薔薇と柊
王宮の門の前に来た三人。門番となる兵士が複数人配備されており王宮の中には入らせないように厳重に警備されていた。そんな中でチハツは複数人の兵士達を見渡して「なんだい結構な緊急事態だったんだな。王女さんから"マリー"を守るのは分かるが過剰過ぎないか?」明らかにただ"マリー"が来た時の警備とは規模が違う事に違和感を感じていたチハツ。
「今日は王集会議だ。タイミング悪く"マリー"の襲撃と重なったから総力を上げて護衛をしている」「あーもうそんな時期か。そりゃ緊張感持って警護するか」
すると、門番の一人が三人を見かけて小走りで近づき「ヴァレア様、ディーナ様。それに、チハツ様?何故チハツ様がここに…いや、それよりも御二方が戻ってこられたと言うことは"マリー"討伐を?」
チハツが一緒にいたことには疑問を持っていたが"マリー"の状況をすぐに確認したい門番にディーナは「バッチリよ。私とヴァレア、チハツも王宮とは関係ないけど討伐してくれたから。これでルムロの危機は去ったよ」
"マリー"討伐を報告したディーナ達に頭を下げた門番は「かたじけありません。ルムロを助けてくれて感謝します」門番は国民達の代わりに感謝を述べた。
「それでは御三方お入りください。しばし休息を」門が開かれ王宮内に入っていく三人。
「まずはどうする、ネルルに真っ先に伝える?」王宮の廊下を歩く中で最初にネルルに会いに行く提案をしたディーナにヴァレアが口を開いた途端に何かに気が付き前を向いた。ヴァレアの方を向いていたディーナも前を向くと走ってこちらに近づいてくるネルルの側近のケイの姿が。
三人は立ち止まり走るケイを待った。ケイが三人の目の前に立ち「兵から聞き急ぎ駆けつけました。ご無事でなによりです、そしてルムロを守っていただきありがとうございます。国民及び兵、王集会議に募った陛下達も一切犠牲が出ておりません。ヴァレア様とディーナさんのお力を改めて実感致しました」
右手を胸辺りに置き、頭を下げた。ケイの感謝の言葉にディーナとヴァレアは目を合わせてディーナは笑ってヴァレアは目を閉じて笑いはしなかったが満更でもない様子だった。
ケイは頭を上げてチハツの方を見て「しかし驚きました。まさかチハツさんが関わるとは、何かの気まぐれで?」ケイはどうやらチハツとの面識があるようだ。「アタシの客の邪魔したからな、制裁を加えてやっただけだ。なんだ、アタシが"マリー"を討伐するのが意外か?一応肩書きとしては"リンドウ"だからな、仕事を全うしたのさ」「貴方の実力は把握しています。半端な"マリー"では貴方に傷すら付けられない、そのお力はいつか頼りにしております。ルムロが窮地に落ち込まれる時は、お願いします」
「まぁそういう契約だからな、来たら力は貸してやる。それよりも剣を見せろ、月一の手入れをサボりやがって刃こぼれでもしたら承知しないぞ」「いや、少し予定等が多く入り忙しくて…」
チハツとケイの会話を聞いていたディーナは何か意味のある事だと感づきヴァレアの耳元で「チハツって政府と関係があるの?性格的に性にあわないと思うけど」ケイとの関係性を持つと言うことは多少なりとも王宮との関係を持つことになる、だが政治的な事に興味が無いチハツに少し疑問を持つディーナ。
「拠点をルムロに置いているのは頼まれたからなんだ。万が一兵士達ではどうしようも無い危機が訪れた時、チハツが力を貸す契約になっている。その分の生活費や土地代は政府側が持つことになっている、チハツもこの契約に納得して承諾を経ている。もっとも兵の武器やケイの剣全てチハツが創り出しているからな、直接的には口を出さないがチハツもルムロを守る一人なんだ」
チハツは最初は契約で拠点を置いて仕事に没頭する、持ちつ持たれつの関係だけだと考えていたが、住む内にだんだんと居心地が良くなっていき王宮の人達とも仲良くなっていきいつの間にかチハツ自身の手で王宮の兵達の武器を創っていた。国を失わせる訳にはいかない、そのためなら労力を惜しまなかった。ケイとの交流を持ったのもこの時である。
「さすがに自分で手入れはしてるか。だがこれから絶対に月一回は来いよ、王女守るのなら自分自身が傷をつけないようになるのが最前だ。そのための剣だろ」「…ごもっともです。これからは時間を無理やりにでも作ります」チハツが大剣の月一の手入れを怠った事に説教をしていた。
「話は終わったか、ケイ、ネルルはどこに?」ネルルの報告に来た目的のためヴァレアはネルル居場所を聞いた。「ネルル様はまだ会談中です。不測の事態のため少しばかり時間を遅らせましたので。皆様はネルル様をお待ち頂けると幸いです、戦いを終えたばかりなのでお部屋で少々お休みになられてはどうですか?
ディーナさんはフェリスさんがお待ちです、ヴァレア様はお部屋でお食事の用意をしておりますので良ければどうですか?」
食事と聞いたヴァレアは早口で「ネルルが戻ったら言え、私は少し部屋で休ませてもらうぞ」と、言ったすぐに早歩きで自分の部屋に戻って行った。
「あいつは飯の事になると目がないな」「食事を楽しみにしてるんでしょ」チハツは少しだけ苦笑いを浮かべた。
「私は会談場に戻ります。終わり次第すぐに報告しますのでお待ちください」最後に会釈をしてケイはその場から離れた。「それじゃあ私は自分の部屋に戻るけどチハツはどうする?」「ヴァレアの頼みを聞きたいところだが飯を邪魔された時のあいつはおっかねぇからな。アンタについて行く、このタイミングでなら銃を渡せるからな」ディーナは頷いて二人はフェリスが待つ部屋に戻った。
部屋に着き扉を開けて「ただいま~」と声を出すと、本を読みながら座っていたフェリスがディーナの声が聞こえて扉にトコトコと小走りで近づいてディーナに「お帰りなさいお姉ちゃん!怪我は無い?大丈夫?」ディーナが帰ってきたことに喜びと心配を隠せないフェリスはあたふたした様子だった。
「フフっ、大丈夫。"マリー"は私を倒せないし私は"マリー"を倒せる。今回も一人で待てて偉いね、あぁそういえば言い忘れてた。ただいま」フェリスの目線までしゃがんで頭を撫でた。だんだんと慣れてきた待つことだが寂しさはそれでも拭いきれない。それでもディーナが帰ったら頭を撫でてくれる、この想いがフェリスを一人で待たせられる力にもなっていた。フェリスは嬉しそうに頬を赤く染めて笑顔になった。
「嬉しそうな顔してんな。余程ディーナに会いたかったんだな」ディーナの後ろにいたチハツが壁に背をもたれていた。チハツに気がつかなかったフェリスはチハツの声を聞いてディーナの先を見て「チハツさん!お仕事は終わったんですか?」十日ぶりにチハツを見たフェリスは喜びを見せた。
「おおフェリス仕事は充分な成果だ。さて、ディーナこいつを見てみろ」そう言ってチハツは腰にかけてある袋をディーナに渡した。ディーナは手渡された袋は何かを察してテーブルに袋を置いて袋の中に手を入れた。
そこに入っていたのは、白の拳銃と黒のリボルバーだった。白の拳銃は引き金の部分が黒くなっており所々に黒線のような模様が描かれている。
黒のリボルバー六発銃弾を装填できるようになっており、白の拳銃とは逆に引き金が白く所々に白線の模様が描かれている。リボルバーの銃口はディーナの要望通りに作られており縦に並べられた二本の銃口が作られていた。
二つの銃を両手に持ちディーナは「すごい…これが私の銃?」持ってみて分かるがかなり軽量化されており今まで扱ってきた銃よりも身軽にこなせる。トリガーの部分を触っても前回まで使っていた銃とほとんど変わりない使いやすさであった。
「アタシが使っている金属の中でも最高硬度を持つ物を組み込んでいる。そんじょそこらの事じゃ傷すらつかねぇよ。要望には無かったが発射速度を向上する仕掛けも白の方に搭載している。アンタの普段扱う普通の銃弾も属性弾もこれまで以上の威力になっている。
黒の方は最初に装填した銃弾と次に装填した銃弾がほぼ同時に発砲出来る。超強力な属性弾が二発同時なんだ、その威力は折り紙付きだってアタシが保証してやる。
どうだディーナ。これから相棒になっていくアタシの作品は、これまで創ってきた作品の中でも指折りの傑作だ。気に入ったかい?」
チハツの技術全てを詰め込んだ二丁の銃。数多の武器を作成してきたチハツにとっても傑作の一つだった。
想いが込められた銃を手に取ったディーナは胸に二丁の銃を当てて「私には上等すぎるよ、それでも受け取っていいんだよね?」もったいない程の代物を改めてチハツに自分が受け取って良いかを聞いた。
「アンタの要望通りに創ったんだ、アンタにしか扱えないんだよ。受け取らねぇとこっちが困る」属性弾を込める想定の銃のためディーナ以外扱える人はいない。ディーナ専用にカスタマイズされた銃を見つめてディーナは微笑んで「これから末永く宜しくね」新たな二丁の銃を喜んで受け取った。
「それと、今まで扱ってきた銃もアタシに渡してくれねぇか?"マリー"との戦闘で多分もう使えないんだろ?処分するのはもったいない、これからの設計に参考になるからな。譲ってくれるか?」
チハツの言った通りマグナムはもう使えない。拳銃の方もだ。自分で処分するのだったら武器の扱いに長けているチハツに渡した方が銃も幸せだと考えたディーナは即答で「もちろん。丁重にしてね」「おう、無駄にはしないさ」ディーナは前回の二丁の銃をチハツに渡した。
「それと、名前はどうすんだ?」「名前?」突然の質問に疑問を抱くディーナ。
「なんだ決めてなかったのか?これからの相棒でアンタの命を預かるだ。名前を付けてやらねぇとこいつに失礼だぜ」人生を共にする銃に名前が無いのはおかしいとチハツは言うとディーナは口元に手を当て考える素振りを見せると「そうね…」と、呟いてフェリスの顔を見た。
フェリスはキョトンとした顔でディーナと見つめ合っているとディーナは微笑んで「決めた。白い方は"ローゼン"。黒い方は"フォーリー"」白の拳銃は"ローゼン"、黒のリボルバーは"フォーリー"と名付けた。
「"ローゼン"と"フォーリー"ね、その意味は?」名の意味を聞いたチハツだがディーナは人差し指を鼻に当てて「秘密」「なんだよそれ」「また機会があればね」
後日フェリスにも名の意味を聞かれたが教えることはしなかった。理由を聞くとディーナは「フェリスがもっと成長したらきっとこの意味も分かるよ」
"ローゼン"と"フォーリー"を懐にしまい「ありがとうね至極の作品を創ってくれて、それでお代は?場合によってはツケでお願いするかもしれないけど…」持ち合わせが無いディーナは勘定はどちらにせよツケで払う事になるがチハツは「ああ、金なんか要らねぇよ」お代は結構な結構だと言うチハツ。
「え?でもさすがにタダで貰う訳には」さすがのディーナ申し訳なさがあり今持っているお金を払おうとするが「言っただろ久しぶりに傑作を創れたと。その時点でアタシとしては満足だ、そんな仕事をくれた奴から金を摂るなんて毛頭ねぇよ。ただしアンタは三ヶ月に一回工房に来いよ、定期的に手入れをする奴だが素人目には分からねぇ事も多いだろ。それもサービスしてやるから絶対に来いよ」
自己満足をする作品を創るのはかなり稀だが今回は文句なしの出来だった。そうそう出来る体験出来ることでは無いために満足をしたらチハツはお金を受け取らない主義だった。ディーナの場合は自分でもある程度手入れできることも加味して三ヶ月に一度の手入れに来れば良いだけだった。
チハツの豪快で器の広さにディーナは驚いた後にチハツに聞こえない程の声で「これが快晴の"リンドウ"って呼ばれる訳ね」二つ名の意味を再度理解した。
「なんか言ったか?」「ううん。それじゃあ大切に扱うね」
本当に大切に扱う"リンドウ"に託した自分の傑作。チハツは満面の笑みをディーナに向けた。
「ああそれと、アンタにはもう一つだけ新しい…」チハツが何かの話をしようとした時部屋の扉が開いた。
「お話中すみません。ネルル様が王集会議を終え、皆様を玉座の部屋に案内してくれと命を頂いたのでご同行を願えますか?」ケイがネルルの命を受けて三人を呼び出した。
「うん、分かった。ネルルにもすぐに行くって伝えておいて」「了解しました、すぐにネルル様にも伝えます」
ケイは一礼してから部屋を後にしあ。
「ネルルが呼んでるから手短でも大丈夫?チハツにとってはちょっと不本意かもしれないけど」何かを話そうとしているチハツの話を手短にと言うとチハツは「いーやだったら王女さんの話が終わってからでいい。ちょっとばかり説明が必要だからな。ならさっさと行こうぜ、アタシはこれを渡したアンタの表情が楽しみで仕方ない」チハツの顔は少し笑みが零れていた。
「どういうの渡される分からないけど、楽しみにしておくよ」悪いものでは無いと直感で分かるディーナ。
「それじゃあフェリスも行こっか」「うん!」ディーナとフェリスは手を繋いでネルルの待つ部屋に向かった。「お熱い奴らだな」改めて仲の良さを見せられたチハツも部屋に向かった。
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玉座の部屋に来た三人。玉座には王冠を被ったネルルとその横に立つケイがいる。三人よりも早く来ていたヴァレアは少し口をモグモグしながら待っていたが三人が来たと同時に飲み込んだ。
今回の事件に絡んだ全員が来た事でネルルが話し始めた。
「皆お疲れ様と国の王女として感謝を伝えます、ルムロの危機を救ってくれてありがとうございます」ネルルは玉座から立ち上がって目の前にいる"リンドウ"達に頭を下げた。ネルルが頭を下げたと同時にケイも同じように頭を下げた。
「そんなに畏まらなくても。私達は単に"リンドウ"としての仕事を全うしただけだから、二人共頭を上げてよちょっと申し訳なくなってきちゃうから」
ディーナは王女であるネルルに頭を下げられて少しあたふたしていた。
ディーナの言葉によりネルルは頭を上げて玉座に座った。「それにしてもまさかチハツが手伝ってくれるなんてね、あぁいや信用してないわけじゃないのよ。ただ鍛治職人一途の貴方が緊急事態でもないのに関与するなんてちょっと意外で」ケイと同じ反応をするネルルに「なんだケイから聞いていなかったのか?アタシの客のディーナの納品に邪魔をしたからぶっ飛ばした。それがたまたま王国に仇なす"マリー"だっただけだ。自分から手伝いに行ったわけじゃない」
ネルルと対等に話すチハツ。それよりも少し気になった事があるディーナはネルルに「チハツにも私達と同じなの?それにその様子だとケイも知ってるみたいだけど」あまり他人に見せたことがないネルルの本当の側面をチハツとケイは知っている様子だった。
「私はネルル様の側近ですので二つのお顔を持つ事を知らなければ支障が出てしまうとの事でネルル様御自身が明かしてくれました。最初こそ驚きましたがネルル様にはお変わりありませんので、兵の中では唯一私だけ知っています」
常に近くにいるケイに隠し事は出来ないと判断したネルルはケイが就任して少し経ってから打ち明けた。戸惑いを見せていたケイだが少し時間が経てばすぐに慣れたとの事である。
「チハツは?」「一目見て分かったわ。あんなバレバレの性格の作り方でアタシを騙せると思うな。速攻で見抜いて本当の性格を引きずり出しただけだ」「……殿下様モードの性格を一目で分かったの?」「なんだそれ?」
心の内だけに留めていたディーナの殿下様モードをつい言葉にした。ネルルも聞きなれない言葉を聞いて「殿下様モード?ディーナは不思議な言葉を使うね。
でもチハツの目利きって言うのかな、それは本当に凄いと思う。本当の姿を出せって言った時の威圧は今でも忘れないほど怖かったけど…」
ディーナはフェリスに怒った時のチハツの怒号を思い出してネルルにもあんな感じで怒ったと考えれば怖いのも納得していた。
「アンタが最初から本性さらけ出していれば大声出さなかった。それだけの事だ」チハツは他の人よりも目利きが強く他人が変に作った笑顔や性格に変えているとどんな理由であれ怒ってしまう。自分に対して失礼だと思ってしまうのだ。
「ま、まぁ理由はどうあれ貴方が戦いに参加してくれたのは心強いし感謝してるよ。貴方は国を助けようとか思ってなくても私達王宮の人はチハツに沢山の武器を創ってくれたんだから。感謝してもしきれないよ」
するとチハツは腕を組んで「結果的にだがアタシは国を救ったか。アタシにとってもルムロを失う訳にはいかねぇよ、こんな居心地のいい場所はもうアタシの中にはねぇよ。だから、なんだ、なんかあったら気軽に呼べ。力になれるか分からんが、話ぐらいは聞いてやるよ」
チハツの不器用な優しさとルムロに対する想いを聞いて、ネルルはクスッと笑って「フフっ、ありがとうね。これからも頼りにしてるよ」「期待し過ぎるなよ」
チハツとネルルは再度絆を確認し合って二人揃って笑った。
するとここで依頼を終えて安堵していた場の空気にヴァレアが「さて、和むのはここまでだ。ネルル、私達を呼んだのは感謝ともう一つあるだろ」
真剣な顔のヴァレアにディーナは「ちょっと空気を読んでよ。どうせ報酬の話でしょ?そんなのは最後で…」「お前と一緒にするな。ルムロの"マリー"を観察が少し長引いてしまった、すぐにでも行動にしないとな」
ヴァレアの言葉にさっきまで笑っていたネルルも気持ちを切り替えて「ヴァレアの言う通り、皆を呼んだのは新たにルムロ、いや、この地域が危険に見舞われる事になる」
ネルルの発言に"リンドウ"の二人と何も知らなかったケイも驚いていた。
「何が起きようとしてるの?そんな大規模な災害が起こるよな事って…まさか!」ディーナが何かに気づくとヴァレアは「その予想通りかもな。この近辺に、超大型"マリー"が接近しつつある」
新たなる依頼と同時に大規模な討伐戦になる。
三章 「大国の職人」 完




