第133話 魔水晶で回収する
閉塞から流れ出した魔素を。
どこへ逃がすのか。
二人は。
実験記録を前に。
考え続けていた。
患者の体外へ排出するだけでは。
周囲の魔素濃度が急激に上昇する。
治療を行う者や。
近くにいる患者が。
排出された魔素を取り込んでしまう危険もある。
何より。
出口の先へ。
確実な受け皿がなければ。
流れ出した魔素が逆流する可能性もあった。
「体外へ出すだけでは駄目ですね」
ルシエが。
実験装置の出口を見つめる。
「患者の身体へ戻らないように」
「どこかへ閉じ込める必要があります」
「ああ」
ノエルは。
机の上へ視線を巡らせた。
魔素を蓄えられるもの。
大量の魔素を受け入れられ。
外部へ漏らさず。
治療後に安全に取り外せるもの。
やがて。
机の端に置かれていた。
透明な結晶へ目を留める。
内部の魔素を使い切った。
空の魔水晶。
ノエルは。
それを手に取った。
「流れ出した魔素を」
「これへ集めればいいんじゃないか?」
魔水晶は。
魔素を失っても。
内部の結晶構造を維持している。
再び魔素を充填すれば。
魔石として利用することもできる。
以前。
二人が考えていた。
魔水晶による余剰魔素の回収。
閉塞を解く方法が完成していなかったため。
まだ実験には使っていなかった。
だが。
流れ出した魔素の受け皿としてなら。
利用できるかもしれない。
「ただ接続するだけでは」
「魔素は魔水晶へ入らないかもしれません」
ルシエの言葉に。
ノエルが頷く。
「先に流れを作る必要があるな」
二人は。
空の魔水晶へ。
ごく少量の同期生成魔素を封入した。
患者本人の魔力へ同調した。
淡い白色の魔素。
それを。
魔水晶の中心へ固定する。
回収される魔素を引き寄せる。
小さな起点。
次に。
模擬魔力回路の出口と。
魔水晶を接続する。
その間を。
外部へ魔素が漏れないよう。
閉じた誘導路で繋いだ。
さらに。
誘導路の途中へ。
一方向にしか魔素を通さない。
逆流防止術式を組み込む。
閉塞から流れ出した魔素を。
患者の身体へ戻さず。
魔水晶の内部へだけ誘導する。
「同期生成魔素が」
「沈着した魔素を流れへ戻す」
「流れ出した魔素は」
「誘導路を通って魔水晶へ入る」
「そして」
「逆流防止術式によって」
「患者側へは戻らない」
ルシエは。
研究ノートへ。
新しい構造を書き込んだ。
同期生成魔素。
模擬魔力回路。
閉塞部分。
排出用誘導路。
逆流防止術式。
そして。
回収用魔水晶。
治療に必要な装置が。
少しずつ。
一つの形へまとまっていく。
二人は。
すべての接続を確認した。
魔水晶の容量。
誘導路の伝導率。
逆流防止術式の作動。
出口部分へかかる圧力。
異常はない。
「始めます」
「ああ」
再実験。
同期生成魔素が。
模擬魔力回路へ流れ込む。
閉塞部分へ到達し。
沈着していた魔素へ感応する。
表面が。
僅かに揺れる。
同期生成魔素の流れへ。
沈着した魔素が。
少しずつ引き寄せられていく。
やがて。
閉塞部分に。
細い隙間が生まれた。
流れが。
その内側へ入り込む。
沈着していた魔素が。
再び崩れ始める。
「閉塞部」
「変化しています」
ルシエは。
観測器の数値を追う。
前回と同じように。
閉塞部分が大きく崩れた。
溜まっていた魔素が。
出口へ向かって。
一気に流れ始める。
だが。
今度は。
模擬回路が激しく揺れることはなかった。
流れ出した余剰魔素は。
閉じた誘導路へ入る。
逆流防止術式を通過し。
空の魔水晶へ流れ込んでいった。
魔水晶の中心へ封入された。
僅かな同期生成魔素。
そこへ。
余剰魔素が引き寄せられていく。
透明だった魔水晶が。
回収された魔素によって。
中心から。
淡い白色に濁り始めた。
「魔水晶への流入」
「安定しています」
ルシエが。
観測器を確認する。
「出口部分の負荷も」
「許容範囲内です」
「ああ」
ノエルも。
誘導路の数値を追う。
「逆流もない」
沈着していた魔素は。
同期生成魔素の流れへ戻り。
模擬魔力回路の出口へ運ばれる。
そして。
患者の身体へ残ることなく。
魔水晶の内部へ回収されていく。
しばらくすると。
閉塞部分に沈着していた魔素は。
すべて流れから消えていた。
模擬魔力回路の中を。
同期生成魔素だけが。
穏やかに流れている。
ルシエは。
観測器へ表示された結果を。
何度も確認した。
「閉塞部の残留魔素」
「ありません」
「回路の損傷も」
「確認されません」
ノエルが。
淡い白色へ変わった魔水晶を見る。
「余剰魔素の回収も成功」
沈着した魔素を。
安全に流れへ戻す。
流れ出した魔素を。
患者の体外へ導く。
そして。
空の魔水晶へ。
すべて回収する。
押し流すのではない。
無理に剥がすのでもない。
患者自身の魔力へ同調した流れによって。
本来の循環へ戻す。
世界初の魔素汚染治療法に必要な仕組みが。
遂に。
一つへ繋がった。
ルシエは。
淡い白色へ染まった魔水晶を。
そっと両手で包み込む。
その温もりを感じながら。
静かに息を吐いた。
(ここまで来た)
母を救う方法は。
もう。
手の届く場所まで来ていた。




