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17.

「わっ! 宇宙人っ!」入り口を振り返って見たサトミが叫んだ。

「しっ、バカッ、大声を出すなっ」僕は慌ててサトミを制した。

「だって……」

「あの宇宙人さんは、ああ見えて人当たりの良い、心穏やかな宇宙人さんなんだよ」

「ケンゴウくん知ってるの? あの宇宙人さんと、知り合い?」

「さっき風呂場で会ったんだ。会話って言っても、あいさつ程度で、僕は(すぐ)に風呂から上がっちゃったんだけど」

「ベンベロ、ベロロン、バラッチョ、ポロポロ」

 宇宙人さんが、また何か(しゃべ)った。その視線の先にマスターが居た。

 マスターが宇宙人を見て返事をした。

「ポロレンチョ、マカマカ、ウンプリポポーン、リプリプ」

 えっ?

 マ、マスター……宇宙語、(しゃべ)れんの?

 そこで初めて僕らに気づいたかのように、宇宙人の光る目玉が動いて僕らを見た。

「きゃっ! 殺されるっ、食べられるっ、宇宙に連れてかれて標本になっちゃうっ! どうしようっ」

「まあ、落ち着けよ、サトミ。この宇宙人さんは人当たりの良い宇宙人さんだって、言ってるじゃないか」

「あ、さっきは、どうも」宇宙人が僕に言った。「あんまり気持ち良いんで、すっかり長湯しちゃいましてね。もう、上気(のぼ)せちゃって……はっはっは」

「わっ、宇宙人が日本語を喋った!」と、サトミ。

「なんだ、スガワラ、既にこの世界の言語を習得していたのか」これ、マスターの台詞(せりふ)

 ……マスターと宇宙人さん、知り合いなんすか?

 ……スガワラって、この宇宙人さんの名前?

 偶然にも日本人とアメリカ人の両方にある名前、小浜さんとオバマさん……みたいな?

「そりゃあ、事前に赴任先の言語を習得しておくのは、基本中の基本ですから」宇宙人、もとい、スガワラさんがマスターに言った。「僕だって、それくらいの準備はしますよ。パッパラ・メレンゲ・モケッモッチョさん」

 ……マスターの名前、パッパラ・メレンゲ・モケッモッチョって言うの?

「だったら前もって、この世界の知的生物に擬態して来いよ。『観察対象への影響を最小限に抑える』は、我々〈記憶する者〉としての初歩だぞ」とマスター。

「はあ……温泉には、自分の生まれたままの本当の姿になって入るものだ、ってガイドブックに書いてあったものですから」

「まあ、()んでしまったことは仕様(しょう)が無いから、今からでも人間に擬態しろ」

「わかりました……デュワッ!」

 宇宙人、もといスガワラさんは顔の前で両腕をクロスさせ、まるで円谷(つぶらや)ウルトラ戦士のような声で叫んだ。

 次の瞬間、らせん状の光がスガワラさんの全身を包み、その光が数秒後に消えると、スガワラさんの居た場所には、ごく普通の平凡な三十代後半くらいの日本人に見えるいかにもスガワラさんといった感じの痩せた男が立っていた。

 日本人としては平均的な身長。平均より少し痩せ型の体型。別れて三分後にはどんな顔だったかも忘れてしまいそうな特徴のない男だ。

「こんなもんで、どうですか?」宇宙人の立っていた場所に現れた、その特徴の無い男が言った……いや、この男がさっきの宇宙人(スガワラさん)自身なんだ。これが擬態ってやつなのだろう。

「ふむん……まあ。良いだろう」マスター(本名パッパラ・メレンゲ・モケッモッチョさん)が言った。

「では、さっそく業務引き継ぎテレパシー通信を始めましょう」

「いや……まだだ。お客さん達がいらっしゃる」マスターが僕らを見た。

 日本人に擬態したスガワラさんも振り返って僕らを見た。

「ど、どうしよう? ケンゴウくん」サトミが僕に顔を寄せて、カウンターの方の男たちに聞こえない小さな声で(ささや)く。

「どうしようって、言われても……なんか、彼ら、これから大切な仕事があるみたいだし、これで失礼しようか……」

「うん。そうだね」

「あの……」僕は椅子から立ち上がりながらマスターに声をかけた。「僕ら、そろそろ失礼します。ご、ごちそうさまでした」

「え? もうお帰りですか? 今日は全品無制限無料デーです。もう少し召し上がって行かれてはいかがですか?」

「ああ、いや、ホント、もうそろそろ僕ら行かなきゃならないんで……これで……」

「そうですか」

 マスター(本名パッパラ・メレンゲ・モケッモッチョさん)は、わざわざカウンターから出てきて、店の扉を開けてくれた。

「また何時(いつ)か、お越しください。私は今日限りで引退ですが、あの男が……」マスターはスガワラさんを振り返って見た。「あの男が全てを引き継ぎますので」

「はあ、まあ、またいつか……」僕は曖昧(あいまい)に返事をした。僕らは気ままな旅鴉(たびがらす)だ。この場所を再び訪れる日が来るのかどうかも、その日が一体(いったい)いつになるかも分からなかった。

 僕とサトミは(そろ)って「どうも、ごちそうさまでした」と言い、巨大なガラスの温室の中に造られた人工の熱帯雨林(ジャングル)の、さらにその真ん中にある喫茶店(カフェ)を後にした。

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