立花碧、強襲される。
夕暮れのオレンジ色の光が、廊下でたそがれている私を照らしている。こうしているのはもちろん、昼休みの出来事がきっかけである。自称守護霊が現れたせいで、私はクラスメートに奇異の目で見られるようになった。もともと人見知りで言いたいことが言えなくて、つまりはコミュニケーション能力が低い私が友達を作るのがかなり難しくなったと言ってもいいだろう。いや、もう友達はできないのではないか。
「そんなに落ち込むこともないだろうよー。友達なんてすぐにできんだろ、元気出せよ」
「……出せてたらこうなってないわ!そもそもあんたが出てきたせいでこうなってるんだよ!あのときのみんなの目、見た!?ツチノコでも見るような目で私を見てたよ!」
無駄にフレンドリーな私の守護霊はこんな状況だというのに軽い。こいつは友達なんてすぐに作れると言うが、きっとそれは大きな間違いだ。
有明はあのあともずっと私のそばを離れずにふわふわ漂っていて、悪いが非常に邪魔だった。授業を受けているときに話しかけてくるのはやめていただきたい。というか見た目からして学生っぽいし、服装がキョンシーが着ているようなやつということを除けばがっつり高校生に見える。なんでそんな格好をしているのかと聞くと、白装束よりこっちの方がいいとのことで選んだらしい。霊ということに変わりはないが。
「そういえばお前、部活とかには入ってないの?中学校なら必ずやんなくちゃならないんじゃ……」
「バレー部、なんだけどさ……。チームメイトがキツいし私は補欠だし色々あって出てないの。あっちも私が部員ってことすら忘れてるみたいだからいいけど」
「それってサボりじゃねーかよ!たしかに面倒くさい気持ちはわかるけどよ、サボりはいかんよー」
「なんも言われないしいいじゃん。第一あんたに言われるようなことじゃないし。あーあ、なんで部活なんかしなくちゃいけないかなぁ……」
私が気だるげに呟いた次の瞬間、がしっと肩を掴まれた。まずい。これはまずい。この力加減からいくと恐らく体育教師の田中だろう。あいつはスポーツマンシップにのっとらない人間が大嫌いで、一言で言えば熱血なのだ。とても面倒くさい人種で、私も何度かよくわからないことでお説教されてきた。
なんとしてでも乗りきらなければ、職員室で先生たちに見守られながら怒られる羽目になる。私は精一杯の笑顔を張り付けて振り返った。
「た、田中先生、えっと~…………はい?」
そこにいたのは田中ではなかった。そもそもこの学校の教師ではなかった。私の肩を掴む手はいくつもの血管や筋肉で構成され、人体の仕組みをわかりやすくグロテスクに表現していた。
つまりは人体模型である。
誰のいたずらだよ、と思うのもつかの間、いきなりその人体模型は私を床に押し倒した。えっ、これって噂の床ドン!?と相手が人間なら思うだろうが、なにせ相手が人体模型である。よくわからないまま戸惑いとなぜ人体模型が動くのかという疑問に苛まれながら、気がついたら人体模型に首を絞められていた。ぎゅうぎゅうと、模型にしては……というよりも人間にしても強い力で絞め付けられて、段々息ができなくなってくる。
私は人体模型に絞殺されて一生を終えるのだろうか。というか苦しい。息ができない。なんで人体模型に殺されなくてはならないんだ。誰でもいい、助けて助けて助けて助けて――――。
(碧!大丈夫か!?)
「!?」
いきなり頭の中に有明の声が響いたかと思うと、自分でしようと思っていないのに勝手に拳が握りしめられて人体模型にアッパーを食らわせていた。勢いよく吹っ飛ぶ人体模型。この隙にまた頼んでもいないのに体が勝手に動いた。勝手に立ち上がったのだ。
(良かった、怪我はねぇみたいだな!)
「怪我はないけど疑問はいっぱいだよ!ねえこれどういう状況なの!?なんで人体模型と私の体が勝手に動いてるの!?あとあんたテレパシー使えたのかよ!」
(んー、まあ簡単に言うと、俺はお前に憑依してるから頭の中に話しかけられる。あいつは人体模型の中に入り込んだ悪霊……悪い霊だ。とりあえず、お前はなにかあったら俺に指示出してくれ。あいつを人体模型の中からまずは取り出さなきゃなんねぇ!)
再び立ち上がる人体模型と、指の関節をボキボキ鳴らしながらそれに近寄る私(中身は有明)。私はなにひとつ理解できないまま、意識だけを保つことに専念するのだった。