昔語りでもしなさい。"マリー"の依頼はその後でも問題ないですよ。
私もこの後予定がございますので、失礼致しますわね」
と、言って部屋の扉まで行き「それではごゆっくりお過ごしください」アザミはその場から立ち去った。
ディーナはアザミの言葉を聞く余裕が持てずにハオウの前まで近づき「ハオウ、私の事、覚えてる?ほら、昔一緒に"リンドウ"軍隊で過ごした…」自分を覚えていないと思って過去の話をしようとしたディーナ。
だがその話を遮りディーナの肩に手を置いたハオウは「覚えているきまっているだろう。ディーナ、立派になったな。元ではあるが、お前の隊長をしていた。私は嬉しいぞ、久しぶりだな」優しく微笑むハオウはあの時と同じように訓練を頑張った時に褒めてくれる優しい顔のハオウと一緒だった。
ディーナは零れそうな涙を必死に止めて震える唇を笑顔に変えて「うん、久しぶり。ハオウ」ディーナも優しく微笑みを返した。
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各々が落ち着きを取り戻し、ハオウは「改めて、ハオウ・ディアルだ。ディーナから話を聞いているかもしれんが、元々はこいつの上司、軍隊に隊長を務めていた。今はこのグラトの近衛大将だが軍を務めていた時と変わらず、弱気を守る。この信念だけは、何があろうと変わりはしない」ハオウは一同にもう一度自己紹介と、自分の過去と信念に伝えた。
「都市国家グラトの軍を率いる方は必ずいると思っていました。相応な実力者と分かっていましたがまさか、ディーナさんが仰っていたハオウさんだったとは。ディーナさんが驚かれるのも無理はないですね」
世界有数の国の軍、そんな軍隊を率いるのは一般人なんかでは無いのは分かっていたスイレン。この目で戦い等を見て自分をさらに磨こうと思っていたが、ディーナの話に出てきていたハオウだったことには驚きを隠せなかった。
「今回依頼を頼んだ"リンドウ"、スイレン・メリアージュだな。依頼の承諾を感謝する。水の属性を持つ二つ名"リンドウ"、今回の"マリー"に打って付けの人物だった。是非ともその力を遺憾無く発揮して欲しい」
今勢いに乗っている"リンドウ"の一人と言えば間違いなくスイレンの名は上がる。エニーを救い、超大型"マリー"を討伐した名声は広まり、スイレンの元に依頼が次々に来るのは当然のことだった。そんな中で大国グラトの元にもスイレンの名は知れ渡っており、水の属性の湖に住まう"マリー"。これ以上にないほどの適正な"リンドウ"だったがために依頼を送った。
「もちろんです。人々を脅かし命を奪う"マリー"、野放しする訳にはいきません。必ず私達が討伐します。そのためにもまずは作戦会議ですね」そう言って覚悟を持ち胸に手を当てた。
国の依頼や超大型"マリー"討滅戦の経験からかディーナが出会った時よりも落ち着きを持っておりすぐに討伐ではなく対策を練ってから討伐に向かおうとする姿勢を見せるスイレン。
スイレンよりも経験値があり"リンドウ"としての先輩であるディーナはスイレンの成長を見て「フェリスだけじゃなくて、貴方もより"リンドウ"らしくなったじゃない。エニーにいた時よりも凛々しい顔つきになったんじゃないの、スイレン」口にはしなかったが、自分を慕ってくれる後輩の日々の成長に少し誇らしげになり何気なく笑みを浮かべたディーナ。
「今回の"マリー"は強大だ。二つ名"リンドウ"でも苦戦は避けられない可能性がある。そのため"リンドウ"同士の交流を考慮して、もう一人"リンドウ"の力を借りたいと思っていたが、まさかその一人がディーナだったとはな。形はどうあれ、またこうして再開するなんてな」そう言ってディーナの方を向いた。
「それはこっちのセリフよ。そもそも貴方が生きていた事に驚いているんだから。あの日から姿を消して今の今まで何をしてたの?
貴方が軍の皆を見捨てるなんて事はしない。そんな事は分かってたけど、あの場から居なくなったのも理由があったんでしょ?それも、自分一人だけが居なくなる深い理由が」
ハオウの性格を熟知しているディーナはあの場で一人で逃げるなんて選択はしないと分かっていた。あの時の事を詳しく聞き出そうとしていた。
「…私は、守られたのだ。あの場にいた軍の全員に」そう言うと、ハオウは首の深い傷跡に触れた。
「あの大型"マリー"は私の属性で弱点となる箇所を見抜いても、あの強靭な肉体においては何も意味がなかった。奴の弱点は首だ、だが首に私のナイフを突き刺そうとしても奴の肉体に負けた。鍛えた私の力でも突き刺す事は出来なかった。
一瞬の動揺が命取りだった、"マリー"のチェーンソーにより私の首元を斬った。おびただしい量の血が吹き出る私に"マリー"は追い討ちをかけるように私の身体を突き刺そうとした。だがその一瞬……まともに身動きの取れない私を押し、庇い、チェーンソーの餌食となってしまった私の部下。
私の目の前で、私の失態により部下を…すぐに駆けつけようとしたが、私の部下達に必死に止められこう言われた。
『逃げてください隊長!貴方のおかげで私達はここにおり、命があります!!だったら今度は私達が貴方を守る番です、だから言ってください。私達に任せると!ディーナさんが来るまで必ず持ちこたえます。貴方はまだ命を散らす人じゃないです!!』
そんな選択を出来るはずがなかった。すぐに反論しようとしたが、それでも部下達は私に背を向けて命を聞こうともせずにただ大型"マリー"に向かっていく」
ハオウは首元から手を離し「彼女達の想いも踏みにじる訳にはいかない。多量の出血により意識が飛びそうだった私だがそれでも鞭を打ち彼女達に最後の指示を出した。『全員、大型"マリー"を止めろ!ディーナが来るまで、必ず生きろ!!』私は彼女達から目を逸らし一人で逃げた。隊長として、一人の人間として、あるまじき行動だった。
だが、生きてくれとあの絶望的な状況の中でも私に言ってくれた部下のためにも私は生き延びなくてはいけなかった。
しばらく走った後、もう動くことも声を出せない、目を開けることも出来ない程の血が残っていなかった。その場に倒れ伏せ、ただ時に身を任せるしか無かった。
死の淵に立っていた私だが目を開けると、そこは白いベッドの上だった。首元は包帯で固定され動けなくなっていたが治療を施されていた。脈からは輸血され失った血を補っていた。
目を覚ました私の隣には、グラトの国家元首のアザミ様が居た。アザミ様はこう言った『目が覚められましたね。良かった、あのままでは命を落としていた。一週間程ですかね、貴方が眠っていたのは。あの出血でよく生きておられましたね、普通なら既に息絶えていてもおかしくありませんよ。何かの執念、でしょうかね』偶然アザミ様が率いる軍が倒れ伏せた私を見つけ、至急手当をしてくださった。そのおかげで私は今もここにいる。
命を救われた、この一生かけても返せない恩を貰った。だからこそ私はアザミ様を隣に立ち、必ず守り抜く。あの方が愛するこの国も、あの方自身も全て」
固い意思を貫き通すように握りこぶしを自身の胸に当て、国もアザミも守る強い気持ちを感じた一同。
ハオウが生きていた理由を聞いたディーナはあの時の事を思い出し「なるほどね、貴方のために命を懸けてくれた皆。守れなかったと思うも今でも胸が痛い。けれど後悔はもうおしまい。皆のためにも私いや、私達は生きていかないと」あの場にいた軍人達の想いを背負い続けていくと決めたディーナ。その想いに後悔ばかりしてられず、"マリー"を一匹でも多く討伐する。それが、彼女達に出来る最大の償いだ。
「それに皆のおかげですぐに"マリー"を討伐出来た。ハオウが首に一度突き刺してなかったら私がナイフで突き刺しても貫けなかったと思うし」ハオウの話の中で簡単にナイフで首を刺せた自分だったがハオウや軍人達が消耗させ頑丈の身体をボロボロにしていたのなら話が変わり、自分の力でも首を突き刺せたのも納得がいった。
「あの後の事は新聞等で分かった。全滅だったが、"マリー"はお前が討伐したと。お前が責任を感じる必要はない。部下達も、本当によくやってくれた。
ディーナ、お前の活躍は聞いている。二つ名を持つ"リンドウ"の中でも腕利きの実力を持つとな。いつかは会えるかもしれんと思っていた」今や"リンドウ"界隈でも、一般的にも少しずつディーナの名は知れてきており、"リンドウ"に詳しいのなら名前を知らないのはおかしい程である。
「ここにいるなら会いに来ても良かったのに、それに依頼とかを送ってくれるのだったらすぐにでも私が来てる。すぐにでも再開出来たのに」「アザミ様の護衛をすると誓った。そばから離れるわけにはいかなかった。あの方も多忙な身、そう簡単に離れるなんて選択は出来ない。
それにお前が経営する事務所に何度か連絡しても繋がらなかった。お前も多忙かもしれんが、電話線ぐらいは繋げておけ」肩をギクッとなりハオウから目を逸らして「ちょっとした休憩にと思って電話線を切ってたから、タイミング悪かったね、アハハ…」少しだけ申し訳なくなってしまう。
「さて、過去の話はここまでだ。湖の"マリー"の討伐。今回の任はディーナそしてスイレン、二人の"リンドウ"に任せる。もちろん私も援護する、我々で必ず"マリー"を討伐するぞ」思い出話は花を咲かせる訳ではなく現状の"マリー"の対策をこれから三人で考えるようだ。
ディーナとスイレンは二人見合わせてハオウの方を向いて頷いた。
「それじゃあフェリス今からはお仕事の時間だからちょっと離れてくれる?ナデシコと一緒にグラトの観光にでも行ってきなよ」ずっと手を繋いでいたフェリスに仕事の話になるためディーナも渋々ではあるがフェリスと離れることにした。
「ところでその娘は誰だ?話している際もずっとお前と手を繋いでいたが。それに腕を組むそこの女もだが」ここでハオウも話に聞いていないフェリスとナデシコについて聞いた。
「あ、あの、は、初めまして。ふぇ、フェリス、アスル、ロサです…」初対面でフェリスにとっては少し怖い顔をしているハオウに怯えてしまうフェリスだがそれでも挨拶だけは欠かさずに言った。
「この子は私の妹よ。ちょっと人見知りが入ってるけどとっても良い子よ」そう言ってフェリスの頭を優しく撫でた。しっかりと挨拶出来たご褒美でもあった。
「妹?お前に妹がいたのか?」「血は繋がっていないよ。けれど、私の大切な家族よ」
ディーナがフェリスについてもう少し話そうとしたが「まぁ何かの事情があるのだな。あまり長く話して仕方ないだろ?」と、言って制止させた。ハオウにバレないように頬を膨らませたディーナ。
「それで、もう一人は?」「私かい?私はナデシコ・カミト。属性研究員の一人さ。今は訳あってディーナ君の家に居候をしている身さ」自分の自己紹介を最低限で終わらせたナデシコ。
ハオウはナデシコの目をじっと見て「そうか、大体分かった。部外者はこの場から去ってもらう。フェリス、ナデシコは部屋から出ていけ」「元よりそうするつもりさ、ハオウ君」言葉に少し棘があるように聞こえてしまうがハオウなりに"マリー"討伐に巻き込まないように配慮しているように見えた。
「それではフェリス君、行こうか。ディーナ君達は仕事の時間だからねぇ」そう言ってフェリスに手を差し伸べたナデシコ。フェリスも"マリー"討伐戦の邪魔はしない方がいいと分かりディーナから手を離してナデシコの手を繋ぎ「お姉ちゃん、頑張ってね!」フェリスなりに鼓舞をした後に二人は部屋から出ていった。
「フェリス、ナデシコに懐いてるなぁ…」口には出さなかったがすぐにナデシコの元に駆け寄って部屋から出たことにほんの少しだけ妬いてしまう気持ちが湧いてしまった。
「さて、ここからは"マリー"討伐のために情報を共有しておく。湖を根城にする"マリー"だが、その実態は水の属性を操るトカゲのような"マリー"だと目撃情報は相次いでいる」「トカゲ?爬虫類みたいな見た目ってこと?」
「爬虫類の水辺で住まうのは蛙等でしょうか?トカゲが水中にいるのは違和感がありますね。"マリー"だからこその生態でしょうが」
ハオウは腕を組み「市民達の恐怖を取り除くためにも、トカゲと称した"マリー"を必ず討伐するぞ」五年前の隊長だった頃の顔になり、"マリー"討伐に全力を尽くすようだ。




