プロローグ 狩り
中東のある場所。
その軍の人々は白人に近い容姿を持ち、隣国の浅黒い肌の人々を戦争という言葉には当たらないような一方的な蹂躙を長年続けていた。
今も、集中的なミサイル攻撃で反撃能力を失った廃墟の中で、近代武装に身を包んだ武装歩兵たちが、容赦なく人々に銃を向ける。
無論、戦局が一方的であるとはいえ、敗色の濃い軍隊はゲリラ戦法に出るのが常だ。
老人、女と思ったりしていれば、背中にナイフが突き立てられたり、自爆テロの可能性もある。
子供が純真だ、などというのはいくさのない世界の話で、この世界では少年兵も少女兵も当たり前にいるし、端的に言えばいるだけの理由もある。
目の前で肉親や隣人が殺されているのだ。
何度とない爆撃やミサイルの雨により、憎しみは歌になり、呪いとなり、神への供物となる。
戦いが正義なのだ。
何故なら、相手が無差別に殺すのだから。
何もなくとも、銃弾の雨が降るのだから。
いつか……。
全ての子供達の目の底には、そんな情念が刻まれていた。
いつか、その日が来るのだから、自らの肉体が肉片になろうが、それはいつかへの階段を登る一段の足場となるはずだ。
完全装備の兵士の銃口が、痩せた少年に向けられたとき、一人の子供が立ち上がった。
兄弟なのか、友達なのか。
まだ、幼い上に、手足は立つのがやっとなほどやせ細っていた。
兵士は母国語で、どけ、と呟く。
一言言った後ならば、引き金を引いても咎めるものはない。
言葉が通じていないなど、理由にもならない。
子供は白目がちの痩せた顔を男に向ける。
兵士は引き金に力を入れた。
子供は、手のひらでストップの形を作る。
兵士は、薄く笑った。
引き金をゆっくりと引いていく。
どん……。
銃の暴発だろうか。
兵士の上半身は吹き飛んでいた。
これが伝説の初めになるとは、虐げられた人も虐げた人も、まだこの時は知らなかった。
会場が熱気に包まれていた。
DJが軽妙に曲名をつげるとライブ会場の一万人は、アリーナが震えるほどに熱狂した。
DJは小柄な少年で、どこのクラスでも隅の方に隠れるように座っているようなタイプに見えたが、最近はとみに、プロのギタリストでも唸るようなギターソロを奏でる。
そして、その手を休めることなく、独特の高音の声でDJを語り、会場を興奮に包んでいく。
ギタリストの隣にはグランドピアノを前にした少女が、歯切れのいい連弾のようなピアノをギターに合わせ、二人の奥には、同年代の男とも女の子ともつかない、小柄な少女が、テクニカルだが印象的なドラムを響かせる。
ダンサーが入り、強烈な光の明滅と共にkiil♡3の新曲、アンダーグラウンドが始まった。
「あー、今日はメチャクチャ良かったよU!」
誠のシャワールームにりうが飛び込む。
「止めなよりう!
こーゆうのも、スキャンダルになるんだよ」
誠は叱っているが、もうおなじみの行為なので、それほどの熱量は無かった。
元々が、唯一の男である誠に、女の子に手を出すような勇気が無いため、りうにおもちゃにされているのだ。
メインアーティストであるkiil♡は至って大人しく、昔、誠に語ったことによると性同一性障害に苦しんでいる、とのことだった。
三人はだから、小学生が戯れるように一緒にシャワーを浴びて、笑いあう。
やがて三人はシャワーを出ると、新たにメークされ、誠はUとなり、ライブ後のサイン会に現れる。
いまや、Uの列には他の誰よりも人が並び、大半女子のファンたちに軽妙に少年は語りかける。
誠には三十を超える幽霊がついていたが、この軽妙な語りが誰のものか、もはや誠にも分からなくなっていた。
デバイスに連絡が入る。
帰りに本部に寄らないといけないようだ。
かなり遅い時間に誠は浜離宮地下の本部に落下した。
永田やアクトレス、顔無しや龍吉が待っていた。
「すいません、遅れました」
ラオスマフィアとは協定を結んていたので、ある意味、今の誠は潜入捜査官ではなかった。
「中東ラミール共和国を知っているか?」
「えーと、確かラミールって、中東というよりボルネオ島の小国じゃなかったですか?」
アクトレスに返事をすると、龍吉が、
「飛び地って言うんですが、ラミール共和国はパキスタンとイランの間に、わずかながら土地があるんです。
そして、そこからはラミール共和国のGDPのほとんどを生み出す石油が産出されてるんです」
「あー、豊かな国だって聞いたことはあります。
確か、凄い高層ホテルを建ててますよね」
誠の真の関心は無論、地下建造物なのだが、大学に入り建築を学ぶ、と目標を決めてからは建築全般に興味を持つようになっていた。
ボルネオ島のラミール共和国では建築学的にも奇抜で面白い、周囲にピラミッド型の広大な温室を持つ、三本の連結した塔のような高層ビルが建ち、その上には巨大なモスクが建っていた。
世界一高いモスク、との事でも有名になったらしい。
「スカイモスクと言われていますが、この有り余る財力を持つ国が、どうやら核ミサイルを第三国から密輸しようとしているようなんです」
中東で核を持っているのはイスラエルただ一国であり、だからこそ中東の国々とイスラエルは対立を深めている。
核を持とうとすれば、普通は原子力発電からウラン濃縮などの工程を経て、何年も実験を続けて核開発をしなければならない。
だが……。
確かに、もう持っている、しかもイスラエルと対立する第三国から、それ自体を買うのは、数多のハードルを飛び越えて核武装を行うという、極めて秘匿性の高い方法論だ。
維持管理が出来るのか、など問題はあるが、他国に知られることなく核保有国になれる上、中東の国々からすれば念願のイスラエルに対する強力なカードにもなる。
「凄いですね、まるで諜報機関のようだ」
誠の、珍しい軽口に、
「もはや我々は諜報機関ですからね。
とはいえ、この件はアメリカから振られた話なんですよ。
諜報機関になったんだから、軽く肩慣らしにいいんじゃないか、みたいなものです」
龍吉は言うが、
「とはいえ、本当に探るとなると、マジで犯罪行為だからな。
命かけの仕事になる」
顔無しが言った。
「核ミサイルですからね。
その場で殺されるでしょうね」
誠は頷いた。
「まあ、君と美鳥で行くのが穏当だと我々は思っている。
美鳥は経験豊富だし、君は確か、英語はペラペラだそうじゃないか」
誠と言うよりは田辺が帰国子女なのだが、幽霊に取り憑かれている、とも言えない。
「まーうまくすれば観光も、ちょっとぐらいは出来るかもしれねいぞ」
地上に、建築以外は興味のない誠には特段うれしい話ではないが、憧れの美鳥先輩と一緒なのはテンションが上がった。
日程などを聞いて、誠は自宅に帰った。
チューグはホクホクと社長の伊吹に、
「kiil♡ちゃんたちのライブはまたまた大成功よ!
アンダーグラウンドはCD媒体で久々の十万枚を売り上げたし、U君の主演映画、「碧色」も久々アニメより売れている映画になってるわよ」
少女が不思議な少年と出会う北の島でのボーイミーツガール映画「碧色」は、監督のこだわりで佐渡島や三重県、猿島などでロケを行い、その映像美が高く評価された。
風景の美しさと共に人々を魅了したのがUのオールヌードも厭わない美しさだった。
女の子は井内茜というベテラン子役だったが、盛りは数年前に過ぎていて落ち目だった彼女が、Uに引きずられるように魅力を再発見されていた。
Uがますます名を上げて、今や過去のツカサを上回るほどになっていたが、ちょうど重なったアンダーグラウンドのヒットで、事務所には莫大な利益が入っていた。
しかも桃源郷は国家事業となり、各地で開発されており、抱えていた妖怪たちは防衛庁で働き出していたので、そこからも国家予算が流れ込んでいた。
最近では日本の領海を侵犯する隣国の船は次々に転覆し、日本国に拿捕されている。
これらの船や戦闘機のデータは国際社会に流出して、隣国の勢いは完全に止まっていた。
人口統計ではハッキリと子供が何十年かぶりに増加に転じており、少し大きめのスマホでありながらノートPCでもあるコピックはその拡張性(専用ハードディスクと繋げることで、ウインドウズとの完全互換が可能)で日本企業の久々の世界的ヒット商品になった。
「なんせ大地母神が全面協力してるんだからな。
この前は地震を予知して、震度八の地震に死者、怪我人ゼロを成功させて世界がひっくり返ったしな。
俺たちが全面協力してるから、ラオス人を受け入れているが、ヤバイ奴らは完全に弾いてるし、スパイ議員やスパイ法人の類も暗殺や逮捕で日本国はかなり風通しが良くなった」
伊吹はコーヒーをゴクリと飲み干すと、
「最近、大地母神を見かけないな」
呟くように言った。
その大地母神はリーキーや防衛庁官僚田代たちと、深刻な顔で話し合っていた。
「本当に生まれたのかい?」
リーキーの問に大地母神は頷き、
「彼がAに見つかるのはまだ先でしょう。
とはいえ、未来予知をする影繰り宮城がいる以上、そう時間の猶予はありません。
我々に出来るのは、メシアをどうにかする事てはなくAの介入を可能な限り阻止することです。
おそらくAは、世界大戦へ世界を導こうとするはずです。
今、Aを先導しているサイドワインダーは、端的に言って武器商人と言っていい人物だからです」
しかし、とリーキー。
「世界大戦になってしまったら、利鞘は薄くなってしまわないか?
国家間の武器供与にAの入り込む余地はあまりないんじゃないか?」
「パルチザンとか、各国の非軍事組織を知りませんか?
国同士の戦いでも、武器が欲しいのは万人なのですよ、なにしろ自分の土地に敵の軍隊が入ってくるのです。
ベトナム戦争の韓国軍を見るまでもなく、戦場ではあらゆる残虐行為が起こり得ます。
武器は、いくらでも売れるのですよ」
リーキーは考え、
「それなら、メシアがいないほうが売れるのではないですか?」
大地母神は微笑み。
「あなたは、どのようなときに戦うでしょう?
全く勝ち目のない戦いをしますか?
諦めたり、逃げ、隠れる術もあるかもしれません。
でも、目の前でなくとも、自分たちの土地にメシアが生まれたのなら……。
ジャンヌダルクと共に突撃した兵士たちのように神がかるのではないですか?」
「相手は、そのメシアの真実性を潰そうと、余計に戦う?」
「その通りです。
得に信仰と国家運営が共通の国々であった場合、そのジャンヌダルクは貴族に見捨てられたりはしない」
「つまり、どちらかが滅ぶまで?」
大地母神はアルカイックスマイルで返答した。
対立する両国は、共に政治の中心に宗教が根深く入っており、しかも天敵と言っていい、対立する宗教だった。




