14.外(と)つ者は災いの兆し 伍
「そっち!二体侵入ったぞ!」
仲間の声が聞こえ、男は手の中の農具を握り締めた。
湧き上がる恐怖心を必死に抑え、男は血走った目で周囲を見回した。
普段は農業に勤しむ毎日。魔物と対峙することなど滅多にない。
それでも家族を守るため、男は建物の中に籠ることをやめ、結界内に侵入した魔物の排除を買って出ていた。
――結界内であっても、魔物の襲撃がゼロでないと判明してから数時間。
一時期は恐慌状態に陥った村人たちも落ち着きを取り戻し、有志で結成された防衛団によって村の守りは固められている。
周囲には自分と同様に農具を構える村の男が数人と、そして見覚えのない旅戦士の男が一人。
余所者の旅戦士などに村の守りを任せられるか、と最初は白い目で見ていた村人たちだったが、すぐにそんな余裕はなくなった。
耐久戦の終わりは見えず、戦力は貴重だ。何より、旅戦士の男は強かった。彼が居なければ、村の防衛ラインはあっという間に瓦解していたことだろう。
という訳で旅戦士の男を中心とした布陣で、先ほどから彼らは寄せては返す波のように現れる魔物となんとか渡り合っていたのだが……
体力には自信がある。ただ農具を振り回すだけであれば、それこそ一日中だってできる自信があった。
しかし、数えきれないほどの魔物に取り囲まれて先の見えない現状と、いつ来るとも知れない魔物の襲撃は、着実に彼らの精神力を削ぎ取っていく。
これは死んだな、と思うような絶体絶命の場面にも何度か直面し、集中力はどんどん失われていった。
――何故そんな状況で自分が生き残ることができているのか。誰に助けられているのか。
そんなことを考える余裕など、彼らにはない。
ただただ、この場を凌ぐことだけで精一杯だった。
「来たぞ!」
仲間の警告が聞こえ、空を仰ぐ。
魔物で覆われた暗く翳った上空より遥かに手前、教会の屋根の辺りから矢のように鋭い爪が真っ直ぐ男を狙って飛びかかってきた。
「ひ……ヒィ……!」
死にたくないと、汗で滑る鍬をがむしゃらに振り回す。
彼を狙い猛撃する爪と、激突する感触がした。
そして。
「ぁ……?」
ぱきん、とあまりに呆気ない音と共に、手の中の鍬が根元から折れた。金属部分がどさりと落ちる音は、凍りつく男の耳に届かない。
一旦彼と距離をとった魔物がくるりと旋回する。
――武器を失った彼と、魔物の目が合った。
再び男を狙って急降下を始める魔物。
一方の男に、もう武器は残されていない。
迫り来る死から目を背けるように、目を瞑った。
膝に力が入らない。気付けば、地面にへたり込んでいた。
――刹那の時間が、永遠にも感じられる。
「ギェェエエエ!?」
死を覚悟した男の耳に、魔物の悲鳴がすぐ近くから聞こえてきた。
恐る恐る薄目を開く。
その目に入ったのは……見慣れない背中。自分より細く、華奢ともいえるその背中の主が、魔物の凶刃を受け止め、彼を守っている。
見慣れぬその背中に、彼を救ったのが例の旅戦士であることにすぐに気付いた。
「す……すまない、」
男に手を貸してもらい、膝をガクガクさせながらも慌てて立ち上がる。
魔物の爪痕だろうか。手を伸ばした旅戦士の片袖は、無惨に半分千切れてしまっている。
振り返ったその頬も泥で汚れていて、彼が自分たちと共に死線をくぐり抜けてきたことを窺わせた。
危機を共にしているという経験は、何よりも仲間意識を強固に作り出す。
今の彼は単なる余所者ではない。間違いなく、村を守る「同志」の一人だった。
「間に合って良かった、ここは俺が見とくんで一旦下がってください。また必要な時に声掛けますから。」
血と埃に塗れながらも、旅戦士の男の声色に疲労は見えない。
「いや、しかし……」
「そんな状態じゃ、怪我するばっかりですよ?だいじょーぶ、俺に任せてくださいって。」
ね?と、にこやかながらも有無を言わせない迫力で、彼は言葉を重ねる。
命の恩人であり同志である彼に再度促され、心が決まった。
実際、疲労はもう誤魔化しきれない段階にきているのだ。素直に示された建物へと足を向けることとする。
「そう、だな。すまないが、此処は頼んだ……」
一度集中力が途切れてしまうと、もう安全な家の中で休むことしか考えられなくなる。
――疲れ切った彼には、一緒に村の防衛に当たっていたはずの他の仲間たちがいつのまにか姿を消していることに気がつく余裕など残されていなかった……
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「……さて。これで邪魔者は居なくなりました、っと。」
しばし周囲の気配を探っていたラグナは、これ以上人の気配がないことを確認して息をついた。
ラグナを「同志」と認めた村人たちが聞いていたら、ショックを受けるであろうその一言。
残念ながら彼は、村人たちのことを単なる「障害」としか捉えていなかった。守らなければならず、自身の手の内を見せる訳にはいかない障害。
だからといってあの場面で助太刀を拒否してしまえば、不審なことこの上ない。
そこで魔物の排除をしつつ少しずつ彼らを異なる建物に誘導していき……、ゆっくりと一人になれる舞台を整える必要があった。
しかし、それももう終わりだ。
ヒトの視線はすべて切った。今ラグナを見ているのは、上空の魔物たちだけ。
これで、好きなように力を振るうことができる。
「たまにはガス抜きしないと、暴発するんで、ね。」
つまらなそうに呟くラグナの声からは、感情の波が読み取れない。
しかし、その表情に普段では絶対に見られない酷薄な笑みが浮かべられていたことは、本人すら知る由が無かった……
引越し、新生活の準備で今回全然進みませんでした……




