とある伯爵令嬢の復讐事件(5)
ミャア、ミャア。
猫のミルクの声が響く。結局、うちで飼うことになり、ダイニングルームの椅子の上がお気に入りみたい。今日もそこに座り、目を眠そうにしてる。
カミルは猫のミルクを気に入ってしまい、毎日我が家に来ていた。
「ミルク! お前は可愛いね。ほうら、おやつをあげるぞ」
今日もミルクを見つけると、背中を撫で、餌まで与えていたが、都合が良かった。私はわざわざ探偵事務所に行かなくても、ジーク&イザベルの復讐計画が立てられるし、カミルも猫のミルクに会える。要するにWin-Winだった。
マーサは事情を察し、カミルにも丁寧に接してくれていた。復讐計画についても反対しない。むしろ応援してくれてる。
「カミル様、よくいらっしゃいました。これは雑穀のクッキーです。こっちはミントティー。どっちもこの家の畑で採れたものを使い、とてもヘルシーですわ」
「おぉ、マーサさん。ありがとう! マーサさんはお料理上手か」
「ふふ、カミル様、褒めても何も出ませんよ」
この様子ではカミルもマーサも打ち解けていたが、いつまでも談笑している暇はない。さっそくカミルとともにテーブルにつき、復讐計画を練った。
マーサは猫のミルクを連れて庭に散歩に出てしまったため、静かになってしまったが、復讐計画は順調だった。
「まずは、エステル嬢。君はビクタ学園に潜入し、いじめについて洗うんだ。その間、俺はジークを尾行しつつ、浮気の方を探る」
「といってもカミル、こんなバレずに潜入できるかしら」
カミルはメガネをくいっと掛け直し、胸をはる。
「大丈夫だ。素性はもちろん隠す。庶民の清掃員として潜入するんだ」
「そんな、できるかしら……」
今はこうして落ちぶれた生活をしていたが、腐っても伯爵令嬢だ。今もピンと背筋を伸ばして座ってる。お金がない中でも髪の毛や肌のケアも一応やってる。庶民になれるかどうか。
「嫌味ぽいな。俺も貴族だが、だからなんだっていうんだよ。別に王族でもない。広義では庶民だって思えば問題ない」
「そう?」
「それにな、変装の特訓もする。服装やメイクだけでなく、言葉遣いから何から何まで架空の庶民を演じてもらう」
「え!?」
カミルは少し意地悪そうに笑う。そして玄関の方から、持参した荷物もダイニングルームへ持ってきた。
そこには庶民らしい古着のドレス、靴、鞄、ヘアアクセサリーなどがある。清掃員用のつなぎもあり、生地も汚れていた。そもそも生地自体、安っぽい。当て布もされていた。
カミルはさらにマーサを呼び、この服を私に着せるように指示を出す。
「えぇ?」
本当にこんな庶民の服が着られる?
正直、抵抗はあったが、自分の部屋に向かい、マーサに助けてもらいながら着てみる。
「あれ、このドレス。余計な装飾もない。生地も思ったより滑らかよ。動きやすい!」
着心地は意外とよく、マーサもニコニコと笑顔だ。再び、ダイニングルームへ向かい、カミルにもこの姿を披露。
「まあまあ、いいんじゃないか? でもエステル、お前は姿勢が良すぎる」
「そうかしら?」
「もっと背筋も崩せ。指先もだらしなく。そう、口元もバカみたいにぽかっとさせろ」
案外、カミルの指導は厳しい。すでに涙目。
「お嬢様、大丈夫ですよ。というか、根がお嬢様すぎるんですよね。もう少しだらっとしてください。だらしくなくすれば、庶民らしくなります」
マーサの助言はやさしい。庭からいつのまにか戻ってきた猫のミルクもミャアミャア鳴く。いつものと雰囲気の違う私に戸惑っているのかしら。だとしたら、少し自信が出てきた。
「これぐらい猫背でも大丈夫? あ、ミルクの背中っぽくしてみる」
猫のミルクを見ながら、猫背も作ってみたら、ようやくカミルからゴーサインが出た。
その後は庶民らしい言葉遣い、潜入調査中のキャラ設定、心がまえなども詰めていく。庶民のマーサの知恵も借り、なんとか伯爵令嬢から架空の庶民に化けた。変装としてメガネやカツラも使っているので、正体はバレないはず。
「いいぞ、いいぞ。素晴らしい」
カミルにも普通に褒められた。恥ずかしい。顔が赤くなる。口では厳しいカミルだったが、できたらちゃんと褒めてくれる。えこ贔屓みたいのとは無縁みたいだけど、根は誠実なのかも。
そもそも、根が冷たい人間なら、濡れ衣を着せられた伯爵令嬢など無視するはず。しかもカミルから見て私は格下貴族。助けてやる義務もないのだ。中身は案外、優しいのかもしれない。
「で、でもカミル。清掃員としてはどう入るの? そこはどうする?」
疑問を口にすると、カミルはニヤリと笑う。この笑顔はだいぶ性格が悪そうだった。
「ほい、これが身分証明書。うちの実家の事務員が作った偽ものだがな」
「え、なにこれ!?」
カミルは身分証明書を見せてくれたが、本物と大差ない。
「こ、これは偽物!? いいの?」
「いいんだよ。復讐するために手段を選んでいる場合か?」
さらに笑うカミル。唖然とする。伯爵令嬢の世界とは何もかもが違いすぎる。マーサは特に驚きもせず穏やかに笑っているが。
「そうですよ、お嬢様。手段は選んでいられませんよ」
マーサにも背中を押され、結局、偽物の身分証明書を使うことに。
この庶民の姿で職安に行き、身分証明書を使い、あっという間に学園の清掃員の仕事を得た。日雇いだったが、これで良いのだろうか。家に帰り、カミルやマーサと合流したが、二人とも満足そう。
「いいんだよ。復讐は手段を選ばず、徹底的にやれ」
カミルはずっと笑っていた。マーサも微笑み、猫のミルクはぐっすり寝ている。
「そんなものなの?」
不安気に呟くが、もう乗り掛かった船だ。幽霊船や難破船かもしれないが、じっとしているよりはマシだ。とにかく船には乗ってみよう。今はそんな気分だった。




