エピローグ
「ご苦労だったな、センセイ」
背後からかけられた声にランベルトが振り向くと、ちょうど階段から上がってきた金髪の美しい男と目が合った。
「これはこれは王弟殿下。ご機嫌うるわしゅう」
「やめろ、気持ちが悪い。そもそも俺はもう王族じゃない」
「おや失礼。ではアイレンベルク公爵閣下」
「だから気持ちが悪いと言っているだろう、いい加減にしろランベルト」
「相変わらず注文多いっすね、アル先輩」
やれやれ、と肩をすくめたランベルトに、王弟であり学生時代ランベルトの一つ上の先輩でもあったアルフレート・アイレンベルクは鼻で笑った。
「甥がとうとうやらかしたと聞いたのでな。兄上は今王城でアッヘンバッハ公爵達に苛められているだろうから、俺が様子を見にきた」
「おやおや、苛められてるのに助けてあげないんですか」
「知るか。散々甘やかしすぎだと忠告していたにも関わらず、学生時代くらいは自由にさせたいとか言ってちっとも聞かなかったんだから自業自得だ」
「まぁそうっすね。おかげでこっちは久しぶりにサービス残業なんかするはめになりましたよ」
「週に一度の授業しかしてないんだから、それくらいで文句言うな」
「何言ってんですか、それでいいって条件出したの先輩でしょうが」
「いいも何も、古代魔導学なんて現代魔導学一通り習得した上じゃないと無理な学問、学生だとよっぽど優秀かもの好きの変人しかとらないんだから仕方ないだろう」
「本当、よく学院が認めましたね」
「認めさせたんだよ、この俺が」
「うわぁ、権力の不正をいま目の当たりに」
「恩恵受けた張本人が何を言う」
毎年履修する生徒が1人か2人しかいない古代魔導学。これは『威力は現代魔導学の5倍だが、習得するのは10倍手間がかかる』と言われる学問だからだ。メリットとデメリットのバランスが極端すぎる。
「あれ、よく考えたら今俺、優秀って言われました?」
「は? お釣りが来るほどもの好きな変人と言っただけだが?」
「勤勉な後輩に酷いお言葉ですねえ。否定はしませんけど」
「しないのか」
学生時代、この男は魔導学に関しては鬼才と言われるほどの才能を発揮した。だが古代魔導学は研究にともかく時間と手間がかかる。卒業と同時に実家である伯爵家を出てフリーの研究者となろうとしていたランベルトを捕獲し、週に一度の授業と引き換えに教員寮と授業以外は研究に使える実験室、国内屈指の学院図書館を餌になんとか引き止めたのがアルフレートだ。
「よくまぁそんな変人に生活指導の担当まで押し付けましたね」
「クラス担任も部活顧問もしてないんだからそれくらいやれ」
「やってるじゃないですか。全く、あの年頃なんて色恋沙汰の繁忙期みたいなもんだってのはわかりますけど、何でこう毎度似たようなやらかし起こるんですかね」
「流行りは繰り返すとか言うけどな」
「スイーツくらいにしといてもらえませんかねぇ」
2人は同時にため息をついた。彼らの学生時代にも『真実の愛(笑)』事件は起こり、当時学院内で一番身分が高かったアルフレートと、それに引きずられたランベルトも巻き込まれたのだ。
「で、どうなるんです、甥っ子さん」
「兄上は必死でかばっているが、公爵令嬢達が事前に根回しをしっかりしてたからな。まぁ、それなりにキツくて、本人の努力次第で返り咲ける、位に収めるだろうが……問題は例の子爵令嬢だな。お前の見立てはどうだ?」
「他国の工作員って線は少ないと思いますよ。録画魔法の事も知らなかったみたいでわかりやすく真っ青になってましたし。単にお花畑に住んでる玉の輿狙いじゃないですか」
「そうか。一応、事故当日から翌日にかけて泳がせてはみたが、甥っ子達と学校サボって断罪ショーの打ち合わせしてるだけで特に誰かと連絡とってる様子もなかったからな。子爵は単なる田舎貴族だったし、本人が知らない間に利用されてるってケースもなさそうだ。何だ、本当にただの馬鹿か」
「前々から公爵家が調査してたって話ですし、学院でも注意はしてましたよ……って言うか、学院長からも前から各家に『お宅の息子さん、ちょっと婚約者に対する態度どうよ』って伝えてたんですよね。なのに何でああなるんですか」
「一応注意はしてたらしいが全く聞かないから、いっそある程度痛い目見た方がいい、と様子見してたらしい。……実際はあそこまで馬鹿だとは予想してなかったみたいだけどな。『困難を乗り越えてこそ絆が深まると思って』とか抜かしたから関節キメといた。……親子揃って恋愛小説と現実の区別もつかないのか」
「転ぶ前に手を差し伸べてたら成長しないってのは同感ですけど、その代償を他家のお嬢さんに支払わせてるってわかってるんですか。……成績は優秀で校則違反してる訳じゃないし婚約は家の問題だから学院は口頭注意位しかできなくて教師群もヤキモキしてましたよ。マナー講師のルイーズ先生なんか鞭で打たせろってブチ切れて大変だったんですからね」
「……すまん。俺の力不足だ。警備システムの調査申請が来てすぐに、未成年のお嬢さんに大人の仕事を丸投げするな、と上層部を締め上げたんだが間に合わなかった」
「……それこそ自業自得なのはわかってんですけどね。本当、若い子が欲で身を持ち崩すのって見ててキツイんですけど」
はぁ、とため息をつく姿は学生時代から数えきれないほど見てきたダラけっぷりだが、今は本当に疲れているのがアルフレートにはわかったので、なだめるように肩を叩いた。
「悪いことをしたと教えるのも大人の役割だから仕方ないだろ。……ほら、残業分奢ってやるからたまには付き合え」
「はぁ」
ぐいぐいと肩を押されて移動しながら、ランベルトはこの廊下をこの先輩と何度も歩いた昔を思い出す。
「先輩」
「何だ」
「本当に不思議なんですけどね。何で自分を生活指導の担当に推したんです? こういうのやりたがる先生、結構いるでしょうに」
「は? 何だお前、本当に気づいてなかったのか」
珍しく目をしっかりと開いて問うたランベルトに、アルフレートは一瞬間を置いて、ニヤリと口角を上げた。
「お前が俺の知る限り、一番金にも権力にも引きずられないもの好きの変人だからだよ」
「えええええ、この国で一番金と権力持ってる一族がそんなんでいいんですか」
「まぁ、金と権力で引きずれなくても、腕力で引きずれるからな」
「強い強い強い、ちょ、引きずる必要ないでしょ、今っ」
「いいから付き合え。後の処罰はもう粗方決定してるんだから、お前の仕事は終わりだろ」
「は? 何言ってんですか。こっちの処罰はこれから決める所ですよ」
「……何?」
言われた意味がわからず足を止めると、その隙に腕から逃げられる。息を整えながらボサボサの頭をふるランベルトにじっと視線で問いかけると、むしろ何がわからないんだ、と怪訝な表情を返された。
「王家の決めた婚約の破棄に関する処罰はそりゃ王城で勝手に決めれば良いですけど、学校内での揉め事の処理はこっちの仕事ですよ。自分のした事の責任をとるって事まできっちり教えるまでが指導でしょうが」
気負うでも挑むでもなく、ただ当たり前のように言ったランベルトに、アルフレートはこらえきれずに吹き出した。
その後、ロッテ・ローゼンタールの主張は全て覆され、アドルフ達は家からそれぞれ沙汰として卒業後の進路を告げられる。婚約は全員破棄、アドルフは与えられる予定の領地が公爵家から子爵家へ、イザークは官僚から平の文官、ヴィルヘルムは騎士団の正騎士から従騎士見習い、そしてロッテは自作自演が発覚し、卒業を待たずに学院からも家からも放逐となった。
未成年だった事も考慮され前科はつかなかったが、国が管理する王都から遠く離れた製糸工場へと送られた。ロッテのように訳有りの者が働く工場で、各々決められた期間で出来高払いとなる。コアタイム以外はフリーとなっており、己が働けば働いた分だけ賃金が入る、というわかりやすい場所でどれだけ頑張れるかで、仕事というものの意味を本人に気づかせる場所となっている。ちなみに工場に掲げられた標語は
『金が欲しかったら働け』
である。
今まで未来を担保にしていた若者たちにとってはかなり重い罰となり、また真実の愛も真実の愛(笑)だった事が判明したが、冤罪と婚約破棄の罰より先に『学院で騒ぎを起こした罰』として、中庭の草むしりと古代魔導学の補佐をさせられた。生まれて初めての雑用係だが、意外にもアドルフ達は不器用な手つきながらも粛々と従った。
だが、王妃を筆頭に母親達は愛息子の処遇に悲鳴を上げて学院に抗議した。下位貴族も含めた全校生徒に見られる状況で高位身分子息に雑用をさせるなんて貴族学院を何だと思ってるんだとランベルトに詰め寄ったが
「あらゆる権力から子供を守る学舎だと思ってましたが何か違いましたか」
と不思議そうに問いかえされる事になる。
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