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第15話 怪物

 一方、その深夜。トラスニークの軍港で事件が起こった。

 倉庫の一部が爆発を起こす中、侵入者の影が炎を背に暴れ回る。

「基地内の警備隊は総員、出動! 発砲を許可する! 繰り返す、発砲を許可する!」

「外に逃がすな! 敷地内で必ず取り押さえろ!」

 警備隊の怒号が軍港の中で飛び交う。

 そんな中、侵入者の影が兵士達と出くわすといきなり飛び掛かった。

 丸太の様な太い腕の先から伸びる鋭い爪が傍に居た兵士に襲い掛かる。

「ぎゃあ!」

 切り裂かれた兵士のひとりが悲鳴を上げた。

 闇の中で血しぶきが飛ぶ中、周囲の兵士達が仲間を救おうと発砲する。

 拳銃の弾は間違いなく命中した。

 しかし侵入者は着弾に怯むどころか増々凶暴性を増してく。

「ウガアアアアアアアアアアア!」

 侵入者が雄叫びを上げた。それはまさしく獣の鳴き声だ。

「何があった?」

 残業で居残っていたマリウス・ルーメン少尉がコーヒーの入ったマグカップを置く。

 マリウスは司令部庁舎の窓から外の様子を伺うと倉庫の方で火が見えた。

「何だ! 敵の奇襲か!」

 炎を見て、かつてのトラスニーク防衛戦の記憶が蘇る。

「少尉殿!」

 部屋の中に銃を握ったままの警備兵が飛び込んできた。

「何事だ?」

 マリウスが警備兵に訊ねる。

「侵入者です! 隊長から撃退の協力要請をお伝えに上がりました!」

 警備兵の息が上がってる。その表情から現場はよほど切羽詰まってる様だ。

「了解した。状況を報告してくれ」

 マリウスは立ち上がると直ちに警備兵と共に外に出た。

「警備隊は今、第三埠頭の中で侵入者と交戦中です。侵入者の数は一人、武器はナイフ等の近接用武器と思われます」

「一人だって?」

 マリウスは驚く。しかも武器は刃物だというではないか。

「ですが小火器が通用せず、少尉にお願いに上がった次第です」

 そして自分が呼ばれた理由はただ一つ、マギアギアによる応戦のはずだ。

「敵の特徴は?」

「それがとても大きく、クマの様な大猿の様な……しかし服装から女と思われます」

「ちょっと、それって……」

 聞く限りでは今、巷を騒がしているパスカル通りの怪物の風貌とそっくりだ。

 司令部を出たマリウスは路上に停められていた警備隊のジープに飛び乗るとそのまま交戦の現場へと向かった。

 第三埠頭では捕り物が続いていた。

 車両や施設を盾にしながら銃撃を侵入者に加えていたが効果が無いのか相手の暴威を防げている気配は無い。

「隊長!」

 ジープの中からマリウスが警備隊長に呼び掛ける。

「マリウス少尉! 来て下さいましたか」

「後は自分がやる。部下を下がらせてくれ」

「頼みます」

 ジープが埠頭の中で変形する。

「カスケード、起動!」

 マリウスはジープの中のコアを呼び起こすとモーフィングマギアを発動させた。

 ジープから変形したカスケードは全高3m、彼らしい清廉な鎧の剣士だった。

「フォージング!」

 マリウスの詠唱と共にカスケードの腕から一本の細身の白刃の剣が伸びる。それは装甲板の錬成から生み出された鋼の剣だった。

「チャージング・アーリア!」

 更にマリウスは出来上がった剣に風の魔煌技を重ね掛けした。

 白刃から真空が発生しカスケードがそれを片手で構えた。

 カスケードと怪物が対峙する。

 周囲の警備隊から照明が注がれる中、マリウスは相手の姿を確かめる。

 2mを超える大柄な身長、熊とも大猿とも取れる、頑強な体格。両腕から伸びる長い爪。それを包むボロボロのドレス。

 それは巷で言われているパスカル通りの怪物の姿だった。

「確かに噂通りだな」

 しかしこちらは3mを超える機械の剣士、生身の怪人とでは子供と大人以上の対格差がある。

「先手必勝、ラッシュ!」

 掛け声と共にカスケードが攻撃を開始した。

 恐らく大学の生物学者でもここに居れば未知の生物として生きたままの捕獲を要求するはずだったが、幸い深夜の埠頭にそんな輩の姿はない。

 マリウスは基地内の安全確保の為、最初の一撃で仕留める気で居た。

 カスケードの切っ先が間合いに合わせて突き入れる。

 しかし怪物が素早い動きで切っ先を避けると後方へと下がった。

 それをカスケードが追う。更に突きの連続攻撃。風の剣が闇夜で無数の軌跡を描き、絶え間なく怪物の姿を追う。

 しかし怪物の動きは予想を超えて素早く、攻撃は立て続けに空振りに終わる。

 それどころかマリウスの隙を突いて反撃に出た。

 幾度目かに突きを終えたカスケード目掛けて、空中を舞う怪物の左腕の爪が装甲板に叩き付けられる。

 しかし身の丈2m程度の生物から発せられる一撃程度では、人間相手に致命傷になり得ても軍用車両から転じたマギアギアには通じない。

「成程、軽いから早い。しかし軽いから弱いか」

 敵の正体が見えてくるとそこへマリウスが風の剣を切り返す。

「ギャ!」

 切っ先の確かな手ごたえが獣に悲鳴を上げさせた。

 化け物は脇腹を突かれるのと同時に真空の追加ダメージで生き血を吸われ傷口を拡げた。

 その一撃でカスケードが上手と悟った化け物は、後ろに下がると埠頭の先端へと逃げ出した。

「あいつ、淡海に逃げる気か!」

 しかし逃がしはしない。マリウスはここで決着を着ける気で居た。

「待てぇ!」

 その後をカスケードが追い掛ける。

 だが短い追跡の最中、カスケードの爪先が何かを踏んだ。

 それに気付いた瞬間、足元から爆発が起こる。

「なに?!」

 声を上げた瞬間、カスケードの体が爆発の炎で吹き飛んでいた。

「うわぁ!」

 弾き飛ばされたかカスケードの全身がコンクリートの埠頭の上で横転する。

「地雷だって?」

 爆発の正体に気付いたマリウスが叫ぶ。

 口惜しくも、鉄騎カスケードは片脚がもぎ取られ、追跡もままならない。

 埠頭の先端で大きな水音が起きた。

 それは化け物が逃走の為、淡海に飛び込んだ音だった。

「チッ、逃がしたか……」

 動かなくなったカスケードの中でマリウスが悔しがる。

 幸い、車両の装甲板のお陰でマリウスは軽傷で済んだ。


 後日の調査で化け物が基地内に侵入した理由が判明した。

 敷地内の倉庫から食料と爆発物が盗まれていた形跡が見つかったのだ。

 だが食料はともかく、化け物が爆発物を盗んだ理由が判らない。

 そしてそれ以上に現場で対応した当事者達を不審がらせたのが水軍上層部の事件への扱いだった。なぜなら上層部は、今回の件を基地施設内の老朽化による火災と処理し、化け物の存在を無いものと結論付けたのだ。

 その対応に当日、基地内で戦闘を行った全員の不満が募る。

 よって警備隊長以下、マリウスを含む下士官以上の当事者は上層部に抗議を行った。

 だがその件に関して上層部は抗議を跳ね除け、逆にこれ以上の詮索は無用と口留めを厳命したのだった。


 そんな事件があった三日後、クレアは箒に乗って遠出の外出を行った。

 後ろには珍しくミリアを乗せての移動だった。

 目的地は故郷のリードヒル、ウラ鉄の脅威が無くなった機会に実家の様子を見に行く事となったのだ。

 姉妹の小旅行には別の箒に乗った同行者が居た。

 モニカ・トッカータ、茨の魔女と呼ばれるあのお姉さん魔女だった。

 姉妹がモニカと再会したのは全くの偶然だった。

 件の怪物騒動で有志の巡回パトロールを行っていたモニカと偶然、空の上で会ったのだ。

「じゃあ、私も今日はリードヒルの方を回るわ。あっちも人が増え始めたから、何か起こるかもしれないし……」

 そんな調子でモニカは日帰りの旅行の一行に加わった。

 二つの箒は並んでヨシュアの空を飛んだ。

 季節は秋になっていた。

 低く飛んでも風は冷たく、もう薄着で飛ぶ季節でもない。

 地上を見れば夏の間は青々と茂っていた葦の群生も茶色く染まりかけていた。

 あと二月もしない間に国中で葦刈りの時期が訪れる。

 刈り取られた3mを超える葦は束にされ倉庫の中に立て掛けられ保管される。

 そうやって建材や生活用具の材料として必要な時に持ち出される日を待つのだ。

「それでどうするの? これから二人は……。やっぱり、今、住んでいる村を出て、リードヒルに戻るの?」

 モニカが訊ねて来る。

 その言葉にクレアは困った顔をする。

 それだけモニカの言った事は姉妹にとって大事な課題であり、以前から色々と話し合いもした。

 クレアは言う。

「いつかはリードヒルには戻ろうと思います。やっぱりあそこが私達の故郷ですし、微力ながら復興に尽力したい気持ちもあります。でも街の荒れ様は知っていますし、今すぐ、戻っても……」

「まあ、生活が立ち行かないでしょうね。じゃあ、当分……ええっと、カーニャの村だっけ? あそこに住み続けるわけ?」

「はい、そのつもりです」

「けど、田舎でしょ? ちゃんとお金になるの? お節介なのは判って言うけど、この際、村の店を畳んでトラスニークに来ない? 居住制限令も近々改正されるみたいだし、一旦、トラスニークで稼いでから様子を見てリードヒルに戻るの。どう? 中々いいアイデアでしょ」

 そう言ってモニカがクレアを煽る。しかしクレアは笑いながら首を左右に振った。

「良い考えかもしれませんが、ちょっと無理かも……」

「どうして? 何が無理なの?」

「住んでいる間に村に愛着も湧きましたし。妹を転校させて、今の友達と引き離すのもどうかなって……それにあの辺りは基本的に無医村ですし、昔ながらの村の薬屋が頼りにされる土地柄なんです……。だから早急に私達が離れたりしたら村の人達に迷惑が掛かると思うんです」

「偉いわ。お得意さんを放って置けないなんて魔女の鑑ね。でもね、クレア……」

「何でしょう」

「私はあなたの腕を見込んで言うのよ。言っちゃあ、悪いけどあんな田舎に埋もれさせるのだけじゃあ、勿体ないって話よ。それにあなただってちゃんと魔女の学校を卒業した訳じゃないんでしょ?」

「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです」

「お世辞じゃ無いのよ。本心よ。けど、う~ん……成程、色々と難しいわよね……」

 結局、クレアの結論は村からは早々、立ち去れないという意味だった。

 そしてモニカもそれ以上、姉妹の今後の身の振り方について口を挟む事はなかった。

 三人は空の上から大河川を渡った。

 もう一発の対空砲火が飛んで来ない昔の境界線の上でクレアは河川の傍の一軒家を見つける。

 そこはかつてクレアとカナセがウラ鉄の勢力圏から脱出する為に使ったトンネルがある隠れ家だった。

 今は河を横断する為に、あんな狭く長いトンネルを使う必要は無い。

 一般人でも船や橋を使って自由に行き来できる様になり、隠れ家も役目を終え空き家となっていたはずだった。

 しかし人の居ないはずの空き家の窓から空を飛ぶクレア達を見詰める目があった。

「うう……」

 その瞳はうめき声を上げながら恨めしそうに小さくなっていく三人を睨みつける。

「……クレア」

 そして小さくつぶやきながらその身を丸くすると、空き家の闇の奥へと消えていった。

 

三人がリードヒルに到着すると、最初に出迎えたのは大型貨物自動車の車列だった。

 荷台に大量の建築用資材を積み込んだトラックが列を為して市内へと向かい、逆に大型ダンプの群れが不要となった瓦礫を積んで街の外へと運んでいく。

 そうやって瓦礫を除去した通りを行き交うは光景はまるで体内を巡る血管の様で、破壊された首都の回生を加速させる。

「凄い迫力ね……」

 埃舞うリードヒル市内で騒々しい光景を見せられ姉妹は息を飲んだ。

 そして車列の行き着く先では壊れた市街地の復旧作業が懸命に行われた。

 再建不能の建物は取り壊され、代わりとなる新品の建築物が建てられる。

 一方、被害が軽微な建物も懸命な修復作業が行われ、過去の姿へと戻されていった。

 お陰で新しい街並みは新旧の建物が混在しパッチワークの様なちぐはぐな印象を与えた。

 更に工事用通路と成り果てた大通りの脇には川の支流の様な小さな通りが生まれていた。

 そこではバラック製の商店の軒が雑多に立ち並び、工事関係者や復興の為に帰還して来た人々の往来で騒然とごった返していた。

 そんな通りを行き交う人々の瞳はギラつき、異様な活気を醸し出す。

 そして通りの一角で突然、喧嘩が始まった。当事者は寒いのに半裸で殴り合い、大声を荒げる。

 そこだけ切り取ればまるで野犬の噛み合いだ。

「新しいリードヒルはどこもああなるのかしら……」

 そう思うと、クレアは不安になる。

 こんな雑然とした光景は自分の知っているリードヒルでは無い。

 昔のリードヒルは石造りの古い町で、同時に落ち着いた上品な美しさと趣きがあった。

 いささか身びいきではあるが、クレアにはあのかつての街並みが世界で一番美しいと信じていた。

 しかし再生された新しい町並みと流れ込んでくる住人にはそれが感じられない。

 きっと今、このリードヒルの町を作り直している人達は昔の美しい街の景色なんか知らないのだ。

 ただ、作って売れればそれでいい。そんな連中によって町が新しく作り直されている。

 それを思うをクレアの中で暗澹たる思いが渦巻く。

「出来ればあの人達を追い出して作り直して貰えないかしら……」

 クレアは新しい街並みを見下ろしながら、本気そう思った。


 やがて姉妹はモニカと別れた後、リードヒルの我が家の前に到着した。

 しかしそこには姉妹が当時の面影を偲ぶものは何もない。

 我が家は既にウラ鉄の重機によって潰された後だった。

 あるのは東西に延びる掃き清められた様な幅広な更地とその上に乗った二本の軌道だけだった。

 このリードヒルで百年以上続く老舗の店構えもウラ鉄の連中にとっては排除すべき障害物でしかなかった。

 目に余る無惨な光景を前にミリアが突然、泣き出した。

 自分の思い出が詰まった我が家の変わり果てた姿をいきなり見せられたのだ。

 悲しい訳がない。

 そんな妹の背中を抱きながら必死に姉は唇を噛み締めた。

 今までクレアはリードヒルでは何度もゲリラ活動を繰り返していた。

 その為、実家が戦争の最中で変貌していく様をつぶさに見て来た。

 そして我が家が線路に変えられた姿を見た時、その場で泣き崩れもした。

 だからあの時から自分は思い出を失った悲しみを乗り越える事が出来ると確信していた。

 しかしそれは甘い認識だった。

 もう戻る事の無い我が家を前に泣く妹の姿に胸の奥から悲しみが込み上げてくる。

 小さな体が悲しむ姿が骨身に応える。

 そんな辛さに耐え切る事も敵わず、結局、傷付いた故郷の惨状を前に姉は妹と共に咽び泣いた。


 箒で周囲を巡回していたモニカが姉妹の下に戻って来た。 

 その頃になると二人は泣き止んでいたがモニカの目には涙で真っ赤なった瞳が映る。

 だが二人を見てもモニカはその事には触れなかった。

「もう、お昼ね。通りの食堂で食事にしましょうか。何だって奢るわよ」

「そんな、悪いですよ。二人分も……」

「何、遠慮してるのよ。後輩が先輩から奢ってもらおうとしなくて、どうすんのよ。私が新人でお金も無かった頃はお昼時になると奢ってくれそうな先輩魔女の姿を探したもんだわ。獲物を狙うハイエナの如くね」

「そうなんですか?」

「そうやって知らない先輩とも仲良くなっていくの。ミリアも覚えておきなさい」

「じゃあ、そうしましょうか、ミリア」

「うん」

 二人は互いに頷くとモニカに後に付いて行こうと箒に跨った。

 そしてゆっくりと箒が浮上する。

 正直、あの雑踏の中で食事をする気分ではなかった。

 だがせっかくの先輩からの誘いを無碍に断るのも悪い。

 そんな事を思っていた時だった。

 廃墟の陰から突然、黒い影が飛び出しコメット3に襲い掛かって来た。

「クレア!」

 それに気付いたモニカが叫び声を上げると、反射的にクレアが魔煌障壁を展開する。

 その瞬間、障壁が稲妻の様な火花を散らした。

「キャアアアア!」

 訳も分からず襲われた。妹が障壁の下で悲鳴を上げる。怖い訳が無い。

しかし姉として負ける訳にはいかない。身を挺してでも妹を守ってみせる。

 だが襲い掛かって来た黒い影と目が合った瞬間、思わず背筋が凍り付いた。

「ひぃっ!」

 クレアが恐怖で顔を引きつらせながら箒を横滑りさせ距離を取る。

 影の正体は身の丈2mを超える野獣だった。

 全身が毛で覆われ熊とも大猿とも見分けが付かない風体、しかしその頭の位置には人に近い目鼻がある。

 言われていた女物のドレスは失われていたものの、それはまさしく巷で噂にされていたパスカル通りの怪物そのものだった。

 未知の存在の出現にオバケ嫌いのクレアの体が震える。

 戦意はみるみる衰退し箒の上で硬くなるばかりだ。 

 そんな姉妹に向かって怪物が再び爪で斬り掛かる。

「二人から離れなさい!」

 姉妹を救おうとモニカは中指と人差し指の間に挟み込んだ植物の種子に煌気を流し込んだ。種は農神クルムハンの加護による急激な成長が促されると、指先から棘の生えた茨の蔓が伸びる。

 それは「茨の鞭」と呼ばれるモニカが得意とする戦闘魔煌技だった。

 茨の出現に危険を察した怪物が慌ててクレア達から距離を取った。

 お陰で姉妹を救う事が出来たが、怪物は翻ってこの場を去り廃墟の方へと逃げていく。

「待ちなさい!」

 モニカは単身、怪物の跡を追った。

「逃がさないわよ!」

 モニカの箒が廃墟のリードヒルの中を低空で驀進する。

 しかし怪物は何度も跳躍を繰り返しながら奥へ奥へと廃墟の中を走る。

 その動きは思いの他、俊敏でモニカの飛行ですら追い縋るので精一杯だ。

 しかしせっかく見つけた指名手配の怪物だ。モニカも懸命に怪物を後を追い掛ける。

 そして遂に、隘路の先にあった真四角の袋小路に怪物を追い込んだ。

 行き場を失った怪物が振り返ると、後からやって来たモニカに威嚇の咆哮を上げる。

「ぐごおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 しかしモニカもウラ鉄との戦いを繰り広げて来たベテラン魔女だ。

 獣声ごときで身を引く様な気弱ではない。

「へぇ、怪物だとは聞いて居たけど、本当に醜いわね」

 それどころか怪物に向かって嘲笑を浴びせた。

「さあ、逃げてばかりいないで掛かって来なさい! それとも不意打ちでしか女の子を倒せない臆病者なのかしら?」

「ぐわあぁぁぁぁぁぁぁ……」

モニカの煽りが効いたのか、怪物が茨の魔女に襲い掛かる。

 茨の魔女も既に新しい種を指に挟んで構える。

 しかし怪物はそのままモニカに突進せず、右に逸れ、そのまま袋小路の壁に向かった。

 そして速度を落とさないまま垂直な壁に足を掛けると、強く蹴って跳躍した。

 怪物の位置が魔女の背の遥か上を越え、更に何度も蹴ると、瞬く間に怪物の体は軒先にまで届こうとした。

「逃がさないって言ってるでしょ!」

 モニカが真上に向かって再び茨の鞭を発動させた。

 右腕から放たれた鞭が空に向かって伸び、逃げようとする怪物の背中を負う。

 だがここで怪物の動きが突然変わった。

 最後の一蹴りで袋小路の中央に向かって飛ぶと、空中で反転し茨の蔓を避けたのだ。

「何ですって?!」

 自慢の茨の鞭の狙いが外れた事にモニカは驚愕する。 

 更に怪物は反撃に転じようと巨体を急速降下させた。

 しかしモニカも負けてはいない。 

 今度は左腕の指先から茨の鞭が伸び、怪物の真正面から襲い掛かった。

 棘に塗れた茨の蔓が怪物に絡みつく。

「ふん! 掛かったわね!」

 茨を放ったモニカがほくそ笑む。

 茨の縛めを受けた者には地獄の責め苦が訪れる。その痛みには屈強な男でさえ子供の様に泣き叫ぶのだ。

 しかし怪物は茨の蔓を間合いに取り込んだ瞬間、両腕から伸びる鋭い爪で切り裂いた。

 蔓は瞬く間に取り除かれ、モニカの体が無防備になる。

 一瞬の攻守逆転、巨漢が茨の魔女の頭上に落ちて来る。

 今度はモニカの身に危機が迫る。

「まだまだ!」

 しかしモニカは直ぐに三段構えの最後の攻撃手段に移った。

「茨の衣!」

 モニカが詠唱した途端、魔女の証であるフードの中に仕込んでおいた種が発芽した。

 無数の茨の蔓がモニカの体から伸び、そのまま怪物の体に絡みつくと、全身を覆う硬い毛を掻き分けながら無数の棘が皮膚に食い込んでいく。

「ぐぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 痛みに耐え切れず怪物が思わず叫んだ。

 だが一方で怪物の体の落下は止まらず、2mを超える巨体はモニカの頭上に向かって落ちていった。

「うわっ!」

 モニカが箒を使って慌てて飛び退いた。

 しかし一瞬、間に合わず、怪物の指から伸びた鋭い爪が茨の蔓の伸びた彼女のフードを切り裂き、その奥にあった白い腕を切り裂いた。

「ぎゃ!」

 突然、湧き上がる痛みにモニカが叫ぶ。

 同時に怪物の巨体が瓦礫の上に大きな音を立てて落下した。

 茨に全身を縛られた怪物が袋小路の真ん中で動けなくなる。

 その横でモニカが血を流す腕の傷を抑えながら様子を伺う。

「ふん、ざまあ見なさい……」

 犠牲を払ったが怪物は確かに拘束した。

 その状況にモニカは痛みを堪えながらほくそ笑む。

 しかし勝負はまだ終わっては居なかった。

「モニカアアアアアアアアアアアアアァ!」

 突然、怪物が立ち上がると茨の魔女の名を呼んだ。

 その声に流石にモニカも思わずたじろぐが、それだけでは終わらない。

 怪物は体中に渾身の力を籠めると茨の蔓に手を伸ばして強引に引き千切った。

「うそっ!」

 その光景にモニカは唖然とする。

 農神の加護を受けた茨の蔓は同じ太さの鋼線の十倍の強度を誇るのだ。

 ただのバカ力だけで切れる代物ではない。

 それは我が身が傷付く事も顧みない狂気の所業だ。

 怪物はその茨の蔓を体から排除すると肩で息をしながらその場で仁王立ちした。

 そして腕を負傷したモニカを睨みつける。

「やられる!」

 モニカは直感した。

 自分はここであの怪物に殺される。

 あの鋭い爪か牙の生えた大顎か、どれで切り刻まれるかは判らないが……。

 しかしここで死ぬにはひとつだけ悔いが残る。

「こんな事になるんだったら、さっさと結婚しとけばよかった……」

 だがそんな時、袋小路とただ一本通じる隘路の向こうからクレアの声が聞こえた。

「モニカさーん!」

 更に複数の足跡が聞えて来る。クレアが助っ人を伴って応援に駆けつけてくれたのだ。

「こっちよ、クレアー!」

 思わずモニカも袋小路の中で叫ぶ。

 しかし応援が来た事実は怪物も知るところとなった。

 怪物は負傷したモニカに背を向けると壁に向かって走り出した。

 そして石の壁を体当たりしながら突き崩すと、壁の中へと姿を消した。

 怪物が居なくなったのと入れ違いに箒に乗ったクレアとミリアが姿を表した。

 そしてその後に数人の警察官が駆け付けた。

「モニカさん!」

 負傷したモニカを見てクレアが思わず声を上げた。

 そして鞄に入れていた救急器具を慌てて取り出した。

「酷い傷! 今、直ぐ治療します」

「頼むわ、薬の魔女さん」

 モニカはクレアの前に血まみれになった腕を晒した。

 一方で駆け付けた警官たちは穴の開いた壁に向かって拳銃を構えた。

 しかし何処を探しても廃墟の中に怪物の姿は見当たらなかった。

「せっかく追い詰めたのに……惜しい事、したわ」

 モニカが悔しそうにつぶやく。

「けど、すみません。モニカさんばかり戦わせて……」

「良いのよ、これが私の仕事だから。逆にあなたまで巻き込まれたらこっちの面目が丸つぶれだわ……。痛っ」

「痛みます?」

「ちょっと薬が染みるわね。でもあの怪物、なんか変だった……」

「変?」

 モニカの治療を施しながらクレアが傍耳を立てる。

「あいつ、私の事を知っていたのよ。私の名前を叫んだ……」

「そんな……本当ですか?」

「本当よ。もっとも私には化け物に知り合いなんて居ないんだけどね……」

 そう言ってモニカは苦笑いを浮かべた。

 やがてモニカは出血による貧血を起こし、そのまま気を失った。

 クレアはモニカの残した言葉に疑問を持ちつつも気を失った彼女の体を支え続けた。


 だが旧都リードヒルで起きたモニカと怪物の遭遇戦はヨシュア中を駆け巡る大ニュースとなった訳ではなかった。

ヨシュアで販売されている新聞にも雑誌にも遭遇戦の記事はなく、ラジオのニュースで流れる事もなかった。

 それどころか警察や組合からの発表も無い。

 それには流石にクレアも不振がる。

「おかしいわ、警察にも通報したし組合にだって報告した。それにモニカ先輩は戦って怪我までしたのよ。なのにどこもかしこも事件を無かった様に振舞うなって……」

 その事でクレアは即日、組合に問い合わせてみたが組合からは警察との話し合いの後、近日、発表すると言われただけだった。

「幾ら何でも吞気よね……。まだ怪物は捕まってないのに……」

 しかしクレアの不審が組合によって解消される事はなかった。

 そんな折、クレア宛てに一通の手紙が届いた。

 差出人はマリウス少尉だった。

 クレアは手紙の内容を熟読するとすぐに返事を書いて少尉と会う約束をした。


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