再び転移
「兄貴!!」
黒い喪服の集団から、弟の忠司が幽霊を見たような顔をして飛び出してきた。
「健二ーーーーっ!!」
金切り声を上げて走って来るのは、ひどく老け込んだ母さんだ。
後ろには父さん、叔母ちゃん、従妹に……車椅子に乗った岸蔵のじいちゃんまでいる。
「……皆、何してんの?」
「ばか野郎! お前、皆をこれだけ心配させて、どこ行ってたんだ!!」
父親に怒鳴りあげられたけれど、健二には記憶がない。
あれ? 俺、何してたんだっけ?
とにかく家に帰ろうということになって、皆で車に分乗して実家に帰って来た。
座敷に車座に座ってお茶を飲み、興奮が落ち着いたところで話を聞いて見ると、今日は健二の七回忌法要をしていたという。
何だ、それ? 俺、いつの間に死んだの?
「あそこの駐車場に、兄さんのパジェ〇があったんだよ。学校の家庭訪問の途中でいなくなって、大雨が降っていた日だから、誤って川に落ちて、流されたんじゃないかって話になったんだ」
「地元の消防団の人たちも出てくださって、雨が止んだ後で大捜索してくれたんだぞ」
弟と父親の話を聞いて、健二の中に微かに記憶が蘇ってきた。
雨の音、川の濁流、警報を鳴らす太い鐘の音、そして……『マイ ダン ラム ズィ! (何やってるんだ!)』『マイ エイ ラ ングー ! (この、大ばかもんが!)』……………………
聞いたことのない外国語が、日本語のように理解できる。
そしてとても懐かしい声だとも思える。
叱られてるのに、何でだ?
健二が変な記憶に翻弄されていた時に、一つ下の従妹が抱いていた赤ちゃんが泣き出した。
『ビエンが泣いてる』
『あら、お乳かしら?』
はっ、サオ?!
健二の頭の中に怒涛のように5年間の異世界での記憶が蘇ってきた。
あ、俺は今まで、別の星で生きてきたんだ…………
ロウナ星へ、バンナム国へ、俺は帰らなければならない。
健二の話を聞いた親族は呆然としていた。
信じられない、信じたくない。けれど、信じるしかない現状が目の前にある。
弟や父親は苦しい顔をしながらも、健二の考えを理解してくれた。
けれど母親は違った。どうしても健二を手放したくなかったらしい。
けれど健二が持っていたタブレットのビエンの写真を見た時に、とうとうくずおれて異世界に帰ることを許してくれた。
「こんな可愛い孫を父無し児にしたくないからね」
健二は父方の祖母を老人施設に見舞い、亡くなったばかりの祖父の墓参りもした。
ばあちゃんはちょっとボケていて幸いだったかもしれない。「健ちゃんが帰って来た!」と大喜びだけしてくれた。
母方の祖父である岸蔵のじいちゃんは、足腰は弱っていたが、頭の方はまだしっかりしていた。
「そうか、ばあさんが健二を心配して、そんなことをしたのか……」
死後の世界を一番に理解してくれたのは、じいちゃんだった。
夜、転移点の藪まで健二を連れて来てくれたのは弟の忠司だ。
こいつは健二があちこちに移動して親族や知り合いに別れを告げている間中、黙って健二の側をついてきて運転手をしてくれた。
「兄貴、俺、考えたんだけど、ここの転移点って、もしかしたら何かの条件が揃ったらまた開くんじゃないかと思うんだ」
「へぇ、条件って何だ?」
「いや、今回の七回忌とか、そっちの世界では元の橋が渡れたとかそんな感じ?」
「ハハッ、なるほどな」
「不確かなことだけど、今日みたいに奇跡が起きることもあるだろ?」
「うん、そうだな。フッ、あっちへ帰ったら転移点の藪の土地を買っておくよ」
「おー、巨大グループ会社の会頭が言うことは違うねー」
お互い、別れがつらいのかどうでもいい無駄話をして時間を潰している。
川沿いを吹く風が、湿った夜の風を運んできた。
あちらの世界では健二が帰ってこないと皆が心配しているかもしれない。
「忠司、もう行くよ。元気でな」
「うん、兄貴も。義姉さんによろしく」
「わかった」
二人で拳を突き合わせて、昔のように挨拶をすると、健二は教え子の家に向かう坂道に向かった。
ある程度、坂を登り、振り返って坂の下を見る。
足早に坂を下りて駐車場に出ると、そこに……忠司はいなかった。そして乗ってきた車も、何もなかった。
健二が夜の空を見上げると、いつか見た大きな異世界の月が、静かにそこに浮かんでいた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。