25話 神技②
「この禍々しく、邪悪な神気は…っ」
前方に浮かぶ黒い太陽を見て、タルタロスが眉をひそめる。
その燃え盛る黒く丸い炎は、表面に薄い炎を揺らめかせながら、ゆっくりと回転している。周囲には群雲のような黒炎が広がり、上空は熱を帯びた曇天の空となっていた。
「クックッ…」
黒い太陽から聞こえた含み笑いに、タルタロスはさらに眉間にしわを寄せる。
途端に、黒い太陽は爆音を響かせて弾けた。
群雲の如き黒炎とともに、飛散した黒い炎が地上に降り注いで瞑色の氷を溶かし、氷に閉じ込められていたトウヤの友達が解放される。
「氷が、消えていますわ…」
「俺達…、助かったのか?」
「…今の黒い炎、あれは…」
シャーロットとマルコ、エリーが突然の出来事に困惑する。
その近くで同じく、瞑色の氷に閉じ込められていたリリーも解放される。
「…かはぁっ…、かはっ」
「リリー先生!」
「かはっ…私、生きてる…。みんな、どうしてここに…はっ、トウヤ君は!?彼はどうしたの?」
「え、あれ!?トウヤがいねえ!」
氷に閉じ込められる直前まで肩を貸して支えていたマルコが、慌てて辺りを見回す。
「あ、あそこ!」
コハルが上空を指差す。その指す先には、タルタロスと対峙する異様な風貌の人物がいた。
「あの人から、強大な神気を感じます…。この神気は、間違いなく…」
「邪神の、神気…!そんな…、本当にトウヤ君は…」
アイシアは上空に浮かぶその一人を凝視して、斧槍の柄をキュッと握る。
「トウヤ君…。どうして、君は…」
ホノカは、瞑色の氷に閉じ込められる直前に聞いたトウヤの言葉を思い出しながら、タルタロスと対峙している者を見て、胸が締め付けられた思いをする。
皆が見上げるその視線の先…
弾けた黒い太陽の中から、ゆらゆらと揺らめく黒い炎をマントコートの様に纏った……
―――『邪神 ベルゼファール』が姿を現わしていた。
「…ふぅむ。なんと、いい気分だ。」
目を閉じたベルゼファールはそう言うと、首を動かしてコキッコキッと音を鳴らし、深く息を吸った。
そして、漆黒に染まった両目をカアッと開いて、血を塗った様な真っ赤な口で頬が裂けんばかりの笑みを浮かべる。
「長らく秘めていた力を解き放った現在…、私は完全な復活を果たし、ここに顕現した。」
体内に血液が通っていない様な白い顔と手。その下半身には、タルタロスの攻撃で失ったはずの片脚が衣類とともに元に戻っており、リリーとの戦いで負った傷は初めから無かったかのように全て消えていた。
「ベルゼファール…っ!」
「タルタロスよ…、この姿の私と会うのは十五年ぶりだな。さぞ恋しかっただろう?」
ベルゼファールは両目を細めて、にやけた笑みで言う。
タルタロスはクリスタル形の氷を複数出現させると、その尖った先端をベルゼファールに向ける。
「ああ、久しぶりに見る顔だ。その笑み…全てを嘲笑うようなその顔は、いつ見ても実に不快だ…邪神!」
複数のクリスタル形の氷が回転しながら真っ直ぐ飛び出し、無防備でいたベルゼファールを容赦なく貫く。
「ん?」
ベルゼファールの体に風穴を開けて、クリスタル形の氷が通り過ぎていく。手応えの無さに違和感を覚えたタルタロスが止まる。
すると、氷に貫かれて損壊したベルゼファールの体が、黒い炎となって燃え散って消えた。
「クク…」
「…っ!」
後ろから囁くような笑い声が、タルタロスの耳に届く。
寒気がして振り返るタルタロスの目が、真後ろにまで迫っていた漆黒の両目と合う。
「貴様っ…――」
互いの鼻先が当たりそうな距離にいるベルゼファールから離れつつ、再び複数のクリスタル形の氷を出現させて攻撃を仕掛けようとするタルタロス。
だがその前に、ベルゼファールは手の平の上に大きな黒い炎の塊を出現させ、押し付けるようにタルタロスにぶつけた。
クリスタル形の氷とともに、燃え盛る黒い炎に包まれたタルタロスが押し飛ばされる。
「逆さに立っているから、私を見誤るのだ。私を下から見上げたいのならば、両膝を地面に付いて仰ぎ見ればいい。」
「…この私が貴様を、仰ぎ見るだと?」
タルタロスを包み込んでいた黒い炎が暗い冷気により払われ、奈落の神がその真の姿を現す。
異様に長い裾の紺青色ロングドレスに、澄んだ川の様に透明でカーテンの様に長いショールを身に付け、頭には氷のティアラ冠を乗せた、美しくも威厳のある神の姿。
「戯れ言を言うな、邪神め…。貴様が、奈落の底でその身を氷に固められながら、跪いて私を見上げるのだ!」
タルタロスは逆さだった姿勢を戻し、無数のクリスタル形の氷を出現させる。
その氷は一つだけでも、防御に特化した大楯のキュクロプスを一撃で貫くほどの威力を持つ神気の塊。それがタルタロスの前面を覆うほどの数となってベルゼファールを狙う。
「面白いことを言うじゃないか…。ならば私にそうさせてみろ、奈落の神!」
尖った歯が噛み合って並ぶ凶悪な笑みをするベルゼファールの周囲に、無数の黒い火球が出現する。
「その邪悪で不快な笑みを二度と出来なくしてやるぞ、邪神!」
無数のクリスタル形の氷が尖った先端を向けて、一斉にベルゼファールへと襲い掛かる。それに対してベルゼファールは、出現させた無数の黒い火球を放って迎い撃つ。
神の神気で作られた炎と氷がぶつかり合って爆発音が轟く。
大きな力の塊が衝突した衝撃が波となって大気を震わせ、氷の球体で閉ざされた王都の地は衝撃波によって内側から叩かれて大きく揺れる。
二つの強大な力のぶつかり合いによって発生した積乱雲の様な白い煙から、二柱の神が飛び出す。同時に手を前に向け、再び各々が出現させた神気の塊をぶつけ合う。
「なんて威力のものをぶつけ合ってますの、あの二人は!?上空で発生した衝撃が地上にまで伝わって、危うく私まで吹っ飛ぶところでしたわ!」
揺れ動く地面と、降りかかる見えない衝撃波で転びそうになるのを堪えるシャーロット達。
「…もはや人間の及ぶ領域ではない、神々の戦い。そして…トウヤ君も神、なのですね。 」
「あれが、トウヤなのか?俺には、まったく別人にしか見えねえ…。」
「あれが、邪神 ベルゼファール様…。私とお父さんが信仰する神なの…」
エリーはトウヤの正体を確信し、マルコは友人の変化に驚きを隠せず、リリーは複雑な心境で自身が信仰する神を見つめていた。
「トウヤ君が神様になってしまいました…。私は、どうすればいいのでしょうか…大宮司様。」
コハルは祈るように両手を組み、不安な面持ちで上空を見上げる。
「……………トウヤ君」
アイシアは力なく斧槍を持ったまま茫然とし、仮面の奥からベルゼファールの姿を目で追う。
「…私が彼を守れるくらい強かったなら、トウヤ君は邪神にならずに済んだのに…っ」
刀の柄を強く握り込むホノカ。自分達を守るために、トウヤは自身を犠牲にするつもりで邪神と化した。ホノカは自分の弱さがそうさせてしまったと、己の無力感に苛まれる。
――『タルタロスを倒したら、次は邪神を…俺を殺してくれ。』
(…させない。絶対に、君を邪神として死なせはしない!)
黒炎の群雲が広がる上空で、凄まじい力を振るってぶつかり合う二柱の神。
高速で飛び交いながら、幾度ともなく互いの力を衝突させては、衝撃波が空を震わせ、浮き上がった王都の地を揺らす。
神気で固めたクリスタル形の氷を放ちつつ、触れたものを凍てつかせる暗い冷気を吹雪かせるタルタロス。
ベルゼファールは身を翻して黒い炎のマントコートをはためかせると、前方に飛び散った火の粉が集まって、黒い炎の壁を作り出す。
炎の壁は、飛んでくる氷を防ぎながら暗い冷気を押し返し、タルタロスに向かって空中を前進していく。
「おのれ…、忌々しい黒い炎め!」
タルタロスは暗い冷気をさらに強め、押し寄せてくる炎の壁の進行を抑える。
「ククッ…。私の炎に、苦労しているじゃないか。そんなことでは、私を奈落に連れ戻すことは出来ないぞ?」
「――ッ、なめるな!『極寒地界』!!」
王都の地を覆う氷がひび割れ、その中から暗く冷たい川が流れ落ちて炎の壁を凍らす。
さらに王都を覆う氷の他の箇所もひび割れ、そこから暗く冷たい川が流れ出して、黒炎の群雲を凍らせながら、空中を流れてベルゼファールへと向かう。
「ふうむ…。厄介なものを出してきたか。」
王都の地を凍らせて閉じ込めた、タルタロスの神気で作られし冷たい川。
多方向から空中を流れて迫り来る何本もの神気の川を、高速で飛んで避けるベルゼファール。
「我はタルタロス…奈落の神にして、奈落そのもの。貴様は永きに渡り、私のこの力によって、奈落の底に囚われていた事を忘れたか?ベルゼファール!」
「…そういえば、そうだったな。今となっては最早どうでもいいことだがな。」
神気の川の流れが速くなり、冷気を放つ奔流となってベルゼファールを追う。
「それにしても、王都を丸ごと奈落に堕とそうとするとは…。暁の福音の人間どもの願いを、叶える気になったのか?」
「戯言を…。そんなわけないだろ。」
タルタロスは地上にいるリリーを一瞥し、ベルゼファールに視線を戻す。
「暁の福音の団員達は、世界が破滅した先に全ての人間が浄化され、平等に暮らす世界があると信じていた。だがそんなものは無く、教祖の妄言でしかない。…奈落に堕ちた者は、苦痛の中で永久に己の罪を嘆き続けるのみ。救いなどない。」
ひび割れた氷から神気の川が流れ続けて、空中を流れる川が増水する。黒炎の群雲は完全に凍てついて割れ、崩れて下へと落ちていく。
「王都は、貴様を閉じ込める牢獄として利用したにすぎない。王都の人間達と、暁の福音の人間達は止む得ない犠牲だ。憐れな人間達諸共、溶けぬ極寒の牢獄に囚われて堕ちろ。邪神!」
「牢獄?こんなもの鳥籠にもならん。こんなもので私を閉じ込めようなどとは、笑止。」
襲い掛かる神気の川を避け続けたベルゼファールは高く上昇し、手のひらの上に太陽の様な形をした黒い炎を出現させる。
漆黒の両目が眼下にいるタルタロスと王都の地を捉える。
「こんな鳥籠なぞ、王都ごと燃やして消し炭にしてやろう!」
しかしその炎を放つことなく、ベルゼファールはある場所に視線を向けたまま動きが止まる。
「……………」
その一瞬、ベルゼファールから邪悪な笑みが消える。奈落の神はその一瞬を逃さず、勝負を決める神の技を起こす。
「神技、『嘆きの湖』!!」
「……っ!」
タルタロスの声が響き、ベルゼファールの漆黒の両目が見開く。ベルゼファールを追って流れていた神気の川は、王都の空に滞留して湖となり、ベルゼファールはその湖に肩まで浸されていた。
パキパキッ…と乾いた音を立て、嘆きの湖が凍る。
「私の神気は、万物を凍らせる。私の神気が特に濃縮されたこの『嘆きの湖』が凍てついたならば、お前の黒い炎をもってしても溶かすことは出来ない。…詰みだ、邪神! 」
「…ほう」
空中で凍った湖により、ベルゼファールはその場から動けなくなってしまう。
タルタロスはそんなベルゼファールを見下ろし、堪えられなくなったように笑う。
「アハハハハッ。遂に貴様を囚えたぞ、邪神!ふふ…、奈落の底で愛でてやる。邪悪な笑みを浮かべられなくなった無様な貴様を氷漬けにして、愛でてやるぞぉ!」
「ふん…。奈落に堕ちた神をコレクションと呼び、凍らせて苦しむ様を眺め、悦に浸る悪趣味は相変わらずだな。変態めが…。」
「なんとでもほざくがいい。黒い炎を封じられた貴様は、もはや逃れることはできぬぞ!」
王都を覆う氷のひび割れた所から、暗く冷たい神気の川が滴り落ち、ベルゼファールの頭を濡らす。
神気の川を浴びたベルゼファールの白い顔に霜が張り付き、その髪と体が徐々に凍っていく。
「貴様は…私のモノだ。二度と逃がさぬぞ、ベルゼファール!」
嘆きの湖で体を拘束され、項垂れたまま神気の川を浴びて凍っていくベルゼファール。成す術を失ったのだと思い、タルタロスは優越感と満足感に浸るような表情を浮かべる。
「クックッ…」
しかし、それでも邪神は笑う。
「この程度で、私に勝った気になっているのか?」
「無様な姿で負け惜しみを言うな。貴様の黒い炎では、我が神技『嘆きの湖』を燃やすことは出来はしない…」
タルタロスがそう言い終わるや否や、漆黒の両目を大きく開いたベルゼファールが顔を上げる。
「お前は、愚かだ…。奈落の神よ。」
ベルゼファールの体から、黒煙が立ち込む様に神気が放出される。黒い神気は一気に広がって群雲の様に上空を覆う。
「黒い炎を封じた?それがどうした。私が、何の神か忘れたのか?」
黒い群雲を見上げていたタルタロスの表情が固くなり、ベルゼファールを見る。
「貴様…何を」
「私は…魔物の創造神だ。」
群雲が作る影の中で、邪神は漆黒の両目を光らせた邪悪な笑みを浮かべ、これから起こす御業を口にする。
「神技…――『魔王降臨』」
群雲の様に広がっていた黒い神気が吸い込まれるように一か所に集まり、一つの大きな黒い塊になる。
それは鼓動をしながら形を変えていき、一体の巨大な生き物へと成っていく。
【我が創造神…、我が偉大なる父よ…、ずっと待ち望んでいおりました…】
鋭い牙が生え揃ったトラバサミの様な口から、しゃがれた不気味な声が発せられる。
【再び生を受け、あなた様とともに戦う日を…!】
「ずっと私の中で待たせてしまったな…。出て来るがいい――」
黒い塊から六本の長い脚が生え出る。その背中には、薄く透明な二枚の羽が振動音を上げながら羽ばたき、その顔には膨らんだ二つの丸く赤い目が出来上がる。
「我が名の一部を与えられし魔物の王…――『ベルゼブブ』!!」
ベルゼファールの放った大量の神気から生まれし魔王…『ベルゼブブ』が、その巨大な蠅の如き姿を現す。
「キシァアアアアアアアアーッ!!」
ベルゼブブが、奇声にも聞こえるしゃがれた不気味な鳴き声を上げる。
「魔王、ベルゼブブだと!?そんなばかな…っ。魔物の王はベルゼファールが奈落に堕ちた時に、滅ぼされたはず…」
「我が神…ベルゼファール様。私にご命令を…」
ベルゼブブがトラバサミの様な口を開け、言葉を発する。
「では、ベルゼブブよ…」
ベルゼファールは口端を吊り上げて、自身が創造した魔王に命じる。
「――喰らえ。」
「…御意に。」
突如ベルゼブブの巨体が崩れ始め、そこから塵が巻き上がるかの如く無数の小さな蝿が飛び出す。
まるで最初っから小さな蠅達が集合して、巨大な蠅の姿を形作っていたかのように、次々に小さな蠅達が現れていく。
次第に巨大な蠅の姿は無くなり、振動音の様な羽音を鳴らして蠢く小さな黒い大群が、ベルゼファールの周囲一帯を埋め尽くす。
「暴食の限りを尽くせ、ベルゼブブよ…。奴の氷を、一片も残すな!」
一匹一匹がその身に黒い炎を灯して、蠅達が散開して飛び回る。
『キシャアアアアアアーッ!!』
蠅の群れがトラバサミの様な口を大きく開け、空中で凍って固まっている『嘆きの湖』に飛びつく。
蠢く蠅達が、ガリッガリッと固い物を嚙み砕く音を立てて、凍りついた湖を喰らっていく。
「そんな馬鹿な…。私の神技が、蠅なんかに…っ!?」
僅かな時間で嘆きの湖がほとんど喰われ、氷の拘束から悠々と抜け出すベルゼファールを見て、タルタロスが驚愕する。
蠅達は、大群を成して黒い彗星の如く空から地上へと舞い降りて、王都の住人達が閉じ込められた瞑色の氷に群がり、さらには東西南北、上空へ、地下へと縦横無尽に飛んで行き、王都の地を囲む氷を貪っていく。
「嘆きの湖のみならず、極寒地界まで…、私の氷を喰らうとは…。これが、神に近い力を持つとされる、ベルゼファールが創りし魔物の王…」
「私が創造した魔王の一体、『ベルゼブブ』。あらゆるものを喰らって無に帰す、暴食の魔王だ。」
王都の地を囲む氷は次第に減っていき、その破片だけが蠅達の食べ滓としてルークスティア王国の大地に落ちる。
「おのれっ、蠅ども…!」
タルタロスが両手を前に向けて、ベルゼファールとその周囲の蠅達を攻撃しようとする。
事前にタルタロスの神気の流れを視て、攻撃を予測したベルゼファールは、周囲を飛び回る無数の蠅達に命じる。
「ベルゼブブ…奴を喰らえ。」
命じられた蠅達が二つの群れとなって、タルタロスへと向かう。無数の蠅達が融合し、一瞬にして二つの群れが、二体の大きな蠅に変身する。
そして素早くタルタロスへと飛んでいくと、牙が生えたトラバサミの様な口でその両腕を嚙み千切った。
「ぐっ、うあああああああっ!!」
両腕を失ったタルタロスが苦痛の叫び声をあげる。その離れたところで、二匹の大きな蠅が腕をぼりぼりと咀嚼している。
「私の腕を、よくも…っ!ベルゼファールー !!」
「クックッ…クハハハハァハハハッ!!良い様だぞ、タルタロス!」
王都の地を囲む氷の球体は、完全に蠅達に喰い尽くされて無くなった。
解放された上空を見上げるベルゼファールの周りに、王都を飛び回った蠅達が集まる。
無数の蠅達に囲まれる中、タルタロスは恨めしそうにベルゼファールを見る。
「貴様は永きに渡り、私の力によって奈落に囚われていたはず。それなのに、まさか…私の神技が、こんな蠅なんかで破られるとは…っ」
「タルタロス…、お前が私を奈落に閉じ込めることが出来たのは、私自身が他の創造神達との戦いで傷つき、力が弱っていたからだ。完全に復活した現在の私ならば、もうお前の手によって奈落に囚われることはない。」
ベルゼファールはタルタロスに近づいてその胸ぐらを掴むと、そのまま引っ張り上げて上昇し、上空で開いている奈落の門の前まで行く。
「ぐっ、ベルゼファール…、私は諦めないぞ。必ず貴様を再び奈落に堕としてやる…っ!」
両腕を失い、胸ぐらを掴まれたままのタルタロスが怒りの形相で睨みつける。
「クックッ…、タルタロスよ。お前は教祖の娘を無様で滑稽だと言っていたが…」
ベルゼファールは掴んだ胸ぐらを引き寄せると、口端を吊り上げた顔を近づけて言う。
「私に挑み、両腕を蠅に喰われて敗れた貴様は、無様と滑稽を通り越して…愚かだ。」
そう言うと、ベルゼファールはタルタロスを奈落の門へと思いっきり放り投げた。
怒気を含んだ声でベルゼファールの名を叫びながら、タルタロスは奈落の門の向こう側に広がる暗闇の世界へと消えていった。
タルタロスの姿が見えなくなると、二体の巨大な蠅が左右から門を押す。ガチャッという門が閉まる音を合図に小さな蠅達が群がり、奈落の門を喰う。
「…さて」
ベルゼファールは、喰われていく奈落の門に背を向け、王都を見下ろす。そして、ある場所へとゆっくり下降する。
地上に着陸すると、漆黒の両目でその場にいるトウヤの友人達を見渡す。
その場にいる者全員が緊張で固まり、警戒心を露わにしてベルゼファールを見る。
「トウヤ君…」
ホノカはそう呼びかけて口をつぐみ、目の前に立つ神に真っすぐな視線を向ける。
「創造神の一柱…ベルゼファール」
「クックッ…。そう畏まらなくても良いぞ、神ノ社の巫女よ。」
毅然としたホノカを見て、ベルゼファールは嘲笑うように笑みを浮かべる。
「タルタロスがいなくなった後は、この私を殺すのだろう?」
「…いいえ。私は…神ノ社の巫女として…いや、トウヤ君の友人として、貴方に願い求めます。どうか…、元のトウヤ君に戻っていただけないだろうか?」
「ふん…。断る。」
「どうして…」
「当然のことだ、巫女よ。私は現在、完全な復活を果たした。元より私は神…。トウヤ・ヘルフィールドとは上書きされた人間の人格であり…最初から存在しない偽りの姿だ。もうトウヤ・ヘルフィールドがお前たちの前に現れることはない。」
『……っ!』
「そんなことはない!トウヤ君は、まだ貴方の中にいるはず…。神 ベルゼファール、どうか私の願いをお聞き入れ、トウヤ君を私達に返し――」
近くで閃いた白い雷とその雷鳴により、ホノカの言葉が止まる。
「シスター…!?」
「トウヤ君…――いいえ。邪神…ベルゼファール」
少し震えた声。仮面を付け、斧槍を両手で持った女子生徒がベルゼファールを凝視する。
「あなたが…邪神なのだとしたら…私は……あなたを」
小刻みに肩を震わせながら、仮面の女子生徒は斧槍を構え、途切れそうな声で言う。
「あなたを…断罪、しなければなりません…」




