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美馬精神病学科のオンラインクリニック  作者: 端山 冷
第二消霊 『イマジナリーフレンド』
37/62

深夜の逢瀬

 おおきな栗の木の下で


 あなたとわたし


 仲よく遊びましょう?


 大きな栗の木の下で……



 風にのって聞こえてきたのは、とても古い童歌だった。


 不思議な音色だ。それは彼女が謳っているようで、そうではないような。

 その低い調べは、どこか甘くて懐かしい。


 男はその夜、古い友人のことを思い出した。







「……来たか」


「……ええ」


 闇夜に浮かぶ白い輪っか。

 薄っぺらい紙製のそれは、ぐるりと取り囲むようにして太い木の幹を一周していた。


「これは、お前が?」


 男が靴先で『それ』を軽く蹴った。


「ええ、そう。あたしよ」


 女は、ただ頷く。そして微笑む。


「いいアイデアだったでしょ? あたしも実は半信半疑だったんだけど、どうやら効果有り!……だったみたいね」


 満更でもない――そんな表情で、猫のようにニンマリ笑う顔。

 男は腕組みをし、目の前の人物からその視線を大木の方へと移し変えると、白い輪の先にあるものを見上げるようにして天を仰いだ。


「はははっ。まさかお前にそんな才能があるとはな、意外だったよ。傑作だ。――ああ、彼にもこの光景を見せてやりたい」


 きっと喜ぶだろうから――。

 男はそう言うが、女は首を傾げた。


「そうかしら? 彼は心を痛めるんじゃないかしら? だって優しい子なんでしょうよ、きっと」


「クククッ、違いない。アレは粉砂糖のように甘くて脆い。まあ、そこがイイトコロなんだがな」


 人の悪い顔で忍び笑いをこぼす男に、女は一歩近づき、甘く囁く。 


 ――でも、死霊にも悪い男にも付込まれるくらいに、甘くて馬鹿な子なんでしょう?


 チクリと針を刺すように、棘が巻き付けられた辛辣な言葉は、だが穏やかな微笑みが添えられていた。しかし細められた彼女の暗い瞳は、ニンマリ持ちあがった口角ほどには笑んでなどいない、と気付かされる。


 男はそこでようやく至った。――ああ。


「そうか、お前、嫉妬しているのか」


「はは……馬鹿じゃないの?」


 女は一笑にふす。

 言い出した方の男も、さもおかしそうに笑いだす。


「ククククッ。だろうな。……しかし、見事だな。見事に間抜けな絵面だ。ああ、残念だ。見(・)た(・)か(・)っ(・)た(・)な(・)。俺にその間抜け面を拝む手段がないのが、これほどに口惜しいとは」 


 相変わらず視線を大木に留めている男は、本当に悔しそうな表情でそれを眺めていた。


 大きな木の根本付近にある、白い円環。その160センチ程上部に位置する、……ちょうど、『ひと一人分』上のほうから垂れ下がっている真っ赤な荒縄。


 白い紙製の輪が、太い幹を戒めるようにしてピッタリとその身に張り付けているのに比べると、それはあまりにもゆるく締まりがない光景だった。風に吹かれ、あちらこちらにユラユラ揺れて動く赤い細縄。それは明らかに木の太さよりも緩やかに、だが、執拗に何重にも巻き付けられていた。


 ――グルグルと……。

 まるで、何かをかたどる様に……


 縄の一番上端には二つの釘が見える。横に間隔をあけ、同じ高さに打ち付けられている左右の釘。どうやら、その釘によって留(・)ま(・)ら(・)せ(・)て(・)い(・)る(・)。

 興味深そうに観察する男の隣で、女がそっと囁く。


「見なくて正解かもよ? 可愛い顔してわりとヤルのよ、こ(・)の(・)娘(・)は(・)」


「へえ、面白い」


 ――どうやら、視線が合うだけでマズい事になるらしい。


 ますます興味深そうに男がヘラリと笑うと、女は途端に不機嫌になって口を尖らせた。


「ちっとも面白くはないわよ。まったく……」


 心底、呆れた――という顔つきで、ため息をこぼす。


 そんな調子の女に、男は肩をすくめてみせる。


「貴重な経験だ」


「バッカじゃないの? やりたきゃすぐにでも変わってあげるわ。なんだって、あたしがこんなことをっ……」


 女が俯き、その身を震わせる。寒さだろうか? いや、怒りのせいか。

 男は改めて彼女の姿を眺めた。


 全身、白づくめ。白い無地の着物には光沢が無い。どうやら絹ではなさそうだ。では木綿か、いやポリエステルかも知れない。短い茶色のショートヘアが風に舞い散り、怒った猫が毛を逆立てている様子を彷彿とさせる。

 

「……残念だ」


 ポツリと呟くその言葉は、風に流され彼女の耳には入らなかった。彼女は大木……おそらく、この神社の御神木にあたるだろうものを眺めて不貞腐れている。そっぽを向く女の姿を、遠慮なく横からジロジロと観察してみた結果、男はやはりと確信する。

 

 はっきり言って、彼女にこの着物は似合わない。これならいつもの白いナース服か、もしくはグレーのスーツの方が、幾分かマシだ。


 男は心の中で呟いた。


(もしくは、もっと色の濃い……たとえば単色であるなら黒。そして、きっと袴の方が似合うだろう)


 男は目を細めて密やかに嗤う。そして脳裏に浮かぶのは、白い着物が際立ちそうな美しい黒髪の持ち主であるふ(・)た(・)り(・)の少女。


 都内某所の打ち捨てられた神域。

 人の気配が途絶えたはずのその場は、しかし今宵は妖しく騒めいている。



 真白い着物の女は、五寸釘と、何の変哲もないただの金槌を手にして、目の前で黒いロングコートをたなびかせている男に向かって吠え立てた。






「……あたしが、なんで丑の刻参りなんてものしなきゃなんないのよ~~!!」


 男はゆったりと頷き、感慨深げな面持ちで呟く。

 

「電話で聞いた時は耳を疑ったよ。まさか、そんな方法で死人を捕らえておくとはなぁ……。ああ、思い出したよ。今日、本庁で聞いた話なんだけど知っているか? どうも最近、この辺りで白い着物姿の不審者が目撃されてるらしいんだけど、お前心当たりないか?」

 

 ご近所迷惑らしいぞ、早く犯人を刑事さんに知らせてやらなくてはな? そう言って、美馬はクツクツと笑う。


 軽薄な笑顔に、安い挑発だ。それに対し、女はニッコリ笑って右手を差し出す。


「コ(・)レ(・)が死人に効くのは分かったから、今度は生きてる人間に効果があるかを調べるべきだと思うの。ちょっと貴方、協力してくれないかしら。大丈夫よ。ほんの髪の毛一本、むしり取られる程度のご協力で済むから、ね?」


 あと、モトさんにもし言ったりしたら、全毛根をむしり取ってやるからね――と、宮田は本日一番の笑みを浮かべた。

 脅しではない。目が本気(マジ)だ。


「おいおい。まさか、俺を呪いなんてもんで殺そうって言うんじゃないだろうな?」


 正気か? と、目を丸くして尋ねてくる男に、宮田はしっかりと頷く。


「あたし、確か言ったわよね。アンタ帰ってきたらあたしに殺されても文句言わないでよねって」


「……」


「ねえ、言ったでしょう?」


「……俺たちは『神捜研』の人間だ。せめて、その能力で殺り合わないか?」


 軽く身を竦めて『死因:呪殺』とか、死んでも死にきれないんだが……と、困った顔で呟いた美馬に向かって宮田は吠える。


「五月蠅い!! こうなったら、事故死でも病死でも呪いでもなんでもいいから死になさいよ! 死に方なんて贅沢、いまさら問わないわよ。だいたい、あたしの『IF』を抑え込めるようになったくせに、よく言うわ!!」


 宮田は昼間の苛立ちを思い出し、その時に感じた不快感までをも一緒に男にぶつけていた。しかし、相手の方はと言うとなぜか驚いた表情で固まり、そして珍しく迷うような仕草をみせた。


「『IF』が……」


 そう言いよどんで黙り込んでしまった彼。その姿に宮田のほうが驚く。

 珍しい……というか、見たことがない。あの、美馬隆二が呆然とする姿など。


「あれ? 違うの??」


 急に静かになった境内のなか、二人の間に冷めた北風が吹いた。


 ブルリと寒さに身を震わせると同時に、今まで自分の身の内に灯っていた熱が消えうせるのを感じる。宮田は急激に消える苛立ちと、それに取って代わってやってきた不可解な感情に困惑していた。


 『罪悪感』

 ……何故、そんなものをこの男に感じなくてはいけないのか?


 男を形容する言葉ならばきっと、「悪魔」「死神」「ヤブ医者」「狂人」。そんなもの達が相応しい。そも、彼が極悪なのは初めて出会った当初から知っていた。だから日常的に恐怖や不快感、畏怖なんてものをこの男に対して覚えても、それは何ら驚くべきことではなかった。


 だが、罪悪感となると話は別だ。

 この男が宮田に対してそういった感情を抱くのならば、それは理解が出来る。……今までの仕打ちから当然と理解が出来てしまう。しかし恐らく、彼からそんなものを受け取る日など来ることはないだろうと断言できるのも事実である。


 では、宮田自身はどうだろうか? 何か身に覚えがある、と言えるのだろうか?


 いいや、全くない。むしろ、男に対してそういった感情を向けるというのは、それ自体がひどく間違った行為のように感じている。


「……」


 奇妙な居心地の悪さが宮田の全身を包み込む。



 そんな彼女を知ってか知らずか、男は顔を歪めていた。いつものように、歪んだ口許が嘲笑うようにして言葉をつむぎ始める。


「いいや、違わない。『イマジナリーフレンド』はもう俺には効かない。そうだろう、アマネ?」


 量られている。投げかけられた言葉は、身を切り裂くような冷たい響きを持っていた。

 宮田はほんの少し、ぎこちない仕草でわずかに顔を下へと動かしていた。


「……ええ。そうよ」 


 ――そうだ。そのはずだ。


 何故ならこの男、『神捜研』の所長『美馬隆二』の特殊能力――『神能』は、たとえ相手がどんな能力を持っていようとも、その能力をコントロールして無効化するというものなのだから。だから誰も逆らえない。『神捜研』の捜査官も、『黒屍病』の連中も。彼は無敵だ。そのはずだが――。


 私は今の今まで、その例外だった。

 それが指し示すところなど、考えたこともない。


 この瞬間までは。


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