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初めての出稼ぎ

家の中が綺麗になったところで、マリサはほっとして惰眠をむさぼるようになっていた。


「ふあ~~~ん……。お布団で毎日寝てていい生活、最高……」


ゴロリゴロリと、暖かな日差しが差し込む白いベッドの上で、のほほんとマリサは先日フェリが作ったお菓子をバリボリ食べていた。


『コラアアア! いつまでもだらしなく寝てるんじゃない!!』


バターンと、家の扉を慌ただしく開けてやってきたのは、家政婦のフェリさんだった。

大きな元の身体に戻り、背中には空っぽになった洗濯籠を乗せている。


『だ・れ・が、家政婦だって!?』

「いやぁ、だってフェリさん、洗濯ものから食事まで、私より上手なんだもん……」

『こんなだらしのない主は嫌である! もっと働いてくれないか!?』

「働くって言われても……お金がなくても、平和にここで暮らせれば、なんの問題もないじゃない~~」

『アホかあんたは! 湖の魚や森の山菜だけでは、栄養が足りまないだろ!』

「え、栄養??」

『それに! 主が病気をしたら、薬がいるだろう? そのお金はどうするんだ? 紙やインク、生活用品、どうやって手に入れるんだ!?』

「え、えっと……」


次々と今の生活の危うさを伝えられ、頭がパンクしてしまいそうになってしまったマリサは、あっけなく「すみませんでした…」とフェリに頭を下げるのだった。


『いいか? どうにかしてお金を稼げ! 1ポンドでも稼げなかったら、帰ってこなくて宜しい!!』

「は、はい……」


家事のすべてを押し付け、切れてしまったフェリに言い返す言葉もなく、マリサは無一文で家を追い出されてしまった。


「いいも――ん……どうせ、そこら辺うろうろして、遅くなったら心配したフェリが迎えに来てくれるだろうし……」


そういいながら、マリサは小さい歩幅で森を歩きだした。


「そういえば、フェリがハグレ魔獣がいる森だって言ってなかったっけ……」


初めて一人で出る森に、はっとここにやってきたときにフェリが言っていた言葉を思い出した。


「や、やだやだ。フェリ守ってくれるって、言ってたのに! か、帰らなきゃっ」


震える身体を抱きしめて、マリサは家へ戻ろうと、来た道を引き返そうとした。

そのとき――。


『ギャアアアアスッ』

「ひゃああああ!!!」


足元で、魔獣の叫び声がした。

思わずその場に飛び上がり、腰を抜かしてしまうマリサだったが、いつまで経っても襲ってこない野獣の気配に、そおっと鳴き声がした方へと目線をやった。


『ギャアアス……』

「こ、子供のダークコウモリ……?」


そこには、どこかを怪我したらしいダークコウモリが羽をばたつかせて、動けないでいた。


「怪我しちゃったの?」

『ギャウス』


返事をするように鳴き、マリサを見上げてくる可愛い姿に、すっかりマリサは心を許してしまった。


「ちょっと待ってね。私で治せるかな……」


そおっと優しい手つきでダークコウモリを抱きかかえる。

そうすると、頭の中にダークコウモリが怪我をした時のイメージが沸き上がってきた。


「えっ、今の君が……? そこの木にぶつかって、右足を捻ったの?」

『ギャアアス』

「そっか……じゃあ、足を手当しなきゃね。あとは……ええと、この草の茎の部分をすり下ろして、飲んでおけばいいよ」


最後になんでそんなことを言ったのか、自分でもマリサはわからなかった。

だけど、なぜかこのダークコウモリの治療には、普通の捻挫の治療だけではなく、知らない草の茎を煎じて飲ませる必要があると思ったのだ。


「あとは、最後に満月の光をたっぷり浴びて一晩過ごせば、良くなるよ」

『ギャアス!!』


草の茎をすりおろしてダークコウモリに与えた後、ダークコウモリは危なげではあるが、ゆっくりと飛べるようになった。


「あんまり無茶しないでね」


そう言って手を振り、ダークコウモリを見送ると、ダークコウモリは走り去る前に、羽からキラリと光るものを落としていった。


「なんだろう……?」


足元に落ちた光物へと視線をやり、拾い上げる。

それは、2ポンドのコインだった。






『……それで? 本当はこの2ポンドをどこで盗んできたんだ?』


開口一番。

フェリは私が手に入れた2ポンドを目にすると、理由も聞かず盗んできたと言い放った。


「フェリったらひどい! あなたの主が盗みをすると思ってるの!!」

『それは……ごにょごにょ』

「ちょっとは信頼してよね!! これは、ダークコウモリを治療したらもらったんだってば!」

『主が……治療行為ができたとは……初耳だぞ』

「うぐぐぐ」


確かに、この世界では誰かを治療した経験など一切ない。

むしろ私が怪我をさせていた方だろう。


「フェリ、前世での私の記憶のことは知ってるよね。私、獣医を目指していたのよ」

『目指していた……とは、本職ではないのでは?』

「うぐぐ、そうだけど! だけど、ちょっぴり人よりは詳しいつもりよ」

『なるほどねぇ……それで、正しいダークコウモリの回復方法まで知っているとは、思えないんだが』

「えっ?」

『えっ?』


思わず顔を見合わせるマリサとフェリ。

話が食い違っていることに気づいてからは、早かった。


『あ、主、そんな能力を持っていたのか!?』

「私だって知らなかったよ……!!」

『主は、箱入り娘にもほどがある……っ!』


そういって、フェリは興奮したように語りだした。


『いいかっ? この世界の人間は、契約獣を一人一体持っている』

「知ってるよ、牢屋でグレイさんに教えてもらった」

『~~最近知ったというのがまた頭の痛い事実ではあるが。とりあえずスルーするぞ』

「はい、フェリ先生!」

『年頃になれば、教会で魔獣を召喚し、契約をする。召喚されるまで魔獣は、ハグレ魔獣として存在しているのだ』

「そうだったんだ~……」

『そして。そもそもなぜ契約獣を人々は持つのかだが。この世界には人間とは異なる種族ーー魔族が存在する』

「魔族……」


マリサは、法廷で出会った魔族と呼ばれた男のことを思い出した。


『魔族は、人間と同じように知性を持つ種族だ。その魔族もまた、同じように魔獣を使役するのだ』

「つまり、魔族と対抗するための契約獣、ということなの?」

『その通り』


弟のオルガと戦い、圧倒的な戦力を見せつけたあの男。

彼は確かに契約獣を使役していた。

そして――、マリサの契約獣フェリを狙って来たのだ。

マリサは、ぶるりと身体を震わせた。


『魔族は、みんな強いの?』

『人間より高い身体能力に加え、特殊能力まである。最強の種族だ。しかし、人間にも稀に魔族と対等に渡り合える素質を持つ者がいる。主の弟君も、恐らくそうだろう』

『知らなかった……』


オルガとは小さい頃に少しだけ一緒に暮らしたきり、最近までは別居状態であり、ほとんど会話をしていなかった。

まさか、家を出て十字団の騎士をしているとは。


『また、平民が持つ契約獣は、さほど力を持たない。しかし、契約獣の加護があることで、存命率を大幅にアップできるのだ』


そういえば、グレイさんが加護印がどうとかって言ってたな、とマリサは思い出した。


「加護印がない人間は、どうなるの?」

『単純に死亡率が上がるだけだ』

「……ちょっと待って、フェリ。私、先日までこの加護印、なかったんだけどなぁ?」


にっこりと問い詰めるように自分の手の甲を指さすマリサに、ささっとフェリは視線をそらし、誤魔化すように口笛を吹いた。


「ひどいフェリ、私を見守ってたとか言いながら、加護の力を取り上げていたなんて!」

『そ、その節はすまないことをした……だから、主には新しい加護印をお渡ししただろう』

「ふぇ……?」

『これは、チョー強力な加護印なんだ! 大事にしてくれ』

「ふーん、よくわからないけど……ありがとう、フェリ!」

『ふ、フン!』


照れるように背を向けてしまったフェリに、マリサはにこにこと微笑んだ。


「これで安定職も見つかったし、今度は近場にレッツお買い物ね!!」

『はぁ。お金が手に入ると思ったらこれだ……』

「だって、魔獣を治療するだけでお金が手に入るんだよ? すごくない!? 食べたいお菓子や、着たいお洋服も、ぜーんぶ買えちゃうかもっ」


ため息をつくフェリを背に、仕事にやる気を出すマリサ。

この日からというもの、マリサはやる気に輪をかけ、魔獣を探しては小さい治療から大きな治療までを難なくこなし始めた。

怖がっていたハグレ魔獣も、いずれは誰かの契約獣になる大切なパートナーなのだと思えば、恐ろしさなんて吹っ飛んだ。

こうして、森の魔獣の間でちょっとした話題の『魔獣のお医者さん』が誕生したのである。




ところが、生活が順調に思えた出稼ぎも、フェリの一言によって新たな事件を巻き起こそうとしていた。


『――主、なんだか身体が大きくなってないか?』

「ふぇっ?」


マリサ、短期間集中ダイエットによるリバウンドである……っ!



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