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エデンの下:ヘルフォーニア贖罪  作者: 天の惹
第一章 破壊工作

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第一話 地獄へ落ちたショー

 男は別荘の近くのビーチでくつろいでいると突然、目の前が真っ暗になった。寝落ちしたのか?


 ……だが、そんな筈はない。真っ暗になる直前まで全然眠たくなかったし、寝ようとも思っていなかった。彼は体を起こすと目を擦った。するとすぐに視力が戻った。


 良かった。気のせいか、と思って前方を見ると辺りには驚愕の光景が広がっていた。それを見て、彼は思わず呟いてしまった。


「ここはどこだ…?」


 彼にとって眼の前の風景は全く心当たりがなかった。

 おかしいと思い、彼は再度、目を擦った。でも目の前の風景は変わる筈はなかった。彼は自分は夢を見ているのではないかと思い、頬を抓ってみた。残念な事に彼は眠っていなかった。



 

 男は休暇で家から車で五時間くらいの所にある湖に遊びに来ていた筈だった。

 この湖はこの辺りにあるいくつかの湖の中で一番大きな湖だ。彼の別荘はこの湖の湖畔にあり、彼は近くにあるビーチにクーラーボックスとチェアを持って行き、そこでくつろいでいた。

 なのに彼は今、自分の人生の中で見たこともない所に一人、ほっぽり出されていた。



 目の前に広がった風景は辺り一帯、一面の水だけだった。ここがどこなのか皆目、見当がつかない。向こう岸を見ようとしても全く見えない。ただ、目の前には水平線のみが広がっているだけだった。男はこの状況を理論的に考えて、答えを導こうとした。

 

 ここは海の浜辺か? いや、違う。波が全くないから海という事は絶対に有り得ない。でも、水の流れはある。それはどちらかといえば川の流れだ。左から右へ流れている。

 今、男が立っている岸には砂浜が永遠に広がっていて雑草などは一切ない。

 

 これは湖なのか、それとも川なのか? 彼は頭の中で考えを巡らしていた。

 川ではないな、とすぐに結論を出した。と言うのもこんなでかい川は世界中どこを探してもない。

 

 湖か。だが、それもおかしい。まず、こんなにデカければ海みたいな波はあるだろし……しかも、こんなでかい湖は世界でも殆どないだろう。あえて言えばアメリカの五大湖とかロシアにあるカスピ海くらいだ。他は思いつかない。

 

 まさか、何らかの方法でそこへ瞬間移動したのか…?

 

 或いは……。


「……まさか、これは俗に言う異世界転移か?」


 また呟いてしまった。この状況は彼が以前、小説で読んだ状況に似ていた。だとしたらここで屯している場合ではない。こんな所でボケッとしていたら何が変な事に巻き込まれるかもしれない。未知の動物や魔物に襲われるかもしれないし、或いは人攫いの奴隷商に捕まるかもしれない。

 

 もしここが本当に異世界なら人を見かけても迂闊に話しかけない方がいいかも。そもそも言葉が通じるかどうかもわからない。

 

 異世界転移の場合、小説では言語理解能力は自動で脳にインストールされていた。でもこれが本当に異世界転移なのであろうか…? わからない。

 

 生き残るためには慎重に行動しなければならない。少しの油断が命取りになる。


 今一番の問題は、食料も水も何もない事だ。早く探さなければ。


 ——アッ! 水なら目の前に水場があるではないか。


 水は非常に澄んでいて、変な匂いも全くない。では、ちょっと舐めてみようかと思い、彼は自分の手を水の中に入れて、水を掬うと舐めてみた。


「オェ!」


 すごくまずい。とても生臭くて飲めたものではない。舐める前は匂いは全く無かったのに。


 ——何故だ!


 ここで自問している暇はない。今、水もなければ食べ物もない。ここに長居すれば確実に飢え死にする。仕方がないから彼は取り敢えず砂浜を歩くことにした。進めば何か見つかるかもしれない。




 男は砂浜から離れるつもりはなかった。砂浜は約二百ヤード(百八十メートル)の幅があり、その奥は森になっている。森にいきなり入るのは得策ではない。森がどれくらい先まで続いているかわからないし、もし迷ったら確実に死ぬ。


 砂浜なら見通しがきき、危ない動物が現れても直ぐにわかる。それにその内、砂浜に続く道が見つかるかもしれない。それに期待をしつつ、彼はひたすら砂浜を歩いた。

 

 目算にして二時間ほど歩いたが、景色は全く変わらなかった。


「まじか! 現実の世界でこんな事は有り得るのか? そんなわけ、あるかー! じゃあ、ここは一体、どこなんだ?」


 彼は思わず自分の思考を声に出した。たとえ異世界とはいえ、もしそうあれば、それは現実にある世界である筈だ。

 現実の世界では風景は常に変わる。例え砂漠の砂丘ですら同じ形はふたつとないのだ。

 彼にはこの状況を論理的に説明するすべは持ち合わせたなかった。ただ、一つを除いて。

 

 ——まさか、ゲームの世界に転移したのか…?

 

 人の手で作られたなら有り得ないこともない。


 「だったらもっとゲームを作り込めよ!」


 彼は思わず目の前にいないゲームクリエーターに対して突っ込みを入れた。

 二時間も歩き続けて風景は全く変わらない。しかも何のイベントも起きない。

 

 ——どんなクソゲーだよ。こんなゲーム、遊ぶ奴がいるのか?


 これがゲームだとしても、彼には何のゲームか全く思いつかなかった。彼自身、ゲームを殆どしない。


 が、毎日ネットで色々と動画などを見ているからネットで流行っているトレンドとかは把握している。最近の傾向として異世界転移物とかゲーム世界への転移などが小説やアニメなどのファンタジー物で流行っていた。


 それに従って彼はある事を試してみることにした。小説のストーリに習って、取り敢えず自分のステイタスを確認してみた。


「ステイタス・オープン」


 何も起こらない。では別のゲームぽいコマンドを言ってみよう。


「セッティング・オープン」


 ここでも何も起こらない。


 ——どうなっているのんだー、コリャ!




 ここで思いふけっても埒が明かない。

 

 更に二時間程、砂浜を歩いていると、ここで男はふと、重要なことに気付いた。それは、全く疲れていなかったのだ。しかも腹も減ってないし、喉も全く渇いていない。やっぱり、この体はアバターか何かなのかと思った。


 彼はしばらく思いふけりながら歩いていると、遠くに人工物みたいな物が砂浜に建っているが見えてきた。何だか先端が水の中に突き出ている。


 彼はそれがどんな物か確かめようと思い、それに近づいてみることにした。周りを警戒しながらそれに恐る恐る近づくと、それがどんな施設か段々わかってきた。それは船着き場だった。


 不思議だ。船着き場の周りには何もなかった。全く何も。道すら繋がっていなかった。


 こんな物、誰が利用するんだ、と彼はふと思った。道が繋がっていないのに、誰がここに辿り着けるのか! 全く実用的ではなかった。

 

 何かあるのかと期待して近づいたのだが、何もなくてがっかりだ。




 男はしばらくぼーっと水平線の彼方を見ていると、一隻の船が船着き場の方へ移動してくるのが見えた。見た感じ、それはゴンドラのようだった。


 船頭が一人、ゴンドラを操作している。船頭は丈の長い外套を羽織り、フードを深く被っていて顔がよく見えない。多分、船頭は男性だ。


 船頭は船着き場へゴンドラを寄せると係留させた。船頭は見た感じ、誰かを待っているようだった。


 ゴンドラには船頭しかいなかった。相手が一人ならそれ程怖がる必要がないか、と彼は思い、船頭に近づくと話しかけた。どうか、言葉が通じますようにと願いをかけて。


「すいません。俺、ちょっと迷っちゃったですけど。ここがどこか教えてもらえますか?」


「渡し賃は銀貨二枚です」


 ——はぁ? 別にこの湖を渡るつもりはないのだが……。


 本当に言葉が通じたのか? 今の時点ではわからない。少なくとも船頭が言った事は理解できたので多分、大丈夫だろう。


 彼は再度、同じような質問してみた。


「あの~、別に船に乗るつもりはないのですが。ただ、ここがどこか知りたいだけなんですけど」


「渡し賃は銀貨二枚です」


 ——何たよ、コイツ! ひょっとしてそれしか言えないのか? まじでノン・プレイヤー・キャラクターなのか? 駄目だ、コリャー。


 しょうがないから金を払って船に乗るか、それとも……。 

 彼は迷った末、このまま岸を歩き続けても拉致が明かないから船に乗ることにした。




 銀貨二枚か、と言われても男には船頭の言う銀貨二枚の価値など知りようがなかった。彼は自分の知りうる金融の知識を駆使して大体、銀の価値を概算した。


 今、一オンス銀貨はおおよそ米ドルで四〇から四五ドル位だ。彼はズボンのポケットを探りながら言った。


「クレジットで払えるか?」


「渡し賃は銀貨二枚です」


 船頭はやっぱこれしか言えなかった。コイツはNPCで確定だな、と思いながら彼は自分のポケットを探った。


 が、スマホどころか財布さえ入っていなかった。おかしいなと思いながらポケットの中を再度、探した。


 突然、彼は思い出した。これがゲームの世界なら自分はアバターであり、自分のリアルな物であるスマホや財布は入っている筈がないと。


 彼はそう思いながらポケットの中を探っていると、後ろポケットに何か硬い物が入っているのに気付いた。


 彼はその硬い物を取り出すと驚いた。何と、それは銀色をした硬貨ではないか。しかも今まで見たこともない硬貨だ。形も歪んでいて、非常に出来の悪い硬貨だった。


 彼は恐る恐る硬貨二枚を船頭に渡すと、船頭は無言で彼に船へ乗るように手招きをした。彼が船へ乗ると船頭は船を出した。


 船が岸から離れると、彼は船頭に尋ねた。


「これからどこへ行くのですか?」


 今回は無反応だ。船頭は何も答えなかった。もうすでに渡し賃は払っている。あれしか言えないのであれば当然か。


 船頭は無言でひたすら船を漕いでいる。ここは大人しく何かイベントが発生するのを待つしかない。




 船頭がゴンドラを漕ぎ出してから十分程経つと濃い霧がかかってきた。ゴンドラはだいたい歩く速度と同じ位だから岸から半マイル(八百メートル)位の所か。


 霧がかかっていなければ男が来た岸は目視できる筈だったが……霧は予想以上に深かった。彼が座っている所からはゴンドラの船首すら見えないくらいの濃い霧だ。後ろを見ると船頭が何とか見える。


 船頭は何事もなくひたすら船を漕いでいる。本当にこの船頭は自分の行き先がわかっているのかと疑いたくなった。




 霧が出てきてからだいたい一時間経つと、霧が段々と晴れてきた。濃い霧が晴れるとようやく向こう岸が見えてきた。


 船頭はゴンドラを船着き場へ係留すると、無言で男に手招きをして先へ行くように促した。


 上陸側の岸は向こう側の岸と違って砂浜ではなかった。普通にある川岸と変わらなかった。船着き場以外の場所には雑草がそこら中に生えていた。


 彼が船着き場の先を見ると奥へ進む道がずっと続いていた。彼は上陸すると道なりに歩みを進めた。




 しばらく進むと、男はまだゴンドラがあるかどうか気になったので振り返った。何かあれば引き返すつもりだ。だが残念なことに、ゴンドラはすでに船着き場から離れており、もう引き返すことはできなかった。彼は道なりに進む以外、選択肢はなかった。


 彼はこの先へ行けば何とかなると期待を込めて再び歩き始めた。

 

 一つよかった事と言えば、道はしっかりと整備されており、歩きやすかった。道は石畳で作られており、古代のローマ街道を彷彿とさせていた。


 道なりにしばらく進むと壮大な門らしき物がポツンと立っている。


 門に近づくと門の上に何か文字が書いてあるのを見つけた。目を凝らして読んでみるとこう書いてあった。


『われを過ぎんとするものは一切の望みを捨てよ』


 ——何だよ、コレ。ダンテの神曲の地獄の門かよー! 訳、分からん。


 こんな訳がわからない門、くぐったら最後だと彼は直感でわかった。


 彼は来た道を戻ろうと反転し逆方向へ歩き出した。するとまた同じ門が目の前に現れた。


「はぁ~? まじかよ」


 彼は思わず愚痴をこぼした。そして、また反転して逆方向へ歩きだした。そしたらまた同じ門が目の前に現れた。彼は何度も何度も同じことを繰り返したが、同じ門から逃げることが出来なかった。


 ——はぁ~? もううんざりだ!


 これは俗に言う強制イベントなんだな。ゲームによくある強制イベントはあるのに、自分のステイタスや設定を見れないゲームって何なんだよ。まじでクソゲーだな。


 しょうがないから彼は門の先へ行ってみることにした。




 男は門をくぐると風景が一変した。今までは殺伐とした風景で道と門しかなかったが、門をくぐるとすぐに大きな建物が見えてきた。


 建物の周りには色とりどりとした花が植えてあってとてもきれいだ。それはまるで王宮の庭園のようだった。


 庭園を抜けて建物の近くへ行くと彼は吸い込まれるように建物のフロントポーチの階段を上がっていった。階段の先には巨大な両開きの扉があり、軽く押すと簡単に開いた。まるで、ここを押すと自動でドアが開きます、って感じだ。


 中を覗くと扉の奥にはデスクがあり、デスクの向こうには裁判官のようなローブを着た男が偉そうに座っていた。


 裁判官はしばらく男を観察すると見下すように話し出した。


「被告人ショー・モネーに判決を言い渡す。被告人は生前、様々な詐欺行為を行い、被害者から多くの金銭を巻き上げた。奪った金銭を使って多数の女を囲い贅沢三昧な暮らしを送ってきた。以上の罪をもって被告人ショー・モネーはヘルフォーニアへ永久追放と処す」


「はぁ~?」


  ——何言っているんだ、コイツ。


 ショーは完全に呆気に取られて見ていた。確かに彼は詐欺師で散々稼ぎまくったが、アイツにケチを付けられる謂れはない。


 大体、アイツは何様のつもりだ。被害者の会の会長か——!?


 それにアイツの言い草によれば、ショーはもう死んでいるかのようだが。何と言っても『生前』という言葉を使っているのだから。


「えぇ~と、誰だお前?」


「我が名は大天使アベル。地獄の裁判官だ。今、お前の生前の所業をすべて見させてもらった。それによると随分、派手に人々を騙して荒稼ぎしたようだな。お前のようなインチキ野郎はHell of Phonies、ヘルフォーニアへ行くのがふさわしい」


「何だよ、このインチキ裁判は!」


 ショーはその後、一切、反対尋問は許されなかった。尤も、尋問する相手はいなのだが。


 その上、ショーには発言すら認められなかった。喋ろうとしても喉が詰まって言葉が出ない。




 地獄の裁判官アベルが判決文を言い渡すとショーの足元が光った。光ったと同時に彼は光に包まれて地獄の法廷から姿を消した。そして彼の体はそのままどこか別の所へ転送された。


 転送される途中、ショーは彼が生前送ってきた人生が走馬灯のように蘇ってきた。


 鮮やかに蘇ってきた過去の出来事は全てショーが行ってきた様々な詐欺行為であった。特に彼が生前、積極的に行ってきた金融商品詐欺や還付金詐欺や霊感商法だ。


 そしてショーは被害者の立場からも彼らが何を思って、何に苦しんでいる様をまるで自分が経験しているように見せつけられた。それは過去の犯罪行為をまざまざと見せつけられて、それに対して彼は贖罪を求めてられているとの思いを脳内に植え付けられかのようだった。




 一通り過去の犯罪行為を見せつけられると、ショーは自身の最後の瞬間を見せられていた。そう、自分の死の瞬間を。


 そして自分がどのように死んだのかを上空から眺めさせられた。そしてわかった。自分が殺されたのを。


 その時、ショーは自分の別荘の近くのビーチにいた。ビーチには人がほとんどおらず、とても静かだった。彼がビーチチェアに寝転がってダラダラしていると、後方に人の気配がした。


 ショーが振り返ると、その人物は男で、水着と水泳用のキャップとゴーグルを身に着けていた。男はそれ以外、何も身につけておらず、手ぶらだった。


 どうやらその男はこれから湖で水泳をするようだ、と判断したショーは安心すると再び何もせず、退屈そうにダランと寝そべった。


 だがその時、ショーは知らなかった。男の左手の中には小さなスポイトが隠されており、その中には毒が仕込まれていた事を。


 男はショーの近くを通り過ぎながらショーのドリンクに手を近づけ、さり気なく毒を垂らすと、そのまま湖の中に入っていき華麗に泳ぎ去った。




 一連のイメージが脳内を駆け巡りそれが収まると、ショーはいつのまにか外に立っていた。


 目の前には見渡す限りの荒野が広がっていた。そして灼熱地獄のような暑さだ。所々で炎が上がっている。何もないのに燃えている。まさか、地面自体が燃えているのか?


 それにこの暑さで凄く息苦しい。


 息苦しい?


 ——そんな訳、あるか——!

 ショーはさっき、地獄の裁判所で死んだと宣言された。なのに、なぜ、息をしているのか!? さっぱり訳がわからない。


 ショーが思いふけっていると、奥から一人、ショーへ向かって歩いてくる人物がいた。何となく見た目、ここの仕切る看守のようだ。そして看守はニタニタしながら一言、ショーに向かって言い放った。


「ヘルフォーニアへようこそ。二度と出ることを許されない極大地獄へ」


 ショーは呆然として立っていた。


 何をしていいのかわからない。


 二度と出ることを許されないと聞いて、ある曲がショーの頭の中によぎった。それは彼が生前、大好きだった曲、Hotel Californiaだった。


 ショーはHotel Californiaのように二度と出ることが許されない場所に自分が居ることに絶望した。だが……


「何が何でもここから出てやる」


 ショーは頬を両手で軽く叩いて我に返ると自分自身に対して誓うのであった。

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