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第12話。ちょっと待って、ちょっと待って。

「どうしようかな……」


 店長・芦澤みのりは、もう何度となく呟いた言葉をため息とともに吐き出した。

 頭を悩ませているのは、一週間前に突如雇って欲しいと言ってきた女性・山辺さんのことだ。聞くところによると彼女は半年前に前の職場――みのりも開業のためにお世話になった大手猫カフェチェーン・Mofitto(モフィット)を退職したらしい。3年以上パートで働いていたとのことなので、猫カフェ経験3年未満のみのりより、はるかに先輩で経験豊富だ。正直言って、助けてもらえるなら本当にありがたい。

 だが。


「なんでウチなんだろう……」


 みのりが営業する保護猫カフェ『よりみちねこのカフェ』は、開店半年にも満たない小さな店だ。叔母である芦澤優子に助けてもらいながら経営している。何度か客として来店してくれているにしても、そんな人が何故雇って欲しいと言ってくるんだろう。


「……って、痛ッ!」


 強烈な痛みが腕に走る。

 ビックリして俯いていた顔を上げれば、カウンターに座った朔夜(さくや)が鼻を鳴らしていた。


「……さくちゃん?」


 声をかければ再度フンと鼻を鳴らし、カウンターから降りていく。

 のそのそと窓付近のクッションに朔夜が座るのと、内扉が開くのがほぼ同時だった。


「いらっしゃいませ」


 ドアから入ってきた金橋さんに、みのりが頭を下げる。

 金橋さんは軽く頷き、ペットボトルを注文した後、定位置の机へと向かっていった。


(さくちゃんに感謝かな……)


 さっき受けた猫パンチで、腕はジンジンと痛んでいるけれど。


(考えても仕方ないか……)


 分からないことは本人に聞くしかない。

 スタッフが増えることは助かるし、相談した叔母や叔母と一緒にいた動物保護団体代表の中側からも勧められている。友人の佐枝も声を上げてくれたが、もし猫カフェ勤務歴の長い山辺さんも一緒に入ってくれると、それぞれにフォローしやすくて非常にありがたい。

 でも……

 またぐるぐると思考にハマっていた時、ピンポーン、と店の外に設置してあるインターフォンが鳴った。


「はい、『よりみちねこのカフェ』です」


 そう応えるが、インターフォンの向こうからは向かいの車道を走る車の音しか聞こえない。だが、少し立つ位置を変えると、外で立つ人影が見えた。


(直接行った方が早いかしら……?)


 そう思った時、「……もしもし」と声が聞こえてきた。少し緊張しているような、若い男性の声だ。


「すみません。先日うかがった、山辺ゆかりの、家族の者ですが……」

「あ、はい。少々お待ちくださいね」


 顔を上げた金橋さんに頭を下げ、猫に気をつけながら外に出る。

 そこには肩を大きく上下させる、制服姿の男の子がいた。この制服はすぐ近くの高校の――


「突然、すみません。ちょっと、抜けてきたんで、あまり時間なくて……。ッ、はぁ……」


 苦しそうに言葉を紡ぐ高校生に「はぁ」としか答えようがない。

 水でも取ってこようかしら? そう思った時に、高校生が顔を上げた。


「失礼、しました。

 先日は母が失礼しました。ただ……家族が言っても説得力がないとは思いますし、ちょっと突然すぎたとは思うんですが、母は猫好きで、おっとりしてるけどマメな性格で、猫カフェで働いていたし、お役に立てると思うんです。

 どうか、母をよろしくお願いします!」


 そう言って、高校生がガバッと大きく頭を下げる。

 それに驚いて「いや、あの、ちょっと……」とみのりがあわあわしていると、顔を上げた彼は「ごめんなさい、次の授業が始まるんで失礼します」と頭を下げて走って行った。


「ええー……」


 ……よく言えば、仲の良い親子だ。でも、授業の合間に息子が頼みに来るって一体どういうこと?

 近所の高校に向かって走り去った姿を、みのりは呆然と見送る。


「……みのりさん、大丈夫?」


 突然かけられた声に驚いて振り返れば、ドアから金橋さんが心配そうに顔を出している。


「あ、ごめんなさい! 大丈夫です!」


 慌てて金橋さんに頭を下げ、店に戻る。猫たちがチラリと見てくるのに、困ったように笑って水分を摂った。

 ――約束の面会日は明後日。


(何を確認するか、ちゃんとメモに書いておこう……)


 さっき突然やってきた息子さんのことも含めて。

 一息吐いて、ヨシッとみのりは気合いを入れた。

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