ちょ、いてっ、あ、当たってます……
「……ようやく、話が終わったみたいだから言わせてもらうけど。タクトの荷物異常に多いし重たかったんだけどあれ、何?」
パタンと本を閉じる音がすると同時にマリンさんから怒気のオーラが溢れ出した。
わ、初対面の時以来だこのオーラ……やっぱり美形の怒りは怖い。それなのにタクトさんは全然気にせず拗ね顔で私の方を見てるし……いや私が悪いのか? しょうがないだろ。賢者からの”高くつく報酬”って絶対高額じゃないか、凡人は絶対に誰でもそんなの目の当たりにしたら目が眩んでしまうだろ。
でも考えてみると同居人から金貰うのってなんかちょっとお小遣いみたいなところあるな。もしかしてそういう感覚で言ってきたのか? ガキ扱いされてる?
「あまり納得のいく話の終わり方はしてないのだが……」
「さっさと答えろミステリバカ」
「……勿論着替えや日用品もあるが、持ってる本は全部持ってきたな。それだ」
……全部?
そういえばこの人、デカい旅行用リュックサックにボストンバッグ、キャリーケース持ってたよな。あまりのショッキングピンク率にそっちに気が行かなかったけど、確かに男性一人分の荷物にしては多い。
んー……引っ越しじゃなくて隠居って聞いてたんだけどなぁー。そりゃあマリンさんブチギレよなぁー。
「そのせいで追加料金掛かったんだけど……?」
左隣からバチバチッって音聞こえて何事かと思ったらマリンさんが右手に稲妻走らせてた。
これ知ってる。俺の右手が疼いちまうぜってヤツだ。タクトさんへの怒りで右手疼いちゃってる。
初めての魔法に感動を覚えるのと同時にこの状況で私のハジメテを消費されるという何とも言えない気持ちに駆られる。
「これでも凝縮魔法使って綺麗にまとめた方だぞ。それに俺が払ったからいいだろう?」
「良くない! 毎度毎度言うけど絶対要らないだろそんなに! ホントバカ!」
「こっちこそ毎度言ってるぞ」
「今回は意味が異なる!」
「リアルバチバチしないで下さい飛び火来そうなんですけど⁉︎ いてっ……」
漫画とかでよく見るライバル同士のバチバチシーン。あれは実際には出てないから安全だけど、マリンさんとタクトさんの感情が昂り過ぎて無意識に魔法が出てしまっているのか知らないが、二人にリアルの稲妻が纏ってる。右手疼きまくってるじゃないですか。綺麗な水色と青色だけどたまにこっちに飛んできて静電気みたいな痛み食らうのでやめて欲しい。痛い、ちょ、本当に、マジで痛い……あの、いてっ。
毎度って言ってたよな。勇者時代の頃にもこんな事があったってのか。こんなに放電されたら堪ったもんじゃないぞ。
よくよく観察してみると美人般若顔のマリンさんも標的が自分じゃなければプリプリ怒ってる様子も可愛く見える。放電してるし本気で怒ってるんだろうけどそれでも喧嘩にならないところが二人の仲の良さなんだろう。それかタクトさんが無神経なだけだ。そもそも何故この人は放電してるんだ。アンタ叱られてる側じゃねえか。あと賢者だろ。もうちょっと抑えること出来ないのかおい。
「追加料金も、新地でカナメ連れて探偵やるのも構わないよ。バレない範囲でやってくれたらね…………だけどさ、本全部持ってきたら事務所の方がすっからかんになってバレるでしょうが!」
「いつか俺が逃亡したのはバレることだろうに何を言う」
「え、そんなんでバレる程の量の本を持ってるんですか? それで持ってきたんですか?」
賢者レベルの凝縮魔法を使ってもあの荷物だったってことはそうだよな、下手したら図書館の量ぐらいはあるんじゃないのか。この奇人ならやりかねん……。
私の言葉を聞いて少し冷静さを取り戻したのか放電しなくなったマリンさんはこちらをバッと見て肩を掴んで顔を近付けて来た。いや近い。マリンさんが男なのは知ってるけど顔がもう美少女なもんで美少女大好きモブおじさんである私は柄もなくドキドキしてしまう。あとそういう変なところ似てますね貴方達……流石元仲間といったところか。
「そうだよ聞いてよカナメ。こいつの事務所は全室書斎かって程の大量のミステリ関係の書物を持ってるせいで一時期は本屋と見間違えられたこともあるんだよ。それ全部ここに持ってきたってことは……もうわかるよね?」
「わ、わぁ酷い」
想定内なのがドン引き要素だよ。本屋も図書館も変わらねえわ。それぐらい見間違えられる程の本を全てアレらに詰めて持ってきたのもヤバいけど、大量の本がトレードマークの探偵事務所が空になってしまったのを見たら何かあったってすぐわかるよバレバレだよ。名探偵の頭脳あるんならもっと上手くやれよ。
ちっとも反省していない表情をしてるから余計タチ悪い。放電するのをやめて頬を膨らましても可愛くないぞ。アンタがそんなだからまたマリンさんが放電し出したじゃないか、痛いんだってそれ。
「なんだねその目は……一冊でも欠けたら駄目なのだよ」
「餓鬼かアンタはほとぼりが冷めれば帰れるんだから我慢しろ! 確かにいつかバレるけどすぐにはバレちゃ不味いだろ!」
「まあまあ落ち着きたまえ。俺がなんの作戦も無しに事務所を空にして出ていくわけなかろう」
「何」
「おー怖い怖い、怒気を仕舞え、また放電してるぞ。まあ作戦と言っても幻覚魔法を厳重に使っているだけだ。現在進行形で事務所には本があるし俺もいる。あくまで幻覚だから幻覚の俺は事務所からは出られないようになってるが、ある程度の受け答えは設定しておいてあるからすぐにはバレん。この名探偵が言うのだから間違いない」
幻覚魔法、それも受け答えが出来る幻覚を作り出せる魔法なんて凄い……あとはそのドヤ顔さえ無ければ完璧にカッコいいんだけどなあ……。
説明が終わるとホッとした表情を見せて前のめりになった体を元に戻したマリンさんは、窓の方を向くとわざとらしく大きなため息を吐いた。
やっと放電しなくなった……途中から電気マッサージでも受けてるんじゃないかと錯覚していたから、これ以上飛び火ならぬ飛び電気されると自分の中の何かを失うところだった。
あの初対面でキレてきた時はガチギレ状態じゃなかったんだなとひしひしと感じる。凄いびびったのに。あの稲妻はマリンさんと同等の魔力を持ってるタクトさんだからこそ直にそれを食らっても生きていたが、きっとそれの矛先が私だったら電気ショックで死んでたと思う。だって側にいるだけであんなに痛かったもんな。もう二度とキレてるマリンさんに近付かないでおこう。あと怒らせないようにしよう。
「それを早く言って……全く高度な幻覚魔法だね。つくづくアンタがあの大賢者の息子だっていうのがわからされるよ」
「そのワードを出すと言うことは本気でキレていたのか」
「当たり前でしょ」
「また新しい情報が脳内に入ってきたんですが……大賢者の息子?」
思わず頭を抱えた。
訳あり男の娘の世界を救った元勇者様のマリンさんは勿論、そんなマリンさんの仲間で賢者をやっててミステリオタク探偵で大賢者の息子のタクトさん……濃過ぎるだろ。
要素詰め込みすぎ人間がまたしてもいたとは……タクトさんはそんな要素なくても濃い人なのに。この世界は私に高血圧にでもさせるつもりか?
全くマリンさんといいタクトさんといいこの人達は重要な事を言わないし隠そうともしないから驚かされる。心臓が持たねえよ。
「ああ言ってなかったな」
「ああ言ってなかったなで済ましていい問題とも思えないんですよね……本当に」
「悪い悪い、そっち方面はあまり触れたくないものでな。それは気にしないでくれたまえ」
「あっ、それはし……ぐへっ!」
失礼しました。と言う前にガクンと大きな振動が起きて舌を噛んだせいで言葉が詰まってしまった。くそ、良くない噛み方した……放電もそうだしこの短時間で何回痛みに耐えなきゃなんないんだよ全く……。
窓の外を見ると馬車が陸に着地したらしく、洋風な街並みが見えた。あれがリゲールタウンなのか。小さな田舎と聞いてたから私が住んでた所みたいに田んぼが広がっていて少子高齢が目立つ街並みかと思ってたけど全く違う。イカしたヤングなパンピーが歩いてるし、ナウいシャレオツなカフェも見える。あれが異世界版ハートバックス略してハトバか。皆がカメスタグラムのストーリーに載せる美味そうなアレとかがあそこで売ってるんだきっと。おいおいこれが小さな田舎レベルなら都会はどうなってるんだよ。
盛大に舌を噛んだ私を見て二人も着陸したことに気付いたのか、馬車を降りる支度をし始めた。次第に馬車が停車し、御者さんが声をかけてきた。
「リゲールタウン到着です。お荷物のお忘れないようご注意下さい」
「ああ、礼を言おう…………らしいぞ、その話はお開きだな。それじゃあ改めてカナメ君、俺の助手としてこれからよろしく頼む」
「よ、よろしくお願いします」
適当に話を終わらせたかと思えばタクトさんは真っ直ぐな瞳で私に手を差し出してきた。
凄い目をする人だな……ワクワクした浮ついた気持ちもその中にあるのに、熱の篭った真剣な想いが確かにあって思わず目が逸らせなくなってしまう。悪い意味で言えば凄く暑苦しいけど、良い意味で言えば…………あれ、出てこない……うん、凄く暑苦しいだけだ。
その手に恐る恐る触れると、ギュッと強く握り返されて握手を交わした。流石長身男、手も大きい。包まれてしまった。
あまり長居するのもよろしくないので直ぐに手を離し、リュックを背負ってキャビンから降りようとすると、先に降りていたマリンさんに手を差し伸ばされた。
「カナメ」
「?」
なんだ。何かを渡せの合図か? それともさっきの見て握手したくなったのか? いや、タクトさんと握手してたときにはもうこの人降りてたよな。じゃあお手? 何のプレイが始まるってんだ?
どうすればいいのかわからず、立ち止まってジッとその手を見続けていると、マリンさんは首を傾げた。
「ほら、段差危ないから掴まって」
「あっ、ああー! ありがとうございます」
そういうことか、なんだ。ただのイケメンかよ。美少女顔のくせに……。
大した段差じゃないのに紳士なこった。でもこの人勇者だし、そういうのが普通で体に習慣として染み付いてるのかもしれない。なんだか慣れてる手つきをしているしきっとそうだ。でも気持ちはありがたいが、私はこんなお姫様扱いされるなんていうのは柄じゃないので少し気恥ずかしくなった。
降りてマリンさんの手を離し、既に荷台から下ろされていたボストンバッグを手にすると、ガクッと体がぐらついてカエルが潰れたような声が出た。
うへぇ、おっもい……しばらく持ってないと体が鈍るな。さっきより重く感じる。そういうところに歳の衰えを感じて嫌だ。中学生の頃は一人で軽々とドラムセット運んでたってのに、やっぱり成人手前となると変わるもんだな。
後ろにいる二人が中々来ないと思って後ろを見るとタクトさんがまだキャビンから降りておらず、切なげな瞳で虚空を見ていて、マリンさんはそんなタクトさんを見上げていた。物理的に二人とも表情が見えない。
あ……もしかしてさっきの大賢者の件、本当にタブーなやつだったのかも。異世界人だからといって何でもかんでも無神経に聞くもんじゃないよな……後で改めて謝罪して、今後から気を付けよう。
中々降りないタクトさんに痺れを切らしたマリンさんは手首に着けていた髪ゴムをタクトさんの額目掛けてパチンと飛ばした。クリティカルヒットだ……痛そう。
「……何、降りないの?」
「俺にはエスコートしてくれないのか?」
「寝言は寝て言って」
思ってたのと全然違った……心配は杞憂に終わったようだ。それよりもこの世界にもその言葉あるんだな。
そう言われてマリンさんに置いてかれたタクトさんはまたさっきのように額をさすりながら頬を膨らませて一人で馬車から降りてきた。だから男前がそれやっても可愛くないですって。




