第3話 ナタルマ襲来!
そんな時、玄関の呼び鈴が鳴った。
「また客か?」
カナセが立ち上がるとトギスに言った。
「トギス、いい加減に泣き止め。いい大人がみっともない」
「でも、かなせぇ~」
「お客が来たんだよ」
「だって、だってぇ~」
「いいから黙ってろ。コリン、またコイツが騒ぎ出したら思いっきりケツを引っ叩け。いいな」
「了解、総統閣下」
「ひええええええええええ……」
最後の一言にトギスが震え上がる。
そんな元相棒を見届けるとカナセは玄関へと向かって歩いていった。
そして向かう最中、呼び鈴は何度も鳴り響く。
「ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン!」
「ああ、うるさい! どこのせっかちだ!」
壊れんばかりに押し続けられる呼び鈴の音にカナセがイラつき出す。
しかしドアのノブに触れようとした瞬間、嫌な胸騒ぎを覚えた。
そして居間に居るコリンに向かって言った。
「コリン、悪いが明日、フラミーおばさんに言って来週分の新聞とミルクは断ってくれ」
「あいよー」
後ろからコリンのいつも通りの返事が返って来る。
やがてカナセは用心深くドアを開けた。
ドアの向こうには少年の様な井出達の一人の少女が立っていた。
嫌な胸騒ぎは的中した。
少女の顔を見た途端、カナセはスッとドアを締める。
「おいっ! 手前ぇ! 人の顔を見た途端、その態度は何だ! とっとと出てこい、この総統野郎!」
ドアを締めた途端、少女の怒鳴り声が聞こえた。
カナセは溜息を吐きながら再びドアを開けた。
「なんだ……ナタルマか」
立っていたのは今も険悪な関係にある、あの拳の魔女だった。
「久しぶりだか、何の用だ? お前、確かポルカ村の練兵場で……」
「ここにトギスの馬鹿が居るか? 連れ戻しに来た!」
ナタルマ・シングは再会して早々、ここに来た理由を簡潔に説明した。
その口調は相手が総統閣下であってもまるで謙る素振りはない。それどころか魔導陸戦隊の頃の調子のままだ。
「変わりのない様だな? 元気にしてたか?」
カナセは心にもない事を口にする。
正直、顔も見たくない相手だがここは穏便に済ませようと振舞う。
しかしナタルマはカナセの社交辞令を無視すると扉の隙間から屋敷に向かって叫んだ。
「トギス! 手前ぇがそこに居る事は判ってるんだ! さっさと出て来やがれ!」
しかし中に居るはずのトギスから返事は返って来ない。
「あの野郎、舐めやがって! 中を調べさせてもらうぞ!」
ナタルマは玄関のドアに手を掛けると、屋敷の中に踏み込もうとした。
だがそれをカナセが慌てて遮る。
「ちょっと待った! ここは総統官邸だ。お前みたいな下っ端が気安く入れる様な所じゃないぜ」
カナセは尊大に答えた。ナタルマがどう思おうと昔とは立場が違う。こちらはお飾りでもファイタスの最高権力者だ。
「何だと手前ぇ……。偉くなったと思って、いい気になりやがって!」
ナタルマは反抗的な態度を改めない。
だがカナセが気になったのはナタルマの態度より森の中に潜む複数の気配だ。
恐らく彼等はトギスを連れ戻しに来た警備隊、なら捕り物の本命はそちらのはずだ。
「ひとつ教えてくれ。なんでここにトギスが居ると判った?」
「そんな事はどうだっていい! さっさとトギスを出せってんだ!」
「連れて行くんなら何か罪状があるだろ? それ位、教えろよ」
「脱走兵だ! それで満足か!」
「脱走兵? ふ~ん……。所でなんでトギスは脱走したんだ? 何か嫌な事があったんじゃないか? 大方、お前が鍛錬なんて言って苛め抜いたんだろ?」
「あれ位のシゴキに付いていけないアイツが悪いんだ!」
そう言ってナタルマは悪びれる様子もない。
そんな彼女にカナセは毅然とした態度でこう答えた。
「ならここで俺もはっきり言わせてもらう。確かのこの屋敷の奥にトギスは居る」
「ふんっ! 開き直りやがって、観念したか?」
「だが悪いがトギスは渡せない。もう少しここで彼に話を聞かせてもらう。組織内で虐待があるのなら総統として見過ごす訳にはいかないからな。その後、総統の命で調査しポルカ練兵場に改善命令を出す。もちろんトギスも脱走兵として何かしらの処分を受ける事になると思うが、トギスを渡すのはそれからだ」
「ふんっ! お役所仕事め!」
「だがな。お前もだ、ナタルマ」
「何だと?」
「お前の目上に対する態度は目に余る! 先ほどから総統に対してその口の利き方は何事だ!」
「何だと!」
カナセの叱咤にナタルマは頭の血が上る。
しかしカナセは毅然とした態度から一転、今度は拳の魔女を厭らしく煽ってみせた。
「そうだ、その態度だよ。それが上官に対する態度かって言ってるんだ」
そう言いながらカナセはナタルマの鼻先を指先で指す。
「全く、お前の親御さんは本当に人を殴る蹴るしか教えて来なかったんだな」
「手前ぇぇ~! なんでここでウチの親父やお袋の話が出てくる!」
ナタルマの声が震え出した。
カナセにも彼女が怒っているのが手に取る様に判る。
「何だ? 怒ってるのか? だが悪いのはナタルマだろ? 悪いと思うんならここで悔い改めろ。そして頭をちゃんと下げてちゃんと謝ってみせろよ。だったら今までの事は許してやる。勿論、文句なんて無いよな。なんせ軍隊では上官は神様でありママであり教官であり恋人だ。そう確か誰かさんが高説垂れてたんだからな。最も、俺はお前の恋人なんて御免だけどな!」
総統の地位を笠に着たカナセの厭味は悪趣味の極みだった。
「言わせておけば……」
当然、それに付き合わされたナタルマは既に怒り心頭だ。
だがカナセのナタルマに対する罵詈は止まらない。
「さあ、どうした? ごめんなさい、私が悪かったです。心を入れ替えて反省してます。これからは上を敬い仲間を讃え下を慈しみ精進します。そう素直に謝ってみせろよ、なぁ、ナ、タ、ル、マ・シ、ン、グ」
カナセは最後にケラケラとワザとらしく笑ってみせた。
「手前ぇ! 黙って聞いてりゃいい気になりやがって!」
遂にナタルマの怒りが爆発した。
自尊心の高い彼女にとって、今まで格下と思ってた相手から受ける屈辱は格別なものだった。
ナタルマは拳を振り上げるとカナセに向かって浴びせ掛けようとした。
「覚悟しやがれ、総統野郎!」
だが一瞬早く、カナセが扉を閉めた。
そこへナタルマの拳が玄関の扉を叩く。
魔煌の籠手こそ装着していなかったがナタルマの一撃は凄まじかった。
鍛え抜かれた魔女の素手は分厚い外扉に穴を開けた。
その直後、屋敷に変化が起こる。
そこかしこから黒い煙が吐き出され一瞬で屋敷全体を包み込んだのだ。
「なんだ、この煙!」
異変を感じた瞬間、ナタルマが後方に飛び退くと隠れていた男達が茂みから身を乗り出した。
男達は皆、戦闘服を身に着けていた。
その中の隊長らしき一人が青い顔をしながら声を上げる。
「ナタルマ教官! 私は君に戦闘許可を出した覚えは無いぞ! それにさっき玄関に立っていたのは……」
「包囲を解くな! あの野郎、煙を使ってここから脱出する気だ!」
ナタルマは男の叱咤を遮り指示を飛ばす。
一方、カナセは玄関から離れると床にあった扉を開け、中に飛び込んだ。
床下は秘密の地下室になっており、そこにコリンとトギスがバンに乗ったまま待機していた。
「カナセ、遅い! 準備はとっくに終わってるよ!」
「済まない。そんなつもりは無かったけど、ちょっとナタルマと遊びすぎた!」
カナセはバンに乗り込み、コアモーターを作動させる。
煙の中から一台のバンが飛び出した。
バンは屋敷の前の道を横切り、猛スピードで走り去ろうとする。
「追え! 逃がすな!」
隊長らしき男の指示の下、男達は停めてあった車に乗り込むとバンの後を追跡した。
「よくもオイラをコケにしやがったな!」
それを見ていたナタルマが傍に落ちていた拳大の石を拾い上げると、全身に煌力を込めて投げ放った。
「喰らえ! クソッ垂れ!」
ナタルマの投げた石はバンの背面に猛スピードで命中した。
バンは弾き飛ばされ路傍で横転する。
そこへ追跡隊が追い付き森の中で横転したバンの中を覗き込む。
しかしバンの中身はもぬけの殻だった。
「探せ、まだそんなに遠くに逃げていないはずだ」
男達は懸命にバンの周囲を探し回る。
しかしどこを探してもカナセ達の姿は見つからない。
そんな中、追跡隊の何人かが仲間同士でつぶやき合う。
「おい、さっき玄関前に出て来たのって総統閣下じゃないのか?」
流石に追跡隊の連中も一連の騒動を不審がる。
そんな男達の様子を木の影から眺める目があった。
「ギギ、やはり人間は愚かギギ……。こっちが囮とも知らずにまだ探しているギギ」
それは機械人形のギギの笑い声だった。
先ほどまでバンを運転していたのはギギ本人だった。
カナセもコリンもトギスもバンには乗り合わせていない。
何故ならそれは全て緊急脱出の為の欺瞞工作だった。
カナセは非常時に備えて仲間同士で幾つかの申し合わせを行っていた。
コリンに言ったフラミーおばさん云々の呼び掛けは緊急脱出の合図であり、ギギの囮も前々から立てておいた作戦通りだった。
身体の小さなギギならば森の茂みにでも隠れてしまえばまず見つかる事は無い。
例え見つかった所で動く事さえしなければ森の中に捨てられた子供の玩具に勘違いされるはずだ。
一方、魔煌士達の離れた屋敷からは地下通路からもう一台の同型のバンが飛び出した。
バンはナタルマ達が屋敷から離れている隙に全速力で脱出する。
「ざまぁ無いぜ! ナタルマ!」
カナセはバンのハンドルを握りながら呵々と笑った。
「殺される……殺される……殺される……」
一方、後部座席ではトギスが頭を抱えながら震えていた。
「カナセ、あの人もう、追って来ないよね」
後ろを振り返りながらコリンが聞く。
しかしカナセは得意げに答えた。
「ああ、今頃、俺達を取り逃がして地団駄踏んでる頃だぜ」
「そんなに上手くいくかなぁ」
コリンが心配げに後ろを何度も確かめる。しかしカナセは気にする素振りも見せない。
「ナタルマはクソっ垂れだがひとつだけ良い所がある。それは何時だって自分の気持ちに真っ直ぐな所だ。自分の好きな事だけに全力を尽くすタイプでね。けどその分、奴の好き嫌いが判ると、考えている事が手に取る様に判る。要は単細胞って訳さ」
「何だと! 誰が単細胞だ!」
頭の上で突然、ナタルマの声が聞こえた。
驚いた三人が頭上を見上げると、自分達が組んだモーターグライダーがバンの上をフラフラと飛んでいた。
「手前ぇ! 今、オイラの事を単細胞って言ったな!」
グライダーの操縦席にはナタルマが乗っていた。
彼女はカナセ達のバンが走り去るのに気付くとすぐにその足で屋敷に戻った。
そして翼が破損していたはずのモーターグライダーを見つけると、優れた運動神経を使って飛ばして見せたのだ。
「トギス! 手前ぇ、やっと見つけたぞぉ!」
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
空の上のナタルマと目が合った瞬間、トギスの顔が恐怖で引き攣る。
「こら、ナタルマ! それは俺んちのグライダーだぞ! 勝手に触るな!」
流石に我が家のグライダーを勝手に使われてはカナセも言い返さざる得ない。
「ふん、だったら返してやる! 受け取れ!」
そう言いながらナタルマは何の迷いもなくグライダーからバンの屋根に飛び移った。
「きゃああああああっ! この人飛び乗った!」
コリンが驚きの余り悲鳴を上げた。
「捕まえたぞ! ここで会ったが百年目だ!」
一方、ナタルマはバンの屋根の上で吠える。
「いやあああああああああ! 堪忍して、隊長ぅうううう! もうしませ~ん!!」
「全く! そのクソ度胸は何時でも健在だな」
錯乱するトギスの前でカナセはナタルマの大胆さに舌を巻く。
「もう、素直にトギスを返したって許さねぇからな! ここは一発キツイお灸を据えてやるぅ!」
ナタルマが叫びながら拳を振り上げた。
魔煌の籠手こそ嵌めてはいないが、必中すれば人間の頭蓋程度なら容易に砕かれる。
「ナタルマ、ここはひとつ話し合わないか?」
「今更、何が話し合いだ! 散々馬鹿にしやがって! ここで引き下がっちゃオイラの腹の虫が収まらねぇ!」
「そうか、嫌か……じゃ仕方ないよな」
そうつぶやくとカナセはバンにモーフィング・マギアの煌気を込めた。
その直後、ナタルマのしがみ付いていた屋根が風に煽られながら一瞬で吹き飛んだ。
支えを失ったナタルマが逃走するバンの後方へと消えていく。
「うわぁ!」
ナタルマの体は外れた屋根と一緒に宙を舞い、やがてバンの遥か後方の水路の中へと落ちていった。
水路から大きな水柱が上がると、水浸しのナタルマが叫んだ。
「手前ぇ! カナセ、覚えてろよ!」
しかしバンは止まる事は無く、ナタルマを置き去りにしたまま遠のいていった。
ナタルマの追跡はここで潰える事となったのだ。




