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12話

 状況の推移。

 平原でにらみ合った両軍は戦争開始を告げる太鼓の音と同時にぶつかり合った。

 南北に延びた人間側と虫人(ちゅうじん)側の戦線がかみ合い、せめぎ合う。


 本日、虫人族側の戦列には見慣れぬ生物がいた。

 虫系統ではないモンスターだ。

 これは北方戦線を構築している竜人の近似種と見られたが、詳細は人間側にはわからない。

 ともあれ重量級のその生き物のせいで人間側の戦列ははじけ飛び、部隊の深くまで侵攻を許すこととなる。


 虫人との戦に慣れていた人間側は大いにおどろき、混乱する。

 そも、虫の体を持つモンスターどもの長所は『生命力』であり『持久力』である。

 それゆえに最初の『あたり』はやや弱いのがこの南部戦線の常識で、苛烈さを増すのは中盤から後半にかけて、人間が疲れはじめたころというのが常識であった。


 それが、最初から轢き潰された。

 ただぶつかり合うだけの戦争において、『兵士をぶつけても止めきれない相手』というのはそれだけで脅威である。


 その生き物に対し人間側は、兵力を動員し続けることでの対抗を試みる。

 だが、その生き物周辺の部隊がなんの連携もなく、また戦術的意図もなく、ただ危機感に任せて人数をあててしまったため、そこ以外の戦列が薄くなるという結果を招いた。


 しかも、ただの兵士が束になろうと、その生き物を止めることは叶わなかった。

 単純な話だ。


 その生き物には槍が通らない。

 その生き物は盾で止まらない。

 その生き物は人数をものともしない。


 だから、その生き物が突撃したあたりの混乱はおさまらない。

 無視して他の場所に戦力を回せばよかったものの、兵士たちが個々の判断で勝手にその生き物に向けて突撃するもので、無視もままならない。


 各々が自由に、されど全力で戦う。

 今まではそれでも互角だったのだ。

 ――だから、突発的に出現した脅威に、人間は思い出した。


 モンスター。

 その異常性と、脅威を。


 だから――人間の兵士の、誰かが言う。

 強大なモンスターを狩る専門家。

 人力及ばぬモノを倒すために人智を超えた力を手に入れた、人間側の異常者。

 それは――



「英雄を呼べ!」



 天佑を持った者。

 それが、謎の生き物の――彼の前に立ちはだかろうとしていた。







「あーっはっはっは! なんかだんだん楽しくなってきたぞお!」



 息を荒げ、目を血走らせ、彼は叫んだ。

 完全にイッている――戦争の狂気は順調に彼を侵しているようだった。



「コーチャン様! 赤アリ隊残り二十名、あなた様にどこまでもついていきますぜ!」



 壮年の男性の声。

 彼がそちらを見れば、槍を持ち、鎧を身につけ、綺麗な大きい目を血走らせたファンシーな赤アリどもの姿があった。

 ジャックと十九人の仲間たちである。



「ああ、ついて来い!」



 彼はノリノリで叫んだ。

 もうなにがなんだかわからない――冷静であれば、『なんでいつのまにか俺がリーダーみたいになってるんですか』とか言っただろうが、彼は状況に疑問を持つことができなかった。


 戦争である。

 死んでも生き返るし、勝敗も集団戦では決まらないはずなのだが、誰も彼も本気で戦い、みんな本気で殺しに来た。


 彼は槍が通らない体である。

 ――だからなんだ。


 彼は盾で止まらない筋力と重量をほこる。

 ――それがどうした。


 彼は人数をものともしない強大な生物であった。

 ――でも、関係ない。


 怖いものは、怖い。

 殺さなければ殺されるという状況、本気で自分を殺しに来る相手は、なんと言うか――理屈ではないのだ。


 あとあと生き返るとか、そういうことを考えている余裕がない。

 テンションがあがりまくり目が血走り武器を所持する集団とか怖ろしくないわけがないのだった。

 こっちも合わせてハイにならないと、死ぬ。

 死ぬからなんだとか言われても、死ぬのはイヤだ。



「姉ちゃん見てるかー! 俺、異世界でやってけそうな気がしてきたよー!」



 大声をあげる。

 赤アリたちがわけもわからず「オオオオ!」と歓声をあげる。


 楽しい戦争だった。

 仲間と一緒ならなんでもできそうな気がした。


 ただならぬ全能感は彼のブレーキを壊していく。

 恐怖に対抗するためにひねり出した殺意は止めどなく敵を殺せと彼に告げ続ける。

 殺意に反抗するために絞り出した勇気は、敵へ挑む際の抵抗を薄れさせる蛮勇へと変化していた。


 俯瞰している。

 まるでゲームのようだ。

 戦争は楽だった。殺し合いは起こらなかった。彼が暴れるだけで敵は勝手に死ぬのだ。これは殺し合いならぬ一方的な虐殺。


 人間は大したことがない。

 彼が無意識にそう思ってしまったのは、仕方のないことであろう。


 ――だから。

 空から降り注ぐ赤い光芒は、麻痺しきった彼の心に感覚を取り戻す大きなショックだった。



「えっ?」



 空から降ってきた一条の赤き光が、地上に着くと同時にカッと輝き、ドカンと弾ける。

 赤い光が視界にまたたき、あとに起こったのは『破壊』と呼ぶしかない現象だ。


 その爆発はあたり一帯を広く巻きこみ、砂塵を消し飛ばし、地面に大きなクレーターをうがった。

 ほぼ直撃だった彼は、死にこそしなかったものの、さすがにノーダメージとはいかない。


 全身のウロコのような装甲が消し飛び、体のあちこちにヤケドができる。

 すさまじい衝撃を受けたせいで体中にひどい虚脱感を覚えて、思わず膝をつく。


 槍の通らない体が。

 矢の通らない体が。

 深刻なダメージを受けたのだと、彼は知る。



「なんだ、コレ……」



 痛みにおどろく。

 体にはひどい虚脱感があった。

 全身がビリビリと電気でも流されているかのような苦痛を訴えている。


 痛い。

 痛い、痛い、痛い。あまりに痛い。経験したことがないほどの痛みに、彼はただただ驚愕する。


 だから、少しだけ遅れた。

 彼は呆然とし、苦痛を覚え、打ちひしがれ、恐怖を思い出し――


 ――周囲を見て。

 先ほどまで周りにいた、気の良いアリどもが、誰もいないことに、ようやく気付いた。



「みんなは!?」



 周囲を見回す。

 いない。誰もいない。


 クレーターのできた足元。もうもうと立ちこめる土煙。

 砂塵に閉ざされた視界の中で、彼は必死に、

 いや、まだ必死になることさえできずに、弛緩した心で仲間の姿を求め――


 ようやく、見つけた。

 彼の位置からはるか遠く――


 衝撃で吹き飛ばされたのだろう。

 倒れ伏す、赤アリのジャックを発見する。



「こ、コーチャン様……」



 ――声がとどく。

 彼は、その声のもとへ駆けた。



「ジャックさん……! だいじょう、ぶ……」



 言葉を最後まで言い切ることはできなかった。

 大丈夫なわけがないと気付いたからだ。


 ジャックには左半身がなかった。

 先ほどの衝撃で消し飛んだのだ。



「コーチャン様……」

「ジャックさん! い、今、救護……ええと、いや、姉ちゃん……姉ちゃんを……!」

「い、今のはきっと――『英雄』の仕業ですわ……」

「しゃべらないで」

「聞いてください。なあに、虫人は生命力の高さと、痛みへの鈍さが特徴。命尽きるまで、あなた様に語り続けることができます」

「でも、ケガが……! 体が、半分に……!」

「いいから、聞きなさい」



 静かな声だった。

 彼は、気圧されたように黙る。



「今のは――『英雄』の一撃、ですわ。攻城戦の英雄、ベラの一矢……」

「今のが矢!? いや、その前に――人間の仕業なんですか!?」

「英雄ってのは、そういうもんなんですわ。……いいですか、コーチャン様、あの英雄を放置すれば、我らは負けます」



 負ける。

 集団戦で――負ける。


 おかしな話だ、と彼の冷静な部分が思う。

 この世界において戦争の勝敗は一騎打ちで決するもの。

 それが集団戦での勝敗を心配するなどと、意味がわからない。


 だというのに。

 ジャックの語る『負ける』という言葉は、深く重く、想像するだけで胸が抉られるような衝撃を伴い、彼の心に突き刺さった。



「……負け」

「そうですわ。負け、なんですわ。ですから、あなたに、『英雄』をどうにかしていただきたい」

「……」

「ベラは一騎打ちにゃ絶望的に向いとりゃしませんが、距離と時間さえ稼げるなら、城をまるごとかき消す一矢を持つ、人間側でもっとも優れた兵器の一人。我ら雑兵の手には余ります。ですからどうか、あなた様が」

「…………俺が」

「我らは、勝ちたいんですわ。この集団戦で勝って、我らの一騎打ちを担う者に、勇気を与えたいんですわ」

「……」

「どうか、全力で駆け抜けてください」

「……」

「そうして、敵の英雄を倒してください。英雄になれぬ我らの戦いを、願いを、どうか、」



 ジャックの言葉は唐突に止まる。

 最期まで。

 本当に終わりの終わりまで、変わらず語り続けたのだ。



「……『英雄になれぬ我らの戦い』」



 彼はつぶやく。

 そして――


 横目で、矢の飛んできた方角を見る。

 長くたちこめていた砂塵は次第に晴れ、視界は通るようになっている。


 ――じきに夕暮れになるであろう空が見えた。

 虫人族と人間の戦う戦場が見えた。


 死に行く者と、生き残る者、生き残った者を殺し、また死に行く者が見えた。

 ――戦場。


 そのはるかはるか向こう――

 彼は、高い移動式のやぐらに乗った一人の人間を発見する。


 かすむような距離。

 互いに互いを豆粒ほどの大きさにも認識できぬほどの隔たりを超えた先――

 赤髪褐色肌の少女、攻城戦の英雄ベラが、弓を引き絞る。



「お前――」



 彼女の声が聞こえる。

 彼に聞こえるだけで、通常会話ができる距離ではないし、ベラも語りかけているつもりはないだろう。


 だが、彼の視覚は弓を長く長く、力をためるように引き絞り続けるベラの姿を捉えているし――

 ベラもまた、この、互いが互いを豆粒程度にも認識できないような距離から、彼の姿をハッキリ捉えているのだろう。



「――やりすぎ」



 ――放たれる第二矢。

 赤い光をたなびかせながら迫り来るのは矢のかたちをした、実質的にはミサイルだ。

 ジャイロ回転をしながら尾羽をうねらせ風を切り、弧を描き迫り来る『死』の脅威。直撃を受ければ彼の肉体とて消し飛ぶかもしれない、『英雄』の一撃。


 彼は痛みを思い出した。

 この肉体は最強なのかもしれない。

 先ほど受けたダメージは回復し、体は再生を終わろうとしている。

 それでも頭にこびりついた痛みの記憶は消えやしない。

 

 赤い一矢が迫ってくる。

 彼は恐怖を思い出している。

 けれど――



 ――英雄になれぬ我らの戦いを、願いを、どうか、



「俺にも誰かの願いを叶えることができるなら、そうしたいって、思っちゃうんだよな」



 彼は走った。

 次の瞬間、英雄ベラの一矢は着弾し、赤い爆発とそれに伴う衝撃、風圧をまき散らす。


 ビリビリと離れていても全身をさいなむその威力に後押しされ――

 ――彼は、走る。


 仲間のための殺意を抱きながら。

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