最優先するものはお金
マリンさんとタクトさんが荷台に全て荷物を乗せ終わったらしく、キャビンに乗ってきた。
キャビンはシンデレラのカボチャの馬車のような内装となっており、凝った装飾やフカフカの高級そうな生地を使った座席が使われている。
本物の馬車だ……普通に日本で生きていたらあまり関わりの無い乗り物に気分が上がる。人力車はあったけどあれはあくまで観光用であって交通手段としては馬車はタクシーとかに近いのだろう。
「リゲールタウン行き、出発します」
馬車を運転する人……えと、御者って言うんだっけ? その人がそう言うと、馬車のペガサス達が助走をつけて飛び始めた。
飛行機と呼ぶにはかなりガタガタとして安定感は無いが、生まれてこの方乗り物酔いをしない私にとっては緩いジェットコースターにでも乗った気分になった。
窓から外を見るともうさっきまでいた馬車乗り場から遠いところまで飛んでいて思わず感嘆の声が漏れた。
「おおっ! 飛んでる……!」
「カナメ君は馬車は初めてかね?」
「初めてです。けど、そもそも私の世界じゃ馬は飛びませんね」
「つくづくカナメの世界は変わってるね……魔法が無いって言ってたし、特殊能力を持っている魔物とかいう部類はいないんだ」
「それはそうですね。火の輪をくぐるネコ科動物とか犬を散歩する猿とかなら居ますけど」
「何それ気になる」
マリンさんはその言葉に目をキラキラさせた。普段無気力そうな人がこうして興味津々に話を聞いてるのは可愛くて口元がにやけそうになる。中身は男性だが、彼は眺めるだけならば一品ものだ。
しかしああ言ってしまったが実際には見たこと無い。家の近くでサーカスをやってるかといえばそうでも無いし、テレビとかで見たぐらいの情報だ。
その話し方からしてこの世界にはサーカスのような芸をする動物はいないけど、十万ボルトを出せるネズミのような動物がわらわらといるというのだろうか。其奴らを使って勝負したり……とかは流石にないよな。それは別の世界線のお話だ。
「ときにカナメ君、君の世界ではミステリー小説というものはあるかね?」
「ミステリー……」
突然タクトさんがそんな事をキランと効果音がつきそうな目でそう言ってきた。
どっからどうしてその話になったんだ。もしかしてずっと聞きたかったのか? 何となく今日会ったときから私の方をジッと見てソワソワしてたのはそれだな。美形に狙っているかのような視線で見つめられると色んな意味で心臓に悪いのでやめてほしい。
「ありますよ。好きなんですか?」
「よくぞ聞いてくれたカナメ君!」
「あー……聞いちゃったか……」
まあ嘘をつく必要もないし、と思って適当に返事したのがスイッチになったのか、輝いていた目を更に輝かせてグイッと鼻をぶつける勢いでこちらに顔を近づけてきた……凄く近い。顔面衝突事故起こすぞ。
そんなタクトさんとは反対に、この一連の流れを見たマリンさんはうんざりしたような声で手を頭に当てた。
「えっ、駄目でした?」
「駄目じゃないけど……タクトのミステリオタクトークが始まる」
「何を隠そうこの俺は本格ミステリから安楽椅子を始めとし、犯罪者視点モノ、法廷モノ、警察モノ、スパイモノ、歴史モノ、青春モノ、メタミステリ……あぁ全て言おうとしたらキリがない! 他にもあるのだがそれは後に話すとしよう! 改めてこの俺はさまざまな幅広いミステリを愛する真のミステリマニアなのだよ‼︎」
「あー……始まった感じがします……」
「まだ序の口だよ……」
“真の”って自分で言っちゃうんだ……。
これはオタク特有のノンブレス早口のはずだが、素晴らしい滑舌のお陰で無駄にとても聞き取りやすい。というか安楽椅子てなんだ。気楽に座れる椅子が原因で始まる連続殺人事件とかの話か? ケツ置くところに毒を塗り込んだ画鋲を貼り付けて人殺ししていく事件か?
このタクトさんの面倒臭さを知ってるのだろう、マリンさんは隣で頬杖を付いて感情のない目で話を聞いている……いや聞いてるのか? 視線が中空を漂ってるんだけど、意識どっかにやってたりしない?
そんなマリンさんも気にしないマシンガントークは止まる事を知らず、私の鼓膜を攻撃してきた。
「ミステリの素晴らしいところは主人公と同じ立場となって推理することが出来ること。自分が主人公とタッグを組んだ気持ちで事件に関連する人、物、動機などを何通りかの解に分けて考えていき真実に結びつける……なんてものはミステリ以外の小説じゃあそう見かけない」
「そこがミステリの醍醐味だからでしょう……?」
「そうさ! あの推理が完全一致した時の快感を覚えてしまうと二度抜け出せん」
「まあ、ちょっとしか読んだことないですけど……面白いとは思いますね」
「そうだろう? そうだろう!」
私の肯定の返事を聞いてより機嫌を良くしたタクトさんは腕を組んで深く何度も頷いた。
ミステリはあまり読まないが、稀にベストセラー三冠だのと謳われている面白そうなやつを手に取ることがある。といっても主に読書感想文で使う用だ。学校で指定される単なる御涙頂戴系や映画化した恋愛漫画などは刺激が少なくて好まなかったから消去法でミステリを読んでいただけであって、興味があったとかそういうのではない。それぐらいの浅い知識しかないけどハマるミステリはとことんハマるし読み返したりもしていた。
けれどタクトさんの言う推理型とは違って、軽く情報を脳味噌に適当に詰め込んで後に騙された! と驚かされるのが好きなタイプである。あとストーリー性が重視されている物を好む。最近読んだものだと、自我を持つアンドロイドが主体となって話が進む人間と機械の隔たりに対する心理描写を細かく描かれた近未来モノのミステリが面白かった。
「それと俺はミステリを読むときは必ず頭に情報を書き足しながら読み進めるんだ。そして絶対に前のページには戻らずに頭の中にある情報だけで推理をする。それは何故か……? 答えは簡単さ。実際に事件が起こったのが現実世界だったら前のページに戻るなんて事は出来ないだろう? 何も考えずに流し読みしてしまうと的外れで空疎な推理しか成り立たない。そんなこと現実ならあってはならない失態だとは思わないかね? あくまで主人公は推理のプロでもアマチュアでも素人でも事件を受け持っているわけなのだから登場人物のプロフィール、関係性、証言、事件現場の間取りといった全ての有力情報を一つたりとも落とすわけにはいかないのだよ。俺も一探偵としてそうして心掛けてるというわけなのさ」
「そこまで言うなら実際に事件受け持ったことあるんですよね……?」
「……」
あっ目逸らした。
「無い……ことは無いぞ! 全盛期の頃は依頼がよく迷い込んだものだ」
「……」
振り絞った声で何か頑張ってる。全盛期て、貴方まだ若そうに見えるけど……マリンさんの友人なのだから二十代ぐらいなんじゃないのかよ。
けれど嘘ではないんだろうな、一時期は世界を救った賢者様なんだし。ただ思ったのと違う、とか小説のような大事件とかとはまた違った依頼しか来なかったからこんな曖昧な返事しか出来ないのだろう。
あれから一言も喋らなくなったマリンさんはタクトさんの鞄を勝手に漁って取り出した小説を読んでいる。きっとあれもミステリモノだ。
「コホン! 話を戻すがカナメ君の世界でもミステリー小説はあると言っただろう? どんな内容か少し聞かせてもらいたい」
「あまりミステリに詳しくないんですけど」
「有名な探偵モノとかでも構わないさ。何かあったりしないかね?」
そう言われてもな、有名な探偵モノ……見た目は子供のあれはまたちょっと違った分野に入りそうだしやっぱりここは……。
「シャーロック・ホームズシリーズですかね……」
「ほう、シリーズモノか」
「常人離れした観察眼と推理力を持つ主人公の私立探偵シャーロック・ホームズと彼の助手である医者のジョン・H・ワトソンが事件を解決していく話で、ミステリー小説の代表作ですね」
一般のことしか言ってないが、ホームズシリーズは未読なのであまり話せることは少ない。
ミステリ話が出来て楽しいのだろうか、史上最高のニヤケ顔をしてるタクトさんは初対面のときと変わらずザ・探偵の服を身に纏っている。この世界の探偵像もこれなんだな。
「優秀な探偵が主役……王道だな。助手がいることを除けば」
「え、助手いないんですか?」
「見かけないことは無いがそれでもモブキャラクター扱いされる事が多いな」
確かに全部の探偵小説がそうだとは言わないが王道といえば探偵と助手のバディモノだと思ってた。この世界だと違うのか。
この探偵服はそうだったけどやはり全く同じというわけじゃなのだろう。きっと、アーサー・コナン・ドイルのような人間は異世界にもいるだろうけどその人がバディモノを作らなかっただけに過ぎない。
「シャーロック・ホームズ、彼はメインで助手が必要な程、彼には欠けていたものがあったのかね?」
「ホームズは一人でも探偵はやってのける実力はあると思います。実際ワトソンに出会う前から探偵として活躍していたらしいですし、けどワトソンはストーリーにおいて、いや彼にとって欠かせない人物だったんじゃないんですかね……といっても読んだことないので憶測ですが」
「欠かせない人物ね……」
どうやら考え事をし始めたらしいタクトさんは足を組み直し目を閉じた。同じ探偵としてホームズと自分を重ねているのかもしれない。
「人間、どんな天才でも欠けている。それを補う為に助手がいるのかもしれん……もしかすると、俺に欠けていたのはそれかもな」
「カナメ君! 君の世界で一番有名な探偵は彼なのかね?」
「は、はい恐らく、私の世界では知らない人はいないぐらいですし、世界一有名な探偵といえばホームズだと思います」
そう言うとタクトさんはまた顔をグッと此方に近寄せてきた。眼鏡がぶつかったんですけど痛え。
「それじゃあ隣で見ていてくれたまえ! いつかこの俺が彼を越す名探偵になるところを!」
「いやだから近いですって……ん⁉︎ 隣で⁉︎」
「そう! 俺がホームズならワトソンは君だ!」
「なんでマリンさんじゃないんですか⁉︎」
「えぇ僕を巻き込まないでくれる……?」
め、めちゃくちゃ嫌そうな顔してらっしゃる。仮にも過去の仲間ですよね……。
何故タクトさんはほぼ初対面に等しい私をワトソンに持ち掛けてくるんだ。探偵の助手ってそんなあっさり決めていいもんじゃないって……。
「ほら、こいつはこんな調子だからな。それに俺の助手を一から募集しても賢者の俺目当てか俺の顔目当てしか集らんだろ」
「自分で言うんですか」
「だからカナメ君は俺にとって運命の相手なのだよ。どうかシフト制でもいいからやってくれないか! このとおり!」
「ワトソンはシフト制で雇っていいもんじゃない気がしますけど⁉︎」
なんだシフト制て! 探偵の助手シフト制のバイトで絶対務まらねえよ!
タクトさんはガックリと肩を落として前髪をくしゃりとすると振り絞ったような低い声を出した。
「……給料は高くつくぞ」
「これからよろしくお願いします‼︎」
「食いつきが凄いな君は⁉︎」
ショックを受けてるタクトさんには申し訳ないが、背に腹はかえられぬ。背中と腹は取り替えられない。つまり、大切なマネーの為には手段を選ばないのだ。綺麗にお辞儀して誠意だけは表しておこう。