第135話 止めるための術式
治療術式の原理は。
ついに完成した。
ルシエとノエルは。
完成した術式図と実験記録を手に。
アルベルト教授の研究室を訪れた。
一通り報告を聞き終えたアルベルトは。
静かに術式図を閉じる。
「よくここまで辿り着いた」
二人の表情が。
わずかに和らぐ。
だが。
次の言葉は。
予想とは違っていた。
「人体への使用は認めん」
研究室に。
静寂が落ちる。
「……なぜですか」
ルシエが尋ねる。
アルベルトは。
完成した術式図へ視線を落とした。
「動かす術式は完成している」
「だが」
「止める術式が存在しない」
二人は息を呑む。
「成功する前提だけで組まれた術式は」
「完成とは言わん」
アルベルトは。
一枚の紙を取り出し。
新たな項目を書き始めた。
同期率が規定値を下回った場合。
患者と同期生成魔素の接続を。
即座に遮断する。
魔素の逆流を検知した場合。
患者の魔力回路と。
治療回路を完全に分離する。
回収用魔水晶の容量が限界へ近づけば。
新たな魔素の流入を停止し。
予備の魔水晶へ。
回収経路を切り替える。
流量が規定値を超えた場合も。
同期生成魔素の供給量を自動で下げる。
患者の生命反応。
自律神経。
魔力回路。
そのいずれかに異常が確認されれば。
すべての術式を停止する。
さらに。
同期の深度にも。
段階ごとの上限を設ける。
患者へ。
必要以上に深く干渉しないための制限。
そして。
緊急停止によって。
回路内へ残った魔素が患者へ戻らないよう。
緊急回収用の魔水晶も用意する。
アルベルトは。
静かに顔を上げた。
「理論とは」
「成功した時だけを考えるものではない」
「失敗した時まで説明できて」
「初めて理論と呼べる」
その言葉に。
ルシエは何も返せなかった。
アルベルトは。
二人を真っ直ぐ見つめる。
「無属性魔法の開発中」
「ノエルが負傷した事故を覚えているな」
二人は頷く。
「あの事故は」
「安全機構が足りなかったから起きた」
「ならば」
「同じ失敗を繰り返すな」
あの時の失敗は。
今度は。
患者を守るための安全機構へ生かされる。
アルベルトは。
ゆっくりと言葉を続けた。
「成功させるためだけの術式では」
「治療には使えない」
一拍置いて。
静かに告げる。
「失敗した時に」
「患者を生かして帰せる術式を作れ」
それは。
長年。
真理を追い続けてきた研究者が。
二人へ託した。
新たな課題だった。




