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大男は突然に。


隣の席の武井くんは話してみるとすごく気さくな人だった。見た目は怖いけど物腰は柔らかい。どうやら俺と同じように入学と同時に上京してきて知り合いがいないみたいだ。


他愛のない雑談に花を咲かせていると、教授らしき人が登壇して大学の講義の要項を説明し始めた。周りからはひそひそと小声の話し声が聞こえる。


「よかったら同じ授業を取らないか?知り合いがいた方が安心だ」


武井くんが小声で提案する。願ってもないお願いだ。俺も知り合いがいないし、いろいろと融通を利かせられそうだし。


うなずくと武井くんは授業要項とにらめっこを始めた。単位が取りやすそうな授業を吟味しているようだ。


30分ほどで説明が終わり、教室がまた騒がしくなる。ある程度の目星がついた俺たちはいくつか授業をピックアップしはじめる。


「こんなところか。また決まったら連絡する」


「ありがとう。あ、これ連絡先」


今朝、月島先輩としたようにメッセージアプリの連絡先を交換する。武井くんのアイコンはマイクを前にステージに立つ写真だった。バンドのボーカルなのかな。


武井くんは用事があるようで、「またな」と言うと軽く手をあげ足早に人混みに紛れていく。


俺も月島先輩に連絡しないと。『説明会、終わりました』と簡潔なメッセージを送る。2分ほどベンチに腰を掛けて待っていると返事がくる。


『3号館地下の食堂で待ち合わせよう』


まだ大学の構内図が頭に入っていない俺は、案内図を軽く確認しその場所へ向かう。近くて良かった。


「お待たせしました」


「いや、私も今来たところだよ」


そんな恋人同士のデート前のような会話をしながら空いている席に腰をかける。やっぱり月島先輩はオーラがすごい。緊張してきた。


「で、アルバイトの件なんだけど」


「は、はい」


「実は私もそこでアルバイトをしていてね。店長に連絡してみたら私が面接をすることになったんだよ」


薄々そんな気はしていたが、予感が的中した。知り合いが働いているところなら安心だ。しかもこんな美人と働けるなんて。


「まぁ面接と言っても、いつシフトに入れるかの確認ぐらいなんだけどね」


「えっと……。夕方からなら毎日入れると思います」


「それは助かる。そこまで忙しくはないが……人手が少なくてね」


先輩は嬉しそうに手帳にメモをしている。先輩らしい質素な手帳だ。


「早速今日からお願いできるかい?ちょうど私もシフトが入っているし」


特に予定もないのでその提案を快諾する。喫茶店でバイトか。なんかオシャレでかっこいい。


先輩は立ち上がりながら手帳をしまう。その動きすら気品にあふれていてつい見惚れてしまう。


「よ、よろしくお願いします」


◇◇◇


どうやらその喫茶店は大学から歩いてすぐそこにあるようだ。先輩について歩くと5分ほどで到着した。


なるほど、たしかに穴場だな。なかなか足を踏み入れようとは思わない裏路地にその喫茶店はあった。


「カフェ、oasisオアシス……」


看板にはおしゃれなフォントでそう書かれていた。あの有名なロックバンドからとったのかな。


先輩は慣れた足取りで店内へ入っていく。店内は落ち着いた内装で、淹れたてのコーヒーの匂いが漂っている。いい匂いだな。コーヒーは眠気覚ましによく飲むから、その匂いに少し安心感を覚える。BGMには聞き慣れたロックの曲が流れていて、店長の趣味がうかがえる。


「あら、その子が新人の子?」


カウンターの中には、可愛らしいうさぎのイラストがプリントされたエプロンをつけたスキンヘッドの大男が、慣れた手つきでコーヒーを淹れていた。この人が店長……かな?


「は、初めまして、今日からここで働かせていただきます雛川日向といいます、よろしくお願いします」


「よろしくね、ヒナヒナちゃん」


「ヒナヒナちゃん……?」


唐突に謎のあだ名呼びをされて面食らう。たしかに女の子みたいな名前だけど。


「私が店長の野枝のえ。気軽にノエルさんって呼んでちょうだい」


「は、はぁ……」


「店長に本名で呼びかけない方がいいよ。拗ねるから」


隣に立っていた先輩が小声でそう教えてくれる。なるほど、覚えておかないと……。


「で、さっそくなんだけど……。ヒナヒナちゃんはホールをお願いできるかしら。キッチンは私とレイレイちゃんがやるから」


「店長、その呼び方はやめてくださいとあれほど」


「えー、カワイイじゃない」


「ダメです」


先輩がむすっとして店長に抗議している。意外な先輩の一面が見れた俺は隣でつい吹き出してしまう。


「日向くんまで、もう」


「い、いや、その、すいません」


「じゃ、ホールの仕事を簡単に説明するわね。といっても、オーダーを取ってきてキッチンに伝えるだけだからすぐ覚えられると思うわ」


雑談を切り上げ、ノエルさんが伝票を片手に窓際の席に向かう。ちょうど1人、新しい来客があったようだ。俺はその後をついていく。


「ご注文はお決まりでしょうか」


「……いつもの」


そのお客さんは、派手な紫色の髪を両サイドでハーフアップで纏め、目元は濃いアイメイクで彩どり、ビジュアル系のバンドのような見た目をしていた。人目を引くその姿に俺は少し息をとめる。


どうやらそのお客さんは常連のようで、手元のスマホで音ゲーをしながらメニューも見ずにぶっきらぼうに答える。


「どうやら特殊なお客さんだったみたいね」


ノエルさんは伝票にアイスココア、とメモを取りキッチンへ向かう。この人のいつもの、はアイスココアなのか。覚えておこう。


その後は簡単な仕事を教えてもらい、アルバイトを終えた。仕事よりも可愛らしい制服を着た先輩の姿が強烈に脳裏に残ってしまったが……。



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