スイーツな時間のはじまり
「俺の国にようこそ。」
ロザリアの手をしっかりと握りしめリュミエールが芝居がかった様子で言った。
古い宿に、リュミエールの芝居がかった様子は違和感を与える。
どう反応していいか立ちすくむロザリアにリュミエールはつまらなさそうに横を向いた。
「今日の俺はエール。」
次々と予想もつかないリュミエールの行動にロザリアは何と返答していいか考える。
「お前はローザだ。」
そういうとポケットの中から、小さな白い髪飾りをだし、ロザリアの被っている帽子につけた。
「本当の名前は言えないだろう。俺の名と今をときめくお前の名はな。」
この国の王と、寵愛を受ける側室の名前。
個では珍しくなくとも、二人の名前がそろえば人目を引くことになる。
言っていることは理解ができるが、街を見ること、呼び名をつけられたことについても、全てが突然の出来事に、ロザリアは戸惑いが隠せなかった。
「嫌か?」
リュミエールの強い瞳が揺れる。
ロザリアは嫌味で返すか少し迷いつつ、遅ればせながら模範的な解答を返すことにした。
「遅くなれば、マリアが心配します。」
「きちんと言ってある。」
「どう申されたのですか?」
「後を頼む…ぞ、だ。」
ロザリアはため息をついた。
リュミエールの言葉を聞いたマリアは後からつけてきそうだとロザリアは思った。
「陛下。」
「エールだ。」
リュミエールは強い光を宿した瞳でロザリアをじっと見つめる。
「………」
「ローザ。」
初めて呼ばれる愛称が不思議と嫌ではないことにロザリアは驚いた。
リュミエールの真剣な眼差しにロザリアは…自分の厄介な気持ちに流されそうになる。
「呼べません。」
小さな抵抗をロザリアはした。
「街中で、名前も呼称も呼ばないのか。不便だぞ…それとも愛しい恋人のほうがいいか?」
最後は茶化すようにリュミエールが言った。
「……どうせ今だけだ…俺もお前も。」
リュミエール思わせぶりな言葉に、普段はそれぞれの肩書きに縛られる自分の姿をロザリアは重ねた。
ひと時の夢。
そう納得したロザリアはリュミエールの顔を、瞳をまっすぐ見上げる。
「エール様。」
お菓子をとってばかりの憎い男。
…だったはずなのにと、ロザリアは思う。
「まだだ。」
リュミエールが不満そうに言った。
「エールだ。」
リュミエールが手本を示した。
「エール。」
怒りをこめて強くロザリアは呼びつけた。
「上出来だ。」
リュミエールの満足そうな顔にロザリアは失敗したことを悟った。
そんな顔をされると、忘れられなくなる。
「行くぞ。」
リュミエールが再び手を差し出した。
ロザリアは一瞬ためらい手を取る。
「ええ。」
ロザリアは、いい夢ほどすぐに忘れるからと…自分に言い聞かせながら。
繋いだ手の暖かさが、夢ではなく現実だということを示していた。