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28.

 僕はジムニーの速度を通常に戻し、路面の氷が溶けてグリップの戻ったトンネル内を走った。

 梅塚の240Zが、充分な車間距離を保持して僕らの後から()いて来た。

 暗いトンネル内で、ヘッドライトの光を頼りに自動車(くるま)を走らせながら、さっき梅塚から聞かされたインテユニ人の物語を、僕は助手席のサトミに伝えた。

 話を聞き終えると、サトミは「ふうん……なるほどねぇ……他人がいるから争いが起きる、か」と(つぶや)いた。「まっ、一理あるかもね。だからって全員の脳を(つな)げて意識を一つにしちゃえってのは、いくらなんでも乱暴だと思うけど」

「だよな……全員の意識を繋げて一つの巨大な意識体にするって事は、実質、その世界に知的生命体は、()()()()()()()()()()()()()()()って事だからな。そんなものを『社会』と呼べるのか? って話だよな」

「それに、さ……他人が居るからこそ、誰かを好きになったり出来るわけじゃん? それは素晴らしいことだと思うけどな」

 そうサトミが言った直後、梅塚から受け取った通信機が、突然、『ズズッ』という短い雑音を発し、後ろで240Zを運転する梅塚の声を伝えてきた。

『誰かを好きになるってのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、って説もあるぜ……皆が思い思いに誰かを好きになったら、その反作用として、必ず、この世のどこかに〈誰にも愛されなかった者〉たちが生まれてしまうから、って説が、な」

 僕は(しまった!)と思った。

 通信機を双方向通信モードにしたまま、電源を切るのを忘れてしまった。今までの僕とサトミの会話が筒抜けだった。

『人間だけじゃねぇ』無線機の向こう側で、梅塚が意見を続けた。『小説、詩、音楽、絵画、彫刻……多くの人々に愛される作品がある一方で、誰にも見向きもされない作品だって無数に存在する……自動車に、携帯電話、家電製品といった大量生産の工業製品でさえそうだ。皆が欲しがる商品がある一方で、二束三文で叩き売られる商品がある。その叩き売られた二束三文の商品だって、誰かが一生懸命に作ったものだろうにな……地方や都市や国だってそうだ。一方は人々の注目をますます集め、一方は人々の関心がどんどん薄れていく……お釈迦様いわく、〈愛〉ってのは克服すべき〈(ごう)〉の一種なんだとさ』

「おい、勝手に他人の会話に割り込んで来るなよ」(たま)らず僕はトランシーバーに向かって叫んだ。「今まで黙って盗み聞きしてたのか? 気持ち(わり)ぃ奴だな」

『まあ、そう言うな。旅は道連れって言っただろ? 仲良くお喋りしながらドライブと行こうや』

「誰が!」

 言い捨てて、僕は通信機(トランシーバー)のスイッチを切った。

「ごめんな」僕はサトミに謝った。「こいつの電源を切るの、忘れてた。後ろの自動車(くるま)に今までの話が筒抜けだった」

「いいよ。別に。聞かれて恥ずかしい話なんかしてないし……それにしても……『愛は克服すべき(ごう)』かぁ……なんか変な理屈だね」

「愛と憎しみは表裏一体って言うからな。『憎しみ』を克服したいなら『愛情』もまた克服せよ、っていう教えなのかな? ……お釈迦さまが本当にそんな事を言ったのなら、って話だけど……梅塚のセリフも何処(どこ)まで信じて良いものやら」

「私は、好きになる相手が居ないってのは嫌だなぁ……人間全員の脳を一つに(つな)いで、私もその中に組み込まれる、っていうセンスも、ちょっと生理的に受け付けない」

「だよなぁ」

 ……そうだ……

 全員の脳を繋いで一つになれば誤解や憎しみの無い理想的な状態を作れる、っていう考え自体は、まあそれはそれで一理あるのだろう……でも、僕やサトミみたいに『理屈抜きで、そんなことをされるのは嫌だ』っていう感性の持ち主が、インテユニ人の中にも居た(はず)だ。

 そういう『反融合派』とでも言うべきインテユニ人たちは、いったい何処(どこ)へ行ったのか?

 主流派と別れて、別の世界へでも行ったのか?

 それとも、強制的に脳を接続されたのか?

 あるいは、()()か?

 トンネルの奥の暗闇に目を()らしながらそんなことを考えていたら、突然、サトミが問いかけてきた。

「ところで、ケンゴウくんって、どういうのが好みのタイプなの?」

「ええ? なんだよ、いきなり」

「良いじゃん」

 ジムニーを運転しながら、思わず、僕はサトミの顔を一瞬だけ見た。

「うーん……」

 一瞬だけ、サトミの胸のあたりに視線を向けてしまった。

 もう一瞬だけ、助手席に座っているサトミの太腿(ふともも)のあたりも見てしまった。

「別に、好みのタイプなんて無いよ……()いて言えば、その時その時、好きになった女性(ひと)が、好みのタイプ、って事になるかな」

「うわっ! 出た! 『好みのタイプなんて無いよ。好きになった女性が好みのタイプになるのさ』って、男性アイドルとか、イケメン優等生が絶対に言うやつ」

「僕はアイドルでも、イケメンでも、優等生でもないっての……じゃあサトミは、どうなんだよ。どんな男が好みなんだ?」

「うーん……ひ・み・つ」

「お前なぁ、俺ばっかりに答えさせて自分は答えないって、不公平だろ」

「ケンゴウくんだって、実質、まともに答えてないじゃん。『好きになった女性が、好みの女性です』なんて、いやいや、キレイごと過ぎて信じらんないっしょ」

 そんなアホ話をサトミと交わしながら、僕は、前方の暗闇を見つめジムニーをトンネルの奥へ奥へ走らせた。

 ヘッドライトの照らす限定された空間の(はし)っこに、突然キラリと光る物体が現れた。

 物体は一瞬だけ光の中にその体を(さら)し、すぐに暗闇の中へ逃げてしまった。

 心臓が高鳴り、額から冷や汗が(にじ)み出た。

「サトミ、今の、見たか?」

「え? 何?」

「左前方に青い金属的な色のヤツが、チラッと見えただろ?」

「い、いや、ごめん、見てなかった。なんか居たの?」

「さっき、梅塚と壁を見てた時にも居たんだ……懐中電灯の光を向けたら、サッと暗闇の中へ逃げて行ったけど……とても気色悪かった」

「いったい何が……」

「メタリック・ブルーの……金属質の甲殻を持つ巨大なムカデだ」

「ムカデ? って、あの、足が何十本もあるウネウネした長いヤツ?」

 サトミの問いに、僕は(うなづ)いた。

「うん。しかも大きさが半端(ハンパ)ない。太さは人間の(あし)くらい」

「ひぇぇ」

「暗闇で全体が見えなかったから長さは分からない……けど、二メートル以上は有りそうな気がする」

「あー、それ以上は言わないで。私そういうのダメだから……ゴキさんとかムカデさんとか、そういう、冷蔵庫と壁の隙間(すきま)から出てくる系っていうか、夜中にトイレに行こうとして電気つけたら壁を()ってました系っていうか……そういうの全部ダメだから」

「大丈夫だよ。閉め切った自動車の中に居れば安心だって」

 言いながら、僕は運転席の集中ドアロックを確認した。

「窓は絶対に開けないように」

「わかった」

 サトミが(うなづ)いたのを確認して、僕は右手でハンドルを握りながら、センターコンソールの小物入れに置いてあった通信機(トランシーバー)を左手に持ち、スイッチを入れた。

「こちらジムニーの猪狐狸(いのこり)ケンゴウ。240Zの梅塚さん、聞こえるか?」と呼びかける。

 一、二秒の()と『ズズッ』という短い雑音のあと、通信機の向こうから梅塚の声が聞こえた。

「こちら梅塚……どうした?」

()()()()が見えた。壁の上の方を這っていた……暗闇の中へ逃げて見えなくなったけど、間違いない」

「あの巨大(でか)いゲジゲジみたいなヤツのことか?」

「うん。そうだ」

「つまり、一匹じゃねぇって事か」

「たぶん」

 そう言っている間に、またヘッドライトの照らす領域の(はし)に、キラリと青く光るモノが一瞬だけ見えた。

 ……しかも二匹。

「また見えた」と通信機に向けて言った。「複数いるのは間違いない」

「ああ、こっちでも確認した」と梅塚からの返信。「ひょっとしたら、俺らが気づかなかっただけで、ヘッドライトの光が届かない暗闇にゃ、奴らがウジャウジャ這い回っているのかも、な」

「気味の悪いこと言わないでくれよ……なんか金属質みたいに見えるけど、あいつら生き物なのか? それともムカデ型ロボットとか?」

「俺に聞いたって、知るかよ……とにかく、このトンネル、思っていた以上に剣呑(けんのん)な場所みたいだな……サッサと通り抜けちまおう」

「わかった」

 僕は、通信機をセンターコンソールの小物入れに戻した。

 今度は()えて、電源を切らないでおいた。

 梅塚みたいなイケ好かない野郎でも、いざという時には(たよ)りになるかもしれない。

 僕は、トンネルの出口を求めて、少しだけアクセルを踏み増し、速度を上げた。

「なんか、暑いな」

 僕の(つぶや)きに、サトミが「うん……」と(うなづ)いた。

「うん……さっきまで、あんなに寒かったのに」

「冷房入れようか」

 エアコンのスイッチを入れ、温度調節のダイアルを回した。

 相変わらず、天井からはポタポタと(しずく)が落ちてくる。それをワイパーの間欠モードで(ぬぐ)う。

 エアコン吹き出し口周辺の窓ガラスが(わず)かに曇っていた。

 温度だけじゃなく、トンネル内の湿度(しつど)も上がっているのか……

「金属質の甲羅(こうら)を持つ巨大ムカデに、急上昇したトンネル内の温度と湿度……なんか不気味だな」

 そのときの僕らは、まだ……融合した何百億もの異世界(インテユニ)人の体で作られた壁が……ゆっくりと、少しずつ動き始めていることに気づいていなかった。

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