12◇ミュークル
後日。エルエイネ幻影森。エルフの隠れ里があった地点。
「グレンスフィオールさん!」
俺が到着すると、ミュークルが抱きついてきた。
その拍子に、彼女の豊満な胸部が柔らかそうに形を変えた。
当然、服は着ている。
「息災か」
あどけない顔に信頼を滲ませた美少女だ。
出逢い方こそ良いとはいえないものだったが、どうやら嫌われてはいないようだ。
胸の内でほっとする。
「はい! 約束を守ってくれて、ありがとうございます!」
隠れ里は、シンラの植物魔法で元通りになった。
シンラに礼をすると言ったら、昔のように一緒にいたいと言われ、一日中街を連れ回されたが、これであいつの力を借りられるのなら安いものだ。
しかし、どうにもシンラが男には見えないのだが……原作で実は女、なんて裏設定があっただろうか。
転生前に刊行されていたのは六巻までなので、それ以降の展開については知らないのだ。
かといって、弟分に「お前、女?」とは聞けないし……。
それにライトノベルでは女性としか思えない容姿の男性キャラは珍しくない。
シンラもその可能性はある。
「グレンスフィオールさん?」
「ん? あぁ、グレンで構わんぞ」
「はいっ、グレンさん! グレンさんは、今日はどうされたんですか?」
隠れ里を再生する時も訪れたが、今日は別件だった。
「この里のことを知っていたのはバーンズの軍だけで、それは我々と勇者パーティーが全滅させたが、他の里に関しては、多くの者に知られてしまっている」
正確には、シンラとコキューリアの手勢が捕縛した。
「……あの、はい」
俺が何を言いたいかわからないのだろう、ミュークルがきょとんとしていた。
「一応、長には話を通しておいたが――おい、連れてこい」
馬車が何台も到着し、部下たちが荷台から、エルフを連れてくる。
「え? ま、まさか……」
「バーンズが奴隷にしたエルフの一部だ」
あのあと、オレは『バーンズの凶行を止める為に任務に同行したところ、勇者パーティーの襲撃を受けた。バーンズとその部下はやられてしまったが、なんとか勇者から聖剣を奪取することに成功』と報告し、更に『中立の立場の者を虐げるのは魔王様の本意ではないので、これを禁止とし、既に売られたエルフたちも救出すべき』と訴えた。
これに対し、コキューリアを筆頭とした良識派からの賛成票が多く集まり、魔王様からの承認も得られた。
というわけで、エルフを奴隷にしてる悪い魔族と悪い人間はぶっ倒しまくっている。
しかし救出したはいいが、彼女らの行く先がない。
かつて滅びた隠れ里は、奴隷商人や関係者など人間にも知っている者がいるかもしれないので避けたいし、そもそもバーンズは男は皆殺しにしていた。
里だけシンラに再生させても、男手がいないのでは困ることもあろう。
というわけで、ここに連れてきたわけだ。
「すごい! すごい! グレンさんは、エルフの救世主です!」
ミュークルが飛び跳ねて喜んでいる。
解放されたとはいえ、元奴隷のエルフたちの表情は優れないが、同胞との生活で少しずつでも、心の傷が癒えればいい。
「グレンスフィオール様」
ミュークルに続き、この隠された里の長がやってくる。
美しい女性で、実はミュークルと並んで裸に剥かれていた人でもある。
「エルフの受け入れに感謝する」
「こちらこそ、同胞を救出してくださり感謝の念に堪えません」
「それで、例の件だが、考えてくれたか?」
「はい。魔王国へ、使節団を派遣できればと」
エルフは中立だ。しかしこの中立とは『どちらともうまくやっていく』ものではなく、『どうでもいいからうちに関わるな』という排他的なものだった。
人類も魔族も、その美しさや有能さについて知りながら、エルフに拒絶された立場。
バーンズの行いは許されることではないが、真の中立には、力とバランス感覚が求められると思う。
友人関係にたとえるとわかりやすい。友人Aと友人Bが喧嘩した際、仲裁を務めるにしろ無関係を決め込むにしろ、その立ち回りは重要だ。
片方に肩入れすればもう片方に恨まれるし、その問題に関わらない場合は理由を上手く説明しない限り、両者から不満を持たれるかもしれない。
自分はその喧嘩にまったく関係ないのに、自分に対する評価が変動し得る。
エルフはこの戦争の中で、自分に火の粉が飛んでこないよう、動き回る必要がある。
オレはその手助けをすべく、魔王様から、エルフの使節団を迎え入れる許可を得た。
魔王軍に組み込むのではなく、エルフという種族と、国家として関わりを持つ。
これだけでも、第二第三のバーンズが生まれることを抑止できるだろう。
エルフは魔王様が認めた種族、という扱いになるのだから。
そしてこのことを知れば、エルフを魔王軍に取り込まれてなるものかと、人類側もエルフにコンタクトをとる筈だ。
両者にとって、エルフは軽視できない存在になる。
「そして、その使節団の長には、ミュークルを指名いたします」
「え? わたし?」
ミュークルと同じく、オレも初耳だった。
「ミュークル、貴女の気持ちには気づいています。エルフの慣習にはそぐいませんが、グレンスフィオール様ほどのお方ならば、反対する者はいないでしょう」
……ん?
「えっと、つまり……わたし、グレンさんと一緒に行っていいの?」
「えぇ。お付きの者たちの言うことをよく聞いて、エルフの為に尽くすのですよ」
「やっっっった~~~~!」
ミュークルが飛び跳ねて喜ぶ。
「いや待て……長よ」
「なんでございましょう」
「ミュークルは、今年で幾つになる」
原作でもそこは明らかになっていないのだ。復讐の鬼と化したミュークルはクールキャラなので、振る舞い的に二十代くらいに思えたが、今の彼女のテンションは完全に十代女子だ。
「まだ百三十の若輩ではございますが、グレンスフィオール様のお邪魔となることはないでしょう」
百三十! そ、そうだった……エルフって千年以上生きるんだった……。
「グレンさん……わたしじゃ、ダメですか?」
ミュークルがうるうるとした瞳で上目遣いに見上げてくる。
原作でグレンを殺した子とは思えぬほど、可憐で健気だった。
「……いや、お前がいいのなら、オレは構わない」
「えへ。わたしは、グレンさんと一緒にいたいです!」
輝く笑顔に心臓が射抜かれる。
「ふむ……だが、いいのか? 前にお前が言っていたように、真の善人ならば事が起こる前に止められただろう」
ミュークルが首を横にふる。
「わたし、コキューリアさんやニャルルさんと話して、分かったんです! やりたいことをやるのは、簡単じゃないって! グレンさんはご自分の力の及ぶ範囲で、わたしたちを助けようとしてくれました。エルフは魔王軍への協力を拒んだ種族で、助ける義理なんてないのに」
義理はなくとも理由はあった。
君に殺される未来を回避したかった、とはとても言えないが。
「オレは、バーンズが気に食わなかっただけだ」
「はい、わかっています。そんなバーンズの亡骸さえも、グレンさんは大事に抱えていたことも。貴方ほど優しくて慈悲深い人は見たことがありません。そんな貴方だから……一緒にいたいんです」
バーンズの首を持ち帰ったのは、遺体を弄ぶゼニスが気に食わなかったからだ。
あいつを勇者に始末させようと考えたのはオレだというのに、身勝手な感傷だという自覚はある。
ちなみにゼニスは、レジーナの治癒魔法で一命をとりとめたらしい。だがレジーナは治癒に特化した魔法使いではないので、完治には時間がかかるという。
この世界、いわゆる白魔導士が大変貴重なので、大きな傷を負った者はすぐに戦線復帰できない。
その点、魔王軍は王都まで戻れば『三界』の『浮雲』が治してくれるので、人類からすれば厄介極まりないだろう。
そういえば、原作ではグレンの右目に切り傷があったが、これを『浮雲』に治してもらうことは出来なかったのだろうか。
グレンが、プライドから頼めなかったとか?
記憶を探ると、そもそもグレンには他人に治療を頼むという考えがなかったようだ。
どこまでプライドが高いんだか……。
まぁ、それはいいか。
今は、ミュークルを仲間に出来たことを喜ぼう。




