サヴァランの正体
「りょうり…ちょう」
口から知らないうちに言葉が漏れた。
いつもとは違う格式のある白い装束に身を包んだ料理長は、ゆっくりとグラスを掲げる。
「よく集まってくれた。」
たったこれだけの言葉が重々しく広間に響き渡る。
大公は表舞台から遠のいていたとは感じさせない貫禄で舞踏会の始まりを告げた。
ただロザリアは予想もしていなかった人物の存在にはじまりの挨拶は聞こえていなかった。
「本当にお気づきにならなかったのですか?」
宰相が残念そうな顔でロザリアのほうを見ないで声をかける。
「親父が…料理長?」
リュミエールが不思議そうな顔をする。
「なんの話ですか?」
ゴードン伯爵も不思議そうに声をかけてくる。
「いえ…少し風にあたりに行って参ります。」
「私も行こう。」
「前国王にまず挨拶に行かれませんと。」
リュミエールが口を挟むが、宰相があっさりと却下した。
リュミエールは小さく舌うちをする。
「陛下。」
ロザリアは宰相がリュミエールに小言を言っている間に、広間を優雅に歩いていく。
そして人のいないバルコニーを見つけると、バルコニーに出て行った。
荘厳な音楽の音色が聞こえる。
ロザリアは人の注意が自分のほうに向いていないことを確めると、軽い体を浮かせ芝生の上に降り立った。
「参ったわ。料理長が…前国王だなんて。」
小さくつぶやき、頭を整理するために茂みの中に座り込んだ。
ボリュームのあるスカートが花びらのようにロザリアを包み込む。
「料理長…前国王になにを話したかしら。」
頭を整理するために、わざと言葉を口に出す。
侍女のふりをしながらお菓子を作った日々、たわいもない会話ばかりで…重要な話はなにもしなかった。
けれど…
「寵妃になったことは知られているし…マリアのふりをしていたことは…。」
大きなため息がロザリアの口から漏れる。
ばれてるわよね。
あえて口には出さず、心の中でロザリアはつぶやく。
それをとがめもせず静観していたのは、前国王はなにを考えていたのか。
また大きなため息がでた。
前国王の読みきれない行動を、どうしたものかと考えをめぐらされていたとき近くの暗闇から甲高い声が聞こえた。
「どういうことですか。」
甲高い女の声。
声だけで高慢な態度が予想できる。
「私との仲を終わりにしたいなど。」
よくある貴族のお遊びの最後かとロザリアはうんざりした気持ちになる。
けれど音を立てるわけにもいかず、静かに気をつけながら暗闇の中をバルコニーに向かって移動し始める。
「終わりになど。」
壮年の男性の声がやんわりと聞こえる。
「もう会いたくないなどとは…どうしてですか。」
「旦那様を大事になさったほうがよろしいかと申しただけですよ。」
「あんな失脚するような夫。」
履き捨てるように甲高い声が言った。
その言い方にロザリアの眉が軽く上がる。
聞き覚えのある声の主はバミュー公爵夫人だった。
そして、その声にこたえるのはカエ伯爵。
嫌な予感、そしてロザリアは動くのをやめた。




