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第18話 神社との相性?

 毎度の事ながら、まあそんなこともあるかもね的な一個人の見解としてお読みください。


 以前お世話になった霊能者の先生に金運で御利益がある『穴八幡宮』神社を紹介されたのだが、実は先生自身はこの神社にお詣りしたことはないらしい。

 というか、入れなかったという。


 ある年の元日、ご友人たちと一緒に初詣に行ったところ、神様をお守りする神使さまに頭を押さえつけられて鳥居を潜れなかったのだとか。

 仕方ないのでご友人たちだけで参拝しに入り、先生は外で待っていたのだそうだ。


 これと似たような話を、霊感のある某マンガ家さんのスピリチュアルエッセイで読んだことがある。

 やはり友人たちと一緒に旅先で神社巡りをしていた際、ある神社の神使の方に入れて貰えなかったというエピソードだ。

 

 押さえつけられたりこそはしなかったが鳥居の前で『ここよりお前は入るな!』という声と共に平安調の人が気迫満々――この作者さんは『おらおら』様と称していた――の様子で現れたという。

 もちろん視えない友人たちは、そんな威嚇なぞ全然感じず鳥居をくぐれたらしい。


 曰く、そこの神社の神様と相性が悪かったのではないかという。

 これは人同士でもあると思うが、相手が悪い人じゃないとは頭で分かっていても、どうにもあまり雰囲気が好きじゃないとか、一緒に居たくないとか、そんな根本的な相性の齟齬が居心地悪さを感じさせたりする時がある。


 本人に悪気がなくてもそこの神様と波長(氣)が合わない者――波長を乱す者を、神様とその聖域を守っている神使さまたちが寄せつけないようにしているようだ。

 特に霊感の強い人はエナジーが強いから、ハッキリと拒絶されたのかもしれない。

「甘酒飲みたかったわぁ」とちょっと切なそうに先生は言っていた。

 

 そこまで強くなくても、お詣りしにいこうかと思っていたら急にどしゃぶりの雨が降って来たとか、やたらと道に迷ってなかなか辿り着けないとか、すんなり行かない時がある。

 そんな時は今は止せと軽く拒否されているのかもしれない。などという話を聞いたことがある。


 ただし言っておいてなんだが、あまり気にし過ぎるのも宜しくない。

 相性や波長も気分と同じで常に変化しているようで、そんな時は無理せずに日を改めるのがいいんだとか。 

 

 けれどそんな話を聞いてしまうと、どうしても些細な事がもしやと気になってしまうのが人情の常。


 私もある時期、地元の神社で拝礼しづらい時が重なった時があった。

 境内に入った時は誰もいなかったのでゆっくりやれると思ったら、拝み始めた途端に何故か小さな子供連れの親子がわざわざ階段を上って来て、手を合わせている私の後ろでピタと男の子が立ち止まった。

 母親もすぐ後ろで子供を見守っている。


 なんだかじっと子供に見られていて落ち着かないのでさっさと退くと、別に合掌の真似事をするわけでもなく、賽銭箱やまわりをウロウロしているだけ。

 お詣りするわけじゃないんか~いっ! ママも少しは空気読めよなー。


 またある時は礼拝中――まず名前やら住所やら生年月日を唱えるので長くかかる――近くの小学校の子供たちが5,6人一斉に上って来てそこら辺で遊びだした。

 おおい、なんかやりづらいぞ。


 またある時は、狭い境内にやたらと禰宜(ねぎ)の人たちがいて、入りづらかったなど。


 地元の神様に拒否られているのかと、ちょっと悲しくなったりしたものだ。

 が、それもどうやら杞憂だったようで(そう思いたい)、しばらくしてまた普通に過ごすことが出来た。

 やはり時と気分と偶然とか、色々とあるものなのだろうか。


 そしてはっきりとビビったのは、こことは別のある有名な神社でのこと。

 夕方のせいか、人もまばらで今のうちにと参道を通り、手水鉢のところで手を洗おうとしたその時――引っ掛けたわけでもないのに、いきなりブレスレットが切れて玉が地面に散らばった。


 ひえええぇぇ~~!

 

 ブレスレットと言っても値打ちのある物どころか100均で買えるような安物プラスチックのビーズ玉。

 無くしたところで惜しくはないが、境内を汚してしまう恐れに焦った焦った。


 幸い手水場のすぐ下は石畳だったので拾いやすかったのだが、まわりは玉砂利。外側に零れていたら拾うどころか探すのが困難になるところだった。

 ふぃ~、危なかった。


 しかし無事拾い集めたが別の不安が過ぎって来る。

 ゴムが劣化していたのかもしれないが、まさかこのタイミングで切れるって……これってここの神様に嫌われてる……?


 そう思うとあまり長居してはいけない気がして、そそくさと挨拶程度に済ませて外に出た。


 うう~ん、もうここに来るのは止めよう。ちょっぴり悲しいが仕方ない……。

 親しくない人に嫌われるのも良い気はしないが、神様に断られるのはどうにもへこむ。

 まあ全部の神様じゃないから……などとなんとか気を持ち直した。


 が、これはどうやら私の勘違いだったらしい。

 それから数か月後、霊能者の先生に会った際ふとこの件を思い出して訊いてみた。


「いなかったって」

 やや斜め上を見ながら先生が言った。

「え?」

「その時、神様は居なかったって。お留守だったそうよ」


 え、ええぇーーっ!! そういう事あるんですかっ?!

 いや、でも神無月ってのもあるし、夕暮れ時で人もほぼいなかったから神様もちょいと席を外したって感じなのかな?


「では、嫌われたわけでは……?」

「そうではないようね」

 ちょっとホッとした。


 いつも怠けて日が暮れてからしかお詣りしないので、怒られたのかと思ってた。

 やはり参拝するなら早めがいいのだろうか。人の家を訪問するのもあまり遅い時間は失礼だしねえ( ̄▽ ̄;)

 などと思いつつ、朝早く起きられない空ノ子。今でも活動は午後からだ。なかなか生活を改めるのは難しい。

 

 さて、そんな出不精な私に先生から、リハビリも兼ねて神社巡りを勧められた。

 その1つが先の『穴八幡宮』だった。


 その他に父の家系に縁がある熊野神社に行くといいと言われ、何年振りかに新宿まで出たりした。

 ここの八咫烏様のお守りはちょっと可愛い。


 それにしても若い頃はあまり面白いとは思わなかったのに不思議なもので、たまには足を伸ばして神社散策でもしてみようかという気になって来た今日この頃。

 ホントに出かける為の良いキッカケともなるものだ。 


 どうせ行くなら御蛇様のとこじゃ、と思った私。

 今更だが白蛇様は弁財天様の神使、なら弁財天神社だーっと検索してみた。


 すると母の実家がある地区に良さげな神社があるのを発見。

 以前、母が近くの病院に入院していたこともあり、何度も前を通っていたのに全く気に留めてなかった。

 あらためて入ると決して広くはない境内とはいえ、なんともワンダーな雰囲気びんびんである。

 今まで素通りしていたのが不思議なくらいだ。実家には子供の頃からお世話になっていてよく近くを通っていたのになあ。


 大通りから一本裏手にあり、地元以外の人には分かりづらい気もするが、最近某アニメの聖地になったとかで急に参拝客が増えたようだ。なんか外国の人も増えた。

 

 ところで相性といえば、繭気属性(けんきぞくせい)なんてのがあるらしい。

 いわゆる『火』や『水』『地』とかいう五行に分けた説ですな。

 大抵この3つは変わらないのだけど、残り2つが『風』『空』や『金』『木』に変わるパターンがあって、ここんとこがよく分からないのだが、その属性で相性関係がわかるという。


 そこで自分に合ったパワースポットを自動検索出来るというサイトがあったので、ちょっと興味半分やってみた。


 結果 『火』属性だった。

 あれ、なんか思ってたのと違う。リーダータイプでもないし、情熱的とも思えないんだが……。


 大体相性の良いパワースポットが 『キラウエア火山』 って、激しいなっ! ――(噴火写真が表示されてる)

 まず遠過ぎるんだが、日本の火山じゃ駄目なのか?


 なんて思ってたらちゃんと神社も紹介されていた。

 その中に高校時代の友だちの実家がやっている神社もあった! (東京ではない)

 偶然? それともやっぱり縁があるのかな。


 しかしここでちょっと疑問が。

 確か御蛇様は『水』属性なはず。それじゃ相性よろしくないんじゃ……!? ちょっと不安になる。

 こんな小心者が『火』属性なわけないんじゃ……などとも思う。


 まあこれもただ1つの目安にしかならないのかな。

 属性が違うと神社との関係が良くないとは限らないともあるし、世の中それだけじゃないんだよ、きっと。そう願いたい。



 今年の春、叔父が他界した。

 去年喉に癌が見つかってから一年持たなかった。

 もちろん少しでも長く生きていて欲しかったが、後半は苦しいばかりだったようなので、その辛さから解放されたのが唯一の救いと思えた。

 

 訃報が来たので葬儀のことなどあらためて打合せに行った帰り道、なんとなく祈りたくて例の神社に寄った。


 そこでひと通りお詣りしてハタと気がついた。

 

 神道では死というものを一種の穢れとして好まないという。

 だから喪中の最初の50日――忌中と呼ばれる期間は、神社参拝は控えた方がいいという説をいきなり思い出したのだ。


 ま、まずいっ! やっちまったのか、私!? 一番の推し神さまに嫌われたらどうしよう……。


 だがふと辺りを見回すと、蛇塚の上には満開の桜が枝を伸ばし、灰色の石畳とその間の茶色の地面、そして低木の緑の上にも薄ピンク色の花びらが散りばめられて春の彩りを添えていた。足元には前回にはなかった黄色の花も咲いている。

 ああ、確かに春なんだなあと実感した。境内は他に人もおらずとても静かだった。

 ただ桜が綺麗だった。


 それとともに、季節のように生命も巡り廻っているのだなとふと思った。

 終わることでまた新しいことが始まるという自然の流れ。

 だからあんまり悲しまなくていいと言われているようだった。勝手ながらそう感じた。


 そういえば、ここは元々境内に観音様やお地蔵様も一緒に御座す場所だった。

 以前なにも知らずに入ったら、尼僧様が慰霊碑の前で御祈祷されている場面に出くわしたりしたものだ。

 だから他の神社に比べてそういうものに寛容でいてくださるのだろうか。


 ちなみにお寺はそういう概念はないそうで、忌中だろうが関係ないとのこと。確かにお寺の方は仏様ですからねえ。

 

 ただ一度気になってしまったので、しばらくは神社参拝は控えることにした。

 これを書いている現在は明けている。


 しかしこれで私の推しの聖地は決まったな。決まったと思いたい。決めていいでしょうか。

 勝手に信じる者も救われる。それで良いのだ。 


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