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第1話 空と淡海の間で

 現在、飛行艇ラムサール号はロータス共和国、南方の沖合を飛行していた。

  行き先はロータス西方、ファイタスの勢力圏内、目的はヨシュア政府からの物資を届ける為だ。

 積み荷は武器弾薬から新品のコア、更に軍資金の札束や金塊、そこに政治や軍事関係の乗客達までもが加わっていた。

 それらの全てがヨシュアからファイタスへの戦争継続の為の支援物資だった。

 ラムサール号は海面スレスレに低く飛ぶ。

 低く飛ぶのは無論、訳がある。

 理由はウラ鉄の「見えない目」から逃れる為だ。

 ここはウラ鉄の警戒網のど真ん中。各地の魔煌探針所からは強力な煌力波が発せられている。

 その煌力波に少しでも機体の一部が触れれば、たちまちのうちに自機の存在はウラ鉄側へと暴露される。

 一方、機体の下はどこまでも広がる淡海の海面だ。

 逆に僅かでも操縦を間違え必要以上に高度を低く取れば機体は海面に叩き付けられ忽ちのうちに淡海の藻屑と変わる。

 気の抜けない長距離飛行、そんな危ない綱渡りをナナミはファイタスの為に何回となく繰り返して来た。

「いっそのこと水に浸かって行きませんかね? 飛行艇なんだし」

 航法士のハンスが冗談交じりに言った。

「そんな訳、いかないわ。着水しながら進んだら、船体が抵抗に負けてスピード低下。それこそ何時まで経っても淡海の中を彷徨う事になるわ」

 ナナミ・セリッシュがそれを生真面目に艇長の説明する。

「そんな事より方角は間違ってない?」

「大丈夫、完璧です。このまま真っ直ぐ進んで下されば目をつむってたってファイタスの港に到着しますよ」

「それよりも艇長、この辺りはエアハンターの巣です。そっちの方を気を付けて下さい」

 今度はベテラン副操縦士のボビーの声だ。

 エアハンターとはウラ鉄空軍が放った哨戒用の水上戦闘機だ。

 奴等は警戒網の中をうろつき、密航中のファイタスの機体を探し回っている。

 もし狙われたら最後、水上機の小さな機銃は猛獣の牙となって獲物を襲い掛かる。

 その為、ラムサール号は低く飛ぶだけではない。

 乗員だけでなく乗客達も小窓から外を覗き見し周囲を警戒していた。

操縦席から右前に視線を移すと同規模の飛行艇が飛んでいた。

 飛行艇はファイタスが他国で契約した別会社のものだった。

 船名はチリサット。商売柄、ライバルといった所だが今は助け合うべき僚機だった。

 カナセが総統となって以降、八ヶ国連合とファイタスの交流は活発化した。

 当然の様に、ロータスの空を他国の飛行艇が行き交う。

 だがウラ鉄にとってはそんな事実は面白くない。

 その為に飛行艇の航路上と思わしき場所にエアハンターを配置し両者の国交を妨害していたのだ。

 そのせいで今までに数え切れないほどの飛行艇がエアハンターによって落とされていた。

 ナナミが右前を飛ぶチリサットを見て不審がる。

「ボビー、チリサットの高度って高くない」

 ボビーが自分の感覚と高度計を併用しながら僚機と自機の高度を見比べる。

「そうですね、艇長。あのまま高度を上げたらそのうち探針に引っ掛りますぜ」

「教えて上げましょう。ピニーデン!」

 ナナミは新米搭乗員のピニーデンを呼んだ。

「なんですか? 艇長」

 機体中央の覗き窓から若い声が聞こえた。

 ナナミは茶色い髪の少年に命令する。

「アンタ、モールス信号が出来るんでしょ? そこに懐中電灯があるから、チリサットに高度が高いって伝えて上げて」

「それなら無線機を使えば良いんじゃないんですか?」

「こんな敵地の傍で気安く使える訳無いでしょ! こっちは隠密飛行中なんだから傍受でもされたら大変よ」

「だったら、航空灯の点滅を使えば……」

「そっちはそっちで飛んでから調子が悪いの」

「了解しました。でも良いんですか?」

「まだ何かあるの?!」

 まだ何か言おうとするピニーデンに向かってナナミは疲れ気味に返した。

 それをピニーデンが肩を竦めながら言い返す。

「い、いえね。他業者のやってる事に口挟んで、先方さんも面白くないんじゃないかなって……」

「良いのよ。今の私達は運命共同体。向こうが見つかった時、こっちも迷惑を被る。別に向こうの事だけを心配して言ってやるんじゃないの。判ったらさっさとしなさい!」

「へ、へい!」

「ったく……」

 ナナミはピニーデンの緊張感の無さに溜息を吐く。

 しかしヨシュア本国に戻る度、彼の様な人々が増えていく様な気がした。

 戦時体勢が消え、人々が平和を謳歌する。

 恐らく本国の誰もが戦争はとっくの昔に終わった事になっているのだ。

 だからピニーデンの様に敵地の上を飛んだ時でも吞気に構えてしまう。

「えーと……、高度サゲタシ。コレ以上ノ上昇ハ危険。コレ以上ノ上昇ハ危険と……」

 ピニーデンは懐中電灯のスイッチを切り替えながら右前を飛ぶチリサットに合図を送る。

 チリサットの方からは飛行灯を使って信号が送られる。

「え~と、なになに?」

 ピニーデンが反射的に信号を読み取ろうとする。

 しかし向こうからの応答が判明する前に状況が一転した。

 チリサットの真上から幾つもの曳光弾が光の矢の様に降り注ぐ。

 瞬間、チリサットの左翼が炎を吹き、そのまま錐もみまで起こし始めた。

 チリサットがはバランスを崩したまま海面に向かって落ちていく。

「て、て、て、敵襲~~!」

 落ちていく僚機を凝視しながらピニーデンが大声で叫んだ。

 しかしその頃には事態は既にナナミとボビーの知る所となり本機は左へと回避行動を取っていく。

「敵は?!」

「ええ、えっと……」

 周囲を監視していた全員の目が懸命に窓の外を見回す。

 ラムサール号はまだ肉眼で敵を確認していない。

 しかしチリサットを真上から狙い撃ちしたという事なら、敵はまだラムサール号より上空に居るはずだ。

「発見しました! 4時の方向、右後ろの上方!」

 またもやピニーデンの声。

「数は?!」

「エアハンターが、水上機が一機! こっちに向かっています!」

「ちぃ!」

 ナナミは飛行艇を全速力で飛ばした。

 しかし戦闘水上機相手に民間の輸送飛行艇が引き離せる訳がない。

 背後から迫る黒い機体がラムサール号を瞬く間に捉えた。

 相手は正真正銘、ウラ鉄空軍の水上戦闘機だった。

 二門の機銃から銃弾が放たれる。

「うわあああああああ!」

 機内では乗客と乗員が悲鳴を上げた。

 その中でナナミとボビーがラムサール号の舵を左に懸命に切り続ける。

 その甲斐あって敵機の銃弾はラムサール号の右に逸れていく。

 だが恐らくラムサール号の健闘もここまでだ。

 スピードを出し過ぎた戦闘機がラムサール号の前に出ると再び上昇していく。

 仕切り直した敵は今度は確実にこちらを狙って来るはずだ。

「こっちも反撃しましょう、艇長!」

 ピニーデンが思わず叫ぶ。

 だがナナミに取ってその提案は世迷言だ。

 なぜならラムサール号は非武装の民間機だ。反撃用の対空機銃など持ち合わせていない。

 そして再び下降した敵機が遂にラムサール号の背後を捕らえた。

「うわあああああああ……」

 ナナミとボビー以外の搭乗者全員が頭を抱えて恐怖に脅えた。

「ここまでか!」

 ナナミ自身も覚悟を決める。

 だが次の瞬間、炎を上げたのはラムサール号ではなく水上戦闘機の翼だった。

「え?」

 自分がまだ生きて飛んでいる事にナナミが茫然とする。

 一方で、攻撃の機会を失った戦闘機は左翼の一部を失うとフラフラと飛びながらラムサール号から離れていく。

「助かった……」

 黒煙を吐きながら小さくなっていく敵機を見ながらピニーデンが思わずつぶやいた。

 暫くして箒に乗った人影がラムサール号に近付いて来た。

 そしてそのまま並走すると飛行艇のキャノピーをノックした。

「大丈夫だった? ナナミ」

 窓越しに見えるのはヨシュアの戦乙女、クレア・リエルの面差しだった。

「く、くれあ~」

 親友の活躍により死地を脱したナナミは思わず涙声を上げる。

「御免なさい。雲に入ってて、あなた達を見失ってたわ」

 機外でクレアが申し訳なさそうにつぶやく。

 流石に外の声は機内には聞こえなかったがナナミにはそんな事はどうでも良かった。

 守護天使に助けられられた、それだけで満足だ。

「警戒飛行に戻るわ」

 クレアはそれだけ言い残すと再びラムサール号の上を上昇した。

 周囲警戒の為に魔女は箒で大空を飛ぶ。

 その後、ラムサール号は順調に飛行した。

 そんなクレアもラムサール号の乗客の一人だった。

 無論、彼女の目的は一つ。

 ロータスに居る愛するカナセ・コウヤに会う為だ。

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